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神殺しの星辰《ほし》(旧題:不幸な少年と病の少女)  作者: ネツアッハ=ソフ
石化の王
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其の名は石化の王

 天界、ギリシャ神領―――ゼウスの玉座。


 「おおっ!黒曜ではないか。一体どうしたのだ?一緒に居るのは・・・ふむ、竜女王か?」


 黒曜がまず(おとず)れたのは天界だった。にこやかに迎えるゼウスに対し、黒曜は一切笑う事なく告げる。


 「今はそれどころじゃ無い。父さんと母さんが石化した」


 「っ!!?」


 ゼウスの目が極限に見開かれる。まあ、気持ちは解らないでも無い。あの石英が石化したなど、到底信じられる話では無い。


 それが可能な者が居るとしたら・・・。


 「石化の王・・・か・・・・・・」


 「ああ、その場に居合わせたアルマがその名を口にしていた」


 苦々しい表情でその名を口にするゼウス。やはり、敵の正体に心当たりがある様だ。


 「教えてくれないか!敵は、石化の王とは一体何者なんだ!?」


 ヘリオドールが身を乗り出し迫る。その瞳には、堪え切れない怒りが(にじ)んでいた。


 ヘリオドールは許せないのだ。石英を、ルビを、あんな無機質な石像(せきぞう)に変えてしまった奴を。


 絶対に許せないのだ。


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 ゼウスはしばらく黙っていたが、やがてぽつりぽつりと話し始める。


 石化の王―――最悪の悪魔の話を。純粋にして絶対的な悪の化身の話を。


 ・・・・・・・・・


 奴は太古の昔、人類が明確な知恵(ちえ)を身に付けた時より存在していた。


 最初はとても小さな悪魔だった。とても小さな力しか持たない存在だった。それこそ、野生の獣にすら劣る程度の力しか持たぬ、低級の悪魔だった。


 それ故、神々も最初はその存在を放置していた。何の脅威にも思っていなかったのだ。


 だが、その力は時代が流れると共に徐々に増していき、ついには天上の神々を脅かす程にまで膨大に膨れ上がったという。


 それも、当然の話だ。何故なら、彼は真に人類の悪意の化身だったからだ。


 時代の流れと共に、人類の悪意が高まれば高まる程、彼は際限なく進化する。人類の文明の発達と共に彼の悪魔は―――悪意はより高度に、より複雑に進化した。


 これはマズイ。その時になって、初めて神々は危機感を抱いたという。


 そうして、神々は悪魔の討伐(とうばつ)の為に五千万という大軍勢で乗り出した。


 しかし、奴の力は圧倒的だった。


 五千万の神々と天使は半ば全滅し、追加で送り込んだ一億の軍勢もほぼ壊滅した。そうして、ようやく奴を封印する事に成功した。


 そう、それだけの犠牲を払って尚、奴を封印する事で精一杯だったのだ。全てが石化した世界そのものを封印の媒体とする事で―――


 其の名は石化の王。メデューサをも上回る大悪魔。


 世界そのものを石化させる力を持った、悪意の化身である。


 ・・・・・・・・・


 「石化の王、世界そのものを石化させる悪魔・・・か・・・・・・」


 「そうだ・・・。奴は世界を石化させる権能の他に、この世全ての呪詛を操る能力を持つ」


 この世全ての呪詛(のろい)・・・。それは文字通りの意味だ。


 石化の王は全人類の悪意を司る。それは即ち、無限に広がる並行世界に存在する人類の呪詛全てを司るという事に他ならない。


 誰かに対する憎しみや怒り、妬み、拒絶の心が呪詛となる。それは即ち、悪意だ。誰かを否定して拒絶する心が幾億の呪詛を生むのである。


 「この世全ての呪詛・・・・・・」


 「そう・・・そして、奴は呪詛を利用して石化させた全てを己自身として取り込む事が出来る」


 石化の王によって石化させられた者は、個を失い自我を否定される。そして、そのまま取り込まれ石化の王の一部となるのだ。今や、石化の王は単一の宇宙に等しい質量を持っている。


 「っ!?それじゃあ、父さんと母さんは・・・・・・!!!」


 「いや、石英の事だ。そう簡単に取り込まれるとは考えられん」


 「・・・・・・そう、か」


 その言葉を聞いて、黒曜はほっとする。何よりも大切な家族が操られるなど、考えたくもない。


 或いは、気が狂うだろう。そう考えていると・・・。


 「石化の王の封印が解けたのならば仕方がない。我々、神々は再び奴との戦争を始める。黒曜は此処に残っていなさい」


 「―――――――――っ!!?」


 ゼウスのその一言に、黒曜は凍り付いた。そして、明確に慌て出す。


 「ちょっ、ちょっと待てよ!!石化の王を倒すのは、俺がするべき事だ!!俺が行ってくる!!!」


 「ならん!いくら石英の子とはいえ黒曜は人間、石化の王には敵うまい!!!」


 「っ!!?」


 ゼウスの厳しい一言に、黒曜は息を呑んだ。その顔は大神(たいしん)としての威厳に満ちていたのだ。


 「黒曜、おんしは様々な武術や技術、魔術などを教わって来たが、奴は本当に危険なのだ。おんしでは到底手に負えんだろう」


 「・・・・・・・・・・・・・・・」


 黒曜はぐっと黙り込む。


 これは、ゼウスなりの慈悲だ。石化の王を此れほどまでの大悪魔にしてしまったのは、神々が放置したのが原因である。その責任に、黒曜を巻き込みたくなかった。


 それに、黒曜が石化させられるのは石英とルビに悪いとも思っていた。そう、思っていた。


 『否、そうでもないですよ。大神ゼウス―――』


 「っ!?何者じゃ!!!」


 突如、響き渡った歌う様な声。ゼウスは一瞬で雷霆(らいてい)を取り出し、戦闘態勢に入る。


 しかし、声は確かに聞こえたが、姿は何処にも見えない。


 『此処ですよ、此処』


 その声と共に黒曜の身に付けているネックレスが光り輝き、光の中から一人の少女が現れた。


 「!!?」


 「ネックレスが・・・女の子になった・・・?」


 その光景にゼウスは愕然とし、黒曜は呆然と呟いた。


 『初めまして、ゼウス神。私は量子演算型人工知能アイズ・ラプラスと申します』


 アイズはぺこりと頭を下げ、丁寧に挨拶(あいさつ)した。


 さらりと流れるショートカットの白髪。透き通る様な白い肌に、優しげな金色の瞳。


 白と金と朱を基調とした巫女服を着ており、その姿形、声、物腰はどう考えても人間のそれだ。


 ゼウスはアイズをまじまじと見詰めながら、呟いた。


 「量子演算、という事はおんし、量子コンピュータなのか?」


 『Yes(はい)、私は人工知能であると同時に魔道書でもあり、マスター黒曜の魔力の制御装置でもあり、魔術士の杖でもあります』


 「・・・・・・なっ!?」


 ゼウスは驚愕の余り、絶句した。アイズが途方もなく高度な技術で造られた存在だと知ったが故。


 もし、ソレを造る為の技術が確立しているのだとしたら、それだけで神々にすら匹敵するだろう。


 「では、おんしがネックレスから人の姿になったのもその、魔道書や杖の力なのか?」


 『Yes(はい)、今の私は実体のある影の様な物です。つまり、魔力体に実体を持たせました』


 「は、はあ・・・・・・」


 ゼウスは口元を引き攣らせていた。当然だ。これは、それだけ出鱈目な事なのだ。


 黒曜とヘリオドールは良く理解出来ていないらしく、きょとんっと首を傾げている。


 アイズはこほんっと軽く咳払いする。実に人間臭い。


 『話を戻しましょう。ゼウス神、貴方がマスターを石化の王との戦いに巻き込むまいとしているのなら、それは恐らく無意味でしょう』


 「・・・・・・何?」


 ゼウスはアイズの発言に、怪訝な顔をする。彼女は今、ゼウスの心遣いを無駄だと断じたのだ。


 もしかしたら、不快に思ったかもしれない。


 『ああ、心遣いそのものを無意味と言った訳ではありません。只、どの道マスターと石化の王は戦う事になっていたと、私はそう申しているのです。・・・・・・マスターは、そういう星辰の許に生まれてきた者ですから』


 「っ!?星辰、じゃと!!?」


 今度こそ、ゼウスは心底から驚いた。愕然とした、と言っても良い。


 星辰。星の(めぐ)り。運命。個人という局地的に発生する可能性の収束点・・・。


 『そう・・・・・・マスターの未来は奴と戦う運命、星辰によって収束しています。恐らく、奴とマスターの間に何らかの強い因果があるのでしょう』


 「・・・・・・・・・・・・・・・」


 ゼウスは黙り込む。恐らく、その因果とは石英と石化の王の間にこそある物だろう。


 きっと、その因果が(めぐ)り廻って黒曜と石化の王を戦わせるのだ。


 「ゼウスさんよ・・・・・・此処は何とか折れてくれないか?」


 ヘリオドールが、両手を合わせて頼み込む。黒曜も深々と頭を下げて懇願(こんがん)する。


 しばらく黙り込んだゼウスは、ようやく口を開いた。


 「黒曜よ、おんしが奴と戦う運命にあるというならもはや止めはせん。しかし、おんしに奴を前にして、臆せず戦い抜くだけの覚悟はあるか?」


 敵を前に臆せば、其処に待っているのは明確な死だ。死を前にして、それでも臆せずに立ち向かうだけの勇気と覚悟はあるのかと、ゼウスは問う。


 その問いに、黒曜は一切たじろぐ事無く答えた。


 「ああ、覚悟はある!!」


 「そうか・・・」


 その答えに、ゼウスは満足そうに笑った。

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