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「ゲラート!日程が決まったわよ!」
興奮したバーバラが扉を開けてゲラートに告げる。
ここはローランドの皇都の高級宿泊施設、ロイヤルパレスである。
他国から来たゲストを持て成す際にも使われる皇帝公認の宿の一つである。
一応皇宮の指名依頼で滞在する事になったゲラート達一行が泊まる宿舎として最上階のスウィートを貸切っているのである。
そしてこの一行、素行不良な金持ちであり、そういう一行がそういう宿に泊まる時にやってしまう事と言えば予想はつくだろう。
広く、鍵のかかる個室が何部屋もあるスウィートフロア、そこで毎夜繰り広げられる事に宿の人間達は非常に不愉快な思いをさせられている。
もっとも彼らはプロなのでそういう事は表には出さないが。
娼館から呼んだ娼婦に酌をさせて酒を飲む半裸のゲラート。
いつもの事かとバーバラは気にせずゲラートの後ろから首に腕を回し首元でささやくようにしゃべりかける。
「ようやく依頼が出来るわね、依頼を達成して、聖女を攫ってあの変態公爵に届ける、あいつの吠え面が目に浮かぶわ」
「ああ、ついでにあの餓鬼共を血祭りに上げて晒していくか、聖女もあいつも上手く壊れてくれればこれほど面白い見世物はないな」
誰がどう見ても不穏な会話であり、之が洩れたとすればいかにSSSランクであろうともただで済むような事ではない。
しかしそれはありえない。
「この隷属の首輪で聖女を思い通りにして奴の動きを止める、止めた後がお楽しみだ。」
禍々しい気配のする首輪を手に酒を煽るゲラート。
「でも不思議よね、これ、はめた後は消えるのに効果が切れないなんて、どういう仕組みなのかしら?依頼どおりに使ってみたら本当に消えたし、スラムのゴミがなに言っても意味ないから心配してないけど」
「どうだっていいだろ、仕組みなんて分からなくても俺らの玩具になるんだから、使いたいところでドンドン使っていこうぜ」
赤ら顔で陽気に酒を煽りながら
「そうね、私達が楽しめて証拠も残らないんだから、もっと楽しめるように使いましょう」
「そういうことだ、さて、これからお楽しみだ、おまえも一緒にお楽しみするか?」
ゲラートはバーバラを口説こうとするがそれは叶わずバーバラは身体を離して口を開く。
「遠慮しておくわ、貴方とはいつでも遊べるし、私も部屋に今日の玩具をもってきてるの」
舌なめずりをするように口の端を舐めるバーバラ、その様は妖艶というよりは飢えた獣のようである。
「そうかい、ならせいぜい楽しんでくるんだな」
後ろ手に手を振り言い捨てるゲラート。
「ええ、後で気が向いたらあなたの方も楽しみにくるからその時は楽しませてね」
嫌らしい笑みを浮かべて告げるバーバラに
「はっ!いってろ」
はき捨てるようにそう言って醜悪な姿の2人は分かれる。
ここにいない二人はどうしているかというとガイルは既にお楽しみ中であるが、何人も壊してしまい、手配する男の顔をひきつらせていた。
ローラは何をするわけでもなく街を歩いたり、ボーっとしたり。
この4人の中で一人明らかに浮いた行動を取っているが3人はそれを気にしない。
これが疾風の英雄というパーティの闇の一部分だということはまだ誰も気がついていない。
そしてまた哀れな子羊の悲鳴が響く事になる。
あとどれだけ犠牲者が増えるか、それは今はまだ誰にも分からない。
この3人の為にどれだけの娼婦達がもてあそばれるのか、それは分からないが、今この時点で宿につれてこられた3人の未来は暗く閉ざされてしまっていることは確かである。
「魔物よりもこの人達の方が邪悪とはね、つくづく人間というのは度し難いね」
そういって笑みを浮かべる一人の男。
光の届かない暗闇の中、男は続ける。
「さあ、思い上がった哀れなピエロさん達、踊って踊って踊り狂って全て滅茶苦茶にしてしまいなさい、そうしたら、後で私の玩具にしてあげましょう」
水の滴り落ちる音が響く暗闇の中、鉄錆と死の臭いの溢れる部屋の中で男は笑い続ける。
やがてその部屋の中の影が動き出し、一つ、また一つのたのたと歩いていく。
その笑いが収まったにのこっていたのは、闇を纏った男と、流れ出した血の池と、それが消えていく音だけであった。
哀れなピエロは気がつかない。
気付いた時には戻れない、そこまで計画に含まれていることも知らずに笑って踊って楽しみ倒す。
いつか消されて消えるまで、ずっと。