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王女殿下の初陣  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第二部 敵中横断編

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22/42

21 アナバシスの始まり

 北ブルグンディア王都へと空路、向かっていた使節団が襲撃を受けたとの報告は、その日の昼前にはロンダリア連合王国王都ロンダールへと、最優先の魔導通信として伝えられた。

 後の調査では、第一報は襲撃事件発生から一時間と経たずに西部方面軍司令部から参謀本部へともたらされたことが判っている。

 参謀本部にもたらされた情報は参謀総長を通じて軍務大臣に報告され、そこから内閣、国王へと情報が共有された。

 臨時の最高統帥会議が開かれたのは、その日の昼であった。

 宮中の会議室に各国務大臣と両統帥部長が集められ、事変処理に関する今後の外交方針についての決定を行おうとしたのである。


「まず余から言っておくが、この襲撃事件を以て北王国との戦争に踏み切ることは望んでいない。外交努力による解決を望む」


「しかし、北ブルグンディアはそれを見越して、このような瀬戸際外交じみた暴挙に出たのでは?」


 マルカム三世の発言に、内務大臣が疑義を挟んだ。


「統帥部から申し上げますと」参謀総長が言う。「現段階での北ブルグンディアとの全面戦争など不可能です。動員がまるで出来ていない。それに、戦争となれば北ブルグンディアだけと戦えばよいというものでもない」


「海軍も同意見です」海軍本部長が、参謀総長に同意した。「北ブルグンディアは先年、ヴェナリア共和国との軍事同盟を結んだばかりです。北ブルグンディアとの戦争は、すなわちヴェナリアとの戦争を意味します。海軍も出師準備が整っておらず、現段階では戦争など到底出来ません。また、戦争になれば我が国の経済を支えている海洋交易路の護衛も行わなければならない」


「しかし、それでは北の連中に足下を見られるのでは?」


「それよりも参謀総長」


 内務大臣の発言を遮って、マルカム三世は言う。


「この事態を受けて、西部方面軍が軽挙に走らぬよう、注意を与えるべきと思う。如何?」


「ははっ、すでに西部方面軍には国境線を越えるが如き行動は厳に戒めるよう、再三にわたって命令しております」


 この発言は、事実であった。

 第一報が参謀本部に届けられて以来、魔導通信にて「みだりに動くこと罷りならぬ」、「決して動くな」、「とにかく動くな」、「絶対に動くな」と五分おきに念押しの連絡を入れていたほどである。

 参謀総長が参内してからは、次長が西部方面軍の動きを監視している。

 現地で作戦指導をとるオークウッド大佐にも、西部方面軍が暴発しそうであれば即座に報告をするように命令していた。


「それで外務大臣。今回の事件を如何に処理すべきと考えるか?」


「まず問題なのは、北ブルグンディアがどの段階で停戦交渉に本気で応じてくるかということです。今回の襲撃事件は恐らく、王女殿下の身柄を確保して軍事的敗北を政治的勝利で補おうとしたものだと考えられます。故にまず、王女殿下の身柄が現在、どうなっているかを確認すべきです」


「参謀本部では、続報が入り次第、最高統帥会議中であっても直ちに伝えるように命じてある」参謀総長が答えた。「現在のところ、続報はないようだ」


「北側が殿下の身柄を確保しているのであれば、遺憾ながら停戦交渉では多少の譲歩はやむを得ないと、臣の立場としては言わざるを得ません」


「譲歩の必要はない」


 モンフォート外相の発言に、マルカム三世は冷厳に応じた。


「外務大臣、卿は余の前だからと遠慮しているようだが、ここは本音で話してもらいたい。王族の捕虜を利用した外交などという、時代錯誤な北王国に付き合う必要はない。もし捕虜となっているのであれば、今回の事変における我が軍の捕虜と同列に扱えばよい。たかが陸軍の新米少尉のために、国益を犠牲にする王がどこにいるのか」


 その瞬間、会議室に重苦しい雰囲気が流れた。

 実質的に、マルカム三世は自身の娘を見捨てたのだ。確かに、北王国側の思惑に乗らないためには正しい判断だといえるだろうが、一人の親としてはあまりに厳しい態度であった。

 そうした私情を捨てた決断が出来ることに、大臣や統帥部長は畏怖の念を覚えた。


「では、問題を使節団を襲撃した件に絞り、王女殿下についてはこちらから議題とせぬことが得策かと愚考いたします」


「うむ、そうするように」


「御意。それで、外交努力での解決となりますと、責任者の引き渡し要求と北王国としての正式な謝罪、現地で停戦は発効しているのですから竜兵の遺族に対する賠償は絶対の条件でしょう」


「外務大臣は、今回の事件の首謀者を誰と想定しているのか?」


「停戦交渉に不満を抱く一部軍人の暴走と捉えることも出来ますが、飛行計画を知っていた上での襲撃でしょうから、北王国の宮中・政府ないしは軍上層部の計画であったと考えられます。もっとも、公式見解は現地軍人の暴走として片付けられるでしょうが」


「それでも、責任者の引き渡しと公式の謝罪、賠償には意味があろう」


「はい。併せて、使節団を襲撃した北王国の非道を国際社会に喧伝することも必要でしょう。我が国の断乎とした態度を周辺諸国に知らしめることは、是非とも必要です」


「一つ、よろしいでしょうか?」


 商工大臣が発言を求めてきた。マルカム三世が頷いて続きを促す。


「報復措置として、王都の北ブルグンディア通商代表部の人間を南王国に引き渡すとするのは如何でしょうか? もちろん、実際に実行するかは別ですが、北王国の通商代表部の人間は、南ブルグンディアの人間にとっては僭王に従う者たち。南王国に引き渡されれば大逆罪で極刑は免れないでしょう」


「政府として、開戦以外のあらゆる措置を検討してもらいたい」


 マルカム三世は全員を見回して言った。


「この件に関する情報の共有は、政府、統帥部において密とするように」


 まったく、何が行って帰ってくるだけの簡単な仕事だ。

 モンフォートは胸の内で悪態をついた。

 北の連中は外交儀礼を知らないのだろうか。奴らは未だ中世の思考様式(パラダイム)で外交を捉えているとでも?

 リュシアンとエルフリードの生死、そしてこれからの外交交渉のことを考えると頭が痛くなりそうであった。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 はぁぁぁ、とリュシアンは長く安堵の息をついた。

 枝の折られた木々の間から、空が覗いている。

 幸いにして、体の痛みはほとんどなかった。いつもまとっている自動防御霊装たる黒いフード付き大外套―――〈黒の法衣(ブラック・ローブ)〉のお陰だった。

 敵翼竜の足の爪で頭部から首筋にかけて抉られたリュシアンの翼竜は、木々を薙ぎ倒しながら墜落、絶命していた。

 エルフリードは、墜落の瞬間まで一切声を上げなかった。

 リュシアンは急いで自身の安全索を外し、後部座席でぐったりとしているエルフリードの安全索も外して地上に降りた。


「……エル?」


 顔を青白くした少女の目は閉じられていた。唇は弛緩したように半開きになっている。

 幸い、呼吸は停止していない。


「おい、しっかりしろ!」


 リュシアンが肩を強く揺り動かした。


「……ぅぁ……?」


 その衝撃で、うっすらとエルフリードの瞼が開く。


「エル!」


 強く呼びかけられ、ようやく意識がはっきりしてきたようだ。


「……リュシアン?」


 そして、はっとしたように勢いよく立ち上がった。


「ぐっ……」


 だがその瞬間、強い目眩に襲われたのか少女の体が揺らぐ。リュシアンがすぐに支えた。


「すまん……」


 リュシアンの腕に掴まるようにして、エルフリードは己の体を支えていた。

 しばらくして目眩が治まったのか、彼女は周囲を確認した。


「……そうか、墜ちたのか」そして、ははっ、とエルフリードは乾いた笑い声を上げた。「私が気絶した所為で、気を遣ったのであろう?」


 声には、色濃い自嘲と自虐と自責が含まれていた。


「エルの所為じゃない。俺が、もう少し上手くやっていれば墜とされることはなかった」


「慰めは要らぬ」


 エルフリードの声は固かった。彼女は、急激な遠心力への耐性のない自分がリュシアンの自由な機動の妨げになったと思っているのだ。少女は竜兵ではなかったが、竜兵科に対するその程度の理解は持ち合わせている。


「……取りあえず、急いでこの場を離れたい」


 リュシアンは、それ以上の問答を重ねることを諦めた。


「多分、俺たちの捕縛のために森に地上部隊が入ってくるだろうから」


「うむ……」


 エルフリードの声には、いつものような確固たる調子がなかった。だが、この場を離れなければならない必要性は理解している。


「で、移動する前にちょっとやっておきたいことがある」


「やっておきたいこと?」


 リュシアンは説明している時間が惜しいので、即座に実行に移した。


「……これ、持って」


 黒の指貫手袋から召喚されたものを、エルフリードに投げ渡す。


「おわっ!?」驚きつつも、少女は過たずそれを両手で受け取った。「これは……?」


 エルフリードが受け取ったのは、小銃だった。だが、連合王国のメイフィールド銃ではない。それに、銃身には狙的鏡(スコープ)らしきものまで付いている。


「これ、弾薬盒。これも持って」


「お、おう」


 色々と疑問が浮かびつつも、急いでいるらしいリュシアンに従ってエルフリードは彼の手から召喚されたものを次々と受け取ってく。

 エルフリードは、彼が何をやりたいのか何となく判ってきた。

 小銃に弾薬、銃剣、六分儀、そして保存食を詰めているらしい麻袋が複数。

 それらが、リュシアンが転移魔法陣から召喚したものであった。

 最後に、少年は己の首に巻き付けた喉頭式通信用水晶球を抑えた。


「こちらリュシアン・エスタークス。西部方面軍司令部、聞こえる?」


『……聞こえておるぞ、エスタークス魔導官』


 安堵と戸惑いの混じったオークウッド大佐の返答があった。


「簡潔にいく。俺と姫はアルデュイナの森に墜ちた。二人とも目立った外傷なし。これから何とかロンダリアの勢力圏内を目指す。敵魔導師による逆探知を防ぐため、これより魔導封鎖に入る」


『状況、了解した。こちらも手短にいく。貴官は姫殿下の安全だけを考えてくれたまえ。他のことはすべて、こちらで何とかする。以上。幸運を祈る』


 それっきり、通信は途絶えた。


 最後に、リュシアンは翼竜の鞍から方位磁針(コンパス)など、方角を確かめるのに必要な計器類を取り外した。


「……行くよ」


 一瞬の間があったのは、不安か恐れか。

 だが、立ち止まっていればそれだけ危険が増す。リュシアンは方位磁針を確認して、東に向かって歩き始めた。

 空を仰げば、太陽はまだ中天に昇ってすらいない。

 長い逃避行(アナバシス)になりそうだった。

 ソ連の支配地域に不時着しながら無事に味方の支配地域まで踏破したルーデル大佐も大概ですが、連合軍の後方地域に迷い込んで大暴れしたシュルツェ少佐のティーガーも大概だと思います。

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