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神殺しの星辰《ほし》(旧題:不幸な少年と病の少女)  作者: ネツアッハ=ソフ
無の世界—ouroboros—
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またな

 「・・・そろそろ出て来たらどうだ?見ているのだろう。ブラフマンよ」


 「ふむ、やはり気付いておったか。アーカーシャ」


 アーカーシャが言うと、その目前の空間が歪み、中からブラフマンと龍の巫女、そして———


 純白の髪と肌、同色の衣服を纏った真っ赤な瞳の無性別の神が出てきた。足元の影からは黒い触手が幾本も生えている。


 その姿に、アーカーシャは片眉を上げる。


 「む?アザトース、お前も居たか。久しいな」


 そう、真なる神にして外なる魔王、邪神の王アザトースだ。


 アザトースはアーカーシャ=石英に不敵な笑みを向けた。まるで、親しい友に向けるような笑みだ。


 「うむ、私もつい先程蘇った所だ。ブラフマンによってな」


 「なるほどな」


 アーカーシャは納得した。真なる神、ブラフマンは己の記憶をバックアップに蘇生が可能なのだ。


 これくらいの事は平然とやってのけるだろう。・・・まあ、王権の力を使えばアーカーシャは完全な無からの蘇生すら可能なのだが。それは言わぬが花だろう。


 「して、アザトースよ、また余と戦いたいのか?」


 「いや、それもまた面白そうだが、今はそのつもりは無い。楽しみは後に取っておこう」


 「ふむ、そうか・・・」


 アザトースのその言葉に、アーカーシャは肩を(すく)める。非常に残念そうだ。


 何だかんだ、アーカーシャもアザトースも飢え乾いているのだ。その結果の戦闘狂である。


 巫女は軽く溜息を吐いた。その顔は苦笑を浮かべていた。呆れているのだろう。


 さもありなん。


 ブラフマンがこほんっと咳払いする。皆の視線が集中した。


 「とりあえずはアーカーシャよ。今から再び枷を掛け直すが、良いか?」


 「うむ、確かにまだ余は目覚める時期ではなかろう。良い、枷を掛け直すがよい」


 鷹揚(おうよう)に頷き、同意するアーカーシャ。ブラフマンは頬を緩め、笑みを浮かべる。


 そう、まだ目覚める時期では無い。つまり、何れ完全に目覚める時が来るのだ。


 それは近い未来か、はたまた遥か遠い未来か。それでも何れは目覚める。


 「うむ、では・・・」


 言うと、ブラフマンはアーカーシャの額に人差し指をすうっと走らせ、何事か呟いた。


 常人には理解する事も認識する事も出来ない、無の世界の言語。次元を超えた言霊だ。


 無の世界の言語はそれそのものが、強力な力を持つ。世界の法則を書き換え、人類史を根本から造り変える事も可能だろう。


 原子論が支配する世界をエネルギー論の支配する世界に変えたり、或いは精神の支配する世界に変える事も出来る。その気になれば、確率と因果の比率を逆転させて無限に分岐した世界を一つに収束させる事すらも可能だ。


 アーカーシャは自身の力が封じられ、代わりに全権が与えられるのを感じる。


 王権。総ての権能、総ての権限がアーカーシャ=石英に集まってゆく。枷が、嵌められてゆく。


 その感覚に、アーカーシャは薄く笑みを浮かべた。


 「では、余の転生者を頼んだぞ。古き友よ・・・」


 その言葉に、ブラフマンは笑みと共に頷く。その笑みは友人に向けるような、優しげな笑みだった。


 「うむ、了解した」


 そうして、アーカーシャに枷は嵌められた。再び虚無は眠りに着く。


 ・・・・・・・・・


 「・・・・・・・・・・・・・・・」


 何だか、しばらく寝て起きたような気分だった。


 いや、さっきまでの記憶は確かにある。僕がウロボロスを倒したのだ。凄まじい力を解放して。


 本当に凄まじい力だった。まさしく、物質界の限界を大きく超えた力。神域すらも超えた力だ。


 ・・・果たして、あの時の自分は本当に自分自身だったのだろうか?何だか夢見心地なのだ。


 先程までの自分が、まるで別人に思えてしまう。それほど、意識が解離(かいり)しているのだ。


 まるで、誰かを俯瞰(ふかん)して見ているような気分だ。


 こほんっと咳払いする音が聞こえた。そちらを向く。


 其処には、初老の男が居た。この男を石英は知っている。確か、ブラフマンだったか。


 「さて、気分はどうかな?石英君」


 「夢でも見ていたような気分だな・・・」


 「ふむ、そうか・・・。まあ、じきにそれも慣れるだろう」


 そう言って、ブラフマンは笑った。石英は笑わなかった。どうにも夢見心地が抜けない。


 そんな石英に、巫女が近寄って来た。その手には黄金に輝く林檎(りんご)が。


 「これ、君の物だよ」


 「・・・・・・ああ、ありがとう」


 石英は林檎を受け取ると、巫女をじっと見詰める。その表情は何かを思案するようで・・・。


 きょとんっと巫女は首を傾げる。


 「・・・トパーズ」


 「っっ!!?」


 巫女は始めて、その顔を驚愕に染めた。目を大きく見開き、身体を硬直させた。


 その反応はありえない物を見るような、そんな驚愕に満ちていた。その反応を見て、石英は首を左右に振り寂しげに笑った。


 「いや、何でも無い。すまない、忘れてくれ」


 「そう・・・だね・・・・・・」


 巫女は俯き、何かに耐えるようにそう言った。そんな巫女の姿に、石英は軽く溜息を吐き———


 巫女をそっと抱き寄せた。


 「!!?」


 目を見開き、思わず石英を見る巫女。石英は巫女を抱き締めながら、その耳元で何事か呟く。


 その言葉に、巫女は更に目を見開き、そして僅かに微笑んだ。そして、巫女も石英の背に腕を回す。


 巫女も何かを呟き、強く石英を抱き締めた。


 しばらく抱き合う二人。ブラフマンもアザトースも、黙って見守っている。


 石英は巫女を放すと、林檎を大事そうに抱えてブラフマンに向き直った。


 「じゃあ、僕はもう帰るよ」


 「うむ。おお、それとウロボロスは後々蘇生させておくよ」


 「そうか・・・。解った」


 そう言って、石英は黄金に輝く剣———天叢雲剣(アマノムラクモ)を顕現させた。


 世界の境界を断ち、帰ろうとする石英にアザトースは声を掛けた。


 「む、おお・・・そうだ。石英よ、お前に言いたい事があったのだ」


 「ん、まだ何か用か?アザトース」


 空間の裂け目に入ろうと手を掛けた所で、石英は足を止める。アザトースは石英に不敵な笑みを向けて堂々と言い放った。


 「また何れ、全力で戦おうではないか」


 「・・・・・・お、おうっ。じゃあ、またな」


 石英は口元を引き攣らせ、苦笑しながらそう答えた。どうやら、アザトースは石英をかなり気に入ったらしい。また死に掛けるのか、そう石英は溜息を吐きたくなった。


 肩を落としながら、石英は帰っていった。


 ・・・・・・・・・


 「・・・・・・・・・・・・・・・」


 「良いのか?龍の巫女、トパーズよ。奴の傍に居なくて」


 ブラフマンは巫女、トパーズに問う。トパーズは静かに首を横に振って微笑んだ。


 その顔は未だ寂しげだが、何処か吹っ切れたような雰囲気があった。


 「良いのです。もう、私は大丈夫ですから」


 「・・・そうか。しかし、ぬしはアーカーシャの事を好いていたのではないか?」


 その言葉に、トパーズは顔を俯ける。


 そう、トパーズはアーカーシャに好意を寄せていたのだ。彼に恋していたのだ。


 だからこそ、石英が無の世界に来た時、真っ先に彼に接触したのである。本当は、トパーズとて石英と共に居たいと思っている。きっと()れたトパーズの負けなのだろう。


 なんせ、彼女は石英を生まれた時からずっと見守り続けていたのだから。


 ・・・しかし、トパーズは首を横に振った。


 「確かに、私は彼を・・・石英を愛しています。しかし、今の彼にはルビが居ますから」


 それに・・・と、トパーズは付け加えた。


 「最後に、彼の想いを聞けましたから・・・」


 「そうか」


 その屈託のない笑みに、ブラフマンは満足そうに笑った。


 『すまない、君の想いに応えられなくて。・・・けど、君からの想いは確かに心地良かった』


 それが、石英からの言葉だった。その言葉が、トパーズにとっては嬉しかった。


 確かに、トパーズは恋に破れた。しかし、それでも彼女は満足しているのだ。


 「ありがとう。大好きだったよ、アーカーシャ」


 トパーズはぽつりと、そう呟いた。

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