ルビの事が怖いだけだ
現在、石英とルビはターコイズに連れられて王都へと来ていた。ターコイズは最初、王の許へと連れて行く事を拒絶していたが、石英に言い包められた結果連れて行く事になった。
王都、アルカス―――
王国アルカディアの首都であり、国王ラピス=アルカスの住まう町。
王都はとても広大で、かなり活気付いていた。この都を治める王、ラピスは人々から賢王と呼ばれており、政においては歴代のどの王よりも優れていると目されている。
ザワ、ザワ――
先程から王都の人がざわついている。・・・まあ、当然だろう。
王直属の騎士がボロボロの姿で帰って来て、その背後を知らない少年と共に人柱の少女が歩いているのだから。
何事かと思うだろう。中にはターコイズに不信感を抱いた者も居るかもしれない。
「・・・・・・・・・」
石英は、黙ってルビを抱き寄せる。
「っ!?」
同時に、何処からか飛んできた石をぱしっと掴んだ。つまり、石英は飛んできた石からルビを庇ったのだ。
ルビは何処かぼんやりとした顔で、石英を見詰める。
「大丈夫か?」
「え?あっ、うん・・・」
頬を朱に染め黙り込むルビに、石英は苦笑する。その光景に人々は不愉快そうだ。
どうやらルビはかなりこの町の人々から嫌われているらしい。
"死ね、化物!!お前は生まれて来た事自体が間違いだったんだ!!"
不意に過去の記憶がフラッシュバックする。石英は溜息を一つ吐くと、不愉快そうな瞳で石が飛んできた方を睨み付けた。
「誰だ!今石を投げた奴!!」
大声で叫ぶと、人々の中から一人の男の子が出て来た。男の子は、石英がルビを庇ったのが気に入らないのか、不満げな顔をしている。
「おい、お前何でソイツを庇うんだよ」
その台詞から、自分が悪いなどとは全く思っていないだろう。恐らくは、石を投げた事も自分が正しいと本気で信じているのだろう。
それはこの男の子だけでは無い。周囲の人々も、相手がルビなら許されると思っている所がある。
どうやらルビは人間とすら思われていないらしい。それはターコイズがルビの事を死神と呼んでいた事からも解るだろう。
「お前だな、石を投げたのは」
「・・・ああ、そうだよ」
男の子が首肯する。石英は手に持った石を投げ捨てて男の子に歩み寄り―――頭を拳骨で殴った。
「ぎゃあっ!!」
男の子は殴られた頭を押さえて蹲る。人々がざわついた。
男の子は涙目で石英を睨み、食って掛かる。
「何するんだよ!!」
「人に石を投げる物じゃないって教わらなかったか?」
石英の目は氷よりも冷たい。しかし、男の子はなおも食い下がる。
「でも、ソイツ人間じゃないだろう!化物には何をやっても良いんじゃないのかよ!?」
拳骨を落とした。その痛みに男の子は地面をのたうち回る。
石英の視線が絶対零度に達する。
「人の事を化物なんて呼ぶ物じゃない」
「けっ、けど・・・」
無感情な声で説教する石英に、尚も男の子は言い返そうとする。
其処に、石英は更に畳み掛ける様に言った。
「誰でも存在そのものを否定されるのは嫌だろう?」
「でも・・・」
それでも言い返そうとする男の子に、石英は冷たい視線で睨み付ける。
他人を化物と呼ぶ事は、それは明確な存在否定だ。人として認めないという事だ。
誰だって存在そのものを否定されたくはないだろう。それをこの男の子は言い放った。
これ以上この男の子がそれを言うなら、今度は此方が男の子の全存在を否定するだけだ。
それを悟ったのか、男の子は怯えた様な顔になる。
「ごっ、ごめんなさい・・・」
「僕じゃなくルビに謝るんだ」
「っ、ごめんなさい」
男の子はルビの方を向き謝った。ルビはその男の子を許し、石英とルビはターコイズに連れられて王城へと向かった。
「ありがとう」
ルビの言った一言に、石英は首を傾げる。
「うん?何?」
「また私を助けてくれた」
にこりと笑い礼を言うルビに、石英は頬を掻きながら言った。
「別に良いよ、そんな事」
はあっと溜息を吐く石英に、ルビはふふっと笑った。
・・・・・・・・・
王城二階、大会議室―――
その一番奥の席に、紺色の髪に隻眼の王が座っていた。この男がラピス=アルカス、アルカディアの王である。
その側には二十五名の騎士達と、クリスと名乗る女魔術師が居た。王の向かい、入口の手前の席に石英とルビが座る。
王との会談が始まった。
「では、始めようか。私に何か用か?少年」
ラピスは王としての覇気を言葉に籠めて言った。その言葉は並の者なら萎縮するであろう威厳が籠っている。
しかし、石英は一切動じる事無くちらりとルビの方を見て言った。
「僕の要求はルビを解放し、今後一切見逃し続ける事です」
「ならん」
ラピスは即座に石英の要求を切って捨てた。だが、この程度はまだ予想通り。
「では、どの様な条件ならルビを見逃して下さるのでしょう?」
石英が敢えて下手に出ると、ラピスはふんっと鼻を鳴らした。
「断じてならん。世界の為にも、その娘には犠牲になって貰わねばならん」
ラピスはあくまでも厳格な王としてそう言い放つ。
しかし、その一言に石英は目付きを鋭くした。
「嘘。王、貴方はルビの事が怖いだけだ。いや、王だけじゃない、皆ルビの中に封じられている病が怖いだけだ。ルビを犠牲にせずにいられなかった、貴方の弱さだ!!」
「・・・知った口を」
ラピスはぎりっと歯を食い縛る。周囲の騎士達から殺気が漏れる。
クリスは手に持った杖を固く握り締めていた。
「王である以上は全ての物事を天秤に掛けられなければならんのだ!世界の為には個人如き、切り捨てられねばならん!!!」
そうでなければ国など治められない。そう力説するラピスを、石英は何処までも何処までも無感情な瞳で見詰める。
「それも嘘。アンタ等は只、世界のせいにしているだけだ。誰かの為、誰かの為、本当に煩いよ!!」
ぐぬっと王は唸る。石英を睨み付けながら、それでも王は食い下がった。
「屁理屈ばかり言いおって。では貴様は何の為にその娘を封印から解いた!!」
「自己満足の為だ」
即答だった。余りにも簡潔な返答に、ラピスもクリスも騎士達も、ルビでさえも唖然としている。
「何の為かだって?そんなの決まっている。自分がそうしたいと、そうしようと思ったからだ」
その言葉にラピスは言い返せずに黙り込んだ。詰問は更に続く。
「アンタ等こそ知るべきだ!正義なんて幻想を信じて、世界を言い訳に使い、たった一人の少女を犠牲にする事しか考えられない!実に下らないよ!!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
血を吐く様なその言葉に、ラピスは黙り込んだまま一言も発さない。
それでも、石英はラピスが何かを言ってくるのを待つ。
そして―――
「もう良い。クリス、騎士達よ、此奴等を始末しろ」
側に控えている騎士達と魔術師に命令を下す。騎士達は剣や槍に手を掛け、クリスは杖に力を込める。
しかし―――
「動くな」
気付くと、室内を鋭い鋼線が張り巡らされていた。
ラピスもクリスも騎士達も、鋼線に絡まれて身動き一つ取れない。
動けるのは只二人、石英とルビだけだ。
「今回は殺さないでおく。だが、今度は容赦しない」
思わず死をイメージする程の濃く重い殺気が、室内に満ちる。
室内が死の恐怖に包まれる中、石英はルビを連れて大会議室を出た。
―――所で兵達に挟まれた。
兵達は皆、石英とルビに殺気を向けている。・・・どうあっても生かして帰す気は無いらしい。
「・・・下らないな」
そう言って、石英はルビを横抱きに抱える。突然の事に、当然ルビはうろたえる。
「え?あの、石英?」
「しっかり掴まってくれよ?」
そう言って石英は自分の隣にある窓を見た。そして、おもむろに石英は窓を蹴り破る。
ルビは猛烈に嫌な予感に駆られる。そして、その予感は的中した。
石英はルビをしっかりと抱き抱え、二階の窓から飛び降りた。
「きゃああああああああああああっっ!!!」
ルビの悲鳴が響く中、こうして城から無事に脱出した。
ちなみに、飛び降りる際にルビがしっかりと抱き付いてきた為、身体の柔らかい部分が当たっていたのだが、この際石英はそれを楽しんだという。
・・・・・・・・・
「・・・・・・・・・」
「いや、本当にすまない。僕が悪かった」
現在、少し戻ってきて森の中―――
すねて黙り込んでしまったルビに、石英は平身低頭謝っていた。もうかれこれ一時間以上は謝り続けている。
「―――よね」
「うん?」
「今度からは事前に言ってからにしてよね」
お願いだからと、若干涙目で言うルビに石英は苦笑しつつ首肯した。
流石にやりすぎたと石英は少し反省した。
―――半時間後―――
「ところで、これからどうするの?」
森の中を歩きながら、ルビは石英に問い掛ける。もう既に二人はお尋ね者、追っ手も掛かっているだろう。
石英はふむ、と考え込む。一番良いのは迂闊には手が出せない別の国に逃げ込む事だが・・・。
「やっぱり、魔王の国に匿って貰うかね」
こうして二人は魔王の国へ行く事になったのだった。




