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神殺しの星辰《ほし》(旧題:不幸な少年と病の少女)  作者: ネツアッハ=ソフ
殺人鬼少年異世界道中
9/114

久し振り、コラン

 「石英―――」


 澄んだ空色の髪をした少女が少年(せきえい)の名を呼ぶ。その顔はとても嬉しそうで、とても幸せそうで―――


 呼ばれた石英も、嫌そうな顔一つしなかった。


 「好きだよ、石英」


 「そうか」


 それが二人にとっての距離感だった。二人にとっての当たり前だったのだ。


 「愛してる!」


 「・・・そうか」


 そんな日々が、何時までも続くと思っていた。何時までも続けば良いと思っていた。


 しかし、現実は残酷で、儘ならないのが現実で。気付けば少女は居なくなっていた。


 まるで、最初から居なかったかの様に―――


 「・・・・・・・・・」


 何時までも続けば良いと思っていた。何時までも続いてくれと願っていた。


 そんな切なる願いは叶う事無く、消えて果てた。


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 これはありし日の記憶。殺人鬼の少年と空色の少女の思い出―――


 ・・・・・・・・・


 「・・・・・・・・・夢か」


 目を覚ますと、其処は宿屋のベッドの上だった。ルビは隣ですやすやと寝ている。


 どうやら、二人とも何時の間にか眠ってしまっていた様だ。


 石英は静かにベッドから降り、椅子に掛けていたコートを羽織る。


 「んっ、石英・・・?」


 ルビも今、起きた様だ。まだ眠そうに目元を擦りながら、のそりと起き上がる。


 それと同時にドアをノックする音が部屋に響く。


 コンッコンッ、と静かな音では無い。ゴンゴンゴンという、やや荒っぽく焦った感じの音だ。


 ドアを開けると、宿屋の主人が真っ青な顔で立っていた。


 「お二人にお客人です!」


 「客人?誰だ?」


 石英とルビは首を傾げる。しかし、次の一言で二人の顔色がさっと変わる。


 「魔王陛下の側近です!!」


 数分後、部屋に側近の男が通された。側近は長い白髪を後ろで束ねたすらりとした体格の男で、燕尾服に片眼鏡(モノクル)を着用している。


 良く見ると、側近の男の背後で宿屋の主人とその娘がガタガタと震えていた。・・・どうやらかなり緊張しているらしい。


 側近の男は、石英とルビに軽く会釈する。二人もそれぞれ頭を下げる。


 「まずは自己紹介をしましょう。私はムーン、魔王サファイヤ様の執事長(しつじちょう)をさせて頂いてます」


 側近の男、ムーンが優美な仕種で名乗る。石英とルビも名乗り返す。


 「石英だ」


 「ルビです」


 互いに名乗り終わった後、石英が疑問を口にした。


 「で、その執事長が僕達に何の用だ?魔王は何処まで僕達の事を知っている?」


 その疑問に、ムーンはふっと笑みを浮かべる。若干、不敵な笑みだ。


 その瞳は石英の方を向いている。石英とルビは首を傾げた。


 「サファイヤ様は二人に、特に石英様に会いたがっておられます」


 「?サファイヤは石英の事を知っているの?」


 ルビは不思議そうに問う。その問いに、ムーンは何処か納得した顔をした。


 「ああ、貴女が知らないのも無理は無いですね。サファイヤ様と石英様は親しい仲ですよ」


 その言葉にルビはぎょっとして石英の方を見る。しかし、当の石英もその事実に驚愕している。


 「ちょっと待て、僕はサファイヤなんて名前の奴に心当たりがないんだが?」


 そう、石英はこれまでサファイヤと名乗る人物に会った事が無い。もし心当たりがあれば、その名を聞いた時に多少なりとも反応を示していた筈だ。


 愕然とする二人の反応に、ムーンは苦笑する。


 「知らないのも無理はありません。石英様と会った時のサファイヤ様は、まだその名を名乗っていなかった筈ですから。まあ、サファイヤ様の正体については、会えば解るでしょう」


 そう言って、ムーンは二人を連れて宿屋を後にした。


 ・・・最後まで宿屋の主人と娘はガタガタと隅で震えているだけだった。


 龍の口、町の外―――


 町から出た三人は、少し町から離れた所で立ち止まった。


 「なあ、此処から"龍の心臓"までどれくらいかかるんだ?」


 ムーンは少し考える素振りをした後、大体の目測を答えた。


 「大体此処から歩いて一月くらいかかるかな?まあ、普通に行けばの話ですけど」


 「ん?どう―――」


 いう事だ?と言おうとした瞬間、石英とルビは知らない町の前に居た。


 「ようこそ、二ライカナイ"龍の心臓"へ―――」


 ・・・・・・・・・


 ―――龍の心臓―――


 魔王の居城を有する都市。居城はあるが首都では無く、首都は"龍の脳"になっている。


 魔王であるサファイヤは普段、政務を自身の居城で行っているが、年に一回の大会議と有事の際は各種族の長が"龍の脳"にある大会議場に集まると言う。


 閑話休題


 石英とルビ、ムーンの三人は現在、"龍の心臓"の町の中を歩いていた。


 城下の町と言う事だけあって、先程居た町よりも大きく賑わっていた。そして、先程の不可思議な現象だが―――


 どうやらムーンは空間転移(テレポーテーション)の能力を持っているらしい。


 一見便利そうな能力に見えるが、この能力にもデメリットが存在し、空間座標の計算が出来ないと何処に転移するか解らないらしい。


 下手をすれば危険地帯のど真ん中に落下したり、物体の中に転移したりして大変な目に会ったりするとか。


 もちろん計算に集中力を使う為、他の作業と並行して使用するのはかなりの難度を誇る。


 そんな器用な真似が出来るのはサファイヤとムーンぐらいだとか。


 そんな話をしながら町を歩いている。町には人間以外の者も居て、獣の耳や尻尾、或いは角を生やした者も居る。


 そんな獣人達をじっと見ていると、ムーンが苦笑しながら話し掛けて来た。


 「獣人達の事が気になりますか?」


 石英は顎に手を当てて考え込み、そして頷いた。


 「うん、まあ僕の元居た世界には獣人なんて実在しなかったからね」


 石英の元居た世界。それを聞いて、ルビは顔を伏せた。


 石英の過去。


 心の闇。


 石英は一体どんな世界から来たのだろう。


 どんな人生を送ればこんな空虚な人間が生まれるのだろう。


 その事を考えただけで、心がズキリと痛んだ。


 「・・・・・・・・・」


 そんなルビを見て、石英はぽんっぼんっと優しく頭を撫でて慰める。そんな石英の姿に、ルビは更に顔を伏せ、そっと石英に寄り掛かる。


 ・・・・・・・・・


 そうこうしている内に、三人は城に着いた様だ。


 魔王の城はまるで絵本から切り取った様な大きく、とても豪奢(ごうしゃ)な造りをしていた。


 余りの壮大さに、ルビは呆気に取られている。一方、石英は城を見て一言。


 「なんか、魔王の城という感じがしないな」


 「ふむ、では一体どんな物を想像していたのですか?」


 もちろん、石英が想像していたのはRPGに登場する様な物だ。だが、石英は敢えてそれを言わずにルビを連れて城の中へと入って行った。


 城の中へと入った途端、石英とルビは大勢の人達に出迎えられた。


 魔術の(あか)りに照らされた広大な城内。一種の神々しさすら感じるこの空間内に、大勢のメイドや執事達がずらりと並んでいるのだ。


 その様は、かなり壮観だろう。


 呆然とする石英とルビにムーンはやれやれといった顔で告げた。


 「石英様もルビ様も、そんなお姿のままで居るのもどうかと思われます。ですので、シャワーで身体を清めて来ては如何(いかが)でしょう?」


 二人ははっとして自分の姿を見る。二人とも、これまでの旅路ですっかり汚れてしまっていた。


 石英とルビはそれぞれメイドに連れられて、シャワー室に入って行った。


 ―――シャワー室で身体を洗いながら、石英は考える。


 それは、今朝見た夢の事。


 何故、今更あの頃の夢を見たのか?そして、ムーンの言うサファイヤと自身との関係。


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 石英の瞳は困惑の色を帯びていた。


 ・・・シャワーを浴びた後、石英とルビはそれぞれ用意された服に着替えた。


 石英は燕尾服で、ルビは純白のドレスだ。その姿を見て、メイド達がきゃーきゃーと騒いでいた。


 二人はムーンに連れられて、謁見(えっけん)の間に向かう。


 その途中―――


 「ねえ、石英」


 「うん?」


 石英はルビの方を向く。ルビは頬を朱に染めて、上目遣いに石英を見る。


 「このドレス、似合うかな」


 石英はルビのドレス姿をじっくりと見る。


 さらっと流れる淡い朱色の長髪に同色の瞳、肌は透ける様に白く、純白のドレスを着た姿は綺麗の一言に尽きるだろう。


 「うん、似合ってるんじゃないかな」


 「そっ、そう」


 ルビは嬉しそうにはにかんだ。


「着きましたよ」


 ムーンの声に前を見ると、其処には大きな扉があった。ムーンはその扉を、軽くノックする。


 「入りなさい」


 中から、澄んだ綺麗な声が聞こえる。その声に、石英は懐かしさを覚える。


 ムーンは扉を開け、中に二人を入れる。中に入ると、其処には先程のメイド達や執事達がずらりと並んでいた。


 その奥に澄んだ空色の髪と瞳、モデルの様な抜群のプロポーションに、石英の着ている物と色違いのコートを着用した女性が居た。


 「久し振り、石英。私が魔王サファイヤだよ」


 「コ、コラン!?やはりコランが魔王なのか!?」


 その余りにも驚いた様子の声に、ルビは石英の方を見る。すると、石英は目を見開き、愕然とした顔をしていた。


 滅多に感情的にならない石英にしては、かなり珍しいその光景にルビが驚く。


 だが、その後更に驚く事になる。


 「石英!!」


 サファイヤは突然石英に抱き付き、あろう事かその唇を奪った。


 「・・・!?・・・・・・・・・!!」


 「っっ!?」


 周囲からどよめきが起こる。石英は無理矢理引き剥がそうとするが、サファイヤの力が思ったよりも強くて不可能だ。


 数秒後、サファイヤがようやく石英を放した。石英は口を手で押さえ、混乱した瞳でサファイヤを見る。


 「コラン、なっ、何を!!」


 「ふふっ、大好きだよ石英」


 未だざわつくメイド達と執事達。ムーンは痛そうに頭を押さえている。


 石英は動揺する心を何とか落ち着け、サファイヤを真っ直ぐに見据える。


 「ふうっ、お前は相変わらずだな・・・。まあ久し振り、コラン」


 「ふふっ、久し振り石英」


 サファイヤはとても嬉しそうだ。かつて共に暮らした少女のそんな姿に、石英は思わず苦笑する。


 そんな時―――


 「う―――」


 「ん?」


 突如聞こえた声に、其方を向くと其処には、


 「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああんっ!!!」


 大声で泣くルビが居た。その場にへたり込み、大泣きしている。


 「って、ええっ!?」


 「あらら」


 その光景に驚く石英と、口元に手を当て目を丸くするサファイヤ。


 それから(しばら)くの間、石英は泣き続けるルビを慰め続けた。


 ・・・・・・・・・


 山が燃えていた。


 剣で斬られ、槍に貫かれる山の民達。それは正に、地獄絵図(じごくえず)だった。


 それでも民達は戦う。大切な者を、愛する者を守る為に。


 蹂躙(じゅうりん)せよ、殲滅(せんめつ)せよ、と侵略者は進軍する。


 侵略者の手には、黄金に輝く太陽の描かれた旗が握られている。


 地獄はさらに激しさを増していく。

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