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洗脳と決意




食事を終えた私は夫人と共に庭園に移動していました。


侯爵家について教えていただくために。


夫人はメイドに目配せをし、暫くした後白く丸いテーブルに温かい紅茶とお茶菓子が置かれました。

昼食が喉を通らなかった私に気を使ってくださったのでしょう。


「さぁ、なにから聞きたい?」


「私が聞きたいのはどうして侯爵家で働いていた皆を公爵家で雇うのかという点です」


そう問う私に、公爵夫人ニコリと微笑み頷きました。


「私達はクラベリック家を怪しんでいるのよ」


「怪しむ…ですか?」


言葉の意味がよく理解できない私は不安な気持ちで公爵夫人を見上げました。


「あ!といってもヴァルがアニーちゃんを想う気持ちは本物だからね?そこは信じてあげて」


そう念を押すようにいわれて、私は頷きます。

私だってヴァル様の気持ちを信じたいから。


「貴女が我が家に来たあの日、アニーちゃんのやせ細った体と、疲れが見える顔色、そして貴族令嬢とは思えないほど少ない荷物に私達は疑問を持ったの」


「あ、それは…」


私が至らなかったことが理由だった為に、私は口籠ってしまいました。


「そして私達は考えたわ。アニーちゃんがあの家で冷遇されているのではないのかと」


「え!?ち、違います!!私そんなことされていません!!」


反射的に否定してしまいましたが、決してそれは間違いではありませんでした。


例え使用人のようなことをしていたとはいっても、それは私が至らないからであり、家族の所為ではありません。

物を投げつけられるのも、平手打ちされるのも、全て私が悪かったからであり…


(本当に…?)


ツキンとした痛みが頭に走りました。


最近侯爵家の事を考えると頭に痛みが走ることがあるのです。


「アニーちゃん…?どうかしたの?」


「なんでもありません…」


すぐに収まった痛みを伝えることはせずに、私は話の続きを促しました。


「アニーちゃんには悪いと思ったけれど、婚約相手の家を調べることは当然のことだから勘弁してね」


「…はい。承知しております」


不安そうにする公爵夫人に私は頷きます。

そしてホッとする公爵夫人は途端に表情を消しました。


「アニーちゃん、あなた学校を飛び級しているわね」


「…はい」


お母様が亡くなられたあの頃、貴族社会に不慣れなお義母様に”お願い”された私は学園を中退するしかなかったのです。


でも折角あと数年で卒業できると残念に思っていた時、先生から【飛び級制度】があることを教えていただき、そして一気に卒業できたのです。


貴族令嬢として中退することは恥でしかなりませんから。


「理由は、アニーちゃんに侯爵邸の管理をさせる為、でいいかしら?」


「あ、はい…。お義母様は元平民でしたので…色々と大変なお義母様の代わりに私がやっていました」


「そして、侯爵家としての仕事もアニーちゃんがやっていた」


「あ、それは違います!それはお父様が行っていました!

私がやっていたのは、些細な”修正”です!」


私がそう訂正をすると、夫人はにこりと微笑みました。


「アニーちゃん、何故貴女が途中で飛び級制度まで使って邸の管理を行わなければいけないの?」


「ですから、お義母様は元平民でしたので…」


改めて理由を告げる私に、夫人はゆっくりと首を振ります。


「元平民ならば余計に人に任せてはならないわ」


混乱する私に夫人がまだ温かいお茶をすすめてくれたので、一口頂きました。


「貴族社会は一見華やかに見られがちだけど、実際には泥沼で互いの足を引っ張り合いをしている人だらけよ。

その為どんな事情があろうと隙を見せてはならないの」


それはわかります。

いえ、実際に社交界に顔を出してはいない私は実際には体験したことはありませんが…。


それでも貴族として育ったのですから、夫人が言いたいことは十分にわかっているつもりでした。


「王族を除く一部の貴族の間では平民を妻として迎え入れるのは構わないと思っている一方、貴族として不慣れなまま平民の感覚が抜けないだけではなく妻としての仕事も満足に出来ない者はそれだけで周りの貴族のネタになるの。

そしてネタになった者だけではなく平民を迎え入れた夫や子供にまで及び、最悪子供の将来までも影響を受ける。

つまりアニーちゃんがいう”平民だから”は理由にならないのよ」


「っ……」


「貴女を責めているわけじゃないのよ。

ただ教えて欲しいの。”貴女はあの女に何と言われて”邸の管理をしてきたの?」


「私は…」


夫人の眼差しに何故か堪えられなくなった私は俯いてしまいました。



そして思い出します。




あの日私はお母様の葬儀の為に一時的に学園から家に帰ってきていました。


涙をぼろぼろと零してお母様が横たわっている棺を見つめている私に、一人の女性が近づいてきました。


その女性を見たこともなかったのですが、優しい目をして、悲しんでいた私を抱きしめてくれたのです。


『…貴女は…誰ですか?』


抱きしめていた女性は一度私を離して微笑みます。


『私は貴方の新しい母よ』


『新しい、お義母様?』


『ええ。…これから貴方には私がいるから安心してちょうだい』


新しいお義母様からは甘い匂いがして、お母様が亡くなって胸が苦しくなるほどに悲しかったはずなのに、何故か安堵してしまいました。


(そういえばお母様もたまに甘い香りをさせてたわ…)


お義母様から香る甘い匂いに懐かしさを感じた私は抱きしめてくれるお義母様に頬を摺り寄せると、お義母様は優しく撫でてくれました。





『ねえ、お願いがあるのよ』


葬儀が終わり、お義母様の事を新しい侯爵夫人として屋敷の人たちにお父様が紹介したすぐ後の事でした。


『どうかしましたか?』


『私達今じゃ侯爵家の一員になれたとはいえ、元は平民だったでしょう?

だから私の子供のエリアにも学園に通わせてあげたいと思ってね』


『それでしたらお父様にお伝えすれば問題なく通わせてくれるかと思います』


入学については私には決める権限がありませんので、何故お義母様は私に相談するのかなと思いましたが、それでも相談してくれたことに喜びを感じました。


『あとこの邸のことなんだけど…』


『なにかありましたか?』


『貴女ももう何年かしたら成人を迎えるでしょう?

なら屋敷についても今から貴女が管理してみない?』


『わ、私が…ですか?』


本来であれば屋敷の管理は侯爵夫人として行うべきことの一つであり、それを行わないことは自らの評判を下げる行為に繋がるのです。


だからお義母様の事を考えたら絶対に引き受けるべきことではありませんでした。


それに私はまだ学生の身分であり、近いうちに学園に戻ってしまうのです。


『ええ。侯爵家の嫡子として生まれた貴女が、よ。

貴女が成人を迎えたら侯爵家を継ぐ。そうなったら屋敷の事も”貴方の母親と同じように”管理するべきでしょう?』


『私が…』


『私はね、貴女に期待しているのよ』


『期待…?』


『ええ………でもね、私は貴女と知り合って間もないわ。

貴女がちゃんと次期侯爵としてやっていけるのか不安でもあるのよ。

だから私に見せてくれないかしら?』


お義母様から漂う匂いが少しきつくなった気がしました。


そして私は期待に応えるべく、お義母様の提案を引き受けることにしたのです。






「うまく誘導されたのね」


拙くはありましたが話し終えた後公爵夫人がいいました。


「誘導…ですか?」


「ええ。アニーちゃんは期待に応えようと頑張ってきたと思うけれど、でもそれは違うってことよ」


「それは…どういうことですか…?」


言いづらいのだけど…と前置きした後に公爵夫人が話してくださいました。


「最近聞いた話なんだけど、平民だった母親とその連れ子を家族に迎えたある貴族の話よ。

もともとその貴族には一人の娘がいたの。でも平民の継母と義姉を受け入れない娘は、継母の仕事を取り上げて、毎日のように家を追い出していた。

かわいそうに思った夫は根回しをして、継母と義姉を他の貴族のお茶会に参加させたり、また義姉を学園に入学させたりしたそうよ」


最初は私達の家族に一致するとは思いましたが、話を聞いていくうちに違うとわかりました。

だって私はお義母様から仕事を取り上げたこともありませんし、家族を追い出してなんていませんから。


「これは全てクラベリック家、つまりアニーちゃんの家の話として今沢山の人の耳に入っている話よ」


「……え?、今、なんと…?」


「様々な茶会でアニーちゃんの継母と義姉が、アニーちゃんを悪役に仕立ててないことを言いふらしているっていってるのよ」


お陰で信じた貴族から「あの子を婚約者にしても大丈夫なの?」と言われているわ。と不機嫌そうに言い捨てます。


「あ、勿論大半は信じていないから安心してちょうだい。

貴族社会は繋がりが大事だからね、わざわざ家を追い出すなんて”言いふらされる危険”があるのにそんなことをするのは愚かな者だって皆思っているわ。

そもそも自分から侯爵夫人として邸の管理も任されていないと言っているようなものだもの」


出されたお茶を口にしてから公爵夫人は続けました。


「でもね、私がアニーちゃんに言いたいのは”何故貴女を悪女として言いふらしている者の味方をしているの?”ということよ」


衝撃的でした。


今まで信じていたお義母様達が良く過ごせるように身を粉にしてきただけに。


「私は…侯爵家の…次女として」


正式な後継者として、立派な次期侯爵になれるように”オカアサマ”にも安心してもらえるように




『キャハハハハ!いいわね!今までおいしい思いをしてきたんだから!!”ジジョ”として頑張ってもらわないと!!』


『フフフ、ここまで来るのに時間がかかったけれど、これからは楽しく暮らしましょうね』




いつしか聞いたお義母様とお義姉様の言葉が頭の中で響いて、激しい痛みが頭に走りました。




庭園から見える公爵家で働く沢山のメイド達の姿が目に入りました。

忙しそうには見せずに優雅で品のある動きで皆がこなしています。


そんな皆さんの笑顔で楽しそうにしている姿を何度も何度も見てきました。



でも侯爵家では、お父様やお義母様、そしてお義姉様が邸にいる間は皆が緊張した面持ちでした。

三人が出かけているときだけ、やっと楽しそうな笑顔が見ることが出来ていたのです。


それは”私も一緒”でした。



いつ殴られるのだろうか、と。



今後は何を言われるのだろうか、と。





(私は…本当にお義母様に安心してもらえるように頑張ってきたの…?)




『ね、本当にあの子に期待しているの?』


『そんな訳ないじゃない。”侍女”なんだから、ちゃんと働いてもらう為に、よ』





(違う、私は”お母様”のような人になりたいと思って、勉強も沢山頑張ってきた!)



侯爵家の嫡子として、次期侯爵として




お母様のような素晴らしい人になりたいと




(私は”侍女”じゃない!!!!!)








そう思った瞬間、不思議なことにあれほどに痛かった痛みがどこかに消えていったかのように、すうとなくなったのでした。





急に痛みに頭を抱え込んだ私を心配して立ち上がってくれた夫人に私は笑みを向けました。


勿論離れた場所で控えているミーラにもです。


「ごめんなさい…、けれど、もう大丈夫です」


私は思い出しました。


侯爵家について考えると痛み出す頭痛。

そして先程の激しい頭痛。


更にはお義母様から香った甘い匂いと、常にお義母様が首から下げていた変えることがない同じネックレスを思い出します。




この世には魔法使いというものが存在しますが、呪術師という者も存在するのです。


魔法使いは無から有を作り出せる神秘的な現象を発生させることができるのに対し

呪術師は呪具を使い、他者に危害(病気、怪我等)を与える存在なのです。



勿論他者に危害を加えることから国では決して認められてはおらず、見つかると罪に問われてしまいます。


ですが人間は善意の塊のような人はいません。

どんな人にも悪意が芽生えることがあります。

その為犯罪となってしまう呪具も巧妙な手口で取引がされているのです。



私が今までお義母様に疑問を抱かず、逆らうこともせず、ただただ従順に従っていたその背景にはこの呪具が絡んでいるのではないかと思ったのです。



そしてもうお義母様からの呪縛から解き放たれた私は、隠すこともせずにお二人に私の推測を伝えました。


「……呪術、ね。可能性はあるわね」


そう考え込む公爵夫人は、私の話を一つの可能性として考えてくれる様子でした。


「…ありえない」


「ヴァル、様?」


低く呟かれた言葉に顔を向けると、ワナワナと怒りで震えるヴァル様が居ました。


「使用人扱いに虐待に加えて、長年アニーを洗脳してきただと!?ありえん!今すぐに処刑してやる!!」


「ヴァル、頭を冷やしなさい」


席を立った夫人はきつくヴァル様に言い放ちました。


「くそっ」


そう暴言をはいて、私と夫人がいるテーブルへと近寄ったヴァル様はそのまま席に座ります。

そして私は気分を害してしまったヴァル様に尋ねることも難しく、かといって無視をするわけにはいかずにヴァル様の後ろにいた男の人をちらちらと見ていたところ、夫人が気付いてくれました。


「まぁ、殿下ではないですか。どうしました?」


「いや親友に面白いことを聞いてね」


「………」


殿下と呼ばれた男の人の言葉にヴァル様はギロリと睨みつけます。


「ハハハ、ごめんってば。そう睨まないでよ。

僕に出来ることなら十二分に協力するからさ」


「…ふん」


「で、君がヴァルの婚約者で”魔法使い”だよね」


「……はい。帝国の若き太陽にご挨拶申し上げます。アニー・クラベリックと申します」


席から立ちあがって王子殿下に挨拶をします。


「ここに来たのは魔法使いの子に是非お礼をいいに来たんだ。……でもその前に聞き捨てならないことが聞こえてきたんだけど……

僕も話に参加してもいいかな?」


夫人とヴァル様が私を見ます。

話の内容は私の事なので私が許可を出すべきだからです。


「勿論構いません。寧ろ殿下に参加していただけること、至極光栄にございます」


「ありがとうね。

で、さっき”呪術”という言葉が聞こえたんだけど……話を聞かせてもらえるかな?」


「はい」


私は夫人に先程話した内容をそのまま殿下と、そしてヴァル様に伝えました。

途中から聞いていたとはいえ、どこから聞こえていたのかは私にはわかりませんから。


「ふーん……、つまりアニー嬢が今身につけている物に呪具があれば、アニー嬢の仮説は証明されるってことだね。

公爵夫人、アレはある?」


「ええ。ございますよ。

先程メイドにお願いしましたので、もう間もなく持ってくると思います……と、来ましたね」


タイミングよくメイドがやってきて、夫人に小さな機械を手渡しました。


夫人はその端末の電源を入れると、音もなくランプが点灯します。


「ッ!」


「おお!これはアニー嬢の仮説が正しそうだね!」


「そうですわね。……アニーちゃん、アニーちゃんも知っている通り呪具は見た目じゃわからないわ。

だからこそ、この探知機で呪具を見極めるの。……アニーちゃんが呪具かもしれないと思う物はあるかしら?」


殿下や夫人がいう”アレ”という物がわかっていませんでしたが、どうやら呪具の探知機でした。

とても便利な機械を公爵家は持っているんですね。


「……このアクセサリーを見ていただけますか?」


私は手首に嵌めているブレスレットを外してテーブルの上に置きました。


夫人が端末をブレスレットにつけると、ピーという音と共に点滅していたランプが点灯に変わりました。


「……これで確信だね。

まぁまだ親機と呼ばれる呪具を発見していないけれど…アニー嬢が呪術を受けていたことはこれで証明された」


呪術は魔法とは違い、呪具と呼ばれる道具が必要になります。

呪術を行う者は常に呪具を身につけ、その呪具を介して人を呪うのです。

つまり、お義母様が呪具を常に身につける必要はありますし、呪いたい人にも呪具を渡す必要があることから二つ以上の呪具が必要になるのです。


また呪いが強ければ強いほどに香りはきつくなり、効果が出ると聞きます。

そしてその香りは呪術者各々で全く異なるものです。


つまりこのブレスレットから微かに香る甘い匂いと、お義母様から香る甘い匂いは全く同じものであることから、呪術者はお義母様という事がわかりました。

そして呪う相手はブレスレットを持っている私という事がわかりました。



「アニーちゃんはどうしたい?」


「どう、とは?」


「侯爵家のことよ。幸い……かどうかはわからないけど、アニーちゃんとヴァルはまだ籍をいれていない。

侯爵家をどうしたいかは、アニーちゃんの主張が重要よ」


それにここにちょうど殿下もいるしね、とウィンクする夫人に私は考えました。


正直言って、ヴァル様が仰っていた”処刑”はあまりにもやりすぎの気がしてなりません。

ですが、罪は償ってもらいたいと思うのも事実です。


そして侯爵家については……



「奥様」


一人のメイドが厚い封筒と一つの手紙を持って現れました。


「あら、調査が終わったのね」


「はい。こちらが調査結果になります。

そして、こちらはクラベリック侯爵家からアニー様宛の手紙です」


メイドは封筒は夫人に、手紙は私に渡すと下がってしまいました。


少し暗くなってきましたが、この庭園のテーブル席には明かりがある為に書面を読むことは可能です。


私は一言告げて手紙の中身を確認しました。



「……………」


夫人と共に封筒の中の書面を確認するヴァル様が私の異変を感じ取りました。


「アニー?」


「……決めました」


「何を、だ?」






「私、侯爵家に戻りたいと思います」




















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― 新着の感想 ―
[良い点] これはまたよくできた洗脳のテクニックですな…もしかして母親も? [一言] 公爵夫人がイケイケでとてもいいですね。 ちょっとはっちゃけすぎてるようにも思いますが、家の中くらいはっちゃけてても…
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