何だよ・・・これ・・・・・・
魔王サファイヤの城、第三訓練場。大規模演習場とも。
第一~第三まである訓練場の中で、最も大規模な訓練場である。
大規模な訓練を目的とした巨大な建造物。見た目は巨大なコロッセオそのものだろう。
現在、其処では王国アルカディアの騎士団と合同訓練が行われている。
行われている・・・筈だった・・・・・・。
「「「ギャアアアアアアアアアアアッッ!!!」」」
響き渡る絶叫、悲鳴。突如、訓練場の中央に発生した巨大な竜巻によって、騎士達は無残にも次々と巻き上げられていく。その様は、まるで枯れ枝の様だ。
そして、当然この巨大竜巻は自然に発生した物では無い。断じて無い。
「あっははははははははは!!!」
惨状の中、響く場違いな笑い声。その声は何処までも楽しそうだ。
文字通りに人が吹き飛んでいく中、十二歳になった黒曜が高々に笑いながら訓練場を駆け回る。
その姿はまるで、与えられた玩具を振り回す子供の様だ。しかし、当然振り回される騎士達は皆堪った物では無いだろう。
騎士達は次々と絶叫や悲鳴を上げながら吹き飛ばされ、ノックダウンしていく。
「もう勘弁してくれええええええええええええええっ!!!」
「嫌だっっ!!!」
・・・結局、黒曜のその遊びはサファイヤが止めに入るまで続き、アルカディアの騎士達は皆、疲れ切った姿で帰って行った。全く御苦労な事だ。いや、本当に・・・・・・。
・・・玉座の間。或いは方舟神殿―――時刻は正午。
玉座の間であると同時に、世界神ミカドと星の大精霊フェイを祀る神殿である。現在、黒曜は其処でサファイヤの説教を受けていた。
「良い?黒曜は強い能力を持っているんだから、その力を無闇にひけらかす物では無いよ?」
「はーい!解ったよ、サファイヤさん!!」
にこにこと笑いながら黒曜は答える。とても良い笑顔だ。全く反省している様には見えない。
当然だ。黒曜は全く反省していない。
サファイヤも微笑を浮かべ、笑っている。本気で怒ってはいないのは明らかだ。何だかんだで、サファイヤは黒曜には甘いのである。
「と、ところで・・・その、石英はどうしたの?今日は城に来なかったみたいだけど・・・」
一転、頬を赤らめてサファイヤはもじもじとしだす。その姿はまさに、恋する乙女のそれだ。
彼女の石英への想いを知っている黒曜は、にやにやと意地の悪い笑みで答える。
「ああ、父さんなら今日、外せない用事があるとかで家に居るよ」
「そ、そう・・・・・・」
しゅん、と今度は少しばかり残念そうにするサファイヤ。それを、黒曜は心底面白い物を見る様な目で見ていたのだった。
と、次の瞬間、何処からともなくムーンが現れてかなり焦った様子で報告した。
「サファイヤ様!!たった今、石英の家が崩壊したと知らせがありました!!!」
「「!!?」」
愕然。そして、その報告を聞いた次の瞬間に、玉座の間から黒曜とサファイヤの姿が消えていた。
・・・・・・・・・
「なっ、何だよ・・・これ・・・・・・」
愕然とした声が、虚しく響き渡る。ざわざわと、野次馬達の喧騒が響く。
黒曜とサファイヤの目の前には、取り返しがつかない程に木っ端微塵に崩壊した家があった。
否、只崩壊しただけでは無い。家だった瓦礫も、家の中にあった何もかも、全てが石化していた。
石化した上で、崩壊しているのだ。これは、酷い。明らかに何かしらの悪意を感じる。
どす黒い悪意を感じる。
その時、崩壊した家の瓦礫から一人の女性が出てきた。その顔にサファイヤは見覚えがあった。
「あたたっ、酷い目にあった」
「貴女は、辻占い師のアルマさん?」
そう、辻占い師で覚のアルマだ。サファイヤが話し掛けると、彼女は此方に気付き服に付いた埃を払い、近付いてきた。
「おやおや、誰かと思えば魔王陛下じゃないか。王様直々に来るとはねぇ」
「大丈夫?一体、此処で何があったの?」
「大丈夫、じゃあ無いね。其処を見てごらんよ?」
黒曜とサファイヤはアルマの指差した方を見た。果たして、其処には―――
崩壊した家に埋もれた、石化した石英とルビの姿があった。
「っっ!!?」
「とっ、父さん!?母さん!?」
その光景に、サファイヤは愕然とし、黒曜は二人に駆け寄り瓦礫の中から引きずり出した。石英もルビも二人とも石化し、命の気配すら感じない。
明らかに異常事態だ。これは即ち、石英の敗北を意味する。
「アルマさん、此処で一体何があったの?」
「・・・・・・私も詳しい事情を知っている訳じゃ無いけどね」
そう、前置きをした上でアルマは話し始めた。・・・事は今朝の08:30にまで遡る。
「私は今朝、占いをしていたら丁度石英の家の方角が大凶と出たんだよ。大凶も大凶、最悪だよ」
「・・・・・・最悪?」
アルマの言葉に黒曜は眉をしかめる。アルマはそれに頷く。
「占いの結果が気になってね。出来うる限りの準備を整えて石英の家に行ったそしたら―――」
私は其処で怪物と出会った。そう、アルマは言った。
黒い詰襟の軍服に軍帽、鈍色のマントを着用した少年。闇の様な黒髪に黒い瞳、純白の肌―――
―――黒い瞳には鮮血の様な赤い縦長の瞳孔が目立つ。心底から凍える様な、不吉な笑み。
そう、不吉な悪魔だった。
「っ!!?」
その怪物の特徴を聞いたサファイヤの瞳に、憤怒が宿る。また、あの悪魔か。
「その怪物は石化の王と名乗っていたよ」
「石化の・・・王・・・・・・」
黒曜の瞳にも、堪え切れない憤怒の色が宿っていた。それは、或いは憎悪とも呼べるだろう。
「後は見ての通り、石英とルビは家ごと石化したよ」
「そうか・・・・・・」
黒曜はそう言うと、時空に穴を開ける。その顔は何かを決意した様な、そんな表情だった。
その表情に、サファイヤは焦りを覚える。
「待って!!黒曜、何処に行くの!?」
「石化の王を倒しに」
「待ってよ!!一人じゃ危険だよ!!行くなら私も一緒に―――」
「サファイヤさんこそ待て!!サファイヤさんにはやるべき政務がたくさんあるだろうに!!」
「けどっ!!!」
まさしく押し問答。もはや、このまま強引に行ってしまおうかと黒曜が考えた瞬間。
「なら、私が一緒に付いて行こう―――」
其処に、ヘリオドールが現れた。竜女王ヘリオドール。全ての竜種を統べる女王。
その表情には、静かに滾る闘志が宿っている。
「ヘリオさん・・・?」
「私も、石英君がやられて少しばかり腹が立っていてね。私も付いて行くぞ」
その言葉には、有無を言わさぬ力強さが宿っていた。黒曜は溜息一つ吐く。
「解ったよ、ヘリオさん」
「うん、素直なのは良い事だ」
ヘリオドールは満足そうに頷く。其処に、サファイヤが近付く。その顔は真剣そのものだ。
「黒曜、ヘリオ。本当は、私はまだ納得していない。けど―――」
「うん」
「ああ」
「必ず帰って来て。その約束を守れるなら、私は何も言わない」
その顔はまだ心配そうだ。しかし、それでも、必ず帰って来ると信じて―――
その覚悟を感じ取った黒曜とヘリオドールは、力強く頷いた。
「うんっ!!!」
「おうっ!!!」
そう答えると、二人は穴の中に飛び込んだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「心配かい?」
心配そうに立ち尽くすサファイヤに、アルマは尋ねる。サファイヤは胸の前で両手を強く握る。
その姿は、不安と心配を必死に押し殺す様だ。
「うん・・・」
「ふむ、陛下もどうやら人の子という訳か・・・・・・。大丈夫、きっと帰って来るよ」
「うん・・・そう、だね・・・・・・」
そう言って、サファイヤは薄っすらと微笑んだ。
大丈夫。きっと、二人とも無事に帰ってくる。そう信じて。




