断る!!!
刹那、大樹の中の世界を石英の怒りが満たす。大地が揺れ、空間が大きく歪む。
「・・・・・・・・・・・・今、何て言った?」
石英は問い返す。その声には、抑え切れない怒りが、静かに滾っている。気付けば、龍の巫女は何時の間にか居なくなっていた。何とも逃げ足の速い事だ。
身体中の重傷も、何時の間にか消えていた。何処にも傷の痕跡すら無い。高まった黄金の魔力が、石英の傷を全て消し去ったのだ。
回復能力では無い。回帰能力でも無い。此れは、無からの再生だ。
石英は無から肉体を再生して見せたのだ。其れは、再生能力の最上位だろう。
開く、両目の眼光。黄金に瞳は輝く。その眼光は常人ならば見詰められただけで即座に死ぬだろう。
しかし、ウロボロスはそれを意に介する事なく再び告げる。笑いながら告げる。
「聞こえなかったか?ならもう一度言おう。・・・お前、もう帰れ。黄金の林檎は諦めろ」
「っ、お前は・・・!!!」
更に膨れ上がる怒気。黄金の魔力が空間をびりびりと震わせる。石英の怒りが、魔力の波が、物理的な現象としてウロボロスに押し寄せる。その波動は、常人が受ければ即座に死滅する程の威力がある。
神々ですら、泡を吹いて卒倒するレベルの怒りの波動だ。無の世界でなければ、世界の崩壊すらもありうるだろう怒りの魔力だ。
しかし、それの直撃を受けてウロボロスは尚、涼しげな表情をしている。
強がりでは決して無い。この程度、ウロボロスは脅威とすら思っていないのだ。
真なる神にとって、即死の呪詛ですら脅威とならない。生と死の理を大きく超越している故に。
真なる神は不死不滅。故に、決して死を恐れる事は無い。そもそも死の恐怖を知らないのだ。
「ふふっ、そう怒るな。そもそも林檎を使おうと、回避できる滅びはたった一つだけだ」
「っ」
ウロボロスは石英の怒りを受けながら、それでもカラカラと笑う。笑いながら、話を続ける。
「良く考えろ、石英よ。黄金の林檎を使えば、確かに死神は鎮められる。しかし、それでも世界は必ず滅び去る運命にあるのだ。それが、変えられない運命なのだ」
「っ、それでも!!!」
「今のお前は駄々をこねる子供のようだ。解るだろう?もう、世界は詰んでいるのだと」
「それでも!!!」
それでも諦めない。諦めはしないと石英はウロボロスを睨み付ける。その瞳で、不屈を訴える。
そんな石英に、ウロボロスはふぅっと軽く溜息を吐いた。
「仕方がない。其処まで言うなら・・・殺すぞ?」
「っ!?」
刹那、膨大な殺気が空間を歪め、世界を震撼させた。
石英に押し寄せる殺気。殺意。それは、石英をして気圧される程の濃密な殺気だ。龍王の殺意だ。
恐らく、神々すらも耐えられずに即死するだろう極大な殺気に、石英は気圧されたのだ。
「死にたくなくば退け!!!でなくば死をくれてやる!!!」
「・・・・・・・・・・・・」
殺意。殺意。殺意。押し寄せる膨大な殺意。それでも、石英はウロボロスを睨み返す。
視線で不屈を訴える。
・・・しかし、それもウロボロスは意に介さない。膨れ上がる殺気に、石英は呻く。
「さあ、選ぶが良い。退くか死か!!!」
「っ、断る!!!」
石英は不屈の精神で殺気を押し返し、言い放った。その返答に、ウロボロスは感嘆した。
此れでもまだ、折れないというのか。
「・・・ほう?それは死を選ぶという意味か?」
「違う!!僕は退くつもりは無い。しかし、死ぬつもりも毛頭無い。僕は、諦めない!!!」
断じて死なない。必ず生きて帰る。最後まで諦めない。それは、石英の人間としての意地だ。
人間の本質は闘争だ。
どんな形であれ、人間は皆生きているだけで戦っている。生きるという事は、歩み続ける事だ。
それは何故か?生きる為だ。人は生きる為にこそ戦い続けるのだ。
人は流れ続ける時の中で、常に何かに抗い、戦い続ける。それを止めてしまうと、人は一瞬とも生きていられないが故にである。それが、人間の性だから。
人は歩みを止めると、生きている実感を失ってしまう。それでは死人と変わらない。
其れは、生きながらの死だ。
それはつまり、生死人という事だ。生きる事は、戦いと同義である。
故に、人は戦い続けるのだ。生きる為に。最後まで意地を張り、諦めないのだ。
・・・そんな石英の意を受け、ウロボロスは嘆息する。
「・・・そうか。なら、最後にお前に言っておく事がある」
「っ!?」
身構える石英に、ウロボロスは一つの真実を告げた。残酷な真実を。無情な真実を。
「石英、お前とルビの出会いは我が仕組んだ事だ」
「っ、な!!?」
「我がお前とルビの因果に干渉し、二人の出会う運命を造り出したのだ」
告げられた真実に、石英は頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。思わず足元がふらつく。
それも当然だ。ウロボロスはあの出会いを、演出された物だと断じたのだから・・・。
「な・・・何で・・・・・・?」
「何故、そんな事をしたのかだって?お前とルビの間に生まれる子供が、多元宇宙で唯一石化の王を討つ可能性を宿していたからだ」
黒曜———石英とルビの間に生まれた子供。英雄の星辰を宿す子。
その誕生は偶然では無かった。ウロボロスの仕組んだ必然だったのだ。
その可能性を生まれさせる為に、ウロボロスは運命を操作したのだと言う。しかし———
それでも、石英は屈しなかった。
「違う!!!僕がルビを選んだのは自分の意思だ!!!決して運命なんかじゃない!!!」
石英とルビの恋は、ウロボロスが演出した物だと彼は言った。しかし、それは違うと石英は断じる。
石英とルビは、自分の意思で結ばれたのだ。決して誰かの意思では無い。
そんな事の為に、二人は出会った訳では無い。そう告げる石英に、ウロボロスは端的に言った。
「・・・・・・そうか」
一閃・・・。石英の視界が赤く染まった。
ウロボロスは腕を一振りする。それだけで、無限に広がる多元宇宙総てを薙ぎ払う斬撃となった。
ぎりぎりで短刀を構えた石英。・・・しかし、抵抗も虚しく石英は無残にも切り裂かれてしまう。
身体を袈裟に断ち切られ、一瞬で虫の息となった。短刀も半ばから折れている。
身体は真っ二つに断たれた。短刀も、もはや使い物にならない。
・・・もはや、絶望的だ。これこそ詰みだろう。しかし、石英はそれでも諦めてはいなかった。
———諦めない。諦めてたまるか。絶対に、生きて帰るんだ。生きて帰って、ルビを救うんだ。
———死んでたまるか。此処で、息絶えてたまるか・・・。
不屈の精神で、命を繋ぎ止める。瞬間、石英の脳裏に大賢者の声が聞こえた。
『———では、全権を解放しますか?我が主』
全権を解放すれば、全ての英知、全ての権限が手に入る。全知全能すらも超える権限が。
それはとても魅力的だろう。もしかしたら、あのウロボロスとも互角に戦えるかも知れない。
法則を書き換え、世界を造り変える事もきっと可能だろう。ルビと永遠に一緒に居られる世界すらも創造出来るかも知れないのだ。
しかし、それを石英は要らないと心の中で告げた。そんな権限なんか要らないと。
———僕は、全権なんか要らない。僕は只、力が欲しい。総ての理不尽を薙ぎ払う力が。
特殊な能力や権限など、何も要らない。只、総ての理不尽を薙ぎ払う力を・・・。
そう願った。
そして、それを最初から理解していたのか、大賢者は了と告げた。
『了解しました。此れより王権は一時的に全権を放棄し総ての枷を外します。・・・成功しました』
その瞬間、石英の中で黄金の魔力が虚無の領域へと純化され、神殺しの王が目を覚ました。
———さあ、王の覚醒だ。万象よ、余の目覚めを祝えよ。
讃えよ・・・神殺しの王、原初の虚無の目覚めである。
主人公覚醒。そして、まさかの王様キャラに・・・。




