何の為に強くなりたい?
午前09:28———空は快晴。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
開いた口が塞がらない。現在のサンゴはまさにこの状態だ。呆然と固まったまま、立ち尽くしている。
サンゴの目の前には切り立った崖がある。ロッククライミングには丁度良い、見事な崖だ。
錆び付いたロボットの様な動きで、ギギギッと石英の方を向く。石英は満面の笑みで言った。
「今からサンゴにはこの崖を登って貰う」
「えっと、命綱は?」
「んなもん無い!!」
サンゴは口元が引き攣るのを感じる。何故こんな事になったのか?思い返してみる。
———今日はロッククライミングをするぞ!!
その一言で、現在石英とサンゴは境界の山脈に来ていた。物凄く切り立った崖だ。
もはや、只の巨大な岩壁である。サンゴは思わず涙目になった。
「あの、石英さん・・・これは・・・ちょっと———」
「登れ」
「いや、あの・・・・・・」
「登れ」
「・・・・・・・・・・・・」
笑顔で脅してくる石英。またもやサンゴは口元が引き攣った。
逃げ場など無い。それをサンゴは痛感する。はぁっとサンゴは深々と溜息を吐いた。
・・・・・・・・・
そうして崖を登っているサンゴ。必死に下を見ないよう上だけ見ている。
下を見たら、足が竦みそうで怖かったからだ。
腕が痛い。汗が滝の様に流れる。汗が服に張り付いて気持ち悪い。
「っ!!?」
手に摑んでいる岩が崩れ、下へと落ちていく。危うくサンゴも落ちかけた。背筋がひゃっとする。
「ほらほら、さっさと登らないと落ちるぞー」
石英は一緒に崖を登りながら、のんびりの気の抜ける様な声で話し掛ける。
どういう訳か、石英は汗一つかいていない。涼しげな顔で、さくさくと登っていく。
「・・・・・・・・・・・・」
サンゴは若干の理不尽さを感じつつ、更に登り続ける。そろそろ感覚が麻痺してきた。
・・・やがて、もう少しで頂上という所まで辿り着いた。
「ほらほら、もう少しだぞー」
「・・・もう、少しっ」
あと少し。もう少しで頂上に着く。そう思い、サンゴの心に僅かな安堵が過った。
瞬間———
手元の岩が崩れた。サンゴの頭が真っ白になる。
「—————————っ」
死ぬ。その言葉が一瞬頭を過った瞬間———サンゴの腕を石英が摑んだ。そのまま、サンゴは崖の上へと力強く引っ張り上げられる。
・・・崖の上へ引っ張り上げられた後、サンゴは地面に両膝と両手をつき、ガクガクと震えた。
死にかけた。今、間違いなくサンゴは死にかけたのだ。それを考えると、自然と身体が震えた。
・・・当然だ。今、サンゴは死にかけたのだ。誰だって死にかけたらこうなるだろう。
ましてや、サンゴは子供だ。死が怖くない筈がない。
それを見て、石英はふぅっと軽く息を吐いた。
「・・・少し、休憩しようか」
そう言って、石英は地面に座った。
・・・・・・・・・
午後12:50———昼食も食べ終え、現在火の処理をしている。
ようやくサンゴの身体の震えが治まってきた。しかし、今度は沈んだ顔で黙り込んでしまった。
どうやら強くなりたいと言いながら、死を前に恐怖した事に自信を失ったらしい。石英はサンゴの心を読んでそれを理解した。
要は、強くなりたいと言いながら死に恐怖した事に、恥を覚えたのだ。
「・・・別に、強さとはそんな事じゃないんだけどな」
「・・・・・・?」
石英がぼそっと呟く。それを上手く聞き取れなかったサンゴが反応した。
石英は苦笑し、静かに語り掛ける様に言った。
「なあ、サンゴはどんな強さを求めているんだ?」
「・・・え?」
サンゴは思わず顔を上げ、石英の顔を見た。石英は優しく微笑んでいた。優しく、労わる様な笑顔だ。
石英は続ける。
「サンゴは何の為に強くなりたい?君の求める強さは何だ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・それ、は」
サンゴは強さをはき違えている。同時に、何の為に強くなりたいのかを見失っている。
なら、それと向き合わせるだけだ。
「サンゴの求める強さは、死に恐怖したぐらいで挫ける程度の物か?」
「・・・・・・違う」
「ん?何だ?声が小さい」
「違うっ!!!俺の求める強さはそんな程度で折れる様なやわな物じゃ無い!!!」
サンゴの絶叫が響き渡る。サンゴの目には涙が溜まっている。
その絶叫に、石英は目を鋭く細める。
「なら、何の為に強さを求める?」
「・・・・・・っ、それは」
サンゴは言いよどむ。そして、再び黙り込んだ。やはり、サンゴは目的意識を失っていたらしい。
これでは、強くなるなど不可能だ。どころか、何処かで歪みを生むだろう。石英はそう感じた。
石英は溜息を吐く。
「考えろ。サンゴは僕に弟子入りする時、何て言った?」
その言葉に、サンゴは静かに目を閉じ考え込む。自分が何の為に強さを求めたのか。自分の求める真実の強さとは一体何なのかを・・・。深く、ゆっくりと考える。
石英は黙って見守っている。これは自分自身で答えを見付けなければいけないから。
・・・やがて、サンゴは目を開いた。
「俺は、姉ちゃんを守りたい。家族を守れる力が欲しい。その為に、強くなりたい」
「ああ、それで良い」
石英は満足そうに笑い、頷いた。サンゴも自然と笑っていた。
———こうして、人知れず悪意の芽は摘まれた。
・・・・・・・・・
境界の山脈、星央神殿———応接室。
石英とサンゴの二人は其処で山の民の長老、ウレキと会っていた。ウレキの傍には牛仮面の女戦士、シディアが控えている。何だか、シディアはちらちらと石英を見ては落ち着きが無かった。
「ふむ、久し振りに此処へ来たと思ったら、まさか石英に弟子が出来ておったとはな」
「いや、僕だって最初は・・・ねぇ」
ウレキの言葉に、石英は苦笑混じりに溜息を吐く。そんな石英の姿に、ウレキは盛大に笑った。
「はっはっはっ!!まあ良い。シディア、二人を中庭に案内しろ!!」
「は、はいっ!!!」
ウレキの言葉に、シディアは最敬礼で返事をする。そして、二人を中庭へと連れて行った。
・・・応接室を出てしばらく歩いた後、人通りの少ない廊下でシディアは立ち止った。
「・・・・・・シディア?」
「っ!!!」
シディアは振り返ると、突然石英に抱き付いた。シディアの豊満な胸が、石英の胸に押し付けられる。
「・・・!?・・・!!?・・・!!!」
どうやら、サンゴはこの光景に混乱しているらしい。石英は苦笑した。
「とりあえず久し振り、シディア」
「はいっ!!久し振りです、石英」
シディアは甘える様に石英に抱き付く。石英は溜息を吐くと、無理矢理シディアを引き離した。
あっ、とシディアは切なそうな声を上げる。
「シディア、今の僕は既婚者だ。そんな僕に、君がべたべたと引っ付くのはまずいだろう」
「関係ありません!!それでも、私は石英を愛しています!!」
「はぁっ・・・。とりあえず、中庭に案内してくれ」
「はいっ!!!」
恐らく、シディアは現在とても良い笑顔で笑っているんだろうな。石英は思わず溜息を吐いた。
サンゴは未だ混乱しながら、付いていった。
・・・・・・・・・
星央神殿、中庭の訓練場———
其処に、石英とサンゴは木剣を手に向かい合っていた。周囲には山の民達が観戦している。
「良いか?ルールは単純、僕から一本でも取る事。逆に一本取られたら減点。魔術は使用禁止だ」
「はいっ!!」
「では、来い!!!」
瞬間、サンゴは木剣を構えて切り掛かってきた。石英は口元を薄っすらと歪めて笑った。
「たあああっ!!!」
「踏み込みが甘い!!!」
「ごほうっ!!?」
石英の木剣がサンゴの胴を薙ぐ。サンゴが盛大に吹っ飛んだ。
今の一撃でかなりダメージを受けたのか、サンゴはぷるぷると震えている。
「まだまだ、来い!!」
「があああああああああああっ!!!」
今度は木剣を真っ直ぐに構え、サンゴは突きを繰り出す。しかし・・・。
「握り込みが甘い!!!」
「げふうっ!!?」
木剣は宙を舞い、今度は頭を叩かれた。サンゴは地面に叩き付けられる。
「やああああああああっ!!!」
「姿勢がなってない!!!」
・・・そうして、半時間後———サンゴはボロボロの姿で倒れていた。
一応、生きてはいる。しかし、山の頂上で酸素が薄い為、これ以上はもう無理だろう。
これ以上は、本当に危険だ。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
サンゴはぴくりとも動かず、言葉も発さない。どころか、白目を剝いて倒れ伏している。どうやら、既に危なかった様だ。というか、かなりマズイ。
その姿を見て、石英は思う。
———やっべえ、やり過ぎた。またルビに泣かれる。
石英は思わず、深々と溜息を吐いたのだった。




