プロローグ
ー1969年 安田講堂ー
外より迫る喧騒と警察機動隊の警告。それに負けじと堂内に鳴り響くインターナショナル。
俺は、多くの同志とともに涙を流しながら熱唱していたのだが、しかしその心中たるや、偉大なる同志のそれではなかった。
狭く神聖な場に籠り歌を歌って最後の時を待つ。
滑稽なことだが、革命家だろうが帝国主義者だろうが市民だろうが、彼らが美徳とする最後の形は同じだった。
俺はそれが悲しかった。俺たちは常に新しい風を巻き起こす革命の使者だと自負してきた。
既存の価値観を打ち破り、全人民が団結し、幸福な世界を作り出せると、そう信じてきた。
しかし、その最後は、多くの市民にとってはテレビカメラの向こうでお茶の間をにぎやかすだけのものであった。
人民を解放する聖なる闘いは、己が未熟が故の、暴力に過ぎなかったのだ。
俺は、手に持っていたモロトフ火炎瓶を床に置き、小声でなお歌い続けながら、祈った。
もちろん共産主義者であった俺は神など信じなかったが、祈りとも呪いともつかぬ願いを心に唱えたのだ。
「俺の願った革命は、新しい世界は、こんなものではなかった。真なる革命とは、人民を幸福にするものではないか。暴力革命だ、これが最後の暴力となるのだと言い聞かせてきたが、暴力革命を起こしたソビエトはどうなったか。昨年のプラハでの若人の叫びを、帝国主義者さながらにつぶしたではないか」
「もし生まれ変われるのならば、最初からやり直せるのならば」
「機動隊員まで歓喜し同志に変わるような、そんな幸福な革命を起こしたい」
突如、床に置いたモロトフが火を噴き、俺を瞬時に包んだ。
俺は炎を振り払おうとするが、纏わりついた炎は離れない。
「熱っ......っ」
それだけ呻くと、俺は床へと倒れこむ。
横にいた同志たちがなんだなんだとのぞき込むが、革命の狂気と喧騒に飲み込まれ、すべては何も起こっていないかのようだった。