我が名はウロボロス
石英は大樹の中の世界を歩き続けていた。その身体には、所々傷を負っている。
・・・否、はっきり言って重傷だ。歩けるどころか、常人なら生きている事すら不思議である。
石英の背後には龍の死体が何十、何百と転がっていた。道中、石英に襲い掛かってきたのだ。
その総てを石英は返り討ちにした。当然、石英も無傷では無い。所々手傷を負い、骨も数か所程骨折している部分もある。血もかなり流れているだろう。
片目も重傷を負ったせいか開かない。これほどの傷、完全に治すのに時間が掛かるだろう。
しかし、それでも石英は歩く。
ルビを救う為、ルビの居る世界を救う為に。・・・いや、きっとそれだけでは無い筈だ。
これは自分の為でもあるのだろう・・・。
あの巫女は言った。石英の正体を教えようと、石英の正体を知っていると。
なら、石英は迷わず進む。きっと、その先にこそ自分の真実が存在するだろうから。
そう、信じているから・・・。
石英は重い足を引きずり、先へと進む。進み続ける。魔力が、また高まる。
・・・また、一匹龍が現れた。龍が咆哮を上げて襲い掛かって来る。
「・・・・・・邪魔だ。退け」
石英は腕を横に薙いだ。それだけで、龍は首を断たれて絶命した。
圧倒的、という言葉すら生温い。絶対的な力の差が、其処にはあった。黄金の魔力が高まる。
際限なく高まる黄金の魔力はもはや周囲の空間を歪め、物理的な現象として渦巻く。
しかし、石英は無感情に先へと進む。重い足を引きずって、己の真実を知る為に。
・・・・・・・・・
しばらく歩く事、約十五分———石英の目前に二人の人影が見えた。
片方は知っている、龍の巫女だ。もう片方は知らない青年だった。二人とも、重傷の石英を見ても何とも思っていないようだ。平然と石英を見ている。
どころか、石英が此処まで来れる事を当然とすら考えているのだろう。両者共に笑っている。
・・・それはともかく、石英は青年の方に目を向ける。
肩まで伸びた黄金の髪に黒い二本の龍角。黄金の瞳に黒い縦長の瞳孔をした青年。
恐らくは龍。それも、真なる神に列せられる者だろう・・・。石英はこの青年を知らない筈だ。
しかし、何故か石英はこの存在を知っている気がした。只、何となくそんな気がしたのだ。
「・・・・・・・・・・・・何者だ?お前・・・」
石英は警戒心を全開にして、青年を睨む。すると、意外な問いが来たかのように青年がきょとんっとした顔で目をぱちくりとさせた。
そして、何かに納得したのか青年は巫女の方を見た。巫女を見るその瞳は、呆れの色を含んでいた。
「・・・お前、まだ説明をしていなかったのか?」
「はい、今から説明をする所ですので・・・・・・」
巫女は悪びれもせず、しれっと答える。青年は呆れたように溜息を吐いた。
「そうか、ならまずは自己紹介が先だな。我が名はウロボロス。真なる神、龍王ウロボロスだ」
「改めて、私は龍の巫女だよ。名前は特に無いから、気軽に巫女とでも呼んでよ」
「・・・・・・僕の名は、石英だ」
二人の名乗りに、石英も名乗り返す。律儀に名乗ったが、石英は警戒心を解かない。
そんな視線を受け、それでもウロボロスは不敵に笑った。ウロボロスは、石英を警戒していない。
警戒には値しないと、そういう事らしい。・・・なるほど、中々舐めている。
「そう睨むな、アーカーシャ。いや、今は石英という名だったな」
「・・・・・・?アーカーシャ?」
石英は怪訝そうに眉をしかめた。いや、言葉の意味は知っている。アーカーシャとは、サンスクリット語で虚空を意味する言葉だ。古代インドにおいては存在の総てを意味する言葉でもある。
虚空、空間、天空、空などの意味があり、西洋オカルティズムではエーテルと同一視される。
しかし、それが自分と何の関係があるのか?石英には解らなかった。
その疑問に、巫女が答えた。
「石英、君はアーカーシャの転生体だよ。つまり、真なる神の一柱」
「っっ!!?」
石英は愕然と目を見開いた。かつてない衝撃が、石英の頭に叩き付けられる。
真なる・・・神・・・?僕が?転生体?
石英は混乱し、一瞬頭の中が真っ白になった。理解が追い付かなかった。
「アーカーシャ・・・。アザトース、ウロボロス、ブラフマンに並ぶ真なる神第四の存在。神殺しの王であり虚無を司る絶対者」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
真なる神アーカーシャ。神殺しの王であり、無限の領域すらも超える虚無そのもの。真なる虚無。
其れ即ち、虚無の転生体である。
石英の魔力の性質は全と一だ。しかし、それは石英本来の魔力性質では無い。
ブラフマンによって石英に与えられた枷、王権が持つ性質こそが全にして一なのだ。
石英の本来の魔力光は黄金。その性質は虚無だ。総てを呑み込む黄金の虚無。
特殊な能力は何も無い。しかし、それでも総ての異能と権能を圧倒しうる力を持つ。
時を止める能力も、星々を破壊し尽くす破壊能力も、全知全能の極みを持ってしても、決して黄金の虚無には届かないのだ。届きえないのだ。
故に、神殺しの王たりえるのである。
「真なる神であり、虚無そのものである君は即ち不滅でもある。そして、何者より強大な力を持つ」
「・・・・・・っ、なあ、少し疑問があるんだが?」
其処で、石英は疑問を投げかける。今の話に明確な矛盾点を見付けたからだ。
巫女は優しげな微笑みを向ける。
「何かな?」
「さっきお前は僕を、アーカーシャを不滅で何よりも強大な存在と言った。なら、何故僕という転生体が存在するんだよ?」
そう、転生体という事はつまり、一度滅びた事になる。しかし、アーカーシャは不滅の存在。
これは明確に矛盾する。
・・・対して、巫女は納得したかのように頷いた。
「それは君が、アーカーシャがそう望んだからだよ」
「・・・・・・僕が?」
石英の怪訝な声に頷く巫女。その顔は、相変わらず微笑んでいた。何処までも優しい笑みだった。
「そう。かつて人間になりたいと願ったアーカーシャが自ら人間に転生体として宿ったんだよ」
「・・・・・・・・・・・・」
石英は愕然と目を見開いた。しかし、同時に納得もした。
石英がこの世界に来た瞬間に感じた懐かしさ。そう、石英はこの世界を知っていたのだ。
・・・そんな石英に、今まで黙っていたウロボロスが話し掛けた。
「・・・・・・石英よ、少し良いか?」
「何だよ?」
警戒し、身構える石英にウロボロスは———
・・・・・・・・・
その時、魔王城玉座の間では———
サファイヤは言い知れぬ予感を感じていた。これまで感じた事のない、強い嫌な予感だった。
「っ、石英・・・」
ふと呟いた言葉に、自身が愕然とした。これでは、まるで石英に悪い事が起こるみたいじゃないか。
サファイヤは悪い予感を振り払い、気を引き締め直す。その直後———
「サファイヤ様!!町の住民が次々と倒れ始めました!!」
「っっ!!?」
ムーンの緊急報告に、サファイヤは目を見開く。その言葉が意味する事は只一つ・・・。
ついに、終末が始まったのだ。世界の終末の時が。
「ムーン!!町全体に隔離結界を張る!!住民には家から決して出ないよう伝えよ!!!」
「はっ!!!」
直後、龍の心臓の町全体を隔離結界が覆う。死神、病が町の外へと拡散しない為の処置だ。
しかし、死神にこの程度の結界などほとんど無意味だろう。持って一時間弱といった所か・・・。
現に、結界の一部が既に侵食されつつある。死神の力の断片のみでこれなのだ。
もう、ルビはほぼほぼ限界だろう。サファイヤは焦りを覚える。
「石英・・・早く帰って来て・・・・・・」
ぽつりとサファイヤは呟く。石英に頼るしか出来ない自分に歯がゆく思いながら・・・。




