僕達は君達の味方だよ
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・っ!!」
どうしてこうなった?石英は思わず、天を仰ぎたくなる。目の前を炎が舞った。中々の熱量だ。
石英の前には二人の姉弟が居た。弟が姉を守る様に、石英の前に立っている。その手には、赤い硬質のカードが握られていた。どうやら、そのカードが武器らしい。
全てを焼き尽くす炎は、少年の周囲を渦巻いている。少年がこの炎を操っているのは明白だ。
いや、本当にどうしてこうなったんだ?石英は頭痛を堪えつつ、思い返してみる。
・・・・・・・・・
話は今朝の09:35にまで遡る。清々しい朝だ。
石英はルビと共にアルカディアに来ていた。石英が始めてこの世界に来た時の、森の中の湖だ。
休日の朝、石英とルビは二人きりで森の湖まで来ていた。純度の高い、綺麗な湖だ。
石英は魔王サファイヤから、偶にはルビと二人きりで楽しめと休暇を貰ったのだ。忘れているかも知れないが、石英はサファイヤの城で働いているのだ。
「綺麗な湖だね・・・」
「そうだな」
けど、ルビの方がよっぽど綺麗だ。石英はそう思った。恥ずかしくて、言うつもりは全く無いが。
森の湖にルビの姿はとても美しく映った。来て良かった。そう石英は思った。
二人は寄り添い合い、微笑みながら湖を眺めている。ルビは石英の肩に頭を乗せ、石英はそんなルビの肩を抱き寄せる。甘いひと時。
すると———
ガサッ。二人の背後のしげみから物音がした。誰か居る?
ルビは驚いた様な顔で、石英は大して驚きもせず、背後を振り返った。果たして、其処には———
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・っ」
姉弟と思しき少年と少女が居た。少年を少女が抱えており、二人共衰弱している。少年に意識は無い。
薄い緋色の長髪に深緑の瞳をした、15~17歳くらいの少女。
薄い緋色の髪に真紅の瞳、少女より僅かに低い背丈の少年。
二人共、身体中ボロボロで土まみれ。身体もガリガリに痩せ細っていた。
少女は二人の姿を見ると、少年を庇う様に抱き寄せた。どうやら石英達を警戒しているらしい。
「ああ、落ち着いて。僕達は何も君達を害しない」
石英は少女を安心させる為、両手を頭上に上げて優しく微笑む。
ようやく少女は安堵したのか、その場に倒れて意識を失った。
「ちょっ!?」
ルビが二人に駆け寄る。しかし、少年と少女は眠っているだけらしく、安らかに寝息を立てていた。
石英は二人の姿を見て、目付きを変える。明らかに、二人は衰弱しきっていた。
「衰弱が酷いな・・・。脱水症状と栄養失調を引き起こしている。睡眠不足による疲労もあるだろう」
「っ、それは———」
「すぐに処置しなければマズイだろうな」
そう言って、石英は二人を抱え上げた。そして、目の前の空間に睨み付ける。
睨み付ける。それだけの動作で、石英の目の前の空間に穴が開いた。その向こうには魔王の城が。
石英の瞳は魔眼のカテゴリーの中でも最高ランクに位置する。それは睨み付けるだけで、世界の法則を掌握出来る程に。
石英とルビは、急いで穴の中に飛び込み、魔王の城へと少年と少女を運び込んだ。
「石英!?ルビ!?その子達は!?」
サファイヤが唐突に二人の前に出現した。空間転移、テレポーテーションだ。
石英は特に驚く事無く、要件を伝えた。
「二人共衰弱しきっている。安静に寝かすベッドとお粥の準備を」
「っ!?解ったよ!!」
そうして、少年と少女は客室の一つに運び込まれた。
・・・それから一時間半が過ぎた頃。
「・・・・・・此処は?」
少年が目を覚ましたらしく、呟いた。しかし、まだ意識が朦朧としているらしい。
その瞳は虚ろだ。
「目が覚めたか・・・」
「っ!!?」
話し掛けた石英に、少年は勢い良く振り向く。その目に、加速度的に警戒心が宿る。
次の瞬間、全てを焼き尽くす劫火が部屋を焼き払った。
・・・・・・・・・
で、現在に戻る。
部屋は劫火によって、滅茶苦茶に燃えている。石英は頭痛を堪える様に、頭を左右に振る。
「あー、とりあえず落ち着け」
「うるさいっ!!!此処は何処だ!?お前は何者だよ!!」
どうやら、完全に警戒されたらしい。騒ぎを聞き付けてサファイヤ達が駆け付ける。
「石英!!これは何事なの!?」
「あー。少年が目を覚ましたのは良いけど、完全に警戒された」
「・・・・・・・・・・・・っ。理解した」
石英は心底面倒そうに頭をかく。サファイヤ達も表情を険しくして、少年を見た。
ゴウッ!!石英達に向かって劫火が放たれる。石英はそれを片手で軽く払った。
さて、どう説得した物か・・・。石英は考え込む。少年は警戒心を顕わに、少女を庇う様に立つ。
「落ち着けって・・・、僕達は君達の味方だよ」
ほーら、怖くないと石英は両腕を広げて笑う。だが、少年は更に警戒心を強くする。
・・・何故だ?石英は内心うんざりとする。
「っ、信じられるか!!俺は、俺はこの命に代えても姉ちゃんを守るんだ!!!」
劫火は更に勢いを増す。石英はうんざりとした表情で溜息を吐き———
「良いから落ち着け」
「ひっ!!?」
少年を軽く威圧した。少年は悲鳴を上げ、カードを取り落とした。
瞬間、制御不能に陥った劫火が少年を襲う。しかし———
「・・・はぁっ」
ぱちんっという軽快な音と共に、劫火は消え去った。
それどころか、部屋の中は何事も無かった様に綺麗なままだ。焦げた跡すら無い。
「は・・・えっ?・・・うぇっ?」
少年はもう、何が何だか理解出来ない様だ。石英は思わず苦笑する。サファイヤ達も苦笑していた。
「サンゴっ!!!」
何時の間に起きていたのか、少女が飛び出してきて少年を庇う様に立った。あと、どうやら少年の名はサンゴというらしい。
「姉ちゃんっ!?」
サンゴが悲痛な叫び声を上げる。少女は強い覚悟を秘めた瞳で、石英を見る。
「私の弟がすみません。私は何をされても構いませんから、弟だけは助けて下さい」
「姉ちゃんっ!!?」
少女はサンゴに優しく微笑み掛ける。・・・どうやら、この少女も誤解しているらしい。
「大丈夫だよ・・・サンゴは私が守るから」
「っ!?」
サンゴは泣きそうな表情になる。それを見て、石英は痛む額を押さえる。
「だから・・・僕達は君達の味方だって言っているだろうが」
「・・・・・・へっ?」
少女はきょとんっとした表情になる。サンゴは相変わらず、警戒したままだ。
・・・と、其処に二人分のお粥をお盆に乗せて、ルビが来た。
「あっ、二人共目を覚ましたんだね。お粥が出来てるよ」
そう言って、ルビは二人にお粥を差し出した。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
サンゴは未だ、警戒心を崩さない。しかし、お腹がすいているのか、その視線はお粥に向いている。
それを見て、ルビは苦笑した。
「別に、毒なんて入っていないよ」
そう言って、お粥を一口食べる。サンゴが唾を飲み込む。しかし、それでも警戒心を緩めない。
今度は少女が苦笑した。
「サンゴ、一緒に食べよう?」
「・・・・・・う、うんっ」
サンゴは頷き、少女と共にお粥を一口。瞬間、目を大きく見開いた。
「サンゴ、おいしいね」
「う、美味いっ!!お粥がこんなに美味いなんて!!」
勢い良くお粥を食べるサンゴ。それを見て微笑む少女。
ルビも、そんな二人が微笑ましいのかくすくすと笑っている。
石英はごほんっと咳払いをすると、二人に問い掛ける。
「とりあえず、二人には色々と聞きたいけど・・・まずは名前を聞いても良いか?」
その質問に、二人は居住まいを正す。
「私の名前はメノウです・・・」
「おっ、俺の名はサンゴだ」
「そうか。僕の名は石英だ・・・二人共、よろしくな」
そう言って、石英は右手を差し出した。サンゴとメノウ、それぞれと握手を交わす。
こうして、誤解も解けて石英とサンゴ、メノウは仲直りしたのだった。




