我は始祖竜ハイドレ
石化していた―――そう、それは決して比喩では無い。
全てが石化していた。天も、地も、星々も、世界の全てが石化していた。
空を飛ぶ鳥も、海を泳ぐ魚も、地を駆ける獣も、人々も―――物言わぬ石像と化していた。
天そのものも石化している為か、鳥も雲も石化したまま空に縫い留められている。
空気が薄い為か、全体的に息苦しい。恐らく、石化の為に空気の濃度も低下しているのだろう。
人々が住んでいたであろう建物は、石の墓標と成り果てている。灰色の世界。
そう、此処は悪魔の支配する灰色の世界なのだ。或いは、悪魔の体内とも呼べるだろう。
全てが滅び去った世界。全てが夢の跡だ。
「・・・・・・・・・・・・」
そんな世界を歩きながら、黒曜は沈鬱そうに俯いた。
ヘリオドールもその表情は暗い。ゲーデだけが、ゆらゆらと愉快そうに笑っていた。
「ぎゃはははっ!!!何だ何だ!!随分と暗えじゃねえか!!もうビビったか?」
「はんっ!!違えよ・・・。お前はよくそんなに笑えるな・・・」
ヘリオドールのその言葉にも、何時もの力強さが無い。どうにも、この世界に居ると気が滅入る。
しかし、ゲーデはそれでも愉快そうに笑った。野卑な声で、ゲタゲタと笑っていた。何がそんなに面白いのか全く理解出来ない。
「ぎゃははっ!!だからこそ笑い飛ばすのさ。いっそラム酒でも飲むか?」
「いらねえよ・・・」
はぁっ、ヘリオドールは深く溜息を吐いた。更に気が滅入って来る。そんなヘリオドールの姿に、ゲーデは尚も笑う。
黒曜はそんな二人にじとっとした目を向けた。と、その時―――
『ギイイヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアAAAAAAAAAaaaaaッッ!!!』
可聴域ぎりぎりの絶叫が一帯に響き渡る。石化した世界全てに響き渡る絶叫。
その声に、誰よりも強く反応を示したのはヘリオドールだ。
「っ、この声は!!!」
ヘリオドールは輝く光の翼を生やし、声のした方へ慌てて飛ぶ。その表情は焦りが混じっている。
黒曜とゲーデも慌てて付いていく。
「ちょっ、ヘリオさん!?どうかしたのか!?」
「今の絶叫、竜種の、それも原種に限りなく近い個体の声だ!!」
「!!?」
「ぎゃははっ!!竜の原種だって!?」
竜の原種―――それは文字通り竜種の起源に位置する個体達の事である。
純血である故、他の竜種よりも気性はかなり荒く能力も高い。その力は竜女王にすら匹敵するとも言われている程だ。
その事から、怪物の王とも呼ばれる程だ。文字通り、他の竜種とは格が違う。別次元だ。
と、次の瞬間、黒曜達の上を黒い影が通り過ぎた。
『ギイイヤアアアアアアアアアアアアアアAAAAAAaaaッッ!!!』
天地に響き渡る大絶叫。石化した世界全体が軋みを上げる。
恐らく、10m近くはあるだろう巨体。それだけで、多くの人々に畏怖を与えるだろう。
美しい純白の総身に劫火の様に赤い瞳、頭部には二本の角が生えている。純白の巨竜だ。
しばらく上空を飛んでいた巨竜だが、やがて黒曜達の目前に降りてきた。やはりかなり巨大だ。それだけでもかなりの威圧感がある。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
『ふむ―――』
黒曜達は各々身構える。巨竜はそれをじっと見詰めると言った。
『我は始祖竜ハイドレ―――貴様達、この滅びた世界に何用か?』
そう問い掛けてくる始祖竜ハイドレ。どうやら、話し合う気はあるらしい。どっしりと座り込む。
しかし、その瞳は鋭く細められ、かなりの威圧を放っている。どうやら警戒している様だ。巨大な純白の尾がゆらりとゆれる。あれで攻撃するのだろうか?
重苦しい威圧の中、黒曜がすっと前へ出る。ハイドレが目を鋭く細める。威圧が更に増した。
「俺達は只、石化の王を倒しに来ただけだ。だから、お前には用は無い」
『ほう』
ハイドレはさも愉快そうにせせら笑う。真紅の瞳に、愉悦が宿る。圧力が更に増す。
しかし、それでも黒曜は物怖じせず語り掛けた。
「だから、ハイドレには悪いが、此処は退いて欲しい」
『退くと思うか?』
「―――――――――っ」
立ち上がるハイドレ。同時に膨大な魔力が周囲一帯を覆う。魔力による重圧が黒曜達を襲う。
それは、余りに濃く重い。正に怪物の王と呼ぶに相応しい魔力だ。
ヘリオドールとゲーデが前に出る。
「黒曜、私達も・・・・・・」
「いや、此処は俺に任せてくれ」
黒曜は魔力を物質化し、一振りの剣を創造した。黒曜が剣を構えると同時―――
『ギイイヤアアアアアアアアアアアアAAAAAAaaaaッッ!!!』
天地の尽くを破壊し尽くす閃光が奔った。石化した世界を大きく揺るがす閃光。
其れは、始祖竜の放つドラゴンブレスだ。原初の竜王が放つ、閃光の吐息。
まともに食らえば、神王ですら只では済まないだろう一撃。しかし―――
「ふっ!!!」
一閃。万物を砕く閃光は、黒曜の一閃によって容易く断たれた。竜の吐息すら断つ、必断の一閃。
そして、そのままの勢いで黒曜はハイドレに切り掛かる。
『ほう―――だが、まだ甘いっ!!!』
必断の一閃はしかし、ハイドレの尾によって容易く防がれた。そのまま、ハイドレは尾を一振り。
黒曜は枯れ枝の様に吹き飛ばされる。其処に、追撃の牙が襲う。
「くっ!!」
黒曜はハイドレの口腔に向け、腕を伸ばす。展開される魔法陣。黒曜はありったけの魔力を籠め、漆黒の魔力弾を撃った。
『んぐうっ!!?』
口内に魔力弾を受け、ハイドレは予想外のダメージを受ける。しかし、同時に黒曜もハイドレの振るった尾に弾かれ、吹き飛ばされる。
「黒曜っ!!?」
「来るなっ!!!」
加勢に来ようとしたヘリオドールとゲーデに、黒曜は叫ぶ。その顔は、笑っていた。
「っ、しかし黒曜!!」
「大丈夫だ。此処はまかせろ」
「―――――――――っ!?」
黒曜はハイドレに向き直り、剣を構え直す。やはり、その顔は笑っている。只、楽しそうに、嬉しそうに笑っている。苦しみや辛さなど、微塵も感じさせない笑み。
見ると、ハイドレの方も笑っていた。楽しそうに、嬉しそうに。
「なあ、楽しいか?ハイドレ」
『ああ、こんなに楽しかったのは久方ぶりだ・・・・・・』
「そうか、俺も楽しいぞ」
そう言って、黒曜は駆け出した。爆発的な踏み込みで疾駆する。
それを正面から迎え撃つかの様に、ハイドレは尾を振るう。黒曜はかがんでそれをやり過ごす。
しかし、それを追うかの様にハイドレの尾が襲い掛かった。それを黒曜は跳んでかわした。
だが、それは明らかな下策だ。ハイドレは笑う。
ハイドレは黒曜に向かって口を大きく開く。その口腔内には眩い閃光が。
対する黒曜も腕を前に突き出し、魔法陣を展開する。そして―――
放たれる閃光。ぶつかり合うドラゴンブレスと疑似ドラゴンブレス。その閃光の衝突は、余波だけであらゆる物質を破壊する。
やがて、閃光が弾けて爆裂する。原子レベルで分解されてゆく物質。
そして、視界が晴れたその刹那―――ハイドレの身体を漆黒の鎖が縛る。
『何っ!!?』
ハイドレは鎖を引き千切ろうともがくが、千切れない。どころか、身体から力が抜けていく。
「終わりだ、ハイドレ―――」
見ると、上空には幾億の輝く矢がハイドレを向いていた。その矢の一本一本に、神々すら害する程の魔力が籠められている。光の鏃。
鎖に縛られているハイドレに、避ける手立ても防ぐ手立ても無い。皆無だ。
『我の、負けか―――』
「そうだ、そして俺の勝ちだ―――」
降り注ぐ、輝く矢。それはさながら光の豪雨。激しく大地を蹂躙していく。
そうして、ハイドレは己の敗北を受け入れた。その時、彼は笑っていた。




