世界最強にされた俺は異世界でアイドルをプロデュースする(短編版)
ライオット・アートリー、38歳。
黒髪黒目で、顔の作りはそこまで悪くないと思うんだが、冴えないオッサンという言葉が一番しっくり来る。
俺は、この歳になるまで不運の連続だった。
冒険者になればゴブリンに剣を叩き折られ、農家になれば数十年に一度の大寒波で作物は全滅。
商売をしてみたら詐欺られ続けて借金まみれだった。
彼女いない歴(=年齢)だし、友人どころか、いつの間にか家族まで距離をおいて居なくなった。
俺はいつも一人だ。
今日も元気にゴミ捨て場のゴミ漁りと掃除をして生計を立てていた。
仕事上がりに、名前も知らない女の子の路上ライブの歌を聞き心が癒される。
「あー、今日も幸せだな」
それが口癖になっていた。
辛いことがあればあっただけ、彼女の歌が身に染みる。
ある日、夢の中でチンチクリンな少女が登場する。
「あー、あー、聞こえるかな。ライオット君」
「あんた誰」
「ボクは女神様だよ」
チンチクリンが面白い冗談を言ったので、俺が笑ってあげたら神罰の雷で、丸焦げにされた。
夢じゃなかったら死んでたな。
「おっほん、ボクは女神様だ」
どうやら、最初からやり直す気らしい。
しょうがない、少し付き合ってやるか。
「わー、女神様に会えるなんて嬉しいなー(棒読み)」
神罰(2回目)。
おかしい、何がいけなかったのか理解できない。
結局、5回もこの件を繰り返させられた。
「ねぇ、ライオット君。君の人生、今まで不幸だったでしょ」
「まあ、今も含めて不幸といえば不幸だったとは思うが、それがどうしたんだ?」
「それ、ボクたち神様の仕業だから」
えーっと、神殺しは罪になるんだろうか?
俺の人生に関わった神様をみんなまとめてぶっ殺してやろうか。
「神たちの間で、君をどれだけ不幸にできるか勝負していたんだけど、勝負がつかないまま飽きちゃったんだよね。だから、今までのお詫びもかねて君に最強の力をあげるよ。ボクの加護のおかげで剣技でも魔法でも君に勝てる者はいないはずだよ。君がどんな行動をとるか、ボクは遠くの空からそれを見させてもらって楽しませてもらうね」
そういって、チンチクリンな女神は消えていった。
俺が目を覚ます。
「夢、じゃないようだな」
体には信じられない力が宿っているのを感じた。
多分、今の俺なら世界征服も簡単だ。
しないけど。
「ダンジョンに狩りにでも行ってみるか」
最近できたばかりのダンジョンに来ると、そこら辺で拾った棒を片手に普段着で躊躇なく潜る。
簡単にクリアして、ギルドから褒賞金がでた。
これはいい金になる。
俺は旅に出た。
ダンジョンを巡り、ゴミ漁りでは百年かけても手にできなかった金額の報酬を得る。
……むなしい。
最初は強い自分っていうのが新鮮で楽しかったけど、今は心にポッカリ穴が開いたようだ。
原因はわかっている。
「俺には歌が足りない」
そこに、しばらくして気が付いた。
だが、前に路上で歌っていた少女は止めたのかいなくなっていたし、他に好みの歌手はいなかった。
どうすれば。
ある農村に来たときに、農作業をする素朴な少女がいた。
16歳くらいの赤髪の可愛らしい少女。
手足は長く、シンプルなスカートをはいていてもわかるくらいスラリとしていてスタイルも良さそうだ。
そんな彼女の歌を聞いて、俺の体に電撃が走る。
「この子だ!」
「君、アイドルにならないか?」と、俺はいつの間にか少女の手を握っていた。
初対面のオッサンに手を握られた少女の反応はご想像の通り。
超不審者の俺。
勢いで手も握っちゃったし言い訳のしようがない。
俺は反省もかねて無抵抗で村の男たちに捕まった。
まあ、その気になればいつでも逃げ出せるしね。
「おい、お前、この子は今度の祭りで土地神様の贄になる身だ。勝手なことをされると困る」
「贄だと」
聞けば、この村の土地神に身を捧げて周辺の魔物から守ってもらうということだ。
野蛮すぎる風習だし、勿体ない。
あの子の歌声は世界の宝だ。
きっと将来そうなると俺の直感が全力で叫んでいる。
「相談がある。この周辺の魔物がいなくなって土地神とやらに守られる必要がなくなれば、あの子の贄は中止されるのか?」
「まあ、あり得ないことだけど、魔物が全滅すれば中止になる可能性があるな」
「その言葉、しっかりと覚えといてくれ」
俺は自分の体に巻かれていた縄を引きちぎると剣を片手に村を出る。
俺の身柄を捕らえるために追ってきた村人たちが見たのは、おびただしい数の魔物相手に無双をぶちかます俺の姿だった。
ポカーンとする村人。
まったく、危ないから村の中で待ってて欲しいな。
無防備に立ち尽くす村人たちにそんな感動を抱いていると「お前は何者だ」との威厳のありそうな声が聞こえてきた。
「土地神様だ、土地神様がいらしたぞ」
大きな象の魔物。
ビッグエレファントが現れた。
「なんだ、土地神っていうから何かと思ったら魔物じゃん」
「あのバカ、土地神様になんて口を」
本当に神でも現れたら、叩き斬ってやったのに。
ちょっと残念だ。
「今年の贄のできもいいようだな。楽しみにしているぞ」
「あー、それなんだけど、ここいらの魔物は全滅したっぽいから、もうあんたに守ってもらう必要ないと思うよ」
「なんだと!? たしかに手下たちの気配がない」
「おい、今、土地神様、あのオッサンの倒した魔物のことを手下とか言っていなかったか?」
「まさか」
村人たちがなんかざわざわしてるようだけど、うるさいな。
なんか土地神様は怒っているし。
よくわからん。
「貴様、殺してやる」
「そういうわかりやすいのは大歓迎だ」
俺を殺そうとしてきた土地神なら、たとえ返り討ちにしても村人たちに怒られることはないだろう。
俺は剣を無造作に振り、剣撃を飛ばす。
それだけで土地神は真っ二つになり絶命する。
「そういえば、いい忘れてたけど、俺って神様嫌いなんだわ」
それだけ言うと俺は剣をしまう。
村人たちが歓声にわき俺に駆け寄る。
「あれ、俺って土地神様殺しちゃったんだけど、大丈夫なのか?」
そんな疑問を浮かべながらも、村人たちは俺を揉みくちゃにするだけで、誰も俺の疑問に答えてはくれなかった。
まあ、怒られなかっただけでもいいとしよう。
その日の夜は、村で歓迎の宴がひらかれた。
「ありがとうございます。あのままだったら、私、どうなっていたことか」
「いや、俺が勝手にやったことだから気にするな」
あのときの少女が俺にお礼を伝えてくれた。
どれだけ言葉を重ねられるより、俺はこの子の歌を聞きたかった。
「でも、そうだな。感謝するなら、ここで1曲歌って欲しい」
「!?……はいっ!」
少女は少し距離をとると、歌い出してくれた。
曲は素朴な民謡に似たものだろうが、あのときと一緒で心が揺さぶられるような声だ。
これは俺や村人たちだけで聞くのは勿体ない。
本当に素晴らしい。
「やっぱり君はアイドルになるべきだ。俺はそう思う」
「……」
「無理強いはできないが、君はアイドルは嫌いか?」
「歌は好きです。そして、あなたが望むならアイドル、やってみたいです」
そう言った彼女の顔は、喜びと羞恥に顔を赤らめながらもやる気に満ちていた。
「今はそれで十分だ」
こうして、俺はアイドルの原石を手にいれた。
奴隷商人に売られていたモフモフの獣人少女。
教会に利用されていた聖女様。
王女。
魔王の娘。
いろんな少女たちを巻き込んで、俺がアイドルグループの結成をプロデュースするのは、もうちょっと先の話だ。
読んでいただきありがとうございます。
恋愛としながらも、歌への愛になります。
ご意見いただけたら嬉しいです。