幼馴染と小学生の頃から付き合ってますけど、なにか問題でも
小学生四年の頃。教室。
隣の席の消しゴムが落ちた。
ためらうこともなく、それを拾い上げーー。
あれ、消しゴムの入れ物は、どこに……ん、何か、消しゴムに書いてある?
『章吾」
「レイジくん、見ちゃった?」
落とし主の少女が、気恥ずかしそうに、顔に手を当てている。
レイジとは、章吾から正午に連想が広がって、ついたあだ名だ。正午は、0時だから。説明なんて、必要がない分かりやすい発想だ。
「え、ああ。自分の名前を書くものだぞ」
少女の机に、消しゴムを置いて、それから床に転がっていたケースも拾い上げた。
「う、うん」
そのあと、数日後に、あれが恋のおまじないで、相手に見られずに使い切らないといけないものだったと、知った俺はーー。
隣の席の女の子に告白した。
両想いなのに、そんな占いに左右されるなんて、ごめんだった。
『小学生で付き合っても、続かないぞ』
『どうせ、すぐ飽きるって』
『占い、結局、当たるんだろう』
心ない言葉が、イヤでも耳に入った。小学生の男女の交際は、目立って仕方なかっただろう。だから、噂にするのに、ちょうど良かったんだ。
で、現在、高校生二年生ーー。
うん、まだ付き合ってますけど、あの時の女の子。朝陽真昼と。名前からしても運命を感じるしな。
針がピッタリあったね、とか言われてーー、いや、今思うと、ポエム感に発狂するかもだけど。
高校二年にして、付き合って、約7年の彼女がいます。たまに幼馴染と誤解される時があるけどーー実際、幼馴染ではあるのだけどーー、とっくの前に、くっついてます。
しかし、問題があった。
実は、全く進展していない。
いや、さすがに、手をつなぐ、ぐらいはしたよ。
けど、あまりにも、ここのカップル、小学生の頃からカップルなんだ、って、広められるから、手が出せないじゃん。
注目がありすぎて、やりづらすぎる。
まさか、まだ、ほっぺたにさえキスもしていないだなんて、誰が信じるだろうか。
さすが熟年夫婦みたいにクラスから言われながら、淡々と昼飯を一緒に食べていても、まだ熟れる前も前。他の高校生の方が進んでるんじゃないか。
これはお互いに、いい感じの温度になったカップルではないんだ。一度も、燃え上がったりしてないんだ。小学生マインドの恋愛が、延長戦を続けているだけで。
プラトニックなままだ。
だいたい小学生の頃に、性欲なんて芽生えているはずもなく、なんとなく守ってあげたいナイト精神だから、全く問題はない。
嘘です。自分で自分を誤魔化しています。
というか、中学の終わりぐらいから、自分の精神との格闘が激しさを増しています。心の中で天使と悪魔が、神曲を奏でています。
『もう、いいだろう。行っちゃえって。7年はヤベーって。冷静になれよ、ラッキーセブンだ。今がチャンスだろう』
『わけの分からないことを。理性を持ちなさいよ。ここで、もし嫌がられて破局とかになったら、どうするの。相手の気持ちを大事にするの』
『分かってらー。もう磁石のように惹かれあってるよ。言わなくても、お互いに通じ合ってるから、だいじょーぶだ』
『人間には口があるでしょ。きちんと話し合うべきよ。長年付き合ってきたんだから、変な誤解されないように』
『分かってねーな。目を見れば分かる。もう、向こうもウズウズしてるって。生殺しだろ。7年あれば、カップルがすることを全部やってないと、逆に失礼ってものだ』
『男だったら、ちゃんと言ってからにすべき』
『いーや、もう、それは不自然だ。7年間で培った阿吽の呼吸で、いっちまえよ』
「ほっぺたに、ご飯粒ついてるよ。えいっ」
真昼が、慣れた手つきで、白米を頬から取って、自分の口に運ぶ。
教室は、何事もない。もう、これぐらいで、ネタにされたりはしない。
そして、こんなことを、衆目でやっているから、ABCの全てが、もう、とっくの昔に終わっていることになっているのだろう。
「ん、どうしたの」
なにも言わないことを不思議がったのか、真昼は、小首をかしげる。
「そういえば、わたし、いま、恋のおまじないしてるんだ」
「おまじない?」
「内緒だよ。今度は、バレないように」
「隠し事はよくないんじゃないか」
「親しき仲にも、だよ。秘密がないと、ドキドキもないでしょ」
真昼は、そう言って、食事を再開した。
「ということで、お前しか頼めないんだ。おまじないを白日のもとにさらすのを手伝ってくれ」
唯一、俺たちの本当の関係を知っている共通の友人ーー日高夕緋。
「あのさ、これ浮気だよね」
家の近くの喫茶店でワイロの、パフェを奢っていた。幸い、この喫茶店には、学校の知り合いもいなくて重宝している。マスターが無愛想なせいか、立地はいいけど、静かな場所。
「女子と二人で喋ったら浮気は、束縛しすぎだろう」
「だいたいさ、いいじゃない。おまじないぐらい。女子だったら、誰だって、やったことあるよ」
もう、この恋愛相談に飽きているのか、胃もたれしているのか、興味ないふうだ。
「いや、俺たちはおまじないを破って、交際しているわけで。もし、これで、今回のおまじないが叶ったりしたら、いったい、どうなるんだ」
「いったい、なにか問題あるの。叶うのもあれば叶わないのもあるの。当たり前でしょ。そもそも、おまじないの内容が分からないんじゃ、どうしようもーー」
心底、呆れ切っている様子。
「真昼は、恋のーー、って言った」
これは、結構なヒントだ。
「あ、ついにフラれるのね。お疲れ。7年間、ご愁傷様」
「違うわっ!絶対に、これは、進展系の願いに決まってるだろう」
「つまり、なんなの」
カランカランと食べ終わったパフェのスプーンが鳴る。
もうたべおわったのか、爆速だ。
「き、き、キスって、ことじゃ」
「いや、もう7年だし、婚約じゃない。プロポーズじゃない。頭の中、エロしかないの」
「プロポーズは早すぎだろう。まだ高校生だぞ」
「えー、7年も待たせて」
「それとなく聞いてくれよ」
「あ、いいこと思いついた。誓いのキスでいいんじゃない。さっさと、教会でも神社でもいいから、キスしてきなさい」
「夕緋さん、ファーストキスが、そこは、レベル高すぎない」
どんなシチュエーションだよ。二人で、結婚式の真似事か。
いや、まぁ、もうオモチャの指輪ぐらいは交換したが。
「いいからいいから、キスしてこーい。真昼のテクニックはすごいよ。わたしが鍛えた。ーー嘘、冗談だって」
「びっくりするから。唐突な、カミングアウトはやめてくれ」
「だって、面白いんだもん。あ、こんなのはあるよ」
カバンから出したメモ帳の最後のページを見せる。
真昼と夕緋がキスしているようなプリクラ。
プリクラって、まだ現役だったのか。
「おい」
「してるふうだって。大きいスタンプ貼ってるでしょ。まぁ、さっさとしないと、本当にわたしがいただいてしまうかもだけど。そうだ、そうだ。おまじないって言えば、プリクラに、お願いのコメント書くとか」
「それは、確認できるだろう。夕緋が持っているわけだし」
一緒に撮っているのだから。なければないだろう。
「思ったけど、一緒にプリクラ行けばーー。でもキスプリとか、別れやすいって聞くけど」
「そんなジンクスが俺たちに通用するとでも」
「ほんと、ラブラブなんだか倦怠期なんだか」
「で、結局、おまじないって、なんなんだろう」
「今年で7年目、明日は七夕」
「いや、そんな安直な」
俺の心の中の悪魔並みだ。ラッキーセブンだ。
「ほら、七夕まつり、行くんだってさ。誰かさんには、内緒で。どんな恥ずかしいお願いを書きに行くのやら」
夕緋のスマホには、七夕まつりに行くと、連絡が来ていた。
七夕まつり。
高校生になると参加する人も少ない、小さな神社前のまつりだ。祭りというより、だいたいは竹細工の飾りが並べられているだけなんだが。高校生の文化系の部活の作品や芸大やら地元の有志の方の作品。
そして、メインの竹が何本も川近くに並べられていて、主に地元の小学生たちが書いた短冊の願い事が、吊るされている。当然、自由に書いて吊るせる竹も準備されていて。
恋人のストーカーだな、これは。
「なんで、わたしまで」
「見失ったら、連絡よろしく」
「はいはい。じゃあ、わたしは、真昼のところ行ってくるから」
一人で夜は危ないと言って、夕緋が無理やりついていくことになった。まぁ、祭りは、普通に日没前には終わるのだけど。
「真昼。なに、願うの?」
「内緒だって。願い事は言ったら叶わなくなるんだよ」
わずかに聴こえる声から、再構成した。
ただ、徐々に、距離が離れていって、さすがに、もう聴き取れる場所にはいれない。
真昼と夕緋が、竹の手前の短冊を手に取って、書いている。
そして、真昼が付ける位置を確認した。
しばらく待って、すかさず、見に行った。
『レイジくんとずっと一緒でいれますように』
えーと、恥ずかしいけど。進展というようなものではーー。
ごめん、俺が、ただの思春期こじらせだった。キスなんて、まだまだ先でもいいよな。ずっと一緒なら。
一応、夕緋のやつも見ておくか。
気恥ずかしさから、目を背けるために。
『ストーカーがいない世界になりますように』
ピンポイントに、一人のストーカーを狙ってないか。絶対に俺のことだろ。
息をはく。
本当は、おまじないなんか、なんでもないんだ。
俺が自分で進まないと。
織姫も彦星もビックリするほど、ゆっくりとした恋愛をすればいい。
『真昼とずっと一緒にいれますように(ストーカーではない)』
「いや、なに締めようとしてんの。おまじないは、どこいったの」
「秘密は暴かない方がいいんだ」
「ストーキングまでする彼氏がほざいてる」
(まぁ、本当はキスプリに、『次は、レイジくんと』って書いたやつがあるんだけど。どこに貼ったんだか)
ではでは。
お読みくださりありがとうございます。
ブクマ、評価ありがとうございます。