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王女殿下の初陣  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第一部 レーヌス河事変編

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13 偵察飛行

 大陸歴五三八年五月十八日早朝、騎兵第十一連隊(といってもその中核をなす騎兵四個中隊のみだが)の野営する農場に、輜重段列と共に増援部隊が到着した。

 オークウッド大佐の手早い対応であった。

 西部方面軍司令部より発令された戦闘序列により、ライガー大佐の手元にある騎兵四個中隊は一時、独立混成第一旅団の指揮下に組み込まれることとなった。そのため、歩兵二個中隊、斉発砲五門がライガー大佐の指揮下に新たに組み込まれ、部隊には「ライガー戦闘団」の呼称を与えられた。

 戦闘団に課せられた任務は、レーヌス河左岸からの圧迫を受けている中央の歩兵第七十一連隊の左翼側背への敵の侵入を阻止すること。

 すでにレーヌス河を渡河する姿勢を見せている北ブルグンディア軍に対して、オークウッド大佐は第二、第四師団の部隊移動と展開を十九日中に完了させるよう作戦計画を変更していた。

 一方、両翼包囲の主役となる騎兵第三旅団、独立混成第一旅団であるが、馬の疲労などを考慮すると、やはり二十日以前の作戦行動は危険が大きいと判断されていた。

 とはいえ、北ブルグンディア軍を中央で拘束しその間隙を突いて両翼包囲を行うという作戦計画からすれば、敵の中央突破を阻止出来る戦力が確保されているのであれば、作戦の実施に大きな支障は来さない。

 問題は、南翼の敵騎兵の存在であった。

 これに側背を突かれれば、両翼包囲が完成する前に中央が敵の圧力に負け、崩壊してしまう。そうなれば、両翼を伸ばしたところで意味はない。突破された中央から、敵は脱出してしまう。

 当初の構想では、戦闘の焦点がレナ高地にあると敵の誤断を誘うはずだったのだが、リュシアンがオークウッドにとって想定以上の戦果を挙げてしまったため、こうした問題が生じてしまったのであった。

 つまり、中央側背への敵騎兵の浸透を阻止する任務が、ライガー戦闘団に与えられたのである。


  ◇◇◇


「将校斥候を出す」


 ライガー大佐は、戦闘団司令部としている農場主の家でそう宣言した。居間には、各騎兵部隊の指揮官たちが集合していた。エルフリードも当然参加しており、リュシアンもライガー大佐から呼び出しを受けている。


「流石にエスタークス魔導官の翼竜一匹で戦場全域を偵察出来るわけでもなく、また翼竜の疲労も考えねばならん。で、翼竜の調子はどうなのだ、エスタークス魔導官?」


「昨日はなるべく負担を掛けないように飛んだから、竜に無理な機動をさせなければ今日一日は大丈夫」


「無理な機動とは?」


「敵の竜兵と空戦になること。どうも、敵の翼竜が何匹か後方地域の偵察を行っているらしい」


「ああ、敵の竜兵は第二十三師団が潰走した時にも見られたからな。やはり出てきているのか」


「多分、ここが発見されるのも時間の問題だと思うよ」


「判った。留意しておこう」


 そう言って、ライガーは将校たちに向き直った。


「索敵計画については、私と幕僚たちの間ですでに策定してある。その計画に沿って、諸君らは斥候を行ってもらいたい。くれぐれも、無理な戦闘は行わず、情報を持ち帰ることを最優先とせよ。では幕僚長、説明を」


「はっ! では、小官より我が戦闘団における索敵計画についてご説明いたします」


 各部隊による捜索範囲が地図で示され、各指揮官に命令が伝達されていく。それほど複雑な計画ではなかったので、命令の伝達は短時間で済んだ。


「……」


 だが、エルフリードの小隊にのみは索敵範囲が割り当てられていなかった。もっとも、これはライガーにとってみれば当然といえば当然で、王女に少人数のお供だけを付けて敵の勢力範囲に送り込むというのは危険過ぎるのだ。

 とはいえ、彼はエルフリードの活用方法についてまったく考えていないわけではなかった。


「それで、残ったベイリオル少尉には、エスタークス魔導官の翼竜に同乗して偵察飛行を行っていただくこととします」


「……」

 一瞬、エルフリードの表情が引き攣ったのを、リュシアンは見逃さなかった。


「翼竜に同乗しての偵察、でありますか?」


 極めて平静を装った疑問の声を、彼女は上げた。


「エスタークス魔導官は軍人ではないからな」ライガーが説明した。「彼の見たものを司令部に転送してもらい、そこで我々が情報を精査するのは、いささかまどろっこしい。それならば、適切な将校一名を彼に同道させた方が効率が良かろう」


 ライガーにしてみれば、王女の身の安全をリュシアンに任せることで懸念事項が一つ減り、部隊の指揮にも集中出来るのだ。ある種の責任回避もそこには混じってはいたが。


「それで私、でありますか?」


「彼は貴官の専属魔導官なのだろう? 何か問題でもあるのかね?」


 いつもと違って歯切れの悪い王女の様子を、ライガーは訝しんだ。


「いえ、問題はないのですが……」


 エルフリードの目が不自然に泳ぐ。心なしか、顔が青ざめているようにも見えた。


「……姫は、高所恐怖症だから」


 ぼそりと、しかし皆に聞こえるようにリュシアンが答えた。


「お、お前ぇ! ここでそれを言わんでもいいだろう!」


 エルフリードは椅子を蹴って壁際に控えるリュシアンを睨み付けた。頬は怒りと羞恥で赤くなっている。若干、体がぷるぷると震えていた。


「ああ、なるほど」


 と、一方のライガーは納得する。将校たちの中にも、心当たりのある者はエルフリードに同情的な視線を向けていた。

 竜兵というのは、誰でもなれる兵科ではないのだ。根本的に、高所恐怖症の人間は竜兵に向かない。


「姫が無理そうだったら、俺一人で行くよ」


 リュシアンはライガー大佐にそう言った。


「俺としては、他の連中よりも姫に乗っていてもらった方が安心出来るから、姫に乗ってもらった方が嬉しいんだけど……」


「エスタークス魔導官、エスタークス魔導官、いくら貴官が姫殿下の婚約者だからといって、ここで惚気るな」


 何とも表現し難い表情をしたままライガー大佐が遮った。他の将校たちも、生暖かい目線やら、気まずそうな表情やら、様々だった。


「……ええい、判った! お前の後ろに乗ればいいのだろう!」


 半ば自棄(やけ)っぱちな口調で、エルフリードは叫んだ。


「では、ベイリオル少尉はそのように」


「……ご命令、謹んで拝命いたします」


 スッとエルフリードは敬礼する。


「では、各隊では斥候隊の選抜を急ぎ行ってくれ。出撃は三〇分後とする」


 何事もなかったかのように、ライガー大佐はそう命じた。






「お前、どういうつもりだ」


 将校としての威厳を重視するエルフリードは、流石にリュシアンに対する怒りを隠せなかった。他の将校たちの前で、恥をかかされた恰好になるからだ。


「エルの声に、明らかに拒絶感が混じっていたから」


 翼竜に鞍を取り付けているリュシアンが答えた。転移魔法陣から取り寄せたのか、鞍は二人の利用のものに変わっている。


「もう命令は出ていたんだから、素直に従っておかないと、ライガー大佐の君に対する心情が悪くなる。他の将校たちのもね。だったら、笑い話で済ませてしまった方がいいでしょ?」


 どこか納得出来ない表情のまま、エルフリードはリュシアンの背中を睨み付ける。


「軍人っていうのは、上官の命令に対しては絶対服従な訳だし。まあ、無茶苦茶な命令に従うのも、それはそれでどうかと思うけど」


「……だからといって、他にやりようがあっただろうに」


「まあ、エルにはちょっと悪いことをしたかなとは思うけど、俺も君以外の人を後ろに乗せるのは嫌だから」


「お前は時々小っ恥ずかしいことを平然と言うから、私の方がいたたまれなくなる」


「でも、踏ん切りはついたでしょ?」


「お前、私を嵌めただろう?」


 リュシアンがライガー大佐らの前でああ言った所為で、エルフリードとしても引っ込みが付かなくなった面もある。半ばやけくそ気味に、翼竜への搭乗を受け入れてしまっていた。


「エルがすぐ近くにいてくれた方が、君の安全という意味でも、俺は安心出来るから」


「私は別の意味で安心出来んのだが」愚痴愚痴と、エルフリードは続ける。「だいたい、地面に足がついていないというのがそもそもおかしい。人間は地面で生きているのだぞ」


「でも、空を飛ぶことはずっと人類の夢だからね。翼竜を家畜として飼い慣らしたのもそうだし、昔の科学者なんかが科学の力で空を飛ぼうと飛行機械のスケッチなんかを残しているのもその例だよ」


 実際、この時代から半世紀もしない内に、人類は機械の力によって自在に空を飛ぶようになる。高所恐怖症の人間がいる一方、空というのは人類にとって憧れの場所でもあったのだ。


「ならば、そういう趣向を持つ人間だけで空を飛んでいればいいではないか」


 ほとんど駄々っ子のように、エルフリードは愚痴を零していた。


「俺と一緒は嫌?」


 かすかに首を傾げて、リュシアンが問う。


「うぅ……、その言い方は卑怯だぞ」


 若干上目遣いになりながら、エルフリードは恨みがましげにリュシアンを睨み付ける。

 確かに、エルフリードとしてもリュシアンが隣にいないと落ち着かない。昨夜、それをお互いに告白しあったばかりだ。

 彼女としても、見ず知らずの竜兵の操る翼竜に乗るよりは、リュシアンの翼竜に乗っていた方が多少は恐怖感が和らぐだろう。それは否定しないが、だからといって積極的に翼竜に乗りたいわけでもないのだ。


「うぅ……墜落死したらお前を呪ってやるからな」


「大丈夫、その時は多分俺も死んでるから」


「そこは嘘でも絶対に墜ちないから大丈夫と言え、馬鹿者!」


 余計不安になったらしいエルフリードが追い詰められたような叫びを上げる。


「まあ、ここで駄々をこねてても始まらないから」


 あっさりと彼女の発言を切り捨てたリュシアンは、指貫手袋の魔法陣から軍用外套を取り出してエルフリードに投げる。


「空の上は冷えるから、着て」


「……うむ」


 エルフリードは不承不承といった口調で、外套に袖を通す。


「次、両手を上げて」


 言われた通りにしたエルフリードの腰に、リュシアンは安全索たる革帯をきつく巻き付けた。少しきつく巻きすぎたのか、少女の口から小さな呻きが漏れる。


「じゃあ、乗って」


 リュシアンに促されるままに、エルフリードはおっかなびっくりとした動作で鞍の後部に跨がる。リュシアンが彼女の腰の安全索を鞍に結びつけて固定した。そうして、自分も翼竜の首に跨がる。

 少年が自身の安全索の固定を終えて手綱を握ると、エルフリードは両手をぎゅっとリュシアンの腹に回してきた。視界を遮るためか、額までリュシアンの背中にくっつけている。


「……お前を信じているからな」


 額を背中に押し付けたまま、くぐもった声で少女は言った。


「ああ、任された」


 昨日の飛行では感じなかった心の温もりを感じながら、リュシアンは翼竜を発進させた。


   ◇◇◇


 歩兵第七十五連隊の指揮の下、再度、防備を固めていたレナ高地の観測所から西部方面軍司令部に報告が寄せられたのは十八日〇九四七時のことであったという。

 高地の観測所が、大規模な騎兵部がレーヌス河渡河を確認したのである。重装備の渡河については高地からは確認出来なかったが、騎兵部隊の隊列は後方に輜重段列とおぼしき縦隊を随伴させつつ、続々と右岸に集結中であるとのことであった。

 残念ながら、敵部隊は高地に配備された砲の射程外を進軍中であり、最新鋭の後装式旋条砲でも阻止砲撃は出来ないという。

 さらに、本隊を渡河させる前に捜索部隊を渡河させていたらしく、騎兵第十一連隊の斥候隊の一部が敵斥候と接触していた。

 リュシアンはレナ高地から発せられた西部方面軍司令部宛の魔導通信を傍受すると、翼竜をレーヌス河上流域へと向かわせた。

 エルフリードは下を見るのが怖いのか、飛び立ってからもずっとリュシアンの背中に額を押し付けていた。

 二人乗りなので竜に負担をかけないよう、翼をあまり羽ばたかせず、滑空を多用して飛行している。

 羽ばたきによる加速と滑空を繰り返しながら飛行を続けると、やがて敵騎兵の二列縦隊が確認出来た。


「エル、見えたよ」


 報告はエルフリードに任せてあるので、そう声をかける。


「うぅ……やむを得ん」


 渋々といった口調でエルフリードはリュシアンの背中から額を離し、地上に向けて双眼鏡を構える。


「……あれは、旅団規模の騎兵部隊だな。いや、後方にまだ隊列が続いている。師団規模か。重装備の渡河が間に合っていないようではあるが……」


 双眼鏡に映る地上の光景では、昨日の払暁にエルフリードらが焼き払った浮橋が再建され、さらに重装備を渡河させるための簡易徒橋の敷設も行われていた。

 エルフリードが地上の観察を続けていると、不意に翼竜の姿勢が変わり、翼の羽ばたきと共に加速を始めた。


「うわぁー!」


 不覚にも、エルフリードは情けない声を上げてしまった。そして、それをリュシアンに聞かれてしまったと思い、顔を赤くする。


「一体何をするのだ!」


 抗議の声を上げるエルフリードに、リュシアンは淡々と答えた。


「敵の竜兵が見えた。こっちは二人乗りで重いから、下手に接近されたくない」


 そう言っている間にもリュシアンは翼竜の手綱を操り、地上の敵との距離を取りつつ、高度を上げていた。エルフリードの見たところ、近くの雲に向かっているようだった。


「取りあえず、エルは今見たものの報告を」


「う、うむ。判った」


 リュシアンに言われ、エルフリードは首元に巻いた小型水晶球を手で押さえる。


「我、敵騎兵部隊ノ『レーヌス』渡河ヲ確認ス。敵ハ師団規模ト認ム。尚、重装備ノ渡河ニ遅滞ヲ生ジタルモノノ如シ。又、敵ハ竜兵ヲ随伴セル模様。警戒サレ度」


 それは、ロンダリア全軍に北ブルグンディア軍右翼を担う第六騎兵師団の旋回機動を警告する通信となった。

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