5色目~誰だって真っ黒に塗りつぶしたい過去があるものさ
「またいつの間にか小石は無くなってしまったけれど…まあ落ち込んでいても仕方がないさ。実を言うと真っ赤も真っ青も真緑も、ボクには似合わないと思っていたところだったんだ」
そう言ってほうきの上でおどけてみせるププ。
ですが、先ほどからずっとピリカの表情はくもったまま。悲しい顔をしています。
流石にそのことに気づいたププ。
「…そ、そうだ。リトルレディ、君が好きな色なんてどうかな? ボクは君が好む色に染められたいな」
ププはピリカに近づき、こっそりと顔を覗き込みます。
うつむいたままのピリカは、小さな声で答えました。
「黒…」
「黒? ステキだね! スタイリッシュでもあり落ち着いてもいる色…うん、真っ黒色にしよう!」
喜び、クルクルと踊るププ。
「それで…真っ黒色の材料はどこで手に入れるのかな…?」
ププがそう尋ねると、ピリカは指先をすっと上空に向けました。
今の空は星々と満月が輝く真っ黒色の夜空でした。
「そうか、この夜空から手に入れるんだね」
ピリカは小さく頷きます。
「よーし、それじゃあ夜の空から色の素を借りようじゃないか」
ププとピリカを乗せたほうきはゆっくりと上へ上へ。
星々に手が届きそうな上空まで上っていきました。
「夜空さん夜空さん。その力をあたしに貸して。真っ黒な色素をあたしに―――」
と、そこでピリカの言葉は止まってしまいました。
どうしたのかとププがその顔を覗くと、ピリカは大粒の涙をこぼし始めたのです。
「ごめんなさい…」
ぽろぽろとこぼれる涙は、ププの頭に落ちていきます。
「どうしたんだい、リトルレディ? 夜の涙は心に障るよ?」
「ごめんな、さい…ププとの思い出を、思い出すと…どうしても…ちがうこと、思い出しちゃって…」
「一体何を思い出すんだい?」
片手で何度も涙を拭いながら、ピリカは言いました。
「パパの、思い出……」
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ピリカはパパが世界で一番大好きでした。
だから、パパからもらったプレゼントのププは一番の宝物でした。
『―――ありがとうパパ! このぬいぐるみだいじにするね!』
ププをどこかに置き忘れてしまったときも、見つけてくれたのはパパでした。
『…よかった、ププがみつかって…ありがとう、パパ』
ほつれてしまったププをキレイに直してくれたのもパパでした。
『ごめんなさい…もうぜったいこわしたりしないから…うん。約束する』
何よりも大好きだった、世界一の魔法使いだったピリカのパパ。
ですが、彼女のパパはとても重い病のせいで亡くなってしまったのです。
あまりのショックでピリカは大好きだった勉強も遊びもしなくなり、家にずっと引きこもってしまいました。
一番の宝物だったププも、パパとの思い出を思い出してしまうからと、物置の奥にしまっていたのです。
それでも、ピリカは毎日毎日泣きじゃくりました。
泣くことができなくなるまで泣いて、そして考え始めました。
『パパにはもう会えない…けど、会いたい、会いたい…パパに会いたいよ……』
ピリカは考えに考えて、パパに会うことはできないけれど、せめてパパの代わりになるものがほしいと考えたのです。
そうしてププを父の代わりにしようと―――おしゃべりができるようにしようと思ったのでした。
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「ごめ、なさっ……ププが、パパの代わりっ、なれば…いいなって、あたしの、わがままだったの…黒も、ホントは、パパが好きな、色なの……!」
泣きじゃくりながら、そう話すピリカ。
ププは彼女の言葉を静かに聞き、止まらない涙をその頭で受け止め続けました。
「そうだったんだね…とても辛い話を話してくれてありがとう、リトルレディ」
ププはゆっくりと手を伸ばし、優しくピリカの涙を拭ってあげます。
「けどごめん、ボクは君のパパにはなれない。動き出す前の思い出をなんにも覚えていなくて…君のパパのことも何もわからないんだ」
それにボクはただの真っ白なぬいぐるみだしね。と、ププは付け足します。
「けれども。ボクが君を守りたいと思う気持ちは、君のパパ以上にあるつもりさ」
そう言うとププはほうきの上で器用にクルリと回って見せました。
「思い出だって今日だけでも沢山できた。そうさ、思い出なんてこれから一緒に、パパに負けないくらいの楽しい思い出を作ればいいじゃないか」
するとププは突然、自分の腕をピリカに見せました。
ほんのり潮味で、少しばかり焦げついていて、ちょっとほつれてしまった腕です。
「そうさそうさ! 色なんかにこだわる必要はなかったのさ! 君との冒険でできたこの汚れやキズが、ボクにしか作れないボクだけのカッコイイ色だったんだ。君を守った楽しませたという色だったんだよ!」
そのことに気づいたププは、ほうきの上だということも忘れてぴょんぴょんと飛び跳ねます。
「ボクはこれからも真っ白なネコのぬいぐるみさ。リトルレディをずっとずっと見守るナイトの色でいくよ!」
無邪気にはしゃぐププを見て、ピリカは思わずクスリと笑います。
そして、力強くププを抱きしめました。
「ありがとう、ププ…あたしの一番の宝物……」
ぐすぐすと溢れ続ける涙と鼻水。
ププはそれを自分の頭で優しく受け止め、吸い取ります。
「君の涙だってボクにとってはすばらしい勲章さ―――けれど、鼻水のところだけは後でちょっとだけ洗ってほしいかな…」