エボリス家の貴族の場合④
私はヒュッテム・ドル・エボリス。由緒ある子爵家の次男だ。
長男のゼーゼマンと比べると、私は学術には優れないが、武芸には秀でている。我が腰に携えられたこのミスリルの剣の輝きは素晴らしい。私が持つことで剣も更に意味があるものになる。ミスリルは失われた古代技術の一つ。この剣が我が家の家宝となる日も近い。
そして家宝を持つ私こそ、次の当主には相応しい。
私は自室でオリーブオイルを染み込ませた布を使ってミスリルの剣を磨いていた。
ミスリルの剣は、磨けば磨くほど美しくなる。そしてその刀身にうつる自分の姿はなんとも素晴らしく惚れ惚れする。
しかし馬鹿な奴だ。この剣を売れと言ったときに売っていれば、あの男も死なずにすんだものを。
大体が一介の冒険者如きが貴族に立て付くなんて、ありえない話だ。これも低級貴族の男爵という制度があるからいけないんだ。あんな階級があるから舐められるのさ。
「ガタン。」
玄関の方で唐突に何か物音がしたような気がした。
・・・まぁ大丈夫だろう。玄関にはグランがいる。
あの男は強い、Aランクに近いってことだったし、この間もCランクの冒険者を一撃で仕留めている。
私はその音を確認することもなく、ミスリルの剣を磨き続けていた。
「チク」
突然、何か針のようなものが、首筋に刺さった気がした。
私は振り向いて確認しようとした、だが、首が動かない。
いや違う、全身が動かない。
自分の身体が痙攣している。目から、鼻から、口から、血が流れている。これは何の血だ?
私はもはや椅子に座っていることもできなくなり、転げ落ちた。
おいグラン、早く助けに来い。と言いたがったが、言えなかった。口から出るのは血の咳だけだった。
「グレートポイズントードの毒は如何ですか?」
目だけで声の方に向くと、革のマントを被ったエルフの男がそう言った。
毒?なんで毒なんだ?
もしかして俺は毒を刺されたのか?
質問したいことは沢山あるが、口が痙攣して喋れない。
「ああ、しゃべらなくても分かりますよ。
グレートポイズントードはですね、生きた餌しか食べないそうです。だから、すぐに毒で殺すんじゃなくて、苦しめてだんだん弱らせていくそうですよ。」
なにを言っている?
でも、すぐに死なないなら助かるかもしれないのか?
助けてくれ、金ならある。なんでも欲しいものくれてやる。
呻き声を上げて、血を吐きながら言った。
「貴方はこれから、地獄の苦しみを味わって死ぬのです。
そうですね、あと数分とすれば激痛が身体を襲うでしょう。そしてだんだんと五感が奪われてくる。口からは血だけでなく、溶けた内臓を吐き出すことになるでしょう。
そして、明け方にようやく死ぬことができる。」
エルフの男は冷たい微笑みを見せると、俺の首筋にもう一つ針を刺して
「これは拮抗剤です。ショックで死なれてはつまらないので。それでは、最後まで存分に楽しんでくださいね。」
やめてくれ、やめて、やめてください。
すみません。もうしないです。許してください。
「それでは、ご機嫌ようヒュッテム様」
それから長いことその部屋からは吐瀉音と蠢く音が聞こえていた。
そして、明け方ようやく静かになったのだった。