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初めましてと、その女性はどなたですか?

全8話です。

アニー・クラベリック侯爵令嬢次女

 母:ミーシャ・クラベリック

 父:ダニー・シュタインズ (元男爵)

ヴァルレイ・スターレンズ公爵令息

石原眞子/マルティ・スターレンズ


クラベリック侯爵のメイドさん達

ミーラ、ララ、ココ、


エリア・クラベリック 義姉

マナビリア・クラベリック 義母 (芸名/通称:マリー)


※短編と少し変えているところがあります。



はじめまして、こんにちは。

私はクラベリック侯爵の次女のアニーと申します。


早速ですが、私の一日をご紹介させていただきます。

興味があれば聞いていただけたらと思います。


朝は小鳥がさえずり始める頃…なので大体太陽がお顔を出す頃でしょうか。

私は起きて服を着替え、顔を洗った後、”次女”として侯爵家の邸の為に働き出します。


起き出すこの侯爵邸で働く皆さんに挨拶をしつつ調理場に向かいます。

朝食に使う材料を取り出しつつ、在庫数を把握。

井戸に水を汲みに行き、やってきたシェフの方々とお野菜を洗ったり、皮を剥いたり、そして共に小麦粉を捏ねて発酵を待つ間、シェフ達はメインの調理を始める為、私は次に洗い場に向かいます。

勿論朝食が完成する頃にもう一度調理場に戻りますよ。

家族の皆様の舌に合わない料理をお出しするわけにはいきませんから。

これも侯爵家の次女として、責任者として当然のことです。


侯爵家の次女として汚れが少しでもついたお洋服やタオル、シーツを家族に使わせるわけにはいきません。

なので洗い場に着いた私は使用人たちと共に今日も力を込めて汚れを落としていきます。

冷たい水を”少しだけ温度を上げて”…後の水切りと洗濯掛けはお任せします。

少しだけ温度を上げても誰にも気づかれませんし、メリットが多いのです。

温度を上げることによって汚れも落ちやすくなりますし、使用人たちの手が冷たさでかじかんでしまうこともありませんから。


いい匂いがしてきた頃、私は調理場に戻り料理の確認をします。

うん!さすがはその道のプロですね!味も盛り付けも完璧です!

あ、でもお義姉様とお義母様は緑黄色野菜が苦手なので、ほうれん草は避けておきましょう。

栄養面を考えると食べてほしいところですが、どうやらアレルギーだと伺っています。

栄養が取れないだなんて可哀想ですが、そこは私がフォローできるようにこれからもチェックしていかなければいけませんね。


あ、もうこんな時間なのですね!

家族を起こす前に、今日の洋服のドレスとアクセサリーを数着選びます。

気分によってドレスを選べるように数着選びますが、それでも天気や予定に沿ったドレスは私の方で絞らせていただいています。

でないと数えきれないほどに沢山あるドレスを前にしたら、迷われてしまいますから。


そして顔を洗う為のぬるま湯も用意して、お父様やお義母様、お義姉様を起こしに行ってもらいます。

勿論私ではなく、専属のメイド達です。

私は念のためお部屋の傍で待機しているだけです。

湯が冷めて冷たくなってしまった場合、謝罪しなければいけませんので。

………メイドが入って暫く声が聞こえてこないので、問題なかったのでしょう。

よかったです。


次はお掃除です。

最初に急いで食堂に行きます。

家族が使用する食堂にゴミが落ちていないことを確認し、家族が使うテーブルに汚れが付着していないことを確認した後、私は家族が来る前に“空間を洗浄して”食堂を後にします。

家族が食事をする空間にゴミがあると不衛生ですからね。

家族が食事をとっている間に出来る限り、邸の掃除を終わらせます。

朝は一日の始まりですから。家を出るまでの道のりにゴミや埃が目につかないようにしないといけません。

少しでも気分がいい状態でいてほしいですから。


そうしていると支度を終わらせたお父様がお仕事に出掛け、続けてお義母様とお義姉様は出掛けていきます。

えっと…お義母様とお義姉様は今日は伯爵夫人主催のお茶会ですね。


お義母様は色んなお茶会等の社交にお義姉様を連れていきます。

それでなくてもお義姉様は”学園にも通われて”とても忙しいはずなのに…。

やはり”長女”としてお義姉様は期待されているのですね。


お義母様とお義姉様は、お父様の再婚相手なのです。

クラベリック侯爵の正式な後継者は私の母でしたが、今から三年ほど前に亡くなられてしまいました。

原因はわかっておりませんが、余りにも急な出来事でしたし…当時学園に通っていた私はなにも出来ませんでした。

お父様からのお手紙で葬儀には間に合いましたが……。

私が未成人だったこともあり、お父様が正式な主として侯爵を継ぎ、そしてそのすぐ後お義母様とお義姉様がやってきました。


私があまりにも落ち込んでいたから、見るに堪えかねずお父様が新しい縁を結んでくれたのでしょう。

あまり話す機会がなくても、私のことを考えてくれていたことが嬉しかったです。


それにお二方はこれまでずっと大変な思いをされていたとお父様に伺いました。

だからこそ、新しい私のお義母様とお義姉様にいい環境で過ごしてほしい私は、お義母様の提案通り次女としてこの邸を管理するようになったのです。


え?私は学校には通っていないか?ですか?

勿論通っていました。

今から二年と半年ほど前に卒業したのです。


お伝えした通りお義姉様はとても大変な日々を過ごしていたせいで、学園に通われていなかったらしいのです。

その為年齢は私より上でも、私の後に入学し、現在も学園に通っているのです。

本来であれば私も年齢的には今年まで通い、お義姉様と一緒に通えるはずだったのですが…。

次女として侯爵邸の管理を任された為、急いで卒業させていただき、そして戻ってきたというわけです。


あ、勿論途中退学ではありません!

そんなことをしたら侯爵家の顔に泥を塗るようなものですから!

ちゃんと先生にお願いして卒業試験を受けさせていただき、合格を頂いたのです。


そういえば今年私は成人となるのですが、お父様やお義母様、お義姉様からお祝いの言葉を頂けるのでしょうか。

今から少しドキドキしますね。


家族を見送った私はここでやっと区切りをつけられるわけですが、でも休んではいられません。

お義母様とお義姉様が戻ってこられる前にまだまだやっておかないといけないことが残っているからです。


シェフが焼いてくれたパンを頬張りながら、帳簿に目を通しつつ、執事に話を伺います。

必要な物をリストアップしていき、執事に手渡した後はお父様の書斎に向かいます。

机の上に散らばっている書物を手にし、内容の確認を行います。

さすがはお父様です。記入ミスが昨日に比べて1つ少ないです。

邸の帳簿はともかく、領の書類に関しては当主の筆跡でなければいけないことが殆どの為、私は“お父様の文字を消す為”書物に手をかざします。

手をかざされている書面からミスしている部分の文字が浮かび上がります。

私は浮かび上がった文字をお父様の字で正しい数字に直し再び書物に戻しました。

書斎には誰もいない為見られることはありません。


そもそもこれは亡きお母様に言いつけられていた事なのです。

決してお母様以外誰にもこの力の事を言ってはいけないと。


楽をしたいのならばできます。この力で掃除も洗濯も料理も、誰の手も借りずに、時間をかけずに、私の力であっという間に終わらせることができます。

ですが、この力は決して言ってはいけないことだと教えられた私は、最低限のことしか使っていません。

掃除ではなく空間の洗浄、天気が悪い日半乾きだった洗濯物たちへの蒸発、そういった些細なことならばバレずに使うことができるからです。

またこの力を使わずメイドや使用人たちと一緒に行うことで、皆と絆が深まった気がするのです。

だから、これからもこの力をなるべく使わずに行きたいと思います。


書類の確認が終わる頃、やっと一息吐けます。


「お嬢様、シェフがブルーベリーパイを焼いたそうです。一緒に食べませんか?」


お父様の書斎から出てきた私に、ちょうど通りかかったメイドが声をかけてくれて休憩へと誘ってくれました。

私は拒否することなく喜んで受け入れました。


ここで働く皆さんは本当にやさしいのです。

私がこの邸を管理することになった際、”お義母様の提案通り”自ら一緒に働きだした私に何度もやめるように促していました。

「そんなことお嬢様がすることではありません」と最初は言われていました。

勿論私も貴族令嬢として自ら包丁や箒を持つことは無作法なことだとわかっております。

貴族に生まれた以上、貴族らしい振る舞いをするべきだということもわかっております。

ですが一緒に行うことで見えてくることもあることも事実。

それに折角働いてくれるのですから、皆さんの仕事内容をきちんと把握しそしていい環境でお仕事をしてもらいたかったのです。

だから何を言われても、どんなにやめるように促されてもやめませんでした。

そしてどんどん荒れていく私の手を握りしめて皆さんが涙を流してくれたのです。

うれしかった。

お母さまが生きていたころからいたメイド達。

たまに遊んでもらっていたりしていたので好意的に思ってくれていることは知っていましたが、涙を流してくれるほどとは思っていませんでした。

だから、今でも続けているのは皆さんの為という部分が大きいと思います。

だって私が一緒に働くことで、皆さんが”冷たい水が入っているボウルごと投げつけられる”ことも、食べられない食材が並んでいるだけで”皿ごと投げられる”こともなくなるのですから。


「わぁ!とてもおいしそうです!」


大きなお皿にいくつも盛り付けられている一口サイズのブルーベリーパイに私は感嘆しました。


一人一人にお皿を準備しないのは洗う食器を減らす為。

最初は私だけ別に用意されておりましたが、私がやめるように伝えたのです。

「皆さんと同じで大丈夫」と。


「お嬢様に褒めていただき嬉しいですな」


「ささ!お嬢様席に座ってください!」


嬉しそうにするシェフに、椅子を引いてくれるメイド。

私は楽しいお茶の時間を迎えました。









「ちょっと!何よこれは!」


お父様、お義母様、お義姉様が帰宅し、今は食事の時間です。


お父様とお義母様にお酒を出しつつ、料理を並べていくとお義姉様から声をかけられました。


「はい、今日のメニューは…「そんなの言われなくても見ればわかるわよ!」


確かにそうですね。

でも、そうしましたら何故呼び止められたのでしょうか?


お義姉様の言葉に首を傾げていると、お義姉様の声が更に荒立ちます。


「あんた私のことバカにしてるでしょう!?」


決してそのようなことはございません。

誤解を解くべく、私はお義姉様の元に行き膝をつきました。


「…思慮が浅くお義姉様に不快な思いをさせてしまいましたこと申し訳ございません。

可能ならば至らぬ点をお教え願えますか?」


「…ふん!…これよ」


ああ、よかった。

今日のお義姉様は機嫌がよかったのか、いつもより優しかったです。


私は完全に立ち上がることはせずに屈んだままテーブルの上に並ばれた料理をみました。

お義姉様の指先には真っ赤なおいしそうなトマトがあります。

でも、どこが悪いのか私には見当がつきません。


「なに呆けてんのよ!?

私はね!トマトには砂糖をかけて食べるのよ!?なんでアンタこんなこともわからないわけ!?」


「も、申し訳ございません!!」


「母様!こいつホント使えないわよ!どうにかしてよ!」


「あ、…」


お義姉様がお義母様に話す姿を私はおろおろとした様子で見つめることしかできませんでした。


「本当ね。もう2年も経っているのに完璧に出来ないだなんて…。

貴方みたいな役立たずの顔なんてみたくないわ。出て行きなさい」


ズキッと傷んだ胸を服越しに握りしめて、私は思わずお父様を見ました。

けれどお父様もお義母様と同じ考えなのか私を庇う様子もなく、ただ厳しい目つきで私を見ていました。

私は頭を下げて、後をメイド達に任せて食堂から出て行きました。


パタンと閉められた扉の向こうからは家族の笑い声が聞こえてきました。


明るい、楽しそうなお義姉様の笑い声に、先ほどよりも高いお義母様の声。

私がいる間は一言もしゃべらなかったお父様の声が聞こえてきて、とても羨ましく、そしてとても悲しく思いました。


……私はいつ家族と食事をとることができるのでしょうか。


「お嬢様……」


悲しそうな声に振り返ると、使用人のミーラが泣きそうな顔をして立っていました。


「私の為に泣かないで」


泣いてほしくない。皆には笑っていてほしい。

そう思っているのに、私を想って泣いてくれる人が近くにいると実感すると嬉しさで、さっきまで傷んでいた心がじんわりと優しさで包まれているかのように温かくなりました。


「だって、…だって、私のお嬢様が…ううっ」


うるうると涙が込み上げたミーラはついに、涙を流します。


「本当ですよ!何が役に立たないんですか!一番頑張っているのはお嬢様なのに!」


「お嬢様は私達と一緒に食事したほうが幸せだと思います!」


「そうですよ!私達と一緒のが楽しいです!…てかミーラ!お嬢様はアンタのじゃないんだから!私”達”のお嬢様よ!」


いつの間にあらわれたのか、ミーラだけじゃなくララやココ、ミナも集まっていました。


”家族”との食事は叶わないと思っていたけれど、でもここの皆も”私の家族”なんだと改めて感じると落ち込んでいた気持ちが噓のように無くなっていきました。


「ふふ、ありがとうね。食事の前に……ララ、ココ。お義母様達のベッドメイキングはすませたのかしら?」


「はい!終わったので確認してください!」


「私も終わってますよ!皺ひとつないので安心してください!」


「ふふ、頼もしいわ」








そんな日々を過ごしていたある日、私はお父様から呼び出しを受けました。


いつも朝食の時間は作業に追われて、私はお父様たちとは別に食べていました。

だから掃除に向かう私をメイドを使ってまで呼んだお父様に驚きつつ、食堂に向かいました。


そして食堂に着いた私にお父様は前置きもなく告げました。


「お前にはスターレンズ公爵家の令息と婚約を結んでもらう」


驚きました。本当に。


スターレンズ公爵家の令息といえば、学生の頃の記憶でしかありませんが、美しく輝く金髪に青空のような碧眼を持つ美男子で、美貌だけではなく文武両道な姿はまさに非の打ち所がない男性と有名なお方。

毎日のようにキャーキャー言われて、結婚したい男として有名でした。


通常ならばお義姉様と婚約を結ぶべきだと思いますが…。

そもそも婿入りしたお父様はお母様が亡くなったことで侯爵家を引継ぎましたが、嫡子の私がいるのです。

まだ成人を迎えてはいない為継ぐことは法的にもまだ認められていませんが……、それでも侯爵家の後継ぎは私だと思っていました。


「よかったわね~、美男子と結婚できるのよ?

貴方にふさわしいと思ってお父様が見つけてきてくれた縁談なんだから、ありがたく受けなさいな」


「そうね。役にも立たないアナタがやっと私達家族に貢献できるチャンスなのだから」


ニコニコと久しぶりに微笑みかけられて、私はなにがなんだかわからなかったですが、それでもお義姉様の”お父様が見つけてきてくれた”という言葉が反復し縁談を受け入れました。


「では一週間後、お前には公爵家に行ってもらうからそのつもりで準備をするがいい」


これまた驚きました。

縁談といってもすぐに結婚とはいかないのがこの国での決まり事です。


結婚の希望を相手の家に告げて、半年から一年の間花嫁教育の為に相手の家で暮らす。

相手の家族にも認められ、受け入れられたらやっと籍を入れられるのです。


長い間暮らす為衣服も用意しなくてはいけませんし、粗相をしないようマナーをもう一度おさらいすることも重要です。


すっかり使用人が板についてしまっていますが……、これでも学園では優秀だと褒められたこともあるのです。

気を引き締めていれば恐らく大丈夫な筈、とせめてもの足掻きでマナー教本を夜に読みふけりました。


そして一週間後、公爵家に向かう日が訪れました。


久しぶりの馬車に寝不足な私は少しうつらうつらとしてしまいます。


たまに使用人たちと町へと買い出しに出ることはありますが、その場合基本は徒歩になります。

なのでかなり久しぶりに侯爵家の馬車に乗りました。徒歩とは違いとても楽ですね。


私の隣には少ない荷物を手にして、いつも一緒に洗濯をしている使用人のミーラが座っています。

家族の中で一番立場が下の私には専属のメイドはいません。

ですが侯爵家のメンツの為一人で向かうことも出来なかった私に、お父様はミーラをつけてくださいました。

本当にありがたいことです。

それに洋服代も出してくれました。

邸の管理の為、殆ど貴族令嬢としての活動をしてこなかった私にはドレスが少なかったのです。

あるドレスといってもお母さまがまだ存命だった頃、そして私がまだ学生前の頃の小さなサイズのドレスばかりでした。

あ、学園には指定服が決められていたのでドレスは不要だったのです。


カタカタと震えを感じ取った私は、重い瞼を持ち上げて隣を見ます。


ミーラは使用人として侯爵家に仕えていた為、いきなりの抜擢に馬車の中からもそわそわと落ち着きがないようでした。


「ミ、ミーラ、落ち着いて」


「おおおお、落ち着いてといわれてもももも」


「大丈夫。大丈夫よ。私がいるでしょう?」


落ち着かないミーラを安心させるように手をぎゅっと両手で包み込み、少し私の”気”を送ります。

乱れていたミーラの魂に私の気が作用して、ミーラも少し落ち着きを取り戻してくれました。


「お嬢様……、ありがとうございます!私一生懸命頑張りますね!」


「ありがとう。これからもよろしくね」



そうして着いた先は大豪邸でした。

侯爵家もそれなりに大きな屋敷を持っていますが、公爵家はさすがというかなんというか。

学園を思い出すような規模の大きさの屋敷です。

正直どれほどの人件費がかかっているのか……。


ごくりと生唾を飲み込んで、ミーラと共に公爵家の門をくぐると執事と思われる方が出迎えてくださいました。

次女の私にも頭を下げてくださる執事に、私も淑女マナーで学んだカーテシーを披露します。

すると執事の目尻が柔らかくなった気がしました。

認めてくれたのならば嬉しいです。


ですがスターレンズ公爵の令息様はどこにいらっしゃるのでしょうか?

私は今回婚約者として伺ったので、普通ならば出迎えをすると思うのですが…


さりげなく周りに目を向けただけだったのですが執事の方は察してしまい、申し訳なさそうに頭を下げられました。


「申し訳ございません。坊ちゃまは外せない用がありお嬢様をお出迎えすることが難しい為、私が参りました」


「あ、頭をお上げください!

公爵家となれば私が想像できないほどにお忙しい身、婚約者の身分とはいえ私への気遣いは無用です。

公爵令息様にもそうお伝えください」


そう告げると執事は驚いた表情をした後、ゆっくりと首を振りました。


「いえ。お嬢様は今は婚約者でありますが、いずれはこの邸の奥様となられる身。

坊ちゃまには私から言っておきますので、ご心配なされず」


「は、はぁ…」


「また公爵家についてはこの私セバスチャンがお教えしておきますので、今後ともよろしくお願いいたします」


「畏まりました。至らぬ部分が多いとは思いますが、よろしくお願いします」


そう会話をしながら私とミーラはセバスチャンに、邸の中を案内していただきました。

ある程度案内を終えた後、これから私が使用する一室へと落ち着きました

荷物を下ろし、寛いでくださいと去って行くセバスチャンに礼を告げると柔らかい笑みを浮かべてくれました。


「ふぅー、なんだかドキドキしました」


やっと落ち着けるーとピンッと伸ばしていた背筋を丸めてミーラは言いました。

侯爵家とは違う大豪邸ならば無理もないでしょう。

私もここを掃除するのなら手が回らなく、目が回ってしまうだろうと、違う意味でドキドキしたのだから。

とはいっても、公爵家へはまだ籍も入れていない婚約状態の身。

私がここですることは、セバスチャンから公爵家について教わることの方が先のようですね。


「ふふ。そうね。これから暫くの間はここで暮らすのだから粗相のないようにしなくちゃね」


それにしても寛ぐとはいったい何をすればいいのでしょうね。

ミーラと共に荷解きをしようにも、「ここは侯爵家ではないのです!!」と手伝わせてくれないし。と部屋の中央で棒立ちの私は部屋を見渡します。

と扉のすぐそばにある大きな本棚が目に入りました。


(扉の陰になって見えなかったのね)


そういえば今迄は読む時間がなくてできなかったけれど、私の趣味は読書なのです。

本なら何でも読むけど、その中で一番好きなジャンルは現実には起こりそうにないファンタジー系。

学生の頃は伝説の剣を手にした勇者の話や、世界中の魔法書を集める話等よく読んでいたことを思い出します。


私はわくわくし始めて、本棚に並ばれている本たちに手を伸ばしました。







コンコンコンと扉をノックする音に意識を戻された私が扉に目を向けると、ミーラが対応してくれていました。

ミーラがぱたりと扉を閉じるのを待ってから、用件を伺います。


「もうすぐ食事の時間だと教えていただきました。またこちらの洋服をお召しになるようにとのことです」


さあ着替えましょう!と意気込むミーラに、ふふっと笑いながら私は服を着替えて食堂に向いました。


「そういえばお嬢様は何の本を読んでいたんですか?」


「気になる?」


そう意地悪するとミーラは気になりますう!と目をよりキラキラさせます。

ミーラもそうだけど、侯爵家で働いてくれる人たちは皆いい人なのです。

私の手際が悪くて確認が遅くなってしまった時でも、怒る事は決してせず、いつもにこやかに許してくれるのです。


「読んだことがなかったのだけれど、違う世界からやってきた女性と公爵様の恋愛小説みたいよ。

タイトルは”真実の愛”」


「あ!私もその小説読んだことありますよ!いきなり見知らぬ世界にやってきた女性に公爵様が一目惚れして…」


「待って!まだ序盤なの!ネタバレ禁止よ!」


少し聞こえたけれど、公爵様が一目惚れして女性を公爵邸に匿って面倒を見る展開までは読んでいるからセーフね。


「えー!語り合いたいのにー!」


声を上げるミーラに私は嬉しくなりました。

だって学生の頃は本を読んだだけで、本の感想を語り合ってくれるような友達はいなかったから。


「ふふ。じゃあ早く読まないとね」



あまり騒がしくしないようにしながら食堂までの道を歩きます。

食堂につくとまだ令息様はいらっしゃっていないようでしたが、令息様のお母様、つまり公爵夫人が食堂で待っていました。

私はミーラには入り口付近で待機してもらいつつ、案内された席へ歩を進めます。


「お待たせしてしまい申し訳ございません。アニー・クラベリックと申します」


「来てくれてありがとうね。…でもごめんなさい。ヴァルは急遽王城に呼ばれて少し遅くなってるの。

私達だけで先に頂きましょう?」


申し訳なさそうにしつつ、公爵夫人はセバスチャンに食事を運ぶよう指示を出しました。


カートで運ばれてきた料理に生唾をのみながら私は心躍らせます。


(公爵夫人もいい人そうで良かったわ)


そうして運ばれてきた食事を頂いていくと、すぐに困ったことになりました。


(どうしましょう!もう満腹になってしまったわ!)


サラダとスープを平らげただけなのに、これから運ばれてくる料理に手を付けないなんてシェフの方に申し訳がありません。

それに令息様がいらっしゃる前に席を立ってしまうのも……


ぐるぐると目をまわして考えます。


確かにいつも自分の手際の悪さで仕事に追われることになった私は食事の時間も十分に取れず、パン一つで毎食を済ませていた私は学生の頃は食べれていた量が食べられなくなっていました。

いつの間にか胃が小さくなってしまったのでしょう。

だから…


(お腹が苦しいけれど……、令息様がいらっしゃるまでゆっくり、非常にゆっく~~~り食べて、来たら挨拶して戻りましょう!)


シェフには悪いけれど、これしかないわ。

さすがに次々と胃の中が消化していくような魔法はないんだもの。

食べ過ぎによる胃痛をなくすことはできるけれど、胃の中を空っぽにすることはできません。


そして


「…ア、アニー嬢、待たせてすまなかった」


ちまちまと食べ進めつつ、令息様を非常に心待ちにする私にやっと天の訪れが舞い降りました。

「本当よ!」と声を上げる夫人の傍ら、私は挨拶をするために食事の手を止めて立ち上がります。


(それにしても立つと胃が伸びるのかしらね、少し楽になったわ)


「初めましてヴァルレイ・スターレンズ様。私はアニー・クラベリックと申します」


「あ、ああ…。わ、私の事はヴァルでいい」


「ありがとうございます。それではヴァル様とお呼びさせていただきます」


口元に手を当ててどこか忙しない様子のヴァル様の後ろに黒髪の女性が控えているのに気が付きました。


「わ、私も君の事をア「あの…後ろの方は?」…あ、ああ」


喋るタイミングが被ってしまいましたが、ヴァル様は気にすることもなく後ろにいた女性を紹介してくれました。


「こちらは石原眞子改めマルティ・スターレンズ。先月異世界と呼ばれるここの世界とは違う世界から来た人間だ。

後ろ盾もない為公爵家で預かることになった。ア、アニー……嬢も仲よくしてもらえると助かる」


”異世界の女性”で、”公爵家で預かる”。


なんともタイムリーで非現実な話です。


え、という事はもしかして、…ヴァル様はあの小説のように彼女に一目惚れをした?だから公爵家で預かると?

だってさすがに未婚の嫡子がいるのに、年頃の女性を引き取る理由はそれしかないでしょう。


でもまって、そしたら婚約者として来た私はどうなるの?


とそこで初めて理解しました。


(だからお義姉様じゃなくて、私が選ばれたのね)


確かに心優しいお義姉様なら、例え相手が公爵家の方でどんなに美形でも相手がいる男性の元に嫁ぐなんて可哀想だもの。

私の方が先に結婚することになるけれど、時期を急ぐあまりに幸せにならなければ意味がないわ。

そして、お父様もこの事実を私に告げなかった理由がわかりました。


(理解しました!お父様!お飾り妻でも私は大丈夫です!)


「アニー…嬢?」


「ああ!申し訳ございません!マルティ様とお呼びしたほうがよろしいでしょうか?」


「あ、マルティでも眞子でも好きに呼んでください!」


「ではマルティ様と…」


別の小説の話だけれど、こういった展開の場合基本元の世界に帰れない場合が多いのです。

強くなって魔王を倒した勇者でも元の世界に帰れず、でも国を救った英雄として王女様と結婚した話なんか王道中の王道です。

だから私が眞子様ではなくマルティ様と呼んだのは、これからこの世界で彼女は生きていくから。

彼女の本来の名前をお飾りになる身の私が呼ぶより、愛し合うヴァル様が呼んだほうがいいと判断した結果です。


だから


「よろしくお願いしますね」


にこりと笑って、敵じゃないアピールも欠かせません。


彼女の隣にいるヴァル様にも誤解されないように最初が肝心なのですから。






それから私は満腹を理由に(嘘ではなく事実)先に失礼して食堂を後にしました。


(ふぅ…席を立つことを許してもらえてよかったです。

あのままではお腹がはち切れそうでしたから)


それにしても何故か挙動不審なヴァル様に、何故か顔が青ざめている夫人に後ろ髪を引かれる気持ちになりましたが、これ以上食べ続けることはできないし、第一二人の間を悪くするようなことはできません。


それにしても…、


食堂に着くまではあんなに機嫌がよさそうだったミーラもぷんぷんと怒っている様子に私は苦笑します。


「信じられません!婚約者として迎えたのに、他の女性を紹介するだなんて!しかも仲良くだなんて!

お嬢様を何だと思ってるんでしょうか!」


「まぁまぁ落ち着いてミーラ。私はちょっと引っ掛かってた部分もあったから理由が分かって寧ろほっとしてるの」


「引っ掛かってる部分…?どんなことか聞いてもいいです?」


「まずお義姉様にじゃなくて、私に縁談を持ち掛けた理由よ。

お父様は話さなかったけれど、相手がいる男性との縁談が理由ならお父様が話さなかったのもわかるわ」


「えー、私はあの人じゃなくてお嬢様に縁談がくるのは当然のことだと思うんですが…。それにあの旦那様がそんなこと考えますかね?」


「相手が公爵家ならお父様の立場からお断りするのも難しいわね」


「…まぁ、それは確かに…公爵家の方が身分が上ですからね。そこら辺はさすがに私でもわかります…」


「それに数いる令嬢の中から私を選んだ理由もね。

私はヴァル様とは一つ違いなのだけれど、学生の頃結構成績もよかったから生徒会委員に選ばれていたの。

あ、生徒会というのはね各学年から先生達が指名するのだけれども、成績優秀者からしかえらばないのよ。

生徒会活動で学業がおろそかになっては困るからね。

だからヴァル様とも生徒会で何度か接点があったから、例えお飾りの妻になったとしても使える人を選びたいと思ったのではないかしら?」


「いや、確かにお嬢様は優秀すぎますけど……普通に考えてとてつもなくかわいいだけじゃなくて、他の令嬢たちと比べてめちゃくちゃ性格がいいからじゃないですか?」


「それにあてがわれたあのお部屋、素晴らしい数の本が並べられてたことも。

しかも何の偶然か、学園にはなかった本たちばかりだったわ。

これは【俺たちに構わないで、ここで時間をつぶしてくれ】ということでしょう?」


「いや!普通にお嬢様の趣味を把握したからこその選別なのでは?!……あれ、そう考えたら色々おかしい…?」


「ミーラ?どうしたの?」


突然悩みだすミーラに私はどうしたのかと尋ねましたが、結局ミーラからなにも教えてもらえませんでした。


「とにかく!ちゃんとはっきりわかるまで私お嬢様の行く場所どこでもついていきますから!

お嬢様も安心していつも通りいてください!」


「?わかったわ」


結局ミーラが何を考えているのかよくわからなかったけど、ヴァル様の偽の婚約者として招かれた以上、二人の間を邪魔するようなことはしない事を胸に誓いこの日は眠りにつきました。







そして次の日。


いつもの時間に目が覚めた私は、いつもと違う部屋に驚きつつすぐさま状況を把握しました。


「そうか…公爵家に来てたんだ…」


となるといつもの習慣化された行動は出来ません。

掃除も、朝食準備も、洗濯も、帳簿の確認も。


(皆大丈夫かしら……)


“侯爵家で働く皆のこと”を思い浮かべて不安になりました。


そして少しだけツキンとした痛みが頭に走ります。


私は気を紛らわせる為にテーブルの上に置きっぱなしにしていた本に手をのばします。


読み途中の小説を読んでしまう為です。


あまりにもタイムリーで衝撃的な展開に、多少なりともショックを受けた私は昨日あのまま続きを読めずに寝てしまったのです。


一晩休み、頭も気持ちも整理がついた今なら何の問題もなく読める気がしています。


私は早速しおりを挟んでおいた頁から読み進めました。








「ど、どうしましょう…!?」


いえ、どうもしなくてもいいかもしれません。

だってここは小説の世界じゃなくて、現実の世界なのだから。

でも現実に起こりえないファンタジーな内容が今、目の前に起こっています。

となると、この小説に書かれた内容が絶対に起こらない保証なんてまったくないのも事実なのです。


小説に書かれた内容は、異世界から来た女性に、居合わせた公爵家の独身男性が一目惚れをして、そのまま女性を邸へと招き入れる。

だが男性は親が決めた婚約者がいた。

男性は婚約者の事を好意的に見てはいなかったのだが、婚約者の女性は違った。

婚約者は男性の事が好きで好きでたまらないほどに愛していた。

邸へと連れてきた女性に、微笑みながらも笑顔で接する婚約者。

だけどそれは男性の前でのみだった。

女性が一人になるとあらゆる手段で女性を虐め、遂には殺人未遂にまで達してしまう。

だが婚約者から女性を救ったのは、婚約者が愛する男性だった。

男性は自分の婚約者を蔑んだ目で見下し、断罪する。

婚約者は叫んだ。「貴方の事を愛しているのに!」と。

殺人まで至ってはいないが、狂気に狂った元婚約者の女性は処刑を余儀なくされた。

裁判所でギロチンで首を切られそうになる瞬間、愛する男を最後にと元婚約者は目を向けた。

そして男性の隣に立つ女性が目に入る。

女性は笑っていた。安堵からではなく、とても楽しそうに笑っていたのだ。

元婚約者は、女性の表情にぞっとする。

そして悟った。ハメられたのだと。



バン!


「こ、これは小説…小説よ…

第一私はヴァン様の事なんとも思っていないし、マルティ様にも危害を加えようとも思っていないわ…!」


恋愛小説と思って読んでいたものがまさかのサスペンスというかホラーというか、思っていたジャンルと全く違いました。

しかも、異世界の女性、公爵家の男性、婚約者の私、というキーワードが何とも絶妙に当てはまり怖くなって体がぶるりと震えあがりました。


よっぽどの恐怖心がうまれたのか、冷や汗もかいていました。


「大丈夫、大丈夫。仲良くやっていけば、なにも問題なんてないわ」


ぶつぶつと呟きつつ、心を落ち着かせていると、トントントンとノックする音が部屋の中に響きます。

ホラー小説なんて読んでないのに、ただのノック音が部屋に響き渡っただけでドキドキと緊張感が高まりました。


「お嬢様~、起きてますか?」


ひょこっと扉から顔を覗かせたミーラに、強張っていた体から力が一気に抜けていくようでした。


「ミーラ……」


「あ、起きてましたね!…ん?小説読んでたんですか?」


「ええ、続きが気になってね」


「ん~、今日はお嬢様には寝ててほしかったのですが…だってお嬢様、侯爵家でも働きづめで全然寝れてないんですもん」


「そんなことはないわよ。毎日3時間ちゃんと寝てたわ」


「それ全然大丈夫じゃないですからね!?」


そうかしらと首を傾げていると、ほどよく温められた湯を差し出されて、私はありがたく使わせてもらいます。

そして軽く身支度をしていると、トントントンとミーラの時よりは力強いノックが響きます。

ミーラも一緒にいるので、先程の恐怖心は生まれませんでした。

一人じゃないというのはとても心強いものですね。


ミーラにお願いして出てもらうと、ミーラと共に入ってきたのはヴァル様でした。


「え、ヴァ…ヴァル様?お、おはようございます」


「あ、ああ、おはよう。それより朝食にい、一緒に行かないか?」


想定外なことを言われた私は思わずミーラの顔を窺ってしまいます。

すると彼女は大きく頷く。


(これは受け入れろということかしら…?)


そういえば昨日ミーラに普通にすることと、彼女は私の傍にいつでもいると言われていたことを思い出します。


サスペンスなのかホラーなのかよくわからない小説を鵜呑みにせずに行動したほうが、この公爵家で生きていける可能性が高く感じると第六感が告げた気がしました。


「ありがとうございます。お誘いいただきとても嬉しいですわ」


そう言うとヴァル様はホッと胸を撫で下ろして、私に背を向けて肘と体の隙間を少し広げました。

どうやらエスコートしてくれるようで、私はマルティ様に悪いとは思いましたが、ヴァル様の厚意を無視するわけにもいかずに彼の腕にそっと手を添えました。

ミーラが後ろについてきてくれることを確認し、ヴァル様と共に部屋を出ます。


「き、昨日はよく眠れたか?」


「はい、とても過ごしやすいお部屋をご用意頂けたお陰でいつもより快適に過ごすことができました」


「そうか、それは良かった。

……昨日の事なのだが、その、すまなかった」


「?というのは?」


「マルティのことだ。いくら君が素晴らしい人だろうが配慮に欠けていた。

君の事を考えたら早めに伝えたほうがいいと思ったのだが…、すまなかった」


(配慮に欠けたというのは、婚約者として赴いた初日に伝えてしまって悪かったという事かしら?

だったら私の事を考えて早めに告げたというのは、少しでも私がヴァル様に心動かされる前に行動したという事よね)


「そのことでしたら問題ありません。寧ろ早々に教えていただきありがとうございます」


「…君は本当に…」


「?どうしました?」


「いや……、手続き上婚約期間が必要とはいえ…君みたいな人を妻として迎え入れられることを嬉しく思っているんだ」


「………」


少し頬が上気し、潤んだ目にじっと見つめられながらそんなことを告げられると、誰だって心臓がどきどきと高鳴ると思います。

甘いフェイスってこういう表情を言うのかしらと思わず考えてしまうほどに、黄色い声を上げていた女性たちの気持ちが分かった気がしました。


ドキドキと高鳴る心臓が止む気配もなく、私はじっと見つめてくるヴァル様から目を逸らすために下に目線を向けます。


「わ、私は自身の身の振り方は十分にわかっております。

なので、ヴァル様の手を煩わせることのないよう十分に注意します」


「アニー…嬢?それはいったい…?」


「で、ですからそのように気を使った言葉は私には…」


無用ですと告げる前に、テンションの高い声が私達を出迎えました。


「ヴァル!アニーちゃん!おはよう!」


「お、おはようございます」


「…母上、おはようございます」


ニコニコと微笑みながら、私とヴァル様をじっくりと眺め頷く公爵夫人。


「その様子ならどうやら誤解は解けたようね。ホッとしたわぁ~」


と胸を撫で下ろしていたが、いったい誤解とはなんだろうと首を傾げる。


「おはようございます、皆さん」


ヴァル様に添えていた手を離したところで、マルティ様もメイドに連れられて食堂に訪れました。

今の見られていなかったかしらとドキドキしたけれど、表情も変わらないマルティ様の様子にほっとします。


「マルティ様、おはようございます」


「ア、アニー様おはようございます…あの、どうか私の事は呼び捨てでお願いできませんか?

私の世界では様付けは一般的ではなくて…」


「わかりました。では、マルティ。どうか私の事もアニーと呼んでください」


「はい!ありがとうございます!アニー!」


花が咲くような笑顔ってこのようなことを言うのでしょうか。

パアと笑顔になるマルティ様が眩しいです。


そして少しでも疑ってしまった自分に嫌気がさしました。

そうでなくとも彼女はたった一人で誰も知り合いもいない世界に落ちてきてしまったのだから、優しく接して彼女が悲しまないようにするべきだったのに。


小説のどろどろした泥沼展開が起こらないように回避しようだなんて、彼女に対してとても失礼な思考でしたわ。









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