不敬よな
「不敬よな」
「っ!!?」
刹那、石英から感じられる魔力の気配が変わり、ウロボロスははっとした。
気付けば、真っ二つに断ち切られた筈の石英は傷一つ無く、そして衣服にも汚れ一つ無かった。
この気配を、ウロボロスは知っている。この、虚無の領域にまで純化された魔力を彼は知っている。
そう、この気配こそ彼の神殺しの神が保有する魔力。無限の領域すらも超越した絶対者の証。
「まあ良い。今はとても機嫌が良いのだ・・・余は総てを許す」
その余りにも尊大な態度。そして、思わず平伏したくなるその威圧感。無の気配。
ウロボロスですら冷や汗を流す、その圧倒的覇気。
「・・・・・・ついに、復活したか。アーカーシャ!!!」
「うむ、実に清々しい気分よの。余はとても気分が良い」
思わず童のように駆け回りたい気分だ。そう、口にする石英。否、アーカーシャ。
その顔は笑みを浮かべている。気分が良いのは本当らしい。しかし、纏う雰囲気は王者のそれ。
何人も寄せ付けぬ気品と格の違いを感じさせる。
ついに帰ってきたのだ。虚無を司る神殺しの王。真なる神、アーカーシャが。
「・・・・・・・・・・・・っ」
「ん?何だ、まだ何か用か?」
冷や汗を流し睨み付けるウロボロスに、アーカーシャが問う。その顔は先程、ウロボロスが自分を殺そうとした事など気にも掛けていない。超然とした雰囲気だ。
「・・・・・・っ」
「ふむ、よもや先程余を殺そうとした事を気にしているのか?なら気にする事も無い。先程も言った通り余は気分が良いのだ。気にしてはおらぬ」
故、申してみよとアーカーシャは言った。
アーカーシャは死を恐れていない。否、死の恐れを知らないのだ。それは不死不滅の存在たる真なる神の特徴とも言えるだろう。
しかし、アーカーシャのそれは真なる神の中でも更に異質。
彼は虚無を司る者。それ故に、最初から恐怖という概念を理解してはいないのだ。
そんなアーカーシャに、ウロボロスは問う。
「・・・・・・アーカーシャ、お前は自身の目的は良いのか?」
そう、アーカーシャには、石英には目的があった。黄金に輝く林檎だ。
無の世界にのみ存在する黄金の林檎を得る事こそ石英の目的ではなかったか?
しかし、その問いにアーカーシャは平然と答える。
「うむ、それならばほれ・・・この通り既に手に入れている」
「っっ!!?」
アーカーシャの手には、黄金に輝く林檎があった。燦然と輝く、黄金の果実。
ウロボロスは愕然とする。
「な、何故それを!!?」
「黄金の林檎は元々、この大樹の世界の中で余の魔力から創られる物。故、この林檎は余の物だ」
「・・・・・・・・・・・・」
そう言って、アーカーシャは笑った。
そう、それが真実。黄金に輝く林檎はアーカーシャの魔力から創られる果実だったのだ。
「では、もう此処には用は無い。余は帰ろう」
「っ、待て!!!」
踵を返し、立ち去ろうとするアーカーシャ。その背中にウロボロスは腕を振るい一閃する。無限に広がる多元宇宙の全てを薙ぎ払う斬撃。しかし、それをアーカーシャは振り向きもせずに打ち消した。
黄金の魔力が、自動的に防御したのだ。アーカーシャが嗤う。
「・・・・・・ふむ、まだ何か用か?」
「その林檎を外界に持ち込ませる訳にはいかない。それだけはあってはならないんだ」
ウロボロスは魔力を高める。無限すらも超越して、高まっていく魔力。
ウロボロスの魔力光は翡翠、その性質は円環。それは即ち、永遠、無限を意味する。
ウロボロスの魔力は自己完結している。無限に回帰する魔力。永劫回帰の魔力。
そして、その魔力の性質は全ての理を、法則を内包する。其れは、生命の流転である。
その魔力が、ウロボロスを最強の龍王へと押し上げているのだ。其れは即ち、ΑでありΩでもある。
対するアーカーシャも、嗤いながら魔力を高める。
「・・・ほう、面白い。ならどうする?」
アーカーシャの魔力光は黄金、性質は虚無。其れは即ち、絶対者の証。
強さを突き詰め、純化していったその極点、その果て。其処には何も無い。只の虚無だ。
虚無故に、何よりも強大で何よりも純粋である。そう、純粋故に穴が無い。
そして、何よりも彼は原初の虚無だ。宇宙開闢以前の、原初宇宙すら存在しない真の虚無。
三柱の真なる神は、原初の虚無を変換する事で原初宇宙を創造した。それは即ち、宇宙の大元となった存在こそが原初の虚無、即ちアーカーシャである。
虚無を司る彼が、全知全能すら超える力を持つのもその為だ。
・・・そんなアーカーシャに、ウロボロスは———
「無論、此処でお前を討とう!!!」
ウロボロスは言うと、爪を構えた。対するアーカーシャは黄金の林檎を虚空に放り、黄金に輝く一振りの剣を取り出した。星の如く燦然と輝く一振りの剣。
銅剣の様に無骨で、柄から刀身にかけて一つの鋼で造られた剣。それは———
「天叢雲剣」
天叢雲剣———短刀、神無がレプリカとしての意義を超えて新生した剣だ。
アーカーシャは自らと神無を同化させる事で、レプリカを超えたレプリカとして剣を新生させたのだ。
その威光は真作の天叢雲剣にすら迫るだろう。アーカーシャはその剣をだらりと自然体に構える。
「・・・・・・・・・・・・」
その剣の輝きに、ウロボロスは冷や汗を一筋。アーカーシャは尚も嗤う。
「さあ、龍王よ———来るが良い!!!」
アーカーシャの声が、無の世界に響き渡る。龍王と虚無の決戦が、此処に幕を開いた。




