10
準備が出来た翌朝のこと、空は澄み渡る青以外見えない位の快晴。
日の出から少し経ち、街が活気付いてきた頃、乗り合い馬車に乗るために街門にきていた。
「それじゃ行ってくるな、無理するんじゃないぞ。」
「それは私達の台詞だよ!危ないところに行くんだから、ちゃんと無事に帰ってきてね!」
「ああ、わかってるよ、用心しながら動くからちょっと遅くなるかもしれないが、必ず帰ってくるから信じてくれ」
「うん、村には私達のお守り見せたら悪いようにはならないから、ちゃんと見せてね」
「ああ、わかったよ」
「村だけじゃなく、王都やお城でも自由が利くようにしてあるので、大事にしてくださいね。」
「わかった、ありがとう。」
「帰ってこないと私達がどうなるかわかりませんからね!必ず帰ってきてください!」
「そうよ!一生結婚出来なくなるって思ってちゃんと帰ってきてね!」
「そりゃ責任重大だ、必ず帰ってくる」
アンジェとルイスを安心させる為に笑いかけると出発すると呼ばれる。
「それじゃ行ってくる」
「「いってらっしゃい」」
二人の声を後ろに馬車に乗り出発する。
馬車の中から後ろをみると少しずつ小さくなっていき、暫くすると見えなくなる。
「いっちゃったね」
「うん、それじゃ私達は私達の出来る事しなきゃね」
「がんばりましょう」
「おー!」
目的の明暗の森は西に街道沿いをしばらく行ってから、わき道に抜けて1日歩いた所にある村から入る事になっている。
聖霊の村といわれるその村は明暗の森への出入りを管理する為に作られた村である。
元々守り神と呼ばれる聖獣が守る村であり、森の恩恵を受けて生活していた村を併合する時に色々配慮をして国土に組み込んだという歴史がある。
その時に当時の聖女が聖獣と仲良くなり、お互いに生涯の友として村と王国の架け橋となった事から聖女と聖獣の交流は代が変わっても続けられており、村は聖女にも敬意を持って接する。
当然彼女達の行動の結果であり、ルイスもそこは大事にしているらしい。
それもあり、今回の許可はすんなり下りたといってもいいのかもしれない。
そういう背景のある村に向けて俺は進む。
既に馬車を降りてから半日程歩いたところになるが、街道とは違い舗装のない踏み固められた山道を進む。
人の出入りはそこまで多くない分色々な植物もあり、帰りに余裕があれば採集したい物もちらほら見かける。
そんな道を日に合わせて進む。
歩いて1日の距離なのだから日が暮れる前に着くのを目的に進むのだが。
「血の臭い?」
風に乗って僅かに運ばれてきた鉄錆の臭いを感じ取る。
不穏な物を感じた俺は歩を早める。
そして暫く進み鉄錆の臭いが強くなったところにその惨劇の場はあった。
血を流す人間の幼児程の白い狐と所々傷を負っている男達。
1人は片腕をなくし、一人は胸に鋭い爪痕を、首を食いちぎられて事切れている者もいた。
「た、たすけてくれ!」
俺に気付いた男の1人が言った。
「この獣がいきなり襲い掛かってきたんだ!」
その言葉に俺は剣を抜く。
「助けてくれたら礼をする!だから頼む!」
そして俺は走り出す。
目の前では狐に二人の男が切りかかっており、狐の方も胸に傷のある男の方に向かっていた。
狐と男達が交差する直前俺は男達に追いついて剣を振るう。
「な、なぜ……」
片腕のなくなっていた男が血を吐きながら崩れ落ち、胸に傷のあった男は後頭部を切り裂かれ絶命する。
「聖獣と怪しい男達、交戦していたらどっちを襲うかなんて明白だと思うが?」
そう言い放ち話しかけてきた男に歩き始める。
傷ついた聖獣は着地した場所で警戒しながらこちらをみる。
「聖獣の子供に手を出しておきながら親がこちらにこないという事は、村にも何かしたんだろう?あいつはそういう奴だからな」
呆気に取られて動けない男に一歩ずつ近付く。
「さて、覚悟はいいな?」
「ま、まってくれ!助けてくれ!金ならはr」
命乞いの言葉の途中だが喉を貫く。
「馬鹿が、助けるわけないだろうが」
そう言って剣を引き抜き血払いをし、鞘に収めて聖獣の方に向かう。
「出発してそうそうこれの世話になるとはな」
苦笑いしながらお守りを取り出し聖獣の鼻先にそれを下げる。
「聖女の身内だ、治療をさせてくれないか?」
呼びかけると聖獣は身体を横たえる。
「いい子だ、ちょっと染みるかもしれないけど我慢してくれよ」
そういいながらポーションを取り出し瓶を開けて傷口にかける。
「失った血は戻らないが、傷口はこれで大丈夫なはずだ、動けるか?」
傷が癒えるのを待って呼びかけるが首を振りながら聖獣は俺に擦り寄ってくる。
「きついか、仕方ないな」
そういって聖獣を抱き上げる。
「乗り心地よくないかもしれないが勘弁してくれよな」
そういった瞬間聖獣が光り始め、それが収まった時には手乗りサイズになっていた。
そのままとことこと歩きながら俺の頭の上を居場所にして丸まった。
「これはまた、まぁいいか、少し時間をくれ」
そう言って俺は賊の身ぐるみを粗方回収する。
賊相手は所属が分かる物や金目の物を回収しておくのは冒険者の常識である。
「それじゃ行くからつかまっていろよ」
そう言って聖獣が尻尾を巻きつけて固定したのを確認して俺は走り出す。
村に着いたときに目に入ってきたのは怪獣が暴れたのかと言わんばかりに粉々になった森側の門の外の木々と巨大な猪の魔物、それと人間の倍くらいはあるだろう体高の白い狐であった、尻尾は8本今代の聖獣である。
「向かってきているのは分かっていたが、頭に乗って来るとは思っていなかったな、見れば傷も塞がっているようだ、ロイドよ、話してくれるな?」
こちらを見ながらそう話しかけてきた。
「勿論だ、まず……」
そうしてお互いに何があったのかを話し合った。
因みに今代の聖獣とは以前来た時に知り合っていたのだが、子供の方は小さかったので覚えていないらしい。
話すところによると、奴等はこの猪の魔獣を何頭もけしかけてきた、それに対応している間に子供の方を眠らせて連れ去ろうとしたのだが、途中で目が覚めて抵抗した、そこに俺が通りかかったということらしい。
「なるほど、隣国の者か、馬鹿な事をする」
「全くだ、帰ったら精査して然るべき処置をする。その後の事は国に請求してくれ。」
「ああわかった、そうさせてもらう」
「人間が迷惑をかけてすまないな」
「いや、お前にはわが子を助けてもらった、感謝する」
「そう言ってもらえると助かるよ」
「して、おぬし、この森に何をしにきたのだ?」
「ああ、それはだな……」
俺が森に何をしにきたのか、何が欲しいのかを理由も含めて話し聞かせる。
「はっはっは!あのルイスがお前の妹で、妹可愛さに聖龍のな、あーはっはっは!このドシスコンめ!私を笑い死にさせるつもりか」
「仕方ないだろうが、たった一人しかいない可愛い妹なんだから、無事に過ごせるようにするのは当然だろ?」
「その気持ちは分からなくも無いが、いささか過保護に過ぎるのではないか?」
「そりゃそうかもしれないけどよ……」
「だからお前はシスコンなのだ」
そういわれて何も言い返せない。
「まぁ分かった、それなら気をつけていけよ、聖龍にもよろしく言っといてくれ」
「聖龍に?仲がいいのか?」
「ああ、まぁちょっとな」
照れるように言う聖獣
「そうか、わかったよ、それじゃ明日に向けて準備するわ」
そう言って俺は村長に事情を話しに行くのだった。
翌朝、鬱蒼とした森に足を踏み入れる。
子狐を頭に乗せたまま。