表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/8

通じ合う想いと帰還



平民となんら変わらない服に身を包んだ私は、麦わら帽子を被りながら横を歩くヴァル様を見上げました



公爵家に来て数日後、私はセバスチャンにいつも通り指導してもらいに行くところでした。


廊下で会ったメイドの子に「今日はセバスチャン様は休暇を取ってますので!あ、あと着替えたらそのまま部屋で待っていてくださいと言ってました!」と伝えながら洋服を手渡された私は、首を傾げながらもミーラと共に部屋に戻ります。


よくわからなかったですが、手渡された以上好意を無下にすることは出来ないので、私は素直に着替えました。

折角ミーラに選んでもらったのですが、脱いでしまってごめんねと伝えると笑って許してくれました。


それにしてもこの数日で随分この部屋も変わりました。


毎日のようにヴァル様がやってきて、素敵な花をプレゼントしてくれるのです。

最初はバラでした。真っ赤なバラを数えきれないほど沢山花束いっぱいにもってきてくれました。


花を贈られたことは初めてだったのでとても嬉しかったです。

その花は今でもテーブルの上や窓際に生けてあります。


それからは髪留めに使うリボンや見てわかるほどの高級菓子、ピアス_耳に穴が開いていない私の為にミーラがイヤリングにしてくれました_ネックレス、履き心地のいい靴に綺麗なドレス…。

そんな沢山のプレゼントを渡されて、さすがに求愛されているかのような感覚に陥ってしまったことを思い出します。


綺麗なバラに自然と頬が緩んでしまいますが、指示通り部屋で待機しているとヴァル様がお部屋にやってきました。


「き、今日はなにか予定があるか?」


セバスチャンに指導してもらえなくなった私には特にこれといって予定はないのでその通り伝えました。


「で、では今日は、…わ、私と共に町に出かけないか?」


「え?でも、ヴァル様のお仕事のお邪魔になってしまうのでは…?

それにマル…「お嬢様!」


私がヴァル様と話すときには離れた場所に控えているミーラが私の口を手で覆いました。

一体どうやって…いつ移動したのでしょう。素早すぎます。


『お嬢様!ここは受け入れるべきです!』

『え、でもマルティ様に誤解されるのでは…?』

『令息様が誘っているのはマルティ様ではなくお嬢様ですよ!

断らずに、受け入れてください!』

『え、ええ、わかったわ…』

『あとマルティ様の事は禁句!シー!です!』


どうして禁句なのかしら?と思いつつもこそこそとミーラと話した後、向き直った私にヴァル様は言いました。


「今日は休みなんだ…、それで是非君と…その…」


「先程は申し訳ございません。

私なんかでよければ是非ヴァル様とご一緒させていただきたいと思います」


「本当か!?では行……、支度はまだかかるか?」


ちらりとミーラを窺うヴァル様に、ミーラはフルフルと首を振ります。


「いえ、先程終わりました。

お嬢様をよろしくお願いします」


「そうか、では行こうか」


「え、あ、はい…」


(ミーラはついてきてくれないの?)とちらりとミーラを見るけれど、ミーラはにこやかに笑うだけでした。


そしてヴァル様と私は、何故か二人きりで町にいます。


(公爵家の長男なのに護衛とかいらないのかしら?)と疑問には思いますが、周りを見ると騎士の方がちらほらと見回りしているので大丈夫…なんでしょう。


それにしても


「凄い人混みですね…」


「アニー……嬢は知らないのか。今日はマライデーなんだ」


マライデーとは……昔、平民の魔法使いに立場を脅かされると恐れた貴族が、平民の魔法使いを処刑するという行為を行っていました。

そんな貴族の行為を同じ貴族が咎めた事があったのです。

止めようとした貴族はかなりの力を持っていましたが、抵抗する貴族もそれなりに力が強く、被害規模が広がり、国の中で内戦が起きようとしていました。

そこで、マライという名の貴族は当時見下していたはずの平民と共に手を組み、愚かな貴族の行動を止めることが出来たのです。

貴族と平民の差を見直すきっかけにもなったこの日をマライという名の貴族にちなんで、マライデーと呼ばれるようになりました。


だけど悲しいことに、貴族に処刑された平民の魔法使いの人数が多く、その為平民の魔法使いは身を潜め、元々数が少なかった貴族の魔法使いは今では見かけることもなくなってしまったのです。


この事からお母様が私に魔法を使えることを知られてはいけないといったのではないかと思っています。

ただでさえ見かけることがなくなってしまった魔法使い。

それも貴族とあれば、かなりの影響力がありますから。


だから私が魔法を使えることを知っている人は亡くなってしまったお母様以外、誰もいません。


「…マライデーなら知っています。ですが、その日がこんなに賑わうのは知りませんでした」


「そうか、なら初めての経験ということだな」


「そうですね」


ヴァル様の言葉に同意すると、徐々にヴァル様の顔が赤くなっていきます。


「…っ」


「ヴァル様?どうかしました?」


「…いや、アニー嬢の初めての体験を私が…と意識したら恥ずかしくなってしまった」


「!」


恥ずかしそうに、そして嬉しそうなヴァル様の表情と言葉に私はドキと胸が高まってしまいます。

………ああ、もう。

なんでこの人はこんな思わせぶりな言動ばかりするのでしょうか…。


学園に通っていた頃のヴァル様はクールビューティだと聞いていただけに、こんなにかわいらしいとは知りませんでした。


「あの…そんなに深く考えないでいただけますか?

…ご、誤解されてしまいます……」


「誤解?一体誰に?」


「誰に…?」


本当にわかっていないのでしょうか?

困った子犬…いえ、大型犬のような眼差しで私を眺めるヴァル様に私も首を傾げます。


「……すまない。君が婚約者として来てくれただけで私は今もはしゃいでしまっている。

その所為で少し回りが見えていないところがでてきている……かもしれない。

だから、君が考えていることを教えてくれないか?

君との間に少しのわだかまりも生まれて欲しくないんだ」


「はい……」


場所を移動しようと連れていかれた場所は大通りから少し離れたところにある小さな公園でした。

いつもは小さな子供たちで賑わっているような公園は今は、お祭りの影響で人がほとんどいませんでした。


婚約者とはいえ、あって数日の男性の方と密室に二人きりというのもどうかと思いますし。

ヴァル様が気を使ってくれたのでしょう。ありがとうございます。


「それで、君の思っていることを教えて欲しい」


「あの…」


「といっても具体的に何を言っていいのか戸惑うよな…。話をしたいといったのは私の方だし…。

わかった。私から話そう」


「は、はい!」


真剣なヴァル様の眼差しに私の背筋がいつも以上にまっすぐ伸びてしまいます。


わわわわわ。どうしましょう。

他の小説にあった”契約結婚”とか切り出されてしまうのでしょうか?

「私は君の事を愛することはない」とかなんとかいわれてしまうのでしょうか?


(目の前の真剣なヴァル様の口から直接…)


そこまで考えると、胸にずきりと痛みが走りました。


短い間でしたが、ヴァル様は公爵家に来た私に常に気を使ってくださいました。


後継者として忙しい身であるのに、私を見かけると駆け寄り、短くても言葉を交わしてくださいました。


食事の量もいまだになれることが出来ず、食べきれない私がシェフに申し訳なさそうにしていることに気付き、私が食べきれる量に変えてくださいました。


私が無理をしていないかセバスチャンや、ミーラ、世話をしていただくメイド達にいつも尋ねてくださっていました。


私に掛ける言葉もいつも私の事を考えてくださる、本当に優しい言葉。


私に向けてくださる表情も、冷たさや厳しさはなく、思わずかわいいと思ってしまう表情や、私自身が恥ずかしくなってしまう表情で。


でも私はそれが嫌なのではなくて、


とても嬉しくて


もっと向けてもらいたくて


そんなヴァル様から「愛することはない」と言われてしまうと考えるだけで…


私は、………ズキズキと胸が痛くて張り裂けそうです。


「あ、アニー…?どうした?」


「私、私…」


涙が頬を伝って、ヴァル様も私がいきなり泣き出してしまうので動揺してしまっています。

ああ、本当に困らせてしまってごめんなさい。


でも、貴方から告げられる前に言わせてください。


「ヴァル様…、私、私ヴァル様の事が好きです…!」


「!」


「私、…は、ヴァル様になにも望みません。安心してください。

ヴァル様に他に想い人がいることは私もわかっています。

ですが、私がヴァル様を好きなことは知っててもらいたくて…こうして想いを告げ「待ってくれ!!」


「?」


焦った声のヴァル様に私は首を傾げます。


「私に君以外の想い人?一体何の話をして…、いやその前に、だ。

アニー嬢。いや、アニー、私は学園で君に出会ったときからずっと君だけを想っていた。

私の想い人は君だ。アニー」


「……」


驚きすぎて言葉も出ないとはこのことでしょうか?

涙もすっかり止まってしまいました。


「え、ちょっ、ちょっと待ってください!

ヴァル様は私ではなくマルティ様の事がお好きなんですよね?」


「いや違う!私が好きなのは君だ!アニー!

母上も父上も私が好ましいと思っている女性を妻に迎えるように言っていただいている!

だからこそ君への気持ちを正直に両親に話し、君の家にだいぶ前から縁談の申し込みをさせていただいていた!」


どうしよう…とても嬉しい。

私の事を好きだと…しかも学園時代からということも勿論嬉しいですが

あの縁談はヴァル様からだという事がとても、とてつもなく嬉しくて、涙がこみ上げてきました。


それでもボロボロと零れ落ちる程ではない涙の量だったのでよかったです。


私の両腕…いえ、両肩をヴァル様の大きな手で包み込まれてるため目尻に溜まってしまっている涙を拭えることができませんから。


集まる熱に恐らく顔が赤くなっているのを感じます。

でも目の前のヴァル様もとても赤くなっているから一緒ですね。


でも


「…あの、だいぶ前…ですか?

私、お父様に告げられてから一月も経っていませんが…」


いえ、その前にそのような手紙見た覚えもありませんでした。


お母さまが亡くなって、新しくきたお義母様に”提案”され侯爵邸を管理をするようになったのが二年半前。

それまでは、悲しみに暮れていましたから。

そして執事長に頼まれ、お父様の”仕事状況を確認する”ようになったのが一年ほど前です。


だからもし私がなにもしていなかったあの頃に手紙が来ていたら、お父様以外気付いた者はいなかったでしょう。

貴族同士の婚約となると、相手方の家柄や人柄や、経済状況などの確認の為調査を依頼することは聞いたことがありますが。

それでも帳簿を見る限り、そういったお金は動いた形跡がありませんでした。


「あの…縁談の申し込みをされたのはいつ頃でしょうか?」


「……約一年ほど前だ」


となると私がちょうど、お父様の仕事状況の確認を行うようになった頃ですね。

まだ至らぬ点があったことは事実ですが、他家にもご迷惑をかけてしまい、心苦しく思います。

私がもっと役に立つ人であれば…


「ヴァル様…申し訳ございませんでした」


「あ、アニー?そ、それはいったいどういう…」


真っ赤だったヴァル様のお顔が一気に白くなっていきます。


「せっかく頂いた縁談への返答の期間です。私が至らぬばかりにお返事が随分遅くなってしまいました」


「……それはいったいどういう事だ?

確かに私はアニーに向けて縁談を申し込んだ。だが貴族同士の縁談は家同士で行う。

つまり私が申し込んだといっても、実際に手紙を送ったのは公爵である私の父であり、送り先は侯爵…アニーの父親にだ。

君が謝る必要性はどこにもない」


「いいえ。それは違います。

私は一年ほど前から父の仕事を確認…いえ、お手伝いをしてきました。

それなのにヴァル様からの手紙に気付かなかった事は私の怠慢だと思っております」


申し訳ございませんともう一度頭を下げようとすると、おでこに手を当てられて止められてしまいました。


「君が優秀なのは学園のころからわかっている。

未成年である君に仕事を手伝わせていたことは遺憾だが、それでもやはり君には謝る理由がない」


「ヴァル様…」


「この件については少し調べたいことがあるから時間をくれ」


この件がどのことなのかはわからないですが、真剣なヴァル様に私は頷きました。


「さて、だいぶ話が逸れてしまったが…、もう誤解はないだろうか?」


「誤解?」


首を傾げると顔を両手で包み込むように持ち上げられました。


「私が好きなのはマルティではなく、君だという事だ」


再度の告白に私は収まっていた胸の鼓動がまた激しくなります。

ヴァル様から至近距離でそのように告げられて、私の顔も熱くなっていきますが、ヴァル様も負けずに赤くて思わず笑ってしまいました。


「む…何故笑う?」


唇を尖らせるヴァル様は少年のようでどこか可愛らしいです。


思い出してみると最初の食堂でマルティ様を紹介された時以外、ヴァル様とマルティ様が一緒にいるところは見ていませんでした。

私もセバスチャンから教育を受けるためにマルティ様とは同じ時間を過ごしていませんでしたので、公爵夫人がマルティ様と主に一緒にいました。


相思相愛ならばもっとお互いの時間を作ってもいいはずなのに、ヴァル様はいつも私に時間を割いてくれていました。


(誤解していたのは私の方だったのね…)


今日町へと出かける私をにこやかに見送ったミーラを思い出します。


やっと私は、私の事を心配してくれていたミーラが私に付いて来ず見送った理由がわかりました。


ミーラはとっくに気付いていたのです。


ミーラが私に言わなかったのは、きっと私が自分自身で気付かないといけないことだと思ったからでしょう。


じゃないと私は心のどこかでヴァル様と、そしてミーラの事を疑っていたに違いありません。


ミーラが私の事を思ってくれていて、本当に良かった。


そしてミーラが優れていて、本当に良かった。


ミーラが私と同じ誤解をずっと持ったままなら、今頃私はヴァル様への恋心に胸を痛めていました。


だから、ちゃんと私が誤解していないことをヴァル様に伝えます。


今も両頬を包み込まれている私はお返しとばかりにヴァル様の両頬に手を添えます。



「わかっています!

私がヴァル様を好きなくらい、ヴァル様も私を好きだという事!」



へへっと笑うとヴァル様はとてもいい笑顔をしました。


そして目をゆっくりと閉じて、もともと近かった顔をさらに近づけてきます。



(こ、これは!き、ききききキスというやつですか!?)



婚約しているとはいえ受入れてもいいのでしょうか!?

あ、というか私鼻息荒くないですか!?大丈夫ですか?!

あとあと!顔はこのままでいいのでしょうか!?斜めに傾けた方がいいとかありますか!?

あとあとあとあと!息を止めて待ってた方がいいのですか!?


教えてミーラ!!!!


「おっほん!!!!!」


心の中で助けを求めていたら、聞き覚えのある咳払いが聞こえてきました。

ぱちりと目を開けると数センチ先にはヴァル様の立派(?)なお顔が!


こ、これはこれで目が回ります!!!!


「…空気を読んでくれ」


ジト目を向けるヴァル様の視線の先には、公爵邸で別れたミーラと公爵家で紹介していただいた騎士たちがいました。


「申し訳ございません。

ですがまだお嬢様とは婚約関係。この先は婚姻が正式に決まってから楽しんでくださいね」


「…はぁ」


溜息と共に離れていくヴァル様の体温に少しだけ寂しさを覚えます。


「お嬢様」


「ミーラ……、あ、れ?…あの、いつからぁぁあああぁぁ!?」


一体いつからいたんですか!?というか今のヴァル様とのやりとりをもしかしてみられ…えええええええ!?


言葉に出来ていない私の悲鳴を、ミーラは正確に理解しているのかニコリと微笑みます。


「可愛かったです。お嬢様」


「~~~!!!!」


ああああああと両手で顔を隠してしゃがみ込む私をヴァル様が拾い上げて、これまたいつの間にか用意されていた馬車に乗せてくださいました。


馬車にはミーラと二人。


恥ずかしがっている私にヴァル様が気を使ってくれたのでしょうか。

ホッとしつつも、少しだけ離れていることがさみしいと感じてしまいました。


「お嬢様、どうでしたか?」


馬車の中でそう尋ねるミーラ。


「……ミーラは気付いていたのね」


「ふふ。あれほど熱烈にアピールされていましたからね!気付かないわけがありません」


「私…気付かなかったわ…」


「第三者の目線のが分かる場合もありますし……、でもそこがお嬢様のかわいいポイントです!」


一体どこがかわいいのかはわからなかったけれど、にこにことご機嫌そうなミーラに私も微笑んだ。


「あれ…そうなるとやっぱり何故お父様は私に黙ってたの?」


「……。さぁ…私はわからないです。

それよりお嬢様は今後の為に頑張りましょう!」


「今後?」


そう尋ねる私にミーラはニッと笑って言った。


「ヴァルレイ様の妻となるという事は、公爵夫人となるんですよ!」


侯爵家の事ではなく、これから先の事を考えてくださいとカツを入れるミーラに私は頬を赤くして、ミーラにからかわれたのでした。









■ SIDEミーラ






「ミーラ、といったわね」


公爵夫人に呼ばれた私は、お嬢様から離れて公爵夫人の書斎らしい部屋にいました。


部屋には夫人とヴァルレイ様がいて、なにやら険しい表情をしていました。


ゴクリと唾を飲み込み、部屋の中心部まで歩を進めます。

そして名を確認されたのでした。


「はい。ミーラです。平民の為姓はありません」


「平民?貴方アニーちゃん付のメイドでしょう?身の回りのお世話をする者に平民を雇っているの?」


「あ…、えっと…」


口ごもる私に、ヴァルレイ様が助け船、のような言葉を言いました。


「他家によって違うのでしょう。少し調べてみましたが三年ほど前から侯爵家の事業は下降していますね。

まぁ最近の一年ほどは持ち直して安定していますが…」


「…まぁいいわ。貴方が平民出身でもアニーちゃんに問題なければいいのだから」


平民でも構わない二人に私はほっと胸を撫でおろしました。


(よかった…平民が原因で辞めさせられるのかと思ったわ…。

そういえば執事長から言われていたわね、貴族の中には平民を毛嫌いする人もいるって…今回は大丈夫だったけどこれからは言わないようにしよう)


すっかり忘れてしまっていた執事長の言葉を思い出して今後気を付けようと思ったときでした。


「で、貴方を呼んだ理由だけど、アニーちゃんが侯爵家でどのように過ごしてきたのかを教えて欲しいの」


「お嬢様…ですか?」


私は咄嗟に訝しみました。

平民が貴族に対してとってはいけない行為だとしても、お嬢様はもはや私にとって大事な存在なのです。

この方たちがどんな理由でお嬢様の事を知りたいのか、それをわからない限りは言いたくありませんでした。


だって使用人のようなことをさせられていたことを知った途端、態度が変わるかもしれないでしょう?


ああ、そういう態度でいいんだと。

婚約者としてではなく、使用人として接するかもしれませんからね。


「ええ。まず疑問に思ったことはアニーちゃんの体型ね。

いくら太っている人より痩せている方が見栄えが良く、ドレスも美しく着れるといってもあれは細すぎだわ。

それに髪の毛も銀色で可愛らしいけれど、バサバサしていて手入れがされていないように見えたし、栄養不足なのかアニーちゃんの爪にも影響が見られていたわ。

侯爵家では栄養面も考えられていなかったのかしら?それともヴァルがさっき言ったように経済面が落ち込んでいることが理由?

次に疑問に思った事は、アニーちゃんが持ってきた荷物よ。

これは私が直接見たわけではないけれど、セバスチャンに聞いたところかなり少なかったらしいわね。

アニーちゃんはこの縁談に乗り気ではないから?だから最初から長居しないつもりであれだけの手荷物だったのかしら?

それとも他に理由があったのかしら?

次はアニーちゃんの知識量ね。ヴァルから聞いているわ。学園に通っていた時から優秀な人だったと。

でもね学園で得る知識も限界があるというのに、アニーちゃんにはそれ以上の知識があった。

これはうちの教育の鬼と言われているセバスチャンが絶賛するものよ。

あの教育の鬼が嬉々として『この調子なら二カ月…いえ後一カ月で十分ですわい!』といつもの口調を忘れて喜んでたもの。

何故ここまで知識力があるのかと考えた時、私は侯爵の跡継ぎだから?ということを考えたわ。

でもここまで手塩にかけて育てた娘をなぜ嫁として寄越したのかわからない。ここまで優秀ならば婿に来てもらった方がいいでしょう?

まぁ勿論私達公爵家としても息子はヴァル一人だけだから婿には出せないし、優秀な子が来てくれるのは万々歳だけれどね」


口を挟むつもりはなかったけれど、これだけの長文を一気に言われて私は思考が停止しかけた。

けれど、お嬢様が悪く言われていない。寧ろお嬢様を心配していることだけは通じました。


つまり、公爵夫人はまともな人で、お嬢様の味方!


「私達も今侯爵家で何があったのか、調べているところよ。

でも近くにいる者の言葉も聞いた方がいいと思ってね。

そこで暫く間あなたの様子を観察し、貴方が本当にアニーちゃんの味方なのかどうか判断していたわ」


「!!」


(味方だ!!!こっちサイドの人だ!!!)


「私でよければお話しさせてください!!!!」


私はもう食い気味でそう答えた。


この人ならばお嬢様を虐めた_お嬢様はそう思ってはいないかもしれないけど_あの三人を懲らしめてくれるかもしれないと。


「いい返事ね。では侯爵家でのことを貴方が知っている範囲でいいから教えてもらえないかしら?」


「はい!!!まずは……」
























コンコンコンと部屋をノックする音に私はぼーっとしていた意識を戻しました。


ぼーっとしていたのは先ほどまでの夢のような出来事があったからです。


正直今でも信じられません。ヴァル様が私の事を……


コンコンコン


そう思い返していると再びなるノック音に私はあわてて立ち上がりました。


ちなみにミーラはここ最近いなくなる時があるのです。

見かける時は公爵家のメイドの方と一緒にいるから、色々なことを学んでいるのでしょう。

私も何かミーラの為になることが出来たらいいのだけれど…と思うのですが、セバスチャンからの教育もあるのでなにも出来ていないのです。

ごめんなさい、ミーラ。


「はい」


「…あの、眞子…マルティです」


扉の向こうからマルティが名乗り、私はあわてて扉を開けました。


「あ、アニー…あの、相談したいことがあって…」


不安そうに体を縮ませるマルティに私は部屋の中に入るよう促します。


「とりあえずお入りください」


マルティにソファに座るようにすすめて、私はマルティにお茶をいれます。

この二年半の間でお茶もだいぶうまく入れられるようになりました。

マルティも気に入ってくれればいいのですが……


「いい香り…」


少しは落ち着いてくれた様子を見せたマルティは、カップに口をつけてくれました。

お茶は本当に心が落ち着きますから、よかったです。


「…それで、私に相談したいこととは?」


「あ、あの……」


マルティが話してくれそうになった時でした。

再びコンコンコンと今度は力強くなるノック音にマルティはビクリと体を跳ねさせます。


(この音はヴァル様!?)


何度も聞いたこのノック音に私は胸が高鳴りました。

そして相手を確認する前に扉を開けてしまいます。


貴族令嬢としてあるまじき行為ですが、今の私は浮かれすぎてしまっているのです。

そんな余裕はありませんでした。


「アニー…、と、誰か来ているのか?」


微笑みから一瞬にして表情を引き締めたヴァル様に私はくすりと笑ってしまいました。


「……マルティか。ちょうどいい」


扉の隙間から部屋の様子が窺えたのでしょう。

扉とは背を向けていますが、マルティほどの美しい黒髪はそうそうこの国にはいませんから。


それにしても何が”ちょうどいい”のでしょうか?


「部屋に入っても構わないか?」


「あ、はい。勿論です」


マルティに許可をとってはいませんが、元々相談に来たマルティには人が多い方がいいでしょうと思いなおしました。


ヴァル様にもお茶を入れて、……少し恥ずかしさはありましたが私はヴァル様の隣に腰を下ろします。


「まず私が来た理由は、アニーにはちゃんと全てを伝えようと思ったからだ」


「全て、ですか?」


コクリと頷くヴァル様はそのまま話を続けます。


「ああ、彼女…マルティについて、だ。

アニーには誤解されたくないからな。どうしてマルティを公爵家で保護しているか、その事を伝えたい」


「!」


確かにそれは知りたいと思っていました。

最初は二人の仲を疑っていましたが、今ではそれが誤解だとわかっています。

では、何故?と思う事も自然な事。


マルティも顔を上げるだけで止める様子はないことから、その件に関連する相談事なのだと私は思いました。


「…最初は王城で彼女を保護していたのだ。

だが、昔存在していた聖女という存在を持ち出してきた者たちが彼女が聖女だと喚き、既に婚約者が決まっている殿下に無理やり嫁がせようとしたりと画策し始めている。

その為殿下から直接私に魔法使いが見つかるまで保護してほしいと依頼してきたんだ」


なるほど。

そういうことでしたのね。


でも


「…魔法使い…ですか…」


「ああ、どのようにして彼女がこの世界に来たのかはいまだにわかっていない。

が、別の次元から来た者は魔法使いでないと返すことも難しいことも事実。

だが、君も知っている通りあの事件で魔法使い自体も今では見かけなくなってしまい、手間取っている状態なんだ。

だから決して私がマルティに好意を寄せているから、や、名残惜しくて長期間留まらせているわけではないことだけは知っておいて欲しい。

私が好きなのは君だけなんだ」


「え!?あ、わかってます!いえ、わかりました!

大丈夫です!!」


いきなりの愛の言葉に私は顔を真っ赤にしてしまいます。

ヴァル様も同じく赤くなってしまって…


「あ、あの…」


「「!?」」


「私もいること忘れないでください」


マルティも突然の雰囲気に赤くなってしまっていました。

もう!ヴァル様ったら!


「…アニー、私が相談に来たのはその事なんです!

もし……もし仮に知っていたら魔法使いについて教えていただけませんか!?」


必死に願うマルティに、私の顔の熱は引いていきます。


(…そう、よね。自分の世界に帰りたいと思う事は、当然の事)


いきなり家族と引き離されて今までどんなに心細かったのか。


一時的な勘違いでしたが、マルティに対してとても失礼な考えをしてしまっていた私は少しの罪悪感を感じました。


(もっと早く、彼女と沢山話をして、マルティの気持ちに気付いてあげられていれば…)


魔法使いであることは、亡きお母様から決して話してはいけないと約束させられていたこと。


(でも……、でも私は……)


今にも泣いてしまいそうな、不安な気持ちで押しつぶされそうなマルティ………いえ、眞子の力になりたい。


(それにヴァル様は…)


ちらりと彼の顔を見上げる。


(……信じられる人だから)


ゴクリと息をのむ。


「……あの、…私が”眞子”を送り届けるお手伝いをしましょうか?」


「……どういうことだ?」


首を傾げる眞子とヴァル様に私は、今まで誰にも打ち上げたことのない秘密を伝えます。


「私は、魔法使いですから」


「「!?」」


目を丸くするヴァル様に「亡き母から誰にも言ってはいけないと言われていましたので」と告げると納得してもらえたようです。

その様子からやはり秘密にしてきたことは正しいことだと思いました。


「…よかった…よかった…」


とても思いつめていたのでしょう、涙を流す眞子に私はなんとしてもやり遂げて見せると気持ちを強く持ちました。


「…君への負担はないのか?」


私の事を心配してくれたヴァル様の言葉に、ハッとして眞子が私を見上げてきます。

そんな二人に私はゆっくりと首を振りました。


「魔法は己の持つエネルギーから消費されますので、それが対価となります」


「エネルギーというのはもしかして命か?」


「いえ、走るときに体力がいるように、魔法を使うのにも魔力といわれるエネルギーが必要となり、それは命へは影響しません。

魔力がなくなったら、魔力が回復するまで魔法が使えなくなる。それだけです」


「…そうか」


だが無理はしなくていい。と心配顔で言われましたが、私は逆に嬉しくなりました。

そういえばこんなふうに心配される経験が私あまりなかったと思います。


私は眞子の隣に腰を下ろして、眞子の両手を包み込みます。

戸惑う眞子の額に私の額を合わせました。


「イメージしてください。眞子が帰りたいと強く願う故郷を」


「はい」


「……とてもいい故郷なのね。とても温かいイメージが私にも伝わってきます」


「はい…はい…」


ぽたぽたと眞子の涙が手に流れ落ち、そして私はそんな彼女がちゃんと帰れるように全力をもって魔法を使いました。

白い靄が彼女を包み込みます。


彼女がこれ以上辛い思いをしなくてもいいように。


そう願いを込めて。


握りしめていたぬくもりがなくなって、私は瞑っていた目を開けました。


彼女を覆っていた白い靄も消えています。


私は最後にもう一度目を閉じて、彼女の思い浮かんだ彼女の故郷をイメージしました。

そして見えていきます。

彼女に駆け寄る家族や友達の姿を。

泣き崩れる彼女の姿を。


そして上半身を支えることも出来なくなった私は、そのままテーブルに倒れてしまい、そんな私をヴァル様が受け止めてくれました。


「大丈夫か?!」


「はい、問題ありません。

それより、眞子の帰還を確認しました。送り届けられて、本当に良かった…」


眞子の無事を確認できた私は思わず微笑んでいました。


「君は本当に……」


「どうしました?」


力なく尋ねる私にヴァル様は首を振ります。


「君にまた惚れ直してしまっただけだ。

アニー、好きだ」


「私も、…ヴァル様の事が大好きです」













評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ