表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王女殿下の初陣  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第二部 敵中横断編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

29/42

28 情報収集

 ピリッと電撃が走るような感覚を覚えて、リュシアンはハッと目を覚ました。

 大外套をはね除けて、立ち上がる。

 侵入者探知用の結界に、反応があったのだ。侵入者に魔力反応はなし。無警戒で結界による警戒線を踏み越えていた。

 侵入者の数は十名。軍で言えば、分隊規模。

 恐らく、自分たちの捜索に投入された部隊だろう。

 捜索にどれほどの人数を投入しているのかは知らないが、常人(ただびと)であるならばそれほど警戒は必要ない。

 認識阻害の魔術や方違(かたたが)えの魔術で方向感覚を狂わせ、森の中で遭難させることが出来る。

 問題は、彼らが囮として扱われている可能性であった。

 使節団を襲撃するという暴挙を行ったとはいえ、北ブルグンディアの人間も馬鹿ではない。

 森の中に入れられた各捜索隊は捜索範囲が決められているであろうし、未帰還の捜索隊が出れば、当然、その部隊が担当していた地域が怪しまれる。

 捜索隊ではなく、その背後に控えているであろう宮廷魔導師こそ警戒すべき相手であった。

 これまでリュシアンが遭遇した宮廷魔導師は、墜落初日に交戦した三人のみ。内、“人形師”アルベールは、すでに殺している。

 残りは水系統魔術の使い手であるオリヴィエ・ベルトランと、魔剣士リリアーヌ・ド・ロタリンギア。

 しかし、他の宮廷魔導師の増援が到着している可能性もある。

 一方で、貴重な高位魔術師の損失を恐れて、新たな宮廷魔導師の投入に慎重になっているかもしれない。

 とはいえ後者は希望的観測であり、安易な楽観は即座に自分たちを危険に晒すことに繋がる。

 リュシアンもまた高位魔術師に分類される存在である以上、北ブルグンディア側も相応の魔術的戦力をこの森に投入していると考えて対処すべきだろう。


「……」


 リュシアンは懐中時計を見た。午後一時を過ぎたところ。四時間ほど眠っていたことになる。

 エルフリードは、まだ眠っていた。木の根の隙間に蹲っているため、少し窮屈そうな姿勢ではあったが、それ以上に疲労が溜まっていたのであろう、リュシアンが起きたことにも気付かずに眠り続けている。


「エル、起きて」


 出来れば眠らせておいてやりたいところではあるが、そうも言っていられない。

 リュシアンは少女の肩を揺り動かす。


「……む、リュシアン?」


「結界内に侵入者があった」


「何!?」


 エルフリードは即座に跳ね起きた。幹に立てかけてあったエッカート銃を掴む。リュシアンも〈黒の法衣(ブラック・ローブ)〉を羽織った。


「相手に魔力反応はない。多分、分隊規模の捜索隊」


「急いで逃げるのか?」


「……」


 エルフリードの問いに、リュシアンは思案顔になる。逃げるという選択肢は、この場合、最善のもののように思える。

 ただし、それは相手の配置が判っていて、という条件付きだ。

 闇雲に森の中を逃げ回り、ばったりと別の捜索隊に遭遇しないとも限らない。

 こちらは昨夜、村に立ち寄ったことを北ブルグンディア側に知られてしまっている。

 リュシアンが敵の立場ならば、村周辺を重点的に捜索するだろう。あるいは、村を中心とした包囲網を形成し、それを中心地点である村に向けて徐々に縮めていくという作戦もある。

 ならばそのような事態になる前に村から遠く離れれば良かったということになるのだが、それは体力的に不可能な話だった。

 敵に探知されるか飢えるかという究極の選択の末、自分たちは敵に探知される方を選んだ。結局、食糧が尽きかけた時点で、自分たちは進退窮まっていたのだろう。

 さらに皮肉なことに、食糧を入手した関係で荷物が増えている。余計に迅速な逃走は不可能であった。


「なあ、リュシアン。私の意見を言わせてもらってもいいか?」


 エルフリードの声には、どこか切実な響きがあった。魔術的には何ら役にたたずとも、せめて助言という形でリュシアンの役に立たなければと思っているのだろう。


「正直、逃げてもあまり意味はないと思う。私が敵の指揮官なら、村を中心に包囲網を敷いてどんどん包囲を狭めていく。逃げたところで、どこかで発見される」


 やはり、エルフリードも同じことを考えていたらしい。


「やっぱり、そうなるよね」


「そうなると、選択肢は迎え撃つか、上手くやり過ごすか」


「やり過ごせると思う?」


「お前の……」一瞬、エルフリードは言い辛そうに口をつぐんだ。「……魔術か何かで偽装できないか?」


 言い淀んだ原因は、結局はリュシアン任せの案しか思いつかなかったことによるらしい。


「……」


 リュシアンとしても、その選択肢は考えた。幻影魔術や光学系魔術は、同じ魔術師相手にも通用する。

 上手くすれば、やり過ごすことも可能だろう。

 しかし、やはり問題は追っ手の規模が判らないことであった。

 この場で敵をやり過ごそうと魔術で偽装し、逆に脱出の頃合いを見失う可能性がある。敵の捜索隊がこちらの予想以上にこの周辺に投入されていれば、そうなる可能性の方が高い。

 となれば、迎え撃つしかない。


「……いや、敵の規模が判らない以上、偽装してこの場に留まるのは危険だ」


「迎え撃つしか、ないのか」


「ああ、死体は情報を持って帰らない」


 だが、魔力を放出すればこちらの居場所が逆探知されてしまう。同様の理由で、銃声のする銃も使えない。

 自分の持つ双剣〈モラルタ〉、〈ベガルタ〉とエルフリードの鋭剣(サーベル)、そして数本の銃剣。

 いや、駄目だなとリュシアンは思った。

 敵は十人。こちらは二人。しかも、二人の内一人は魔術師であるとはいえ、大人に対して体格の劣る十代の少年少女である。

 相手を全滅させたいのなら、外れずの魔弓〈フェイルノート〉を使うしかない。

 しかし、そうなれば確実に魔力波を放出することになる。昨夜、村人相手に幻術を掛けたのと同様に、逆探知されるだろう。

 北ブルグンディア宮廷魔導団との戦闘も覚悟すべきか。

 とはいえ、自分たちは決定的に相手の情報が不足している。

 どうすべきだろうか……?

 その時不意に、北の方角から爆発音が聞こえてきた。


「―――っ!」


 びくりとエルフリードの肩が目に見えて震えた。


「安心して。俺の仕掛けが発動しただけだから」


 昨夜、村から東へ進み、そこから後退する最中に仕掛けた魔術的な罠。

 主に爆裂術式を地面に仕込んでおり、術式を踏むと爆発する仕組みになっている。後世でいうところの、地雷のような魔術的罠であった。

 とはいえ、エルフリードに安心するように言ったものの、事態は逆に深刻だった。

 罠が発動したことにより、こちらの警戒用結界に侵入した部隊に加えて、周辺にさらに別の部隊が存在することが明らかになってしまったからだ。

 やはり、敵は村周辺を重点的に捜索していると見て間違いない。

 人間が潜んでいそうな場所を虱潰しに探されては、魔術による偽装もあまり意味はない。いかに視覚的に姿を消していようが、存在そのものを幽霊のようにすることは出来ないからだ。

 今、自分たちがいる木の根の隙間に、擲弾でも投げ込まれれば、その存在は露見してしまう。

 ならば、受け身に回るよりも能動的に動いた方がいい。


「侵入した連中から、情報を引き出す。それでいく」


 リュシアンは決断した。魔術師が幻術を利用すれば、常人(ただびと)から自白を引き出すのはたやすい。


「エルはここで待っていて」


 そう言って、リュシアンは念のために自分たちが寝床にしていた木の根に幻影魔術を施して偽装を行った。


「……」


 エルフリードは黙っていた。黙ったまま、何かを言いたいのを必死で堪える顔をしていた。悲壮感すら感じられる表情だった。

 恐らく、自分も何か力になれないかと問いかけたいのだろう。だが、リュシアンはエルフリードに待つように伝えた。

 エルフリードは、だからじっと自分の感情を押し殺しているのだろう。


「……ごめん」


 リュシアンには、そう言うことしか出来なかった。


「リュシ、アン……」


 咄嗟に、エルフリードはリュシアンの大外套の裾を掴んでいた。その顔は、辛そうに歪んでいた。何かを言いたいのに、喉が適切な言葉を出せないのか、黒髪の少女は何度か口を開いては閉じた。


「……気を付けて、行ってこい」


 結局、エルフリードが言えたのはそれだけだった。


「ごめん、それと、ありがとう」


 リュシアンは硝子細工を扱うような繊細な手つきで、外套の裾を握りしめるエルフリードの手をそっと剥がした。


  ◇◇◇


 結界内の侵入者の位置は判っている。

 リュシアンは翼竜乗りでもあるため、一般的な人間に比べて空間把握能力に優れていた。そのため、彼我の位置関係を立体的に脳裏に描くことが出来る。

 彼は足音を立てぬよう、慎重な足取りで敵を目視出来る位置へと移動していく。

 侵入者たちを大きく回り込み、背後に出る。


「……」


 木の幹に隠れながら、相手の様子を確認する。その瞳は、魔力を“視る”ことの出来る魔眼の発動により、鮮やかな色彩に染まっていた。

 警戒用結界に引っかかった時点と変わらず、追っ手の数は十名だった。全員が、北ブルグンディア陸軍の軍服をまとっている。ただし帯剣している軍人がいないので、下士官に率いられた分隊なのだろう。

 そして、相手に魔導兵はいない。

 全員が小銃で武装しており、地面を慎重に観察しながらゆっくりと歩いていた。

 彼らは、こちらの足跡を追っている。

 リュシアンは寝る前に野営地に繋がる足跡を消したが、当然ながらすべての足跡を消し去ることは出来なかった。

 一定程度の距離、南へ向かった二人分の足跡が残ってしまっている。

 彼らは途中で途切れた足跡の痕跡を探しているのだろう。

 全員に幻術をかけ、情報を引き出す。リュシアンはそう決めていた。

 だが、その後はどうするのか。

 木の陰に隠れながら、リュシアンは思案する。

 殺してしまうのは容易い。幻術をかけている状態であれば、抵抗もされずに十人の首を掻き切ることが出来るだろう。


「……」


 だが、本当にそれでいいのか。

 もし北ブルグンディア側が軍用犬なり猟犬なりを投入してくれば、十人分の血の臭いというのは強烈なものである。流石に短時間で発見されてしまうだろう。


「……いや」


 そこでふと、リュシアンは自分の思考に疑問を覚えた。

 何故、自分は殺す前提で物事を考えているのか。

 やはり疲れているのか、追い詰められているのだろう。どうにも思考が単純化してしまっているようだ。

 自分は、魔術師だ。

 エルフリード・ティリエル・ラ・ベイリオルの、専属魔導官だ。

 ならば、魔術師らしく戦えばいい。

 こんな単純なことに何故気付かなかったのだろうか。

 リュシアンは一歩、木の陰から相手の方へと踏み出した。






 これから常人(ただびと)とはいえ、十人の相手をするというのに、不思議と心は落ち着いていた。

 自棄や捨て鉢になった結果としての落ち着きではない。

 ぐるぐると迷路を彷徨(さまよ)った末に出口を見つけた時のような、安堵の含まれた落ち着きであった。頭がすっきりしたような感覚すらある。

 一歩一歩、迷いのない足取りで追っ手の集団に近付いていく。

 足音に気付いたのだろう、一人が振り返り、リュシアンの姿をその視界に捉えた。


「後ろに餓鬼が!」


 そう叫ぶと、地面を探っていた者たちが統制された動作で一斉に振り返る。


「小僧、止まれ!」


 全員が小銃を構える中、軍曹の階級章を付けた軍人が怒鳴った。

 リュシアンは言われた通り、立ち止まる。


「こんにちは、北ブルグンディアの皆さん」


 いつも通りの、感情に乏しいぶっきらぼうな声。

 北ブルグンディア語で挨拶すると、向こうの兵士たちに戸惑いの表情が広がった。


「白髪に大外套の少年。分隊長殿、こいつが……」


「あんたら、魔術師に対して不用心すぎだよ」


 相手の言葉を遮ってリュシアンが言う。その赤い瞳が妖しく光り、途端に相手の兵士たちの顔から緊張感が失われた。

 魔眼で確認した時点で判っていたことではあるのだが、彼らは対魔術用の魔導具すら与えられていなかったらしい。あっさりと、リュシアンの幻術にかかってしまった。

 もっとも、当初はアルベールの操る自動人形(オートマタ)による追跡を計画していたであろうから、北ブルグンディア側の捜索体制は意外と泥縄式だったのかもしれない。

 まあ、それはこれから聞き出せばいいことだ。


「念の為、確認するけど、あんたらって何を探しているの?」


「ロンダリアのエルフリード王女」


 虚ろな表情のまま、分隊長たる軍曹が答えた。やはり、目的は自分たちらしい。


「捜索隊の規模は?」


「アルデュイナの森の周辺に駐屯する部隊や憲兵隊、警察なんかを投入して約一千名」


 一千名規模の捜索隊と聞いても、リュシアンの心は特に動かなかった。自分でも不思議なほど、冷静だった。


「現状の捜索体制は?」


「昨夜、魔力反応が確認された村から放射状に部隊を展開させて、捜索に当たっている。特に東側を重点的にだ」


 やはり、自分の魔力反応は探知されていたらしい。もっとも、宮廷魔導団も展開していながら探知出来ないようでは、北ブルグンディアの魔導師の質を疑うが。


「部隊の配置を教えろ」


 リュシアンがそう言うと、地図を取り出した軍曹は村周辺に派遣された各捜索隊の捜索範囲を説明し始めた。

 その説明を聞くと、村周辺に二〇〇人近い人員を配置しているらしい。主に十人規模の分隊で、二十区画に分けて捜索を行っているとのことであった。

 村で逆探知されてから二十四時間も経っていないことを考えると、それなりに迅速な対応といえるだろう。


「森の東側、国境付近の捜索体制はどうなってる?」


「知らない」軍曹という地位では、捜索体制の全貌までは知らされていないらしい。「ただ、国境付近でロンダリアの連中が軍を増強しているって噂は流れている」


 そこで初めて、リュシアンの表情に微細な変化があった。それは、逃避行を開始してから初めて手にしたロンダリア側の情報であった。

 オークウッド大佐が、間接的な支援をしてくれているらしい。国境地帯に軍を集結させ、北ブルグンディア側を牽制しているのだろう。過度な楽観は危険だろうが、これで北ブルグンディア側が自分とエルフリードの退路を塞ぐために国境付近に捜索部隊を集結させることは難しくなったはずだ。

 下手に部隊を集結させてロンダリア側を刺激すれば、再度の国境紛争が発生する恐れがある。あるいは、なし崩し的に全面戦争に突入する危険性も。

 使節団を襲撃した北ブルグンディアとはいえ、流石にそこまでの戦争決意はしていないだろう。

 逆説的ではあるが、彼らは戦場ではロンダリアに勝てないと判断したからこそ、エルフリードを捕らえて状況を打開するという暴挙に出てきたのだから。


「宮廷魔導団については、何か知っているか?」


「宮廷魔導師殿が捜索隊に加わっていることは聞かされている」


「人数は?」


「さあ、知らん」


 やはり、下士官では情報量に限界があるようだ。将校、それも佐官級の人間からならばそれなりの情報を得られたのだろうが、そうした人間たちは捜索隊本部の中だろう。

 とはいえ、如何なる状況であっても、相手側の情報が完全に手には入るということは稀である。この程度でも満足すべきだろう。

 少なくとも、ロンダリア側の状況が知れたことだけでも大きな収穫であった。


「……」


 後は何か訊いておくべきことはないかと考えたが、特に思い浮かばなかった。

 宮廷魔導団の詳しい人数を知らないようでは、これ以上、質問する意味がない。もう、彼らは用済みだろう。


「じゃあ、最後に地図だけ寄越して」


「判った」


 自らの行動に疑問を抱いていない動作で、軍曹は地図を渡した。当然といえば当然であるが、ロンダリアの作成したアルデュイナの森の地図よりも、遙かに正確である。当面の逃走に、非常に役に立つだろう。


「あんたらは、捜索任務に戻っていい。ただし、俺に会ったことは全部忘れろ」


「判った。そうしよう」


 とはいっても、彼らに掛けられた幻術を解かれれば記憶は戻ってしまうだろう。

 リュシアンがかけたのは、幻術を解く適切な対処法を知っている魔導兵、あるいは宮廷魔導師であれば、解ける程度の強度の幻術であった。

 リュシアンとしては、彼らに掛けた幻術が解かれようと解かれまいと、問題はない。

 逆にむしろ、兵士たちが幻術に掛けられたことを捜索隊の本隊や宮廷魔導団が把握してもらった方が都合がいいとすら思っている。

 リュシアンはそのまま兵士たちと分かれ、エルフリードの待つ野営地へと向かった。

 その足取りに迷いはなく、また疲労も感じさせないものであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ