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軍隊蜂の襲撃を受けてから6時間、恐らく外は暗くなってきている頃だろう。
当の俺達の周りもかなり薄暗くなってきているのだが、恐らくこの辺りは年中これくらいの明るさなのでそこから時間を計る事は出来ない。
さっきまでご機嫌に尻尾を振っていた子狐疲れたのか今は大人しくしている。
たまに寝息が聞こえて来るが、方向がずれた時には目を覚まして教えてくれるのでその時にはありがとうと頭をなでる。
なでると気持ちよさそうに鳴いて和ませてくれる心の清涼剤である。
あの後にもやはり襲撃はぽつぽつと起きていた。
狼型の魔物の群れ、猪の魔物、熊の魔物といった辺りに獣型の魔物ばかりであったが。
この辺りもC~Aランクの魔物であったが、対処法はワンパターンのお手軽な対処で終わった。
相手が掛かって来たところを盾で殴って骨を砕くか、昏倒したところをズブリ。
素材を大して傷めないので済むのでこの方法は重宝しているのだ。
といってもこの盾あってのことなのだけどな。
お察し頂けるかと思うが、この盾も魔道具である。
重に使う機能としては、重量変化、形状変化であるが、パッシブ効果として疲労軽減等もついている。
その分取り回しに魔力と慣れが必要ではあるが、使えるのなら使わない手は無いという代物である。
孤児院から発つときにルイスが絶対無事に帰ってきてねと持ってきたものであるが、出所については「お祈りしていたら目の前にあった」だそうだ。
鑑定してもらった事もあるのだが、その時も「よく分からない」というものであった。
もらった時から手に馴染むし、使い方も分かるという不思議な盾だったのだが、今になって思えばと言うやつである。
因みにこの子狐のクウ、この盾がお気に入りのようで、村で一泊した時には盾を寝床にしていたほどである。
証拠もないし、証明もできないが、この盾についてはそのうちわかるだろう。
そんな盾のおかげで楽に進む事が出来たので今は周りはかなり暗くなっている。
恐らくだが、もうすぐ完全に周りが闇に包まれる領域に突入するだろう。
そこからは極端に危険度が上がるので、ここで一度休息を取る事にする。
1人なので完全に休む事は出来ないが、この盾のおかげで大分楽な思いはできる。
「展開」
その言葉のあと左腕につけている盾が大きく広がりを見せる。
そしてそれは簡易的なシェルターを形成する。
本当に便利だよなこれ。
そう思いながら簡単な食事を進める。
干し肉と乾パンとドライフルーツという味気もないものであるが、場所が場所だけに仕方が無いか。
火を起こせば目立ってしまうのでこういった危険領域では乾き物ばかりというのは定番である。
そういうのもあってパーティーを組んでいた時は日帰りがメインだったのだが、俺はそんな時でもこういう事はままあったから慣れてはいる。
その時と違うのは可愛い同行者がいる事かな。
そう思いながらドライフルーツと干し肉に噛り付く子狐に目をやる。
美味しいのか尻尾をふりながら元気に食べている。
食べて食べて水を飲んで食べて。
それを繰り返して腹を満たす。
腹が満ちたら半覚醒の状態で暫く休息を取ることにしている。
といってもそれは俺だけで、まだ子供であるクウは膝の上で丸くなって寝息を立てているけどな。
そんな小さな狐をなでながらしばしの休息を取ったのだった。
4時間程の休息の後探索を再開する。
その際に一つ魔道具を起動する。
この先、明かりはほぼ無いのである。
どこかからか届く僅かな光を頼りに森を進まなければならない。
そうなると種族的に夜目が利かない場合は灯が必要になるのだが、その場合非常に目立つ。
以前松明を持って探索を行おうとしたパーティーは無数の魔物に襲われる事になり、散々な目にあって逃げ帰ったらしい。
その時の事からこの森の奥ではどれだけ視界が悪くても明かりは厳禁となっている。
そういう事情もあってここの探索の敷居というのは一段も二段も高くなっている。
また出現する魔物のランクもSランクのものが稀に出てくる。
視界が悪く、奇襲を受けやすい状況で行う探索の難度の高さは非常に高い。
しかしこの地域限定でしか取れない素材もあるのである。
従ってこの地域での素材が必要な場合はSSランク以上の依頼となる事が多い。
それだけの敷居の高さなのだが、これをどうにかする方法というのは実はある。
起動したゴーグル型の魔道具の確認を行う。
この魔道具の効果は4つ、曇り止め、洗浄、暗視、熱感知である。
非常に便利なこの魔道具、金額はそれなりであるが一つ難点がある。
作る人間によって性能がかなりばらつくのと一番腕のいい職人がかなり偏屈なのである。
「俺は気にいらん奴には作ってやらん、ちゃんと作ると面倒だしな。」
と言って作成を拒否する事が多いのだとか。
その親父、実力行使しようとした奴は魔道具で町の外までぶっ飛ばされた上に懇意にしている冒険者達とギルドに締め上げられて犯罪奴隷落ちしたとかなんとか。
そういう逸話を持つおっさんだから出回らない。
加えて気に入ったら調整もかなり細かくしてくれるから他の人間じゃ使いづらくなるのである。
正に偏屈な職人なのである。
その親父にどうやって作ってもらったかは別の話になるので今回は割愛するが、おかげでどこに言っても探索する時の視界は確保できるのである。
その為俺にとってはこの場所もA~Sランク程度の難度に落ちてくる。
良好な視界のまま森を進む。
因みにクウの方は種族特性か瞳孔が縦長になり、仄かに魔力を纏っているようで、問題なく見えているようである。
そのまま暫く進む、それなりに珍しい素材があちらこちらに見えるが、鮮度が必要なものも多いので今は手を出さずに歩みを進める。
2時間程進む内に周りの光源がほぼ鳴くなって闇の森に入った事が分かる。
途中鬱蒼とした森と違い、草木の息吹の気配も弱く、獣や虫の音も密やかなものになっている。
静寂に包まれた闇に支配された森。
それがこの森の暗の部分であり、闇の森と呼ばれるものの招待である。
そしてそれだけではない。
音もなく木の枝から黒い帯が下りてくる、その幅約40センチ程。
そして逆さづりになったそれは近付いてきたモノを締め上げる、もしくはそのまま一飲みにして捕食するのである。
そしてそれはタイミングを計り無防備な獲物に大口を開けて襲い掛かる、獲った!経験からそう確信した、したのだが……
大蛇の開いた口を巨大化させた盾で防ぐ。
蛇は顎を外して無理やり獲物を飲み込むので直径80センチくらいの大きさまで開く。
これでも裂けないのだから恐ろしいものだ。
そう思いながら重量増加の機能を発動し、蛇の顎を地面に叩きつける。
その衝撃で木の上に隠れていた残りの胴体が鞭を振り下ろしたように先の地面を叩く。
その長さ凡そ8メートル程。
アサシンスネークと呼ばれる巨大な黒い蛇である。
ランクはAAランク。
とはいえ、AAAランクの冒険者でも不意を突かれると酷い目に遭わされるので要注意な魔物である。
攻撃方法は締め上げか丸呑みしてからの締め上げ。
奇襲以外には特徴のない脳筋モンスターである。
それでも棲家と種族特性とそのサイズと力によって普通の冒険者では手の出せない手合いではあるのだが。
のた打ち回る前に脳震盪を起こしている蛇の眉間に剣を差し込み脳を破壊する。
そして力の抜けた隙に盾を強引に外して背中を一突きにして脊柱を破壊して完了。
こうでもしないとこの巨体で暴れまわるので非常に手間なのである。
因みにこの蛇、その特性からか、レンジャー系統の人間に好まれる防具の素材として人気が高い。
反面この討伐難度からかなりの高級素材となっているのでそのまま袋に入れて回収する。
魔法袋様様である、とはいえ村に帰ったら捌いてもらった方がいいのだが。
回収した後は足早にその場を後にする。
暗闇だけあって臭いに敏感な魔物も多い。
そういう奴等はすぐに集まってくるので、この場での素材回収は通常は非常に難易度が高いのである。
集られると非常に面倒くさい事になるのが分かっているので足早に進む。
途中飛び掛ってくる奴もいたが、盾で弾き飛ばして無視して進む。
そうして闇の森の探索行は幕を開けたのであった。