4色目~真みどりのような穏やかな心で君を見守るよ
「ボクは本当の本当は緑色がピッタリだと思っていたんだ。穏やかで大人っぽそうな色だからね」
そう言ってクルクルとほうきの上で踊るププ。
とても器用に動き回るププに、ピリカはハラハラしながらも少しばかり楽しくなっていました。
そんな二人は幻想的な真緑色の空の中。緑生い茂る深い深い森の中を進んでいます。
「今度は森の力を借りるんだね?」
「うん。一番緑が生い茂っていそうな場所で魔法を使うわ」
ピリカはそう言うとある場所でほうきから降りました。
ピリカよりも遥か遥か大きな木。その前で魔法を使うことにしたのです。
マグマの上でも海の上でもないここでなら、もう落っこちたり飛んだりしてしまう心配もありません。
「大樹さん大樹さん。その力をあたしに貸して。真みどりな色素をあたしにちょうだいな」
すると森の葉っぱたちが舞い散り、勢いよく小石に吸い込まれていきます。
みるみるうちに小石はキレイな緑色へと変わりました。
「最高だよリトルレディ! 今度こそボクの身体の色も変えられそうだね!」
ププは飛び跳ねながら喜び回ります。
「そうだね」と返すとピリカはププの身体の色を変えるため、小石を近づけようとします。
と、そのときでした。
『何をやってるのよ、アンタたち!』
突然バサバサと木々から飛び立ち始めていく鳥たち。
その中の一羽、黄色い小鳥がピリカとププに話しかけてきたのです。
「やあやあ可愛らしい小鳥さん。これも何かの縁、今からこのボクの身体が真っ白から真緑へと変わるステキな瞬間を見ていかないかい?」
ゆうゆうとそう言って深々とおじぎをしてみせるププ。
ですが、小鳥はそんなププに見向きもしません。
『そんなことしてるヒマないわよ? 真緑のあの空が見えないの?』
「見えるよ。さっきからそうだったけど…それがどうしたの?」
ピリカは森の隙間から見える緑色の空を見上げます。
「そう、広大なあの空もボクの身体が真緑へと変わることを祝福してくれているんだよ」
一方でそんなことを言ってクルクルと踊るププ。
ププに構わず小鳥は更に忠告します。
『魔女のくせに何も知らないんだね、真緑色の空は風の精霊が怒っている証…とびっきり大きいお怒りがやってくる合図なのよ』
魔女のくせに、と言われてムッとするピリカ。
ですが、そんな彼女の表情を見る余裕もない小鳥は森の向こう、空の向こうへと逃げていきます。
『忠告はしたからね。さっさと逃げないとこっちまで巻き込まれちゃうわ』
小さな翼を懸命に羽ばたかせ、どこかへ消えていった小鳥。
気づけばその森には鳥の姿、鳴き声どころか、他の動物たちの気配さえなくなっていました。
「ふむ…ずいぶんな言い方だったけど、ボクたちを思ってくれてのことだったから目をつぶってあげよう。けれど、風の精霊が怒っているとは…一体どういうことなんだい?」
その小さな腕を組ませながら、ププはピリカに尋ねます。
ピリカはよくわからないと言った様子で首を傾げました。
「風の精霊ってことは…もしかして、嵐か何かが起こるってことなのかな?」
と、そのときです。
二人の後ろから、ごうごうという大きな音が聞こえ始めました。
舞い散る葉っぱや枝を巻き込み、吸い上げていく巨大な風の渦が、木々の向こうから現れたのです。
それは森なんて簡単になぎ倒すくらいとても大きな竜巻でした。
「まさか竜巻に遭遇してしまうとは…すごい運勢だと思わないかい、リトルレディ?」
「そんなこと言ってるヒマ、ないよ…!」
二人が立ち尽くしている間にも、巨大な竜巻はまるで生き物のようにうねりながら二人へと近づいてきます。
急いでほうきに跨り、逃げ始めるピリカとププ。
しかし、時すでに遅く。二人は竜巻に巻き込まれそうになってしまいます。
「う、う……つよ、すぎる……」
「このままじゃ竜巻の中に吸い込まれてしまいそうだよ!」
クルクルと上下左右にほうきは回転し、前も後ろもわからなくなってしまうピリカ。
このままでは本当に竜巻の渦の中へとのまれてしまいます。
すると、次の瞬間。突然ププが動き出します。
通りすがりにあった木の幹をとっさに両手で掴み、その両足でほうきをがっしりと掴みました。
ププが木の幹を掴んでいるおかげで、ほうきはなんとかその場に止まっていました。
「ダメだよ…このままじゃあププが……!」
「心配ないさリトルレディ。ボクの身体の頑丈さは君が一番知っているだろう?」
「そんなこと…そんなことないよ…!」
ピリカがそう叫ぶ間にも竜巻の突風が彼女たちを飲み込もうと荒れ狂い、いつ吹き飛ばされてもおかしくはない状況でした。
ですが、同じようにほうきと木の幹をつなぐププの身体も悲鳴をあげていました。
ブチブチと音を立てて糸が切れ、ほつれ始めていくププの身体。
それは以前、ピリカがププの腕を引き千切ってしまったときの痕でした。
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『だってププがわるいんだもん。なにもしゃべってくれないから…だからちょっとおこってなげちゃっただけだもん』
『…ちがうの。ほんとはあたしがわるいの……ごめんね、ププ。ププはしゃべれないのに…』
ピリカが小さな頃―――まだぬいぐるみのププをプレゼントしてもらって間もない頃のこと。
ピリカはしゃべってくれないププがつまらなくなって、おこってしまって、投げつけてしまったことがありました。
壁に当たったププはそのとき糸がほつれ、腕が壊れてしまったのです。
最初は「自分は悪くない」と強がっていたピリカでしたが、最後はごめんと謝って泣きじゃくりました。
その後ちゃんと縫ってもらって腕は元通りになりましたが、その縫い痕は思い出のキズとなって残っていました。
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「ダメ止めてププ! このままじゃププの身体が壊れちゃう…」
「言っただろう、リトルレディ。何があっても君を守ると…ここまでずっと助けられてばかりだったんだ、これくらいはさせてくれ…!」
しばらくして。
ようやく竜巻は去っていきました。
なぎ倒された木々。散ってしまった葉たち。えぐりとられた大地。
キレイだった緑の森は、悲しい姿へと変わってしまいました。
しかし、そんな中でピリカとププは、竜巻に巻き込まれることなく無事に助かることができました。
これもププのおかげです。
「…ププの肩のところ、ちょっとほつれちゃった」
「なあに、このくらいは平気さ。痛いわけじゃないからね。それにリトルレディが直してくれれば、元通りだよ」
そう言って賑やかに笑うププ。
ですが、ピリカはどこか悲しい顔をしていました。
ププはそんな彼女の顔色に気づくことはありません。