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神殺しの星辰《ほし》(旧題:不幸な少年と病の少女)  作者: ネツアッハ=ソフ
無の世界—ouroboros—
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此処が、無の世界・・・

 「ぜひゅーっ・・・ぜひゅーっ・・・」


 「だっ、大丈夫!?石英!!」


 無の世界に通じる穴を開いた所で、石英は地に崩れ落ちた。サファイヤが心配そうに駆け寄る。


 石英の額からは滝の様に汗が流れている。尋常じゃない発汗量だ。顔色もかなり悪い。


 決して、大丈夫では無いだろう。しかし、それでも石英は無理矢理笑った。


 「大・・・丈夫・・・・・・僕は、まだ・・・・・・ぐっ!!?」


 「石英!?」


 無理矢理身体を起こそうとして、石英の身体に激痛が(はし)る。再び石英は地に崩れ落ちる。


 慌てて石英を抱き起し、サファイヤは愕然とする。石英の身体が冷たい。異常な冷たさだ。


 「大丈夫・・・大、丈夫・・・・・・だから・・・」


 「ちょっ、待って!!全然大丈夫じゃないよ!!お願いだから無理しないで!!!」


 「大丈夫・・・大じょ・・・ぐっ!!?」


 「石英!?」


 激痛に呻きながら、それでも身体を起こそうとする石英。普段、痛みに慣れている筈の石英が此処まで苦痛に表情を歪めるのは異常だ。


 それも、この発汗量に異常な冷たさ。全然大丈夫ではない。


 しかし、それでも石英は身体を起こそうとする。此処で動かなければ、ルビが死ぬのだ。


 此処で止まる訳にはいかない。自分が動かねばならない。そう思う心が、石英を焦らせた。


 ・・・そんな石英をサファイヤは涙目で見詰め———そっと抱き締めた。抱き締め、口付けた。


 「っ!?」


 「お願い・・・石英。無理はしないで・・・・・・」


 唇を離し、二人は見詰め合う。


 涙声で(すが)るサファイヤに石英は目を見開く。見ると、サファイヤは滂沱と涙を流していた。


 サファイヤももう限界だった。石英が無理や無茶をする度に彼女は不安で心が裂けそうになるのだ。


 石英には無理をしないで欲しい。無茶をしないで欲しいのだ。本当は自分の傍に居て欲しいのだ。


 もう、無理して欲しくない。本当は行かないで欲しい。


 だから———


 「・・・・・・コラン」


 「石英・・・」


 ・・・サファイヤの想いに触れ、石英は表情を曇らせる。


 ルビだけではない。一体どれだけ自分は彼女を、彼女達を心配させて来たのだろう?


 石英が心から愛しているのはルビだ。しかし、石英にとって大切なのは彼女だけではない。


 大切な人———そういう意味では、サファイヤだって愛している。石英にとってサファイヤも家族だ。


 だから———


 「コラン・・・。ごめん、ありがとう」


 石英はそっとサファイヤを抱き締め、口付けた。サファイヤも石英の背に腕を回し、受け入れる。


 「・・・・・・・・・・・・んっ」


 石英が心から愛しているのはルビだ。それは理解している。サファイヤも納得している事だ。


 けど、今この時だけは自分の傍に居て欲しい。・・・それは、果たして我がままだろうか?


 そう、心の片隅で思うサファイヤだった。


 ・・・・・・・・・


 「じゃあ、そろそろ行ってくる」


 充分に休息を取った石英はサファイヤに微笑を向ける。その笑みに、先程までの焦りは無い。


 それでも、サファイヤは不安そうに石英を見送る。


 サファイヤは知っている。石英が心の底では強く悲しい覚悟を決めている事を。心の底では悲壮な覚悟を決めている事を。それが、サファイヤには辛く悲しい。


 「・・・・・・石英」


 「そんな顔をするな。大丈夫、僕は帰ってくるから。その時は皆で笑い合おう」


 そう言って、石英は穴の中を潜っていく。世界を(つな)ぐ穴の中へ。


 その刹那、石英は一瞬だけ悲しげな顔をしたのをサファイヤは見た。


 直後、穴は薄れてゆきやがて消え去った。


 「・・・・・・気を付けて。帰ってきて、石英」


 サファイヤの呟きは、虚しく虚空に消え去った。サファイヤの頬に涙が伝う。


 こらえ切れず、サファイヤは泣き出した。その嗚咽(おえつ)を聞く者は居ない。


 ・・・・・・・・・


 石英の前には、無限の広がりを持つ広大な無の空間が広がっていた。空には幾億の星々が輝いている。


 石英はすぐに悟る。此処は無限の可能性すら超えた世界。まさしく、多元宇宙の上位世界だと。


 この世界に比べれば、神々の天界すらも小さく(もろ)い。文字通り、次元が違う。


 この世界に立っているだけで地球の数千倍の重圧(じゅうあつ)を感じる。それほどの存在密度だ。


 常人なら、一瞬たりとも正気ではいられないだろう。それほどこの世界は濃く、そして重い。


 「此処が、無の世界・・・」


 世界の存在密度が濃いという事は、つまりそれだけで物理的な重圧を(ともな)う。


 はっきり言って、息苦しい。常人の住める環境では無い。


 そして、それは常人にとって精神的にも肉体的にも負荷が大きいという事だ。一瞬で気が狂うだろう。


 しかし、生憎(あいにく)と石英は只人では無い。石英にとってこの程度の負荷、何の痛苦にもならない。


 しかし、この環境下で石英の中に何かが目覚めかけていた。そう、人ならざる何かが。


 「・・・ふむ、さて(おう)の帰還だ」


 知らず口走った言葉に、石英は驚いた。今、自分は何と言った?何かおかしな事を口走らなかったか?


 石英は自分の中で目覚めかけた何者かに、戦慄(せんりつ)した。一体、僕は/余は誰だ。


 「・・・・・・・・・・・・っ」


 石英の背筋を冷や汗が伝う。確実に自身の中に何かが居た。人ならざる何か、神々すら超える怪物が。


 この世界に来た事で、目を覚まそうとしていた。


 ———さあ、王の帰還は近い。


 ・・・・・・・・・


 無の世界。天空の玉座、円環龍の間———


 この世に三柱のみ存在する真なる神、その一柱の座する玉座。


 その奥に一人の青年が座していた。しかし、只の神では決して無い。


 肩まで伸びた黄金の髪が生えた頭に、黒い二本の龍角。黄金の瞳に黒い縦長の瞳孔(どうこう)


 ゆったりとした純白の衣服を着ている。見た目は若々しいが、その雰囲気は老練そのものだ。


 恐らくは、龍。それも純血の中でも原初に位置する龍王だろう。


 真なる神、ウロボロス。正真正銘最強の蛇龍にして龍王だ。その証明に玉座の背後には円環の蛇、或いは龍の旗が飾られている。


 その力は、アザトースの倍以上。まさしく桁が違う。


 ・・・そんなウロボロスが、無の世界への来客を感知していた。


 「・・・・・・ふむ、帰って来たか」


 ぼそりと呟く龍王。その口元は、隠し切れない喜悦(きえつ)で歪んでいた。


 「アーカーシャ」

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