帰還と調査
私は今ミーラと共に公爵家の豪華でしっかりとした作りの馬車に乗り込み、侯爵家に向かっていました。
でも私が侯爵家に向かっている理由は、ヴァル様との婚姻が嫌になったことでも、お義母様達にもう一度仕えるためでもありません。
私は決定的な証拠を掴み、そして引導を渡す為にもう一度戻ることを決めたのです。
「お嬢様、ヴァルレイ様は許してくれたのですか?」
あの時話し合いの場にいなかったミーラが私に尋ねます。
「ええ、勿論よ。ヴァル様にも夫人にも伝えているわ」
…私が侯爵家に戻ると伝えた時はヴァル様のお顔が青ざめてしまったけれど…。
それでもすぐ迎えに行くとヴァル様は言ってくださった。
◇
「も、戻るとはどういうことだ…?」
血の気が引いたヴァル様が私に尋ねました。
「ええ、私にもわかるようにいってくれないかしら?」
公爵夫人にも疑問を投げかけられて、私は今読んだばかりの手紙を三人に見せるためにテーブルの上に置きました。
「…これは」
「…すごいね…」
「なんて腹立たしい内容なの」
怒りをあらわにする二人に私は嬉しくなりました。
私の為に怒ってくれる人がいることが本当に嬉しいのです。
ちなみに殿下は手紙の内容にかなりひいていましたし、憐みの目を向けています。
「ここに書いてある通り、手紙の内容は【辞めた使用人たちの代わりに私が侯爵家に戻り仕事をする】事。
そして【私が持ち出したお金と公爵家から割り当てられているお金を持ってくる】事です」
公爵家から割り当てられているお金というのは私も正直訳がわからないので、なにもいうことはできません。
そもそも私はまだ公爵家の一員ではありませんし、まだ侯爵家の人間なのです。
そんな人に小遣いが支払われていると本気で思っているのでしょうか?
何のために洋服など沢山用意したと思っているのでしょうか。
「ちなみに私が持ち出したお金、というのは心当たりがありませんが……おそらく公爵家に来る前に購入したドレス代のことを言ってるのではないかと思います。
……あ、勿論公爵家から金品になるものは持ち出そうとは思っておりませんので安心してください!」
「そんなことは思ってもない!」
「ええ!そうよ!寧ろアニーちゃんの為にたくさんたくさん用意したいのに、ヴァルが”私がプレゼントするのです”とかいって私に選ばせても買わせてもくれないのよ!?
というかアニーちゃんの為になるものなら少し持ち出したくらいで何も思わないわ!」
「仕方ないですよ夫人。学生時代のヴァルは一目惚れしたアニー嬢になんのアピールも出来なかったんですから、今したくてうずうずしているんでしょう」
「母上も殿下も暴露しないでください!!!というかアニーはそういうことをいってるのではありません!」
「わかってるわよー、ちょっと口が滑っちゃっただけじゃない」
「ちなみに僕はわざと言ったよ」
「殿下は黙ってろ。
…母上はすぐにふざけるところがあるんだ。すまない」
謝るヴァル様の後ろで楽しそうに笑っている夫人と殿下を見て私は顔が熱くなりました。
(…ヴァル様から学生の時から好きだったと聞いてはいましたが、まさか一目惚れだったなんて…)
ドキドキと胸がうるさくなりますが、今はそういう場面ではないですわね。
「あ、あの……話を戻してもいいですか?」
ああ、ごめんねと続きを促す二人に私は続けました。
「この手紙の通り、私は一度侯爵家に戻ろうかと思います。
ですがお義母様の従順な僕になる為に戻るわけではありません」
「危険すぎる!」
ヴァル様が声を荒げますが、私は首を振りました。
「ヴァル様、私は善人の塊のような人間ではないのです。
私を利用する為に、犯罪に手を染め、呪った人にちゃんと罪を償ってもらいたいだけなのです」
「だが!あの女は君の母上を!」
「ヴァル…!」
夫人が声を上げヴァル様の言葉を遮りました。
ですが、私はどうしても聞き流せない言葉を聞いてしまったのです。
「”私のお母様を”…なんですか?」
お母様は頭を抱えて、ヴァル様を恨めしそうに睨みつけました。
「まだ話すつもりはなかったのに……」
「お願いします!教えてください!」
詰め寄る私に夫人は重い息を吐き出したあと話してくれたのでした。
◇
あの日の事を思い出した私は、手にしている鞄をぎゅうと握りしめました。
夫人は私に話してくださいました。
お父様は平民街にある娼館に通っていたこと。
それはお母様と結婚する前から続けられ、かなり回数は落ちたが今も続けられていること。
仕事で家を空けていると信じていたのは全て虚言だったのだと、私は初めて知ったのです。
それにマナビリアさんをお義母様として連れて来たのはお父様なのに、お父様の娼館通いは今でも続けられているところは同情してしまいます。
それでも私がお義母様を許せない理由は次に教えられたことがあったからです。
それはマナビリアさんが、私のお母様を呪って殺害したかもしれないという事。
この国は土葬が一般的であり、お母様が亡くなってからまだ三年余りしか経っておりません。
夫人は私に悪いと思いつつ、埋葬されたお母様を掘り起こしたといっていました。
そして掘り起こされたお母様からは”甘い匂い”が漂っていたことがわかったらしいです。
香りは香水やオイル等身につける物以外では体臭のみとなり、死体からは体臭が発することはありません。
腐臭を防ぐために内臓等の臓器も取り除けられますし、亡骸は綺麗に洗浄されるのです。
それなのにお母様から香りがする理由はただ一つ。
【呪術による香り】
先程にもお伝えした通り呪術が強ければ強いほどに、香りはきつくなり、効果がでるとききます。
つまり原因不明だったお母様の死の原因は、呪術によるものだということでした。
(……ちょっと待って……)
ここで私は恐ろしい事を考えてしまいました。
お義母様…いえ、”マナビリア”が最初から私を呪おうとしていなかったとしたら?
(……)
ゴクリと生唾を飲み込みました。
お母様とお父様が出会う前から、お父様とマナビリアが関係を持っていました。
だからこそエリアが私よりも先に生まれているのです。
お父様と恋仲だったマナビリアがお母様を疎んでいて、邪魔をされたと考えたマナビリアがお母様を殺そうと呪具をお母様に渡していた。
勿論その場合はマナビリアとお母様に接点はありませんでしょうから、お父様も共犯だという事でしょう。
マナビリアの呪術者としての力がどれほどの者かはわかりませんが、このブレスレットからわかるように、こんな”微かな香り”で洗脳状態に出来るとしたら…。
沢山の呪具がお母様の周りを囲んでいたとしたら、人を殺すことだって可能なのではないでしょうか……。
呪術で人が死んだ場合、原因不明とその場で判断されてしまう事が多いのです。
今回の場合匂いで呪術だった可能性が分かる場合もありますが、それは死体から香りはしないからなのであり、大体が死体を掘り返すことはありませんし、死体そのものがない場合は呪術は完全な殺害方法となるのです。
これが国で違法と認められた理由でもあります。
(最初は私に仕掛けられた呪具を探す為でしたが…)
正直まだ自分の仮説が信じられません。
でもお母様の死の原因を突き止めたい。
だからこそもう一度侯爵家に戻り、呪具を見つけ出す。
これが私が侯爵家に戻る理由です。
「お嬢様…」
ミーラが私の隣で不安そうな表情を浮かべています。
無理もありません。
夫人から「アニーちゃんの大変さを肌で実感してもらいたくて、侯爵家の使用人たちは全て公爵家で保護しているわ」と伝えられたのですから。
つまりどういうことかというと、今侯爵家にはお父様と、マナビリア、そしてエリアの三人だけしかいないということなのです。
私と共に戻ってきたミーラが、彼女たちにどんな扱いを受けるのか。
「大丈夫よ、ミーラ」
私はもうマナビリアの従順な僕ではない、クラベリック侯爵令嬢のアニーなんだから。
私があなたを守ってあげる。
■SIDE マナビリア/マリー/アニーの継母
私の人生は全てが順調だった。
美貌そして魅力的な体を最大限に生かし成功していた私だったけれど、それでも一つどうにもならないことがあった。
それが”平民”という身分。
身分という者は簡単に変えられるものではない。
おとぎ話でもあるように貴族に見初められ妻として迎え入れられることが出来れば貴族になることも可能であるが。
だが繋がりを重点的に考える貴族がいまだに多い中、誰が平民なんかを妻として娶ろうというのか。
また国に多大な貢献を納めた者に爵位が与えられると聞くが、か弱い女子になにが出来るというのか。
娼婦として成功していても平民の私はただただ男に春を買われる日々を過ごしていただけだった。
そんな私の元に一人の貴族がやってきた。
爵位は男爵だが、貴族という事は変わらない。
男は私を買うために、毎日通った。
私に膝をつき情を向ける男に、平民の私を手に入れたいだけで”高価そうな”プレゼントを贈る男に、いつしか私も夢を見るようになった。
そんな私を現実に突き落としたのは同じ男だった。
『ここには、もう来れないかもしれない』
『……どういうことですか?』
『結婚が決まったんだ。私の両親が勝手に縁を繋いでしまった。どうすることもできない』
『……そんな……』
本当に勝手な話だった。だけどまだ話は終わっていなかった。
『だが、私が本当に愛しているのは君だ。マナビリア。
信じてくれ』
『……嬉しいです。
……ですが、もうダニー様はここには来られないんですよね…?』
結婚が決まった男が娼館通いはただの醜聞にしかならない。
それは平民にも言えることで、貴族であればもっと世間の目は強いだろうと簡単に想像できた。
『いや、わからない…』
『わからない、とはどういうことですか?』
『あの女が私と同じならば、今後もここに来ることは出来るのだ』
同じという事は、ダニーの結婚相手も男娼通いでもしているのだろうか。と疑問に思ったがまだ私に希望の光が閉ざされていない事だけはわかった。
『ダニー様、お願いです。
どうか、どうか私と、この先もずっとずっと一緒にいてください。
でないと私は寂しくて、死んでしまいます」
『ああ!勿論だマリー!
必ずここに来れるようにあの女と話し合う!』
娼婦通いをどう話を付けようというのか、それでも私は男に泣き縋る。
そして男が去っていった後、溜めてきた金で呪具を購入しに向かったのだ。
呪具の販売ルートは巧妙に隠されているとは言うが、それは貴族の場合だ。
貴族は足がつかない為に平民を何人も雇い、呪具を買う。
そんな買い手とされた平民から同じ平民限定ではあるが少なからず情報が洩れ、貴族よりは呪具の販売ルートを簡単に知ることが出来るのだ。
私はアクセサリーに見える呪具を幾つも買った。
使用方法を熟読し、ダニーが来る日を待った。
『マリー!!嬉しい報告だ!
今後も君に会えるぞ!』
嬉しさあまりに興奮が抑えきれないダニーは私の衣服を簡単に剥ぎ取り胸を弄った。
『…ぁん、もうダニー様ったら…」
乳房を揉みしだく手は次第に乳首をこねくり回す。
私はその快感でダニーが好きそうな声を上げて、足をダニーに絡ませた。
ダニーに抱かれている間、私は一つの事に思案する。
(ダニーの結婚は止めることが出来ない)
それはダニーに他に好きな人が出来たからとかいうレベルではなく、平民にはよく理解できない貴族の繋がりによるものだからだ。
しかもダニーは言っていた。”両親が勝手に組んだ縁だ”と。
つまりダニーにいっても結婚は覆すことができないのだ。
(ならば離縁をさせる…?)
でもどうやって?縁を重要視する貴族は早々簡単には離婚しないのだ。
(じゃあ……
殺せばいいじゃない)
いくら年数がかかってもいい。
貴族になれば私にもっと華やかな未来を送ることが出来る。
その為に呪具も買ってきたんだ。
(ダニーが今後もここに通うことが出来るのかは賭けだったけれど)
どんな話し合いをしたかはわからないけれど、女側もダニーに好意を抱いていないのならばこれほど私にとって都合がいい話はなかった。
そして私はダニーの結婚相手の情報を知り
ダニーを通して女に呪いをかけた呪具をいくつも送った。
(好きでもない女にプレゼントを贈るように両親に促されて困っていると相談してくれたダニーは最高の男よ)
だって、呪具は近くにないと香りを届けることができず効果が発揮できないのだから。
それからかなりの年数がかかってしまったけれど、女を殺すことが出来た私はダニーに妻として迎え入れられ、やっと貴族になった。
そしてこれまた嬉しいことに女に渡していた呪具は、形見の品として娘の手首にはめられていた。
私は笑みを抑えきれなかった。
悲しみに泣く女の元に近づき、眉毛を少し下げたら……ほら同じ笑みでも慰めているように見えるでしょう。
今度はこの女を従順な侍女に仕立て上げれば、私がこの侯爵家のリッパなオクサマになれる。
■
侯爵家に着いた私は目を見開きました。
私がこの家を出てまだ半年もたっていないのです。
それなのに花も枯れ、荒れ始めている侯爵家の様子に愕然としました。
中に入ると物に当たり散らした様子が分かります。
廊下にあった花瓶は割れ、吊るしてあった絵画にはヒビが入っていました。
どれもこれも値打ちがあるものなのに……。
(私にお金を持って来いと言っておきながら、売ればお金になる物をこんなにも壊して…やってることがわからないわ)
勿論自分の所有物を手放す考えが頭にあったのかはわかりませんが。
「ミーラ、足元に気を付けてね」
靴を履いているとはいえ危険な物が散らばっている中を歩くため、私はミーラに注意注意するように伝えます。
「それにしても凄い荒れようですね…」
「ええ…皆がいてこそここが成り立っていたのだとわかるわね」
荒れた廊下を歩き、私はお父様の書斎へと向かいました。
書斎の扉の前で私は室内の様子を確認するために深く息を吸い込みます。
探知魔法です。
部屋の中の様子が私の脳内に映し出されるのです。
私はミーラに目配せをしてから、扉に手の甲を向けました。
〈コンコンコンコン〉
ノックがして少しの間の後「入りなさい」とお義母様の声が聞こえました。
私は一人で部屋の中に入っていきます。
ミーラと共に中に入らない理由は、三人がこの部屋の中に揃っているからです。
三人が揃っている状況であれば、ミーラは自由に行動できますからね。
(それに新しく雇った人もいないことは確認したわ)
先程の探知魔法はなにも部屋の中だけを確認する為ではありません。
この屋敷全体に探知魔法をかけて侯爵邸にいる人の数を確認しました。
お父様の書斎にいる三人と、私とミーラの五人だけなのは確認済みなのです。
きっと今頃ミーラは公爵夫人からお借りした探知機を持って私の部屋、そしてお義母様の部屋に向かっている筈。
(この屋敷に必ずある筈の呪具を探すために)
そしてこれから私がする事はまだ洗脳状態だと思わせるために、もう一度従順な”次女”を演じる事なのです。
■ SIDEミーラ
侯爵家に戻ると決意したお嬢様は、公爵夫人から借りたという探知機を私に渡した。
そして色々と教えてくれたのだ。
お嬢様は長い間ずっと洗脳状態だったということ。
その証拠にお嬢様が常に手首に嵌めていたブレスレットに探知機を当てて見せた。
『この探知機は呪具を発見する為に使われるものなの。
そして呪具だと判断するとこのように赤く光るわ』
『!?な、何故そんな物騒な物をつけたままにしているんですか!?
今すぐ外さないと!!』
『いいのよ、まだ外すときではないだけ。
探知機にこの呪具の効能を調べる機能は備わっていないから、お義母様に疑われない為にも外すべきではないわ』
頑なに外さないお嬢様にもう私はなにもいう事は出来なかった。
そしてお嬢様のブレスレットで、探知機がどの程度の精度なのか何度も確認した。
(探知機は半径約5mほどの距離で点滅して対象に触れると点灯する)
存在を確認する為だから複数あることは知らせてはくれないけれど、それでも見た目では呪具だと一切わからないものを発見できるものだから凄い。
さすがは公爵家といったところね。
普通の貴族で持っているところはなかなかいないんじゃないかしら。
まず私は”奥様”の部屋に向かった。
(お嬢様が相手をしてくれている今がチャンスなんだもの!)
探知機を手にして奥様の部屋を確認する。
使用人たちがいなくなり、あれほど皺にうるさかった奥様のベッドは乱れに乱れていた。
(こんな皺だらけのベッドで寝れるのなら、お嬢様を叩かなくてもいいじゃない)
一つでも皺があるとお嬢様に手を挙げていた奥様を思い出して私は眉間に皺を寄せた。
(ダメダメ、今すべき事をしないと)
探知機に目をやり、光っていないことを確認する。
(この部屋にはないのね…。
まぁ呪いたい人間に渡すべきものだから奥様の部屋になくても問題ない、か)
あったらあったで、次は誰を標的にしているのだと話がややこしくなるところだ。
私は奥様の部屋を出て、次はお嬢様の部屋に向かった。
■
「はぁ!?アンタ金持ってきてないの!?」
すっかり貴族令嬢として相応しくない言葉遣いの私のお義姉様に私は”申し訳なさそうに”頭を下げました。
「申し訳ございません。公爵の令息様の婚約者として暮らしてはおりますが、まだ私はクラベリックであります。
その為公爵家からは資金を受け取ったことがございません」
「使えない子」とお義姉様が口にし、そしてお父様やお義母様が軽蔑の面持ちをされました。
勿論私に対してです。
「ですが、私が公爵家に向かう際に購入したドレスをお持ちしました。
これを売れば幾らかのお金にはなるかと思いまして…」
持っていた鞄を差し出すと、お義姉様が私の鞄を奪い取ります。
「アンタが選んだドレスが足しになるわけないじゃない」
そういいながらも奪い取った鞄をいそいそと開けるお義姉様。
「お金については目を瞑るとして、貴女を呼んだのはこの邸の改善の為よ」
「改善…というのは」
「はぁ!?アンタわかってないの?!
アンタに任せていた使用人たちが辞めちゃったのよ!?
アンタが未熟な所為で、使用人の教育もロクに出来ないから今こんな状況なの!
アンタにはこの状況を改善する義務があるって言ってるのよ!」
お義母様の代わりに答えるお義姉様はずっと機嫌が悪いみたい。
無理もないでしょう。
今まで髪の手入れもお肌の手入れもしてもらい、好きなものを食べ綺麗なドレスを好きなだけ着ていただけに、一気に平民に戻ったように髪の毛には艶がなくなり、肌もどこか血色が悪く見えています。
それでもやってこれているのは平民だった経験があるからでしょう。
普通の貴族令嬢なら世話をしてくれる人がいなくなりお金も使えなくなってしまったら、身なりを整えるどころか食事もどうすればいいのかわからなくなるはずです。
「申し訳ございません…私が未熟なばかりに皆様にご迷惑をおかけしてしまいました…」
「謝罪をするよりも早く働きなさい!!」
「はい…!」
私は立ち上がり部屋から出ていきます。
「あ、あの…」
「何?!」
「廊下にも沢山破片が落ちて危ないので、私が片付け終わるまでここで落ち着いて頂ければと思いまして…」
勿論、言葉の裏にはこの屋敷内を調査する為に厄介な三人がばらけないでいてて欲しいという意味が込められています。
「…言われなくてもそのつもりよ」
そう言ったお義母様に私は深く頭を下げて、やっとこの部屋から出たのでした。
探知魔法を使ってミーラの場所を把握した私は、自分の部屋に転移しました。
「あ!お嬢様!」
然程驚いた様子を見せないミーラ。
それは私が魔法を使えるという事を伝えたからです。
ミーラには色々と協力していただく為に、秘密にしていたことを全て伝えることにしました。
私が呪具であるブレスレットを外さないことに言及しないのは魔法使いだということもあったかもしれません。
ちなみに呪具を使って呪術を行うには匂いが重要ですから、私は魔法でこのブレスレットから香る匂いを遮断しているのです。
だからこうして身につけてても害はありません。
(呪具は見つけ次第王家に報告しなければならないから…)
例えブレスレットが呪具だとしても、お母様からもらったこのブレスレットはまだ身につけていたいと思いました。
勿論殿下からは許可を頂いています。
話の流れ次第ではこのブレスレットがカギとなるのだという事で、まだ身につけていてもいいと仰っていただいたのです。
(お母様がお父様にもらったというブレスレットがとてもキラキラと輝いていて、羨ましそうに見ていた私にお母様は苦笑しながらブレスレットを下さった)
お父様からのプレゼントだったブレスレットが実は呪具だという事が判明した時、私はお母様を殺したのはお父様なのではと思いましたがすぐに否定しました。
洗脳状態だった私はお父様の仕事の状況を確認しても、不審に思う事はありませんでしたが、洗脳が解けた状態の今は違います。
お父様は本当に出来が悪いのです。
頭を使うことが得意ではなく、難しいことを考えるよりも楽しいことに向かってしまいます。
でもそんなお父様もプライドだけは一人前でした。
(だから執事長のトーイもお父様に気付かれないようにしながら、私に頼ってきたのよね)
お父様の事を理解している私はすぐに、お父様は利用されただけだと察したのです。
「奥様とエリア様の部屋を見てきました」
そういいながら一つの箱を差し出すミーラから、私は受け取りました。
「これどっちも呪具なの?」
「いいえ。このシンプルなネクタイピンは呪具でしたが、一緒に入っていたこの水晶は呪具ではありませんでした」
「なにに使うための水晶なのかしら…」
「さぁ、私にはさっぱり……、でも公爵夫人なら調べてくださる筈ですよ!」
そう告げるミーラに私は笑みを向けました。
「ええ、そうよね」
「それよりお嬢様……、お嬢様のお部屋なのですが……」
言いづらそうに目をそらすミーラ。
「私の部屋にも呪具があったのね……」
「はい…、最初はエリア様の部屋にあった呪具に反応を示しているかと思っていたのですがどうやら違ったそうで…
色々な物に当ててみたのですが、かなりの呪具があると思います」
「え、ちょっと待って…お義姉様の部屋にこの呪具があったの…?」
「?そうですが…」
私はお義母様が一人で行ってきたのだと思っていただけに、お義姉様の部屋に呪具があることを知り驚きました。
「…この部屋で見つけた呪具はオルゴール、ネックレスやイヤリング等のアクセサリー系、と色々とありました。
まだ他にもあるかと…」
「このアクセサリーもオルゴールも全部お母様の形見の品…」
「え…!」
どれもこれもお母様が若い頃に流行していたデザインのアクセサリーが呪具だったと知り私は悲しくなりました。
「……”マナビリア”はそんな昔からお母様を呪い殺そうとしていたのね……」
そして私も、知らないうちに呪具を近くに過ごしていた為、マナビリアの呪術にハマってしまったことが悔しかった。
「お嬢様、この事を早く公爵夫人達に…」
「そうね」
ミーラに促されて、私は計画を進めるために魔法を展開させました。
私はミーラと共に呪具を探す目的の為に侯爵家に戻っていましたが、実はヴァル様達も動いてくれているのです。
ヴァル様は殿下と共に王城へ一度迎い、呪術者とそれに関わった者の捕縛の為王国騎士団の要請の為に。
公爵夫人は公爵に連絡し、クラベリック侯爵、つまりはお父様と領地の現状を陛下に報告する為に。
皆が私の為に動いてくださっていました。
「ヴァル様聞こえていますか?
私達は呪具となる品物を複数見つけることが出来ましたが、親機となる呪具はいまだに見つけることが出来ておりません。
もう少し時間を…」
「いや、その必要はない」
通信機として一時的に使用しているネクタイピンから話されたのでしょう。
私が展開している魔法の球体からヴァル様の声が聞こえてきました。
「お、お嬢様、なんだか地響きが聞こえませんか?」
地響きというより馬の走行音に似ています。
「…!?」
もしやと思いすぐに探知魔法をかけると大勢の人がこの侯爵家に向かっていました。
「ヴァル様!?今どこにいますか?!ヴァル様!」
魔法で作り出した球体に話しかけても一向に応答がありません。
私はミーラの腕を掴み侯爵邸の外に転移しました。
そしてタイミングよくこちらに向かっていた集団が到着します。
「…ヴァル様…」
思った通り侯爵家に向かっていたのはヴァル様でした。
そして、後ろには王族の紋と剣を合わせた模様を刺繍されている騎士の皆さんが居ました。