オーフォンテ・ルル・ベリット
私はこのまま、どうなるんでしょう。
声にも出せず、真っ赤なドレスの少女はひとり、座り込んで膝を抱えた。
見上げると頭上には青い空が広がっている。ところどころに白い靄がかかっていて、形を変えながらどこかへ流れていく。
……私の知らない空。私の世界には無い空。
ここには居場所なんてないのだと突き付けられているようだった。
オーフォンテ・ルル・ベリットが目を覚ました時、彼女はこの広場に倒れていた。
彼女にとって見慣れない土地だった。
生い茂る草木はどことなく国を彷彿とさせるが、漂う空気と環境音が、全く知り得ない場所であることを瞬時に気付かせた。
身体を起こし辺りを見渡す。
カラフルな枠組のオブジェ……何かの足場のようだ。
その傍には、階段と急な坂道のようなものがくっついた……あれも小さなオブジェ?
少し遠くに見えたものは、ブランコだった。ようやく見つけた“見たことのあるもの”だった。
彼女は頭をさすりながらうっすらとした記憶を掘り起こす。いつかの晴れた日に、大木にブランコを括りつけて遊んだことがある……古い映像を頭に浮かべてみるが、懐かしい思い出に浸る気分にもなれなかった。
今は誰もいないが、この場所は人のための遊び場なのだろうか?
傍にあった低木を掴みながら立ち上がり、より遠くまで目を凝らす。木々に囲まれたこの空間の外に、通り過ぎる人の姿が見えて、咄嗟に目を逸らした。
目線を戻すと、そこには誰もいない。ただ、本当に通り過ぎていっただけのようだ。
私が1人ここにいて、誰も気づかず通り過ぎていく……そんな出来事一つを取っても、彼女が全く別の国、もとい別の世界に辿り着いてしまった事実を確固たるものにした。
家族や宮殿のみんなに逢いたい。
民の笑顔が恋しい。
オーフォンテ・ルル・ベリット―――紅色の陽が射す国オーフォンテを治める王家の娘、ルル王女は今、日本という異世界に飛ばされていた。
この世界では誰もルルのことを知らないようだが、彼女が異国の人物であることは勘付かれているらしかった。
しばらくじっとしていたが、ともに飛ばされたものや追手はいないようだった。
このまま時間が過ぎるのを待っていても仕方がない。行き止まりがあるまで、と目の前の道をただただ進んでいくことにした。
……お父様とお母様はご無事なのか。こめかみがずきんと痛むたび、脈打つようにあの光景が過ぎる。手も足も出なかった衛兵が何人も倒れていた。美しく磨かれた床も柱も瞬きをするたび崩れ落ちていった。強い光と深い闇を同時に浴びて、それから――
「おねーさん!」
背後から肩をたたいたのはこの世界の人間だった。背の高い男が2人ひらひらと手を振る。
「1人?すげードレスだね。コスプレイヤー?」
「えっめっちゃ可愛いけどモデルとかじゃない?」
矢継ぎ早な質問に何も返せない。単語の意味はよくわからないが、言葉が通じることはルルにとって衝撃的な発見だった。
「あの、ここはどこですか?私はオーフォンテの者なんです、国に帰りたいんです」
言葉が通じるということは文化圏がつながっているということ。自分が王族であることが分かれば、オーフォンテに居る誰かに伝えられるはずだ。
男たちは顔を見合わせる。
「オー……なんて?」
「オーフォンテです!ご存じありませんか?私、ルルです……ルル・ベリット……」
噴き出した声にルルの名前はかき消された。
「知らねー!何この子!ウケるわ、それなんのキャラ?」
「キャラ……?オーフォンテは、私の父の国で……」
「えっなに、お姫様ってこと?ヤバ」
口ごもるルルをよそに男の会話は盛り上がっている。彼女の抱いた帰国への希望は音を立てて崩れていった。
「久々に見たわここまでイタい子」
「黙ってたら可愛かったな。もったいねー。じゃあねー」
去り際に再び肩をたたかれた。その力以上に大きな衝撃が彼女を襲い、ふらつきとともに粗いアスファルトでヒールが削られる。
数歩先から誰かがルルを見ている。送られた視線を追うが、その人物ははっとして逃げていった。何度もそんなことが続いて、いたたまれない気持ちでその場をあとにする。
路地の物陰に身を潜めたところで、ふっと息をつくと、同時に涙があふれた。
帰りたい……私の愛する国に。
この世界の青い空はとても怖い。オーフォンテの紅い空を見たい。
みんなが私を指さすのは、私が馬車に乗っていないからでも、護衛なく1人で歩いているからでもなかった。私が異様な存在だからだ。
光を灯す大きな木々もない。足元に咲く花が時折弾けて裾を濡らすこともない。
傷ついた靴を撫でると、またあの光景が脳裏を駆け巡った。
私が最後にこの目で見たのは、コートを被った何者かの姿……。
ひとりぼっちのこの世界と、突然壊されてしまった私の世界。
存在も分からない誰かに救いを求めて、ルルは抱えた膝に顔をうずめた。