頼らせたい人
「――これは参ったねぇ」
腕を組みながらため息をつく警察官と、怪訝な顔の警察官、机を挟んで口をつぐんだルルの姿がそこにはあった。
交番に助けを求めてからすぐに、彼女は再び悟ることになってしまった。
「オーフォンテっていう場所がね、どこにもないのは分かる?」
「私の国なんです……」
「家出ってことじゃないですか?だってこんなに日本語喋れるんですよ」
「スマホもないっていうからなぁ……」
メモに書いた名前以外に、ルルを示す情報は無い。
電話番号も分からない、そもそも連絡手段もない、終始厳しい顔をしていた若い警官はしびれを切らして矢継ぎ早に質問した。
「嘘ついてない?家に帰りたくない理由があるんじゃない?」
「私は助けてもらえるって聞いて……」
「誰から聞いたの?誰かと一緒にいたってことでしょ?」
「それは……」
ルルが言いよどむと同時に、もう一人交番に駆け込む人物がいた。
「あのっ、すいません、その子、俺の、知り合いです……」
壁に寄りかかり、肩を大きく動かしながら息を整えたのは鳴道だった。
パイプ椅子の背に両手を掛けてルルが振り向く。
警官は眉間にしわを寄せて顔を見合わせた。
「なに、知り合いいたの」
「本当に?なにか身分を証明するものはある?」
鳴道が学生証を出して名乗るのを、ルルは驚いたまま見つめていた。ぼさぼさになった彼の髪が、その必死さを物語っていた。
鳴道に言われるがまま交番をあとにした彼女の心境は複雑だった。そうして抱いた疑問を一度に解決する言葉を口にした。
「どうして来たのですか」
鳴道はそれを聞いて間髪入れずに頭を下げた。
「……無責任でした、すみません」
「……交番の人は、助けてくれませんでした」
ルルの寂しい声のあと、少しして、鳴道は顔を上げる。彼が騙すつもりで交番へ行くことを勧めたわけではないと、ルルは気付き始めていた。そして鳴道も、直接的な弁明を言い出せずにいた。
街灯が徐々に減っていき、住宅街に歩き進んでいた。
「俺は嘘じゃないと思ってます」
栗色の前髪の奥で、鳴道の瞳が申し訳なさそうに揺らぐ。
「ルルさんに帰る場所があることも、今は帰る術がないことも」
鳴道に合わせてルルも足を止める。
「……見捨てたつもりじゃないと分かっています。けれど、コグレさまには何ができますか?私は何を頼めますか?」
ボロボロの赤いドレス、傷ついた靴が物語っている。
「ここまでありがとうございました。私は……」
「一緒に探します。方法を」
ルルはその言葉に別段反応しなかった。仮に彼がそう言ったとしても、その場しのぎになるだけで、きっともう一度絶望を味わうと彼女も学んでいた。
「もう気にかけないでください。不思議な夢だったと忘れてください」
鳴道は咄嗟にルルの両手を取る。
「探します。帰れるまで、うちに泊まればいい。その……きっと大丈夫です。なんとかします。なんとかするから、頼ってください」
「きっと、って……」
「この国にたった一人で居るなんてやめてください」
鳴道は屈強な男ではなかった。例えば、不良に絡まれたとして、立ち向かうよりも逃げることしか頭にないタイプであって、そのまま首元を引っ張られて引き戻されて一発殴られてしまうような、そういう部類の人間だった。
ただ、なんとかしてあげたいという気持ちだけはあった。
孤独を解決するために、時間をかけて頭を使うことを厭わない男だった。
2人の顔のすぐそばには、小暮の表札がある。
鳴道はなにより真剣にルルを“口説いて”いた。