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新たな提案







眞子を元の世界に戻した数日後、ルンルンと上機嫌に鼻歌を歌うミーラに私は何か嬉しいことでもあったの?と問いかけました。


「お嬢様は侯爵家にいたメイド達がここに来たら嬉しいですか?」


ニコニコと私では叶えることが難しい言葉が返ってきたのです。


そうね。ミーラは侯爵家で働いてたから皆が恋しくなるのも無理はないと思うわ。

私も会いたいなとは思うけれど、今は…ヴァル様がいるしミーラも公爵夫人も、それにここのメイド達も良くしてくれるから寂しいとは感じてなかったわ。


「嬉しいけど…それは私には叶えられそうにないわ…。ごめんねミーラ」


「え!?……あ!違いますよ!寂しいとか、侯爵家に戻りたいとかそういうことじゃないんです!

あの…えっと、た、ただ聞いてみただけですよ!」


なにやら焦った様子で話すミーラだったけれど、ミーラが悲しんでいなくてホッとしたわ。


「あ!もうそろそろ昼食の時間ですね!私ちょっと行ってきます!」


何故そんなことを聞いたのか尋ねようかと思ったのだけれど…、忙しそうなミーラに私は黙って見送ることにしました。

だけど、いつも食事の時間まで私と一緒にいたと思うのだけど…。


とても頼られているのね。よかった。


一人で本を見ながら待っていると、暫くしてミーラが私を呼びに来ました。


本を置いてミーラと共に食堂に向かいます。え?ヴァル様?

ヴァル様は今日は王城に行っているの。


眞子を送り届けた翌日殿下に眞子のことを報告しに行ったのだけれど、私の事を話さなかったのか魔法使いの事を問い詰めるために何日もヴァル様を呼び出しているの。

王族に隠し事はするものではないと私も思っているから、ヴァル様には伝えてもいいとは話してはいるのだけれど…。


でも寂しくはないわよ。だって夕食の時に会えるもの。


…あ、でも今日は早くに戻ると朝に言っていたわ。今から楽しみね。


「アニーちゃん早く座って座って!」


そうして食堂についた時、ニコニコ顔の公爵夫人が私を待っていました。


勿論眞子の事は公爵夫人も把握していますし、将来私のお義母様になる方ですから、私が魔法使いであることも伝えております。


(ミーラも公爵夫人もどうしたのかしら?)


と戸惑いながらも席に座ると、やっと何故ミーラが私に聞いてきたのかその理由がわかりました。


「アニーちゃんに重大発表があります!」


「?それはなんですか?」


「アニーちゃんがヴァルの奥さんになったらね、侯爵家で働いている執事やメイド、使用人たちをこの公爵家で雇いまーす!」


まるで紙吹雪…いえ、背景に大輪の花が咲いたかのような輝かしさで公爵夫人が両手広げて言いました。


「あ、あの…でもそんな事をしたらお父様たちに迷惑がかかってしまいます…!」


勿論私が至らなかったことが原因ですが、お義母様やお義姉様の求めるハードルが高いため、新たに人を雇い育てるほどの余裕は侯爵家にないのです。

それは私が一番よく知っていました。

今の侯爵家の財力では新しい人を雇えても、高いレベルの人は雇えず、結果お義母様そしてお義姉様に迷惑がかかってしまいます。

そうなるとお父様も仕事に集中できなくなり更にミスが増えてしまったら、うまく行っていたお仕事もまた影が差してしまいます。

そんなことあってはなりません。


「アニーちゃんがご家族の事を心配する気持ちはよくわかるわ。

でもね公爵家で雇えないとなると、今侯爵家で働いている人たちは行き場を失ってしまうの。

であれば、アニーちゃんに今まで”良くしてくれてた人たち”なんだもの、アニーちゃんが喜んでくれるのならば公爵家で受け入れたいと思っているわ」


何故皆が行き場を失ってしまうのか、それを問いたかったけれど「今は食事の時間よ」と言われてしまった以上、今この場で尋ねることは出来ませんでした。


(ミーラは…知っているのかしら…)


私は首を振ります。


(いいえ。食事が終わったら教えてくれるはず…)


いつもは美味しく感じられる料理がこの時ばかりは喉を通してくれず、かなりの量を残してしまいました。







■■SIDE ヴァル



初めて彼女と出会ったのは学園の廊下ですれ違った時だった。


銀色の髪の毛に薄ピンクの瞳はまるで小動物のようで、”俺”は目が離せなくなり文字通り釘付けだった。


そんな俺を気にも留めずに彼女はまっすぐ前を見据え、握ったら折れてしまいそうな細い足で歩を進める。


そして通り過ぎる際に軽く俺に会釈をした。


不思議な感覚だった。


初めて会ったのにも関わらず彼女に俺の存在を認識してもらった。


出来る事なら彼女を引き止めて、声を聴きたい。話をしたい。


彼女を思い出すだけで、鼓動が早くなった。


「お前それ一目惚れってやつだね」


そんな俺が相談したのは王族である王子殿下だった。

身分の差はあるが、俺たちは小さな頃からの幼馴染だった為学園では気兼ねなく接していた。


「は?一目惚れ?」


「そうそう。文字通り一目見て恋に落ちるってやつ。

いやーまさかお前がね~~」


にやにやと引き締まらない顔で俺を見上げてくるこいつに不満はあるが、一目惚れという言葉が心にストンと落ちた。


「それで?相手は誰だ?名前は?」


「…………知らん」


「は?」


「…………聞けなかった。彼女を見て、金縛りにでもあったかのように動けなくなった」


顔が赤い自覚はあった。

そして自分のキャラでもない言葉を言っていた自覚もあった。


「……重症だな」


本当に俺もそう思う。









そうして彼女の事を調べて知ったことは、彼女は俺よりも三つ年下という事、そして今年上等部に上がってきたばかりの新入生という事。

名前はアニー・クラベリックといい、侯爵家の嫡子という事。

中等部の頃から優秀な成績を残し、上等部ではまだ中間試験しか行っていなかったが、それでも学年一位の成績でとても優秀な生徒という事は変わらないらしい。

見目も非常に良く、評判は非常に良かった。

だが、その儚い雰囲気から高嶺の花だと広まり、交友関係はうまくいっていないらしい。


(彼女には悪いが他の男が近づかないならば俺としては都合がいい)


とはいっても学年が違う俺は近づくことすらも簡単ではなかった。


まず話すネタがないのだ。


そして当然ながら授業内容も違うし、教える教師も違う。


グダグダして半年が過ぎた頃、彼女が生徒会に任命されてやっと共通点が出来た。


それでも関係は一向に縮まらなかった。


共通点が出来たとしても話題は生徒会の仕事の話で、花が咲くことはなかったのだ。


それから彼女を眺めることが多くなり、知ったことは彼女が読書家という事。


本の話題を振るのならば俺も詳しく知ったほうがいいと考え、彼女の読む本を漁った。


読んで読んで、正直恋愛系は感情移入が出来なかったが、主人公が男の話は何とか会話を続けられそうだった。


そして彼女に話しかけようと決意した時だった。


彼女の母親が亡くなったと連絡があり、彼女は暫く学校に来なくなったのだ。


その間に俺は学園を卒業してしまい、結局彼女とは何もなく終わってしまった。



だがまだ終わっていなかったのだ。


両親が俺に自由を与えてくれたおかげで、彼女の家に縁談の申し込みを行えた。


彼女ならば問題なく妻として認められ迎え入れられる。


残る問題は彼女が俺を夫として好いてくれるかどうかだった。



「ヴァル!あなたね!女性心がわからないの!?」


初めて彼女がやってきた日、俺は母上に叱られてしまった。


彼女に誤解を抱かせないよう、異世界からやってきた女性を殿下の指示の元公爵家で預かることになったと隠すことなく伝えたのがいけなかったらしい。


確かに立場を逆に考えてみたら嫌だと感じた。

婚約者としてきたのに、見知らぬ男を紹介されるなんて…例え二人がそのような関係ではなくとも俺は嫌だ。


誤解してはいないだろうかと思い不安に駆られていると、案の定寝ることが出来ず寝不足に陥ってしまった。


そして次の日一緒に食堂に行く間彼女に確認。

どうやら誤解はしていなそうだったと安堵した。


そして俺は彼女に、学生の頃にはできなかった事をそれはもう考えつく限りのことをした。


彼女に愛を伝えるために真っ赤なバラを沢山用意しプレゼントして、彼女に似合う色の髪留めを贈り、彼女に着て欲しいドレスに靴、身に着けて欲しいアクセサリーをプレゼントした。

中には俺の色をこっそりと使った物もあるが、彼女は身につけてくれるだろうかとドキドキした。


彼女が来て初めての休日。

俺はデートに誘った結果、最高の日になったのだ。


以前確認し問題ないと判断したが、結果を言うと彼女は誤解をしていたのだが、それを解くことも出来たし、なにより彼女も俺を好きだと言ってくれたのだ。


だが一方で新たな問題も出てきた。


「母上。ご相談があります」


家についた俺は母にアニーについて話をしようと母の元を訪れた。


「ちょうどいいわ。私も話をしたいと思っていたの」


ニコリと微笑む母上の目は笑っていない。


「…じゃあ、貴方から話てもらいましょうか?」


そう言った母上に俺は頷いて口を開いた。


「今日アニーから聞きました。”侯爵家で父親の仕事を手伝っていた”と」


「……。別に不思議な点はないわね?」


そう言いつつも、母上の目はいまだに笑みを浮かべてはいなかった。


「確かに私のように後継者として学ばせてもらっている状態ならば不思議な点はありませんね。

ですがアニーの話では、今から一年ほど前から行っていたそうです。

縁談の申し込みをしたのも一年ほど前…おかしいとは思いませんか?

何故嫁がせるアニーに侯爵家の仕事を教えているのか…」


正直縁を結ぶ相手の家を調査するのに一年もの期間は長すぎる。

稀に娘を溺愛するあまり返事を先延ばしにする家もあるとはきくが、目上に対してやる行為ではない。

それにそういった場合、娘一人だけではなく両親も付いて最後まで別れを惜しむことが多い。


手紙に気付かなかった?それならば彼女ではなく侯爵から謝罪が来るはずだ。

だが侯爵から来たのは承諾の返事のみ。

もし仮に気付かなかったとしたとするならば、侯爵は本当に仕事をしているのだろうか。と疑問に思う。


「……ヴァル」


「なんでしょうか」


母上は真剣な眼差しで両手を顔の前に組んだ。


「あなた、やっとアニーちゃんのことアニー嬢じゃなくて気軽に呼べるようになったのね。

どう?関係も進展した?」


「母上!!!!!!」


「なによ~茶化しただけじゃない。

ま、奥手なあなたが名前を呼んでるってことはいい感じに進展しているって思っていいわね」


「……奥手じゃありません」


「最初の食事の時、噛みに噛みまくってた人の台詞じゃないわね」


「…………」


事実なだけになにも言えない。

だが、決して俺は奥手ではないはずだ。

奥手ならアニーに、き、キスを迫ったりなど……。


思い出すだけで鼓動が激しくなり、顔に熱が集中する。


「アナタが幸せそうで母も嬉しいわ。

さて、本題に戻りましょう。私もね、侯爵家について少しばかり怪しんでいるのよ」


「母上もですか」


「ええ。

まずアニーちゃんの体だけど、彼女細すぎないかしら?

どう?その辺は、昔と比べて」


母の問いに俺は昔の彼女を思い出す。


「確かに今よりは健康的でしたね。

痩せすぎていたという印象ではありませんでした。

そもそも昔より少食になった気もします。アニーは学生の頃食堂でしっかり食べていたので」


「そう…”しっかり食べてたのね”。

でもね、今は食事量も増えてきているとはいえアニーちゃんの最初の食事、スープとサラダだけで満腹そうだったのよ?信じられる?」


「スープと、サラダだけ…ですか?」


「ええ。なにをどうすれば貴族の女性があんな少食になるのか……不思議でたまらないわ。

”頻繁にお茶会に参加している”アニーちゃんの”今の”母親と姉は健康的な体みたいだから余計に。

それにセバスチャンから聞いたのだけど、持ち込んだ荷物もかなり少なかったみたいでね。

アナタの話も合わせたら、彼女いいように扱われてきたんじゃないかと思ってね」


「では調査を…?」


「もう指示は出しているわ。後は報告を待つだけよ」


流石は母上だ。


「それから今からここにアニーちゃん付きのメイドを呼んでるから、貴方にも一緒に話を聞いていてもらいたいのだけど…。

決して怒ってはだめよ?」


「わかっています」


アニーのメイドを見ていても本当に彼女を慕っていると思える程アニーに尽くしている。

そんな人間がアニーを裏切るようなことはしていないだろう、ならば俺が怒る理由はない。


コンコン


丁度いいタイミングでノックされて、母上が入室を許可する。


入ってきたのはアニーのメイドだ。


「ミーラ、といったわね」


母上が尋ね、緊張した面持ちでメイドが話す。


「はい。ミーラです。平民の為姓はありません」


「平民?貴方アニーちゃん付のメイドでしょう?身の回りのお世話をする者に平民を雇っているの?」


「あ…、えっと…」


基本的に貴族につき世話をするメイドは位の低い貴族が多い。

それは経済力を示すためだ。

勿論財力が乏しい場合は付きとあっても平民を雇う場合もあるが。


本気で聞いている母上と困っている様子のメイドに口を挟む。


「他家によって違うのでしょう。少し調べてみましたが三年ほど前から侯爵家の事業は下降していますね。

まぁ最近の一年ほどは持ち直して安定していますが…」


これは母上の元に来る前に調べたことだ。

この程度の事だけならばすぐに調べることが出来るからな。


「…まぁいいわ。貴方が平民出身でもアニーちゃんに問題なければいいのだから」


母上がそう言うと、露骨に胸を撫でおろす。


「で、貴方を呼んだ理由だけど、アニーちゃんが侯爵家でどのように過ごしてきたのかを教えて欲しいの」


「お嬢様…ですか?」


途端に女性の目つきが鋭くなる。


公爵家に来て日も浅いためだろう。

彼女の害にならないか、警戒しているようだった。


母上もそれをわかっているのか特に気にした様子はない。


「ええ。まず疑問に思ったことはアニーちゃんの体型ね。

いくら太っている人より痩せている方が見栄えが良く、ドレスも美しく着れるといってもあれは細すぎだわ。

それに髪の毛も銀色で可愛らしいけれど、バサバサしていて手入れがされていないように見えたし、栄養不足なのかアニーちゃんの爪にも影響が見られていたわ。

侯爵家では栄養面も考えられていなかったのかしら?それともヴァルがさっき言ったように経済面が落ち込んでいることが理由?

次に疑問に思った事は、アニーちゃんが持ってきた荷物よ。

これは私が直接見たわけではないけれど、セバスチャンに聞いたところかなり少なかったらしいわね。

アニーちゃんはこの縁談に乗り気ではないから?だから最初から長居しないつもりであれだけの手荷物だったのかしら?

それとも他に理由があったのかしら?

次はアニーちゃんの知識量ね。ヴァルから聞いているわ。学園に通っていた時から優秀な人だったと。

でもね学園で得る知識も限界があるというのに、アニーちゃんにはそれ以上の知識があった。

これはうちの教育の鬼といわれているセバスチャンが絶賛するものよ。

あの教育の鬼が嬉々として『この調子なら二カ月…いえ一カ月で十分ですわい!』といつもの口調を忘れて喜んでたもの。

何故ここまで知識力があるのかと考えた時、私は侯爵の跡継ぎだから?ということを考えたわ。

でもここまで手塩にかけて育てた娘を嫁として寄越したのかわからない。ここまで優秀ならば婿に来てもらった方がいいでしょう?

まぁ勿論私達公爵家としても息子はヴァル一人だけだから婿には出せないし、優秀な子が来てくれるのはうちとしては万々歳だけれどね」


細すぎ…まぁ確かに彼女の体に触れて、あまりの華奢さに戸惑ってしまったことを思い出す。


だが髪の毛はそこまでバサバサしていただろうか。

爪に関しては…そこまで見ていなかった。

やはり女性と男性の目線は違うのか。


だが学生と同じく優秀な彼女のままで安心した。

母上もセバスチャンも納得してくれていたら、今邸をあけている父上も俺の妻として受け入れてくれるだろう。

…まぁもともと反対はされないだろうと思ってはいたのだが。


「私達も今侯爵家で何があったのか、調べているところよ。

でも近くにいる者の言葉も聞いた方がいいと思ってね。

そこでこの一週間あなたの様子を観察し、貴方が本当にアニーちゃんの味方なのかどうか判断していたわ」


母上がそこまで言うと、メイドは両手を握り胸の前に持ちあげた。


「私でよければお話しさせてください!!!!」


それはもう食い気味に。

目をキラキラとさせ、先程まで身を縮ませていたことなど忘れてしまったかのように告げたメイドに母上も俺も笑ってしまった。


「いい返事ね。では侯爵家でのことを貴方が知っている範囲でいいから教えてもらえないかしら?」


メイドに母上が話すように促す。


「はい!まず私はずっと長い間侯爵家で働いているわけではないんです。そしてメイドでもありませんでした」


「メイドじゃない?」


「はい。今から二年ほど前でしょうか…私は洗濯係の平民として働いていました。

まず先に私が何故侯爵家で働いていたかというと、評判がよかったんです。

給金は平均的かそれより少し低めでしたが、働きやすい環境だと人伝えで聞いたことがあったので使用人として働きたいと志願しました。

確かに働きやすかったです。…といっても他のところで働いたことがなかったので比較はできないのですが…。

でも働きやすいと思った環境は全てお嬢様のお陰だと私は自信を持って言えます」


「それはどういうことなの?」


「………お嬢様も一緒に働いていたんです。

朝は誰よりも早く起きて、調理場にいき、邸の掃除に洗濯、メイド達がやるようなこともやっていました。

お嬢様にやめてもらうように何度も言っていたメイド達を見たことがありますが、お嬢様は『これが私の役目よ』と言って首を縦に振ることはありませんでした。

それどころか私たちの事を考えて、効率がよく動けるようにしてくださったり、ハンドクリーム等下賜してくださったりと、とにかく私たちの事を気遣ってくださいました。

そんな中執事長がお嬢様に助けを求めているような…とにかく深刻そうな話をしているところを見たことがあります。

でも私はただの使用人の為話の内容を尋ねることは出来ませんでした。でもそれから侯爵や夫人達が邸にいないとき、お嬢様がよく侯爵の書斎に入っていく話を何度も聞きました。

それにその辺りからお嬢様が私達と一緒に食事をとらなくなったのです。『まだやることがあるから、皆は先に食べて』と。

お嬢様の可愛い顔にあったクマがひどくなり、食事も満足にとれていないのか痩せていくお嬢様を見かねた他のメイド達が執事長に尋ね、執事長はその時やっと教えてくれたんです。

『次期侯爵家当主として手伝ってもらっている』と。この事はおそらく侯爵は知りません。

知っていたらわざわざいない時を見計らう必要がないからです。

それから一年ほど経って、侯爵からお嬢様に縁談の申込みがあったということを告げられました」


話を聞く限り、アニーが自主的に行っているように聞こえる。

だが、貴族の令嬢として使用人たちのような行動をとってはいけないということは知っている筈。


俺はギュウと力の限り手を握りしめた。


「……アニーちゃんは何故そうしていたのか、貴方は知っているの?」


「…詳しいことはわかりません。

ですが夫人がお嬢様に事あるごとに『次女なんだから』と言っていたことは覚えています」


「『”ジジョ”なんだから』ね…」


その言葉にどのような意味が込められているのかと考えるが決していい意味ではない事だけはわかる。


「でもこれでアニーちゃんがあそこまで痩せている理由も、身だしなみが貴族令嬢として整っていないことも、荷物が少ないことも、優秀すぎることも分かったわ。

沢山の仕事をこなしてきた結果ね。

それで?アニーちゃんは冷遇はされてきていなかったのかしら?」


「仕事をしていく中で、…お嬢様は暴力を振るわれてきたことを聞いたことがあります」


「それはいったいどのような?」


「ベッドメイキングで一つでも皺を作ると、奥様に容赦なく殴られていました。

でもそれはお嬢様の所為でも他のメイド達の所為でもありません!私は聞きました!購入してきた品物をベッドに放り投げるように置いたのは夫人だと!

その時についた皺だというのに、夫人はお嬢様をわざわざ呼びつけて殴ったのです!

お嬢様が床に頭を付けて深く謝罪して、そして暴力は収まったらしいのですが…。そういうことは何度もありました。

朝の洗面の水も冷たいといってボールごとお嬢様に投げつけたり、本当はアレルギーとかない筈なのに苦手だからといって野菜が食卓に並ぶとお嬢様を叱りつけていました。

とにかくお嬢様は悪くないのに、何かにかこつけてお嬢様を痛めつけるのがあの人たちなんです!!!」


話を聞くだけで腸が煮えくり返りそうだった。


「だから!だからこの縁談が来てくれて、私たちは本当にうれしかったのです!

あの家からお嬢様を助けてくれたと!!!」


「”私達”ということは貴方だけじゃなくて、他のメイド達もそう思っているという事?」


「そうです!皆お嬢様の味方ですから!」


「それは執事長も?」


「……執事長は…決して悪い人ではありませんが、お嬢様や侯爵側といったようなくくりではなく、『侯爵家が良くなるように』というのが重要なのではと思います。

侯爵も夫人も義姉もお嬢様を良く思っていないことは知っていますし、侯爵は気に入らない者が自分のテリトリーに入ることを嫌います。

だから侯爵の目に入らないよう、お嬢様に仕事を手伝わせているのではと思っています」


「…なるほどね」


考え込む母上を恐る恐るといったように見上げるメイドに気付いた母上はにこりと微笑む。


「もう一つ教えてくれるかしら?」


「あ、はい!なんなりと!」


「侯爵家にいるメイド達は他家に雇われる気はあるかしら?

ん~~~、例えば…………スターレンズ公爵、とか」


「!それはもう言うまでもないかと!!」


何度も頷くメイドに母上は満足そうに笑った。


「じゃあもう下がっていいわ。

……あ、そうだ。一応、アニーちゃんに侯爵家で働いているメイド達が来たら嬉しいか聞いておいてくれる?」


「わかりました!では失礼します!」


勢いよく頭を下げて退出するメイドの足音が遠ざかるのを待って俺は母上に切り出した。


「潰すつもりですね」


「物騒な発言ね」


言葉とは裏腹に俺がここに来た時とは打って変わって怖いくらいに機嫌が良くなっているから、息子の俺じゃなくてもわかるだろう。


「でも一つ気になることがあるのよね~」


「…アニーが悲観的になっていない、ですよね?」


「ええ、その通りよ。彼女から助けを求められているのならば、ギッタギッタのメッタメタに潰してやれるんだけど…

流石にアニーちゃんの心の中まではわからないから…」


「確かに…。アニーに止められたら手を出せなくなりますね」


「まぁそれでも大義名分はあるから、潰すことには変わらないんだけどね」


仕事ができないという事はそれだけ能力がないという事。

そして能力がない者は貴族として、そして領地をまとめる者として十分な資質を持っていない人物だと判断される。

そのように判断された貴族は爵位を落とされるか、場合によっては爵位返上を求められる。

まぁ今回の場合アニーが盛り返しているから、爵位返上までは求められないかもしれないが。


「頼みますよ。

私はまだ爵位を継いでいないので、母上のように大きく動けないんですから」


「わかってるわ。

あの人ももうすぐ帰ってくるから、帰還のついでに陛下への報告をお願いしているところなの」














すみません。侍女とメイドで使い分けてもよかったのですが、よくわからなくなってきたので

メイド:お世話

使用人:洗濯とかの雑用のお仕事

ていうイメージで書いています。

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― 新着の感想 ―
[一言] メイドという語は多義なので、使用人としての立ち位置をはっきりさせたい場合は語そのものを使わないほうがいいかもしれません。 (下級使用人を指すことが多いですが) 身分の高さ順に 上級使用人で…
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