1/19
プロローグ
十二月の西日が射し込み、研究室に男と女の影を落としていた。
大学構内は窓ガラスが曇るほど冷え込んでいたが、女は寒さも忘れて立ちすくんでいる。向かいにいる男は俯いていた。
人は言葉で心を殺せる。
「別れよう」
男が繰り出した凶器は、たった一言だった。
茫然自失の女に、男は追い打ちをかける。
「お前といると、惨めなんだ。女といるって気がしないんだよ」
何が惨めなのか。つき合ったばかりの頃、「お前と一緒にいるのが嬉しいんだ」と言っていたのは嘘だったのだろうか。そう考え、咄嗟にショルダーバッグを掴む。その中には今日渡すはずだった誕生日プレゼントが入っていた。
男は「ごめん」と言って、踵を返した。無情に閉まるドアの音が響く。女が無言でいたことを肯定の意味にとったのか、それとも最初から女の意志なんて関係なかったのか、その足取りは逃げるように速かった。
男の姿がドアの向こうに消えても、女の足は動かず、涙すら出ない。
不意にバッグの中で携帯電話が鳴る。僅かな期待にすがったが、画面に表示された名前は、親友のものだった。