私は龍の巫女
石英はひたすら無の世界を歩いていた。
あても無く歩いている訳では無い。遥か彼方に見える巨大な大樹、其処に向かって石英は進む。
きっと、あの大樹こそ石英の求める黄金に輝く林檎の生る樹だろう。そう確信した。
しかし、無の世界を進むごとに胸の鼓動が高鳴る。己の内側で何かが目覚めかける。
ドクンッ!!・・・ドクンッ!!・・・ドクンッ!!
高鳴る鼓動。その度に高まってゆく黄金の魔力。凄絶な神殺しの神気。
———刹那、石英の意識が一瞬だけ暗転する。
「っ、ぐ!!」
己の心の内側で、何かが笑った気がする。其は、王者の覇気を纏う神殺しの王———
歓喜している。そう、これは目覚める者の歓喜だ。
今———石英の中で何かが目覚めようとしているのだ。・・・石英の心の内で、何かが笑う。
———ふむ、余の目覚めを拒むか。
背筋がゾッとした。何か、声がした気がした。思わず振り返るが、当然誰も居ない。
・・・・・・気のせい。そう思った瞬間。
「お兄さん、何してるの?」
「っ!?」
声のした方を向く。すると、何時の間に其処に居たのか巫女装束を着た少女が居た。
くすんだ金髪から黒い龍角が生えている。人間でないのは確実だろう。それよりも。
・・・何故、傍に居る事に気付かなかったのか。
「・・・・・・・・・・・・お前、何時の間に」
「何時の間に此処に居たのか?さっきから近くに居たよ?」
「!!?」
愕然とした。石英は少女の接近に気付かなかったどころか、近くに居た事すら気付かなかったのだ。
———只者ではない。
一体、彼女は何者なのか。石英は警戒しつつ、少女を睨む。しかし、少女はほがらかに笑うのみ。
「あははっ、そんなに睨まないでよ。私は龍の巫女、真なる神ウロボロス様の従者だよ」
「・・・・・・僕は石英だ」
「じゃあ石英、よろしく」
そう言うと、巫女は掌を差し出した。石英は警戒しつつもその手を取り、握手する。
瞬間、心の内で目覚めかけていた者が再び眠りに入った。石英の負荷が軽くなる。
「っ!?」
石英は一瞬で巫女の手を振り払い、距離を取った。巫女は不思議そうに小首を傾げる。
「・・・?」
「・・・・・・お前、今僕に何をした?」
「何をしたって・・・、只君の中で目覚めかけてた君を鎮めただけだよ?」
その言葉に、石英は愕然とした。そして、石英の心に新たな疑問が沸き上がる。
「お前・・・・・・、僕の中に何が居るのか知っているのか?」
「・・・・・・?君こそ、自分の正体を知らないの?」
「僕の・・・正体・・・?」
その言葉に、石英の鼓動が高鳴る。
石英の正体。神殺しの王。真なる神すらも殺しうる者。しかし、本当にそれだけか?
自分は/僕は/余は一体、何者なのか?鼓動が高鳴る。魔力が高ぶる。
この瞬間、石英は気付く。この世界に入った瞬間から自身が感じていた感覚の正体を。
これは懐かしさだ。自身はこの世界に懐かしさを感じている。この世界を石英は知っているのだ。
・・・では、何故?
瞬間、石英の脳裏に凄絶な黄金の魔力を滾らせた己の姿が過る。
その口元には、堪え切れない歓喜の笑みが張り付いている。胸が高鳴る。
これは———この感覚は・・・。更に胸が高鳴る。
・・・石英の姿を横から見詰めていた巫女は、少し考え込んだ後ふと呟いた。
「・・・・・・そう、どうやら覚えていないようだね。なら」
巫女がぱんっと柏手を打つ。すると、辺りの空気が清浄な気を放ち始める。
同時に、周囲一帯の空間が震撼しだす。
何かが来る———そう思った直後。
『ギイイヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァッッ!!!!!!』
空間全体に響き渡る絶叫。元の世界であったらその声だけで世界全土に多大な被害を及ぼしただろう。
鋼の如き圧力を伴った衝撃波だ。
龍だった。竜種ではない、蛇の様に細長い胴体に鋭い牙を揃えた顎、純白の龍角に見事なたてがみ。
鋭い爪を備えた腕と足がたくましい巨体から生えている。
怪物の王として語られる竜種とは違い、荒ぶる水の神として語られる龍。その神威は間違いなく強大。
まごうことなき龍が、其処に現れた。純白の巨龍だった。
「・・・・・・おい」
「この龍を倒して大樹の許まで辿り着き、其処での試練を越えられたら、君の正体を教えてあげるよ」
石英が巫女を睨み付けるも、巫女は動じる事無くそれだけ言って消えた。
・・・本当に消えた。忽然と、跡形もなく。まるで、最初から居なかったかのように。
「・・・・・・・・・・・・」
石英は不満そうに龍を睨み付ける。目の前には途方もなく巨大な龍が居る。龍も石英を睨んでいる。
睨み合う、石英と龍———先に動いたのは龍だ。
『ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァッッ!!!!!!』
襲い来る鋼の大絶叫。音の衝撃波が石英に迫る。同時に石英は前へと跳んだ。
「ふっっ!!!」
鋼と見紛う龍の咆哮。その大絶叫を石英は一太刀で断ち切った。龍が目を見開いた。
続く一太刀、あわや龍の胴体を両断したかと思った。しかし———
龍の鱗には傷一つ付いてはいなかった。全くの無傷だ。龍の口元が笑う。
『ギイイアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァッッッッ!!!!!!』
龍の咆哮。石英は枯れ枝の様に吹き飛ばされる。二三度、石英は無の世界の大地に叩き付けられる。
大地に短刀の刃を突き立て、勢いを殺してようやく止まった。
「流石に、一筋縄ではいかないか・・・・・・」
大地に叩き付けられた際、口内を切ったらしく石英はぺっと血を吐いた。しかし、石英は笑っている。
石英の口元は不敵な笑みを浮かべていた。
恒星をも揺るがす咆哮と、恒星に匹敵する堅牢さを誇る龍鱗。最強の矛と盾。
龍が最強の幻想種と呼ばれる所以だ。しかし———
最強如きで、石英は止められない。神殺しは止められない。
再び疾駆する石英。真っ直ぐに、龍へと走る。
『ギイイヤアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァッッ!!!!!!』
再び響く咆哮。それを、石英は一太刀で断ち切った。
続く二太刀目———それを、龍は再び自らの鱗で受け止めようと構える。しかし・・・。
ゾクッッ!!!龍の背筋に悪寒が奔った。思わず龍はその刃を避ける。
・・・その判断は、どうやら正しかったらしい。
ザンッッ!!!龍の鱗が断ち切られ、肉まで届いた。
『グギャアアアアアアアアアアアアアアアァァァァッッ!!!!!!!!!』
その絶叫は、明らかに痛みによる悲鳴だった。しかし、当然それで終わりでは無い。
龍の爪による斬撃を避け、石英は至近まで接近する。
「もう、逃がさない———」
高まる黄金の魔力。輝く黄金の瞳。更に続く三連撃、五連撃、一気に増えて百連撃。
その全てが、龍の鱗を断ち肉を切り裂いてゆく。
『アア・・・アアアアアアアアアァァァァァァッッ』
意識が暗転する刹那、龍は確かに見た。石英の口元に浮かんだ、凄絶な笑みを。覇者の笑みを。
・・・・・・・・・
「・・・・・・ふぅっ」
石英は一息吐き、戦闘による熱を冷ます。どうやら、思ったより高ぶっていたらしい。
未だに心臓が高鳴っているのを感じる。
「・・・・・・・・・・・・」
石英は思う、果たして自分はこんなにも戦闘で高ぶりを覚える人間だったかと。ふと疑問を感じた。
・・・しかし、その疑問を懐に仕舞い、石英は遥か彼方にある大樹を見た。
遥か遠くから見ても、大樹はかなり巨大に見える。其れは、もはや世界樹と呼んで差し支えない。
巫女は其処に辿り着けば、石英の正体を教えると言った。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
果たして、石英の正体とは一体何なのか?巫女は何を知っているのか?
石英はそれを知る為に、大樹に向けて歩を進めた。




