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神殺しの星辰《ほし》(旧題:不幸な少年と病の少女)  作者: ネツアッハ=ソフ
機械仕掛けの神
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人類の何と愚かな事か

 これはとある世界に居た、とある科学者の青年の物語。彼の絶望と希望の物語。


 その青年の住む世界は、端的に言えば高度に発達した世界だった。魔術と科学の双方が発達し、文明として完成しているとすら(うた)われた。


 そして、その世界の最も素晴らしい点は道徳心や社会秩序が発達している点だ。人々は皆、平等に差別なく道徳を学ぶ権利を有し、法によって守られ、時に平等に裁かれる事を保証される。


 この世界は、正しく完成していた。真に理想郷と呼んでも問題の無い、完成した世界(うちゅう)


 そして、青年は万能とされるその世界において尚、天才と呼ばれた科学者であった。


 心根が清らかで優しく、希望に満ち溢れた青年だった。好青年と言っても良い、理想的な人物。


 彼は生命エネルギーである魔力(マナ)を機械的に生み出し、運用する技術すら可能とした。


 魔力を機械的に生み出し、意図的に望む性質を付与する事すら可能とした。まさしく万能の力だ。


 不可能など無い。不確定要素などありはしない。そう、本気で信じていた。


 ・・・あの時までは。


 「・・・・・・・・・・・・」


 青年は我が目を疑った。・・・赤い世界が目の前にあった。世界が真っ赤に染まっていた。


 目の前には凄惨な惨殺現場が広がっていた———


 青年の前には血に(まみ)れた少年が、不吉な笑みを張り付け嗤っている。とても悪意的な笑み。


 その笑みはとても不気味で、この世の悪意を全て濾過(ろか)して煮詰めたよう。


 純粋で、且つどす黒い悪意。無邪気な子供が戯れに地を這う蟻を踏み潰す様な、そんな純粋な悪意。


 ———世界が音を立てて軋む。


 その少年は嗤っていた。血を浴び、人々の苦悶を受けてそれでも嗤っていた。


 青年は問うた。何故、こんな非道をするのかと。何故、こんな事をして尚嗤えるのかと。


 少年は答えた。自身は元より人に(あら)ず。しかし、自身を生み出したのは人であると。


 彼は自らを悪魔と呼んだ。人類の、霊長の悪意を司る悪魔であると。人類総ての悪意の化身と。


 ———信じていた世界に(ひび)が入る。


 青年は言った。人を殺すのはいけない事だ。どんな人でも生きている。命は大切だと。


 必死に訴え、(さと)す。


 しかし、それでも少年(あくま)は嗤った。嗤って、一蹴した。その青年の優しさを嘲笑った。


 悪魔は殺す。其処に理由や目的などありはしない。只、本能(あくい)に従って殺す。


 其処に理由などいらないしそんな余計な物は不要。故に殺す。理由も無く殺戮(さつりく)する。


 ———自分の世界が、音を立てて崩壊していく。


 人類の善性を信じていた。悪意に打ち勝てると、本気で信じていた。人類の善意を愛していた。


 故に、青年は壊れた。人類の悪意の深さに、業の深さに壊れるしかなかった。


 「人類の何と愚かな事か!!!人類の何と醜い事か!!!」


 青年は(なげ)いた。その業の深さに悲嘆し、深く深く絶望した。絶望し、発狂した。


 その後、世に絶望した青年は研究室に独り籠り、食事も寝る間も惜しんである存在を造った。


 機械的に魔力を生成し、世界を破壊する役目を担った人造の神。人類総体のアポトーシス。


 世界が爛熟(らんじゅく)し、腐敗した時に現れる機械仕掛けの神。デウス・エクス・マキナ。


 青年は人造神、デウスに自らの記憶と思考をコピーし移植した。そうして青年は死を迎える。


 その最後の刹那、人類が真に悪意を乗り越え、機械仕掛けの神を打ち倒す日が来る事を願い。希望を胸に抱いてその生を終えた。瞳に僅かな希望を宿して・・・。


 ・・・・・・・・・


 その瞬間、石英は目を覚ました。どうやら、先程の光景は夢だったらしい。


 「・・・・・・・・・・・・」


 科学者の青年の絶望。その陰に居た悪魔。人類種のアポトーシス。


 これが事件の真相。そう、今回の機械仕掛けの神にも、あの悪魔が暗躍(あんやく)していたのだ。


 人類の悪意を司る大悪魔、石化の王。


 「・・・・・・くそったれめ!!!」


 石英は心の底から毒づく。闇は何処までも深く深く、因果は巡る。人類の悪意は未だにどす黒い。


 ———人類の何と愚かな事か!!!


 その青年の絶望。嘆きが脳裏を(よぎ)る。事件はまだ、終わっていない。


 石化の王は黒曜によって倒された。しかし、恐らく石化の王は未だ滅びてはいないだろう。


 故に、まだ因縁に決着は着いていない。因果は続く。深く深く、複雑に絡み合う。


 ・・・まだ、何も終わってなどいない。そう、彼の悪魔は未だ滅びてはいないのだから。


 ・・・・・・・・・


 世界の滅びを夢に見ていた———


 ルビの目の前には幾億の死体の山、山、山。屍山血河が目の前に築かれていた。


 ルビはその光景を虚ろな瞳で見ている。皆死んでいる。そう、皆死んでいるのだ。


 サファイヤも死んでいる。ムーンも死んでいる。黒曜も、ヘリオドールも、そして石英も———


 皆みんなミンナ死んでいる。死体の中にはルビの姿もあった。酷い死に様だ。


 死神が猛威を振るう。世界を病が蔓延(まんえん)する。


 ルビの死と共に、死神が解放されて世界に死を運ぶ。誰もが等しく死んでいく。


 空を飛ぶ鳥も、地を駆ける獣も、海を泳ぐ魚も、そして人々も・・・。等しく命を刈られてゆく。


 神々の奇跡すら、その死神には敵わない。その死神は、滅びそのものの化身なのだから・・・。


 神々の権能でさえ、全知全能の神でさえ、世界の滅びはどうにもならないのだ。


 「・・・・・・・・・・・・っ」


 どうしてこうなったのだろうか?一体、何を間違えたのか?解らない、解らない、ワカラナイ。


 ルビの瞳から、一滴の涙が零れる。


 「わからないよ・・・石英・・・・・・っ」


 涙が次々と、その瞳から溢れ出る。もう、何も解らない。理解出来ない。


 死にゆく人々の嘆きを前に、ルビは耳を塞ぎ、目を閉じ、うずくまった。もう、何も聞きたくないし見たくもなければ理解したくもない。


 滅びゆく世界の夢を見た。目の前に提示された滅びを前に、ルビは考えるのを()めた。


 ・・・・・・・・・


 「・・・・・・・・・・・・っ!!?」


 其処で、ルビは目を覚ました。荒い呼吸を整え、周囲を見回す。


 石英は既に起きているのか、その姿は無い。黒曜はまだ寝ている。ルビは深く息を吐く。


 ———その瞬間。


 「っ!?ごほっ、ごほっ、げほっ!!!」


 激しくせき込み、喀血(かっけつ)した。掌に付いた血の量は決して少なくない。


 ルビは血に染まった掌を見て、愕然とした。背筋に悪寒が奔る。目の前が暗くなってゆく。


 その時、黒曜が目を覚ましたのか、瞼をこすりながらむくりと上体を起こす。


 「・・・・・・母さん、どうしたの?」


 「っ!?う、ううん・・・何でも無いよ」


 ルビは慌てて掌を背後に隠す。黒曜は小首を傾げ、怪訝そうに問う。


 「・・・・・・?母さん、顔色悪いよ?」


 「本当に、本当に何でも無いよ」


 ルビはそう言って、無理矢理微笑んだ。黒曜は更に首を傾げる。


 しかし、眠気が勝ったのか大きくあくびをすると、そのまま二度寝に入った。


 「本当に・・・何でも無い、何でも無いから・・・・・・」


 そう呟くと、ルビはベッドから起き上がり、そのまま部屋を出た。


 「・・・・・・・・・・・・ルビ」


 「っ、石英・・・・・・」


 其処で、ルビは石英と鉢合わせた。


 ルビは石英から目を逸らす。石英はそんなルビの顔をじっと見詰める。その瞳は真剣だ。


 「・・・・・・・・・・・・」


 「・・・・・・・・・・・・っ」


 ルビは耐え切れずに石英の横を通り抜けようとする。しかし、石英はそんなルビの腕を摑んだ。


 そして、血に染まった掌を見る。


 「っ、放して!!」


 「・・・・・・・・・・・・」


 石英は何も言わない。只、険しい顔でルビの掌を見ている。ルビは思わず目を逸らす。


 「・・・・・・・・・・・・お願い・・・放してっ」


 「・・・・・・ルビ」


 石英は一瞬痛ましい顔をすると、ルビを抱き締めた。強く、強く、抱き締めた。


 ルビは気付く。石英の身体が小刻みに震えている。石英が必死に声を押し殺しているのが解る。


 その感情は怒りだ。世界の理不尽さと、自身の不甲斐なさに、石英は怒りを噴出している。


 「石英・・・・・・」


 「ルビはきっと助ける。助けるから・・・・・・」


 ———だから、今はどうか耐えてくれ。


 そう言って、石英は家を出た。

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