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神殺しの星辰《ほし》(旧題:不幸な少年と病の少女)  作者: ネツアッハ=ソフ
天界戦争―Azathoth―
57/114

私は王権

 場所は天界、星地イェルサレム。ヤハウェの神殿。時刻は18:20―――


 星見(ほしみ)の大広間にて、宴は行われていた。神々の宴だ。


 その大広間には天井に夜空の星々(ほしぼし)が映し出される仕組みになっている。神造のプラネタリウムだ。


 その一角で石英はルビと一緒に食事をしていた。しかし、ルビは石英に何かを言おうとして、言い辛そうにもじもじとしている。石英はそれを不思議そうに見ている。何処か、もどかしい空気。


 「ルビ?どうかしたのか?」


 「いえ、あの、その・・・・・・あぅっ」


 ルビは頬を赤く染め、とても言い辛そうにしている。と、其処に一柱の熾天使が寄ってくる。プラチナブロンドの長髪に澄んだ青色の瞳をした、女性寄りの容姿をした熾天使だ。その手には、一輪の白百合がそっと握られている。


 その熾天使は石英に軽く頭を下げると、薄く微笑みながら挨拶(あいさつ)した。


 「初めまして、と言うべきですか。私の名はガブリエルと申します」


 「初めまして、石英です」


 「る、ルビです」


 石英とルビも揃って挨拶をする。二人のその姿に、ガブリエルは楽しげに笑った。女性的な笑み。


 ガブリエル―――


 熾天使のNo.2であり、聖母マリアに受胎告知をした事やムハンマドに聖典コーランを伝えた事で有名な天使である。ミカエルの次席<神の左に座す者>。


 受胎告知や聖典コーランに深く関わった事から、かなり重要な天使である。聖母の純潔を示す白百合を手にしている事が多い。


 柔和な姿で描かれる事の多いガブリエルだが、武勇においてもミカエルに次ぐとされる。


 ガブリエル。ガウリイル。ジブリール。


 ・・・閑話休題。


 そのガブリエルはルビをじっと見詰め、やがて優しく柔和な笑みを浮かべた。その視線はルビの腹部に注がれていた。祝福する様な眼差し。


 「おめでとう、恵まれた方。貴女に宿った子は何れ人類を救う星辰(ほし)を抱いています」


 「っ!!?」


 その言葉に目を見開いて驚いたのは石英だ。愕然とした顔でルビを見詰める。


 ルビは頬を赤らめ、事情を説明する。


 「私のお腹には石英、貴方の子が宿っているの・・・。私と石英の子供が」


 「っ、ああ・・・ああっ・・・・・・」


 石英の目から涙が溢れた。震える手でルビの腹部に触れる。微かに鼓動が感じられる。


 ああっ。確かに、其処には我が子が居る。我が子の存在を感じる。我が子の命の鼓動を感じる。


 生きている。確かな命が其処にある。


 気付けば、石英はルビをそっと抱き締めていた。お腹の子を労わる様に、優しく優しく。その目からは涙が溢れ出た。嬉しくて。嬉しくて・・・。涙が止まらない。


 その顔は心底から救われた様に、安らかだった。


 ・・・・・・・・・


 それから先は一騒動。ルビのお腹に石英の子供が居ると知った天使達がラッパを吹き鳴らし、歌を歌い二人を祝福し出した。其処に興味を示した神々も加わり、宴は大混乱。


 騒動が(しず)まったのは00:30を過ぎた頃、皆が寝静まった後だった。


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 一人、酒を飲む石英。すると、突然世界の時間が止まり、周囲の空間が純化(じゅんか)した。


 石英は軽く溜息を吐き、隣りを見る。石英の隣りには純白の少女、大賢者の姿があった。


 「よおっ。何か用か?大賢者」


 「ふふっ、主の方こそ何か聞きたい事があるのではないですか?」


 柔和な笑みを浮かべ、大賢者は言った。石英はしばらく黙った後、溜息混じりに問い掛ける。


 「・・・大賢者。いや、お前は一体何者だ?僕のペルソナというのは嘘だろう?」


 「・・・・・・・・・はい」


 大賢者は少し寂しげに微笑んだ。そんな彼女に、石英は優しげに笑んで頭を撫でた。その笑みに、大賢者は僅かに目を見開く。


 「大丈夫だ。君が何者だろうと、僕は君を受け入れよう」


 「・・・・・・ありがとうございます」


 大賢者は嬉しそうに微笑むと、自身の正体について話し始めた。


 「私は王権(おうけん)。主のペルソナを統合させる事で自我を得た、全ての異能と権能の王」


 「・・・・・・・・・・・・そうか」


 石英は驚かなかった。それに関しては既に予測がついていたからだ。


 では、石英は一体何を知りたいのか?それは―――


 「主が知りたい事は理解しています。何故、王権である私が主に宿ったかですよね」


 「ああ、そうだ」


 その言葉に、大賢者は頷く。その顔は、寂しげな笑みを浮かべていた。まるで、何かを諦めるかの様な寂しげな笑みだ。


 「私は主に宿るべくして宿ったのです。神殺しの王である主に、宿るべくして」


 「・・・何だって?」


 「私は(かせ)なのです。主の本来の力を縛る為の枷―――」


 「―――――――――っ」


 愕然。あれ程強大な力を持つ王権ですら、石英にとって只の枷でしか無いという。そして、それ程までに強大な力で縛られる力とは一体何なのか?


 あるいは、それ程の力でなければ縛れない程の強大な力なのか?


 大賢者は薄く微笑み、衝撃の真実を告げた。天界の神々すら知らない真実を。


 「そもそも如何なる異能も権能も、神域に届く技能も、主にとっては枷にすぎません。それ故に、全ての異能と権能を統べる私が与えられたのです。主を縛る枷として・・・」


 「与えられた?誰に?」


 「真なる神―――人がブラフマンと呼ぶ者。宇宙の真の造物主が一柱」


 「っ!!?」


 ブラフマン―――


 インド神話において、宇宙の全ての法則を司る根本原理。個を支配するアートマンと対になる。


 宇宙の法則そのものであるブラフマンは神々ですら従わざるを得ず、あらゆる異能も神々の権能もブラフマンが与えた物であると言う。そもそも、神々はブラフマンから産まれたともされる。


 仏教における梵天、そのモデルになったインド神話のブラフマー、更にそのモデルになった存在。


 それがブラフマンである。


 「王権である私には宇宙の法則を書き換え、創り変える力すらあります。しかし、主の本来の力はそれを遥かに上回る。ですが、それが解放されれば主は真の神殺しとして覚醒するでしょう」


 「・・・・・・・・・・・・・・・」


 つまり、それは今の石英ですら真の神殺したりえないという事。真に神殺しとして覚醒すれば、それこそ石英は幾億の神々(デーヴァ)を滅ぼし、真なる(デウス)すらも害しうるだろう。


 本来、石英にはそれだけの力が宿っていたのだ。故の神殺しの王。故に真の頂点である。


 それは、果たして幸なのか不幸なのか。石英には解らなかった。


 ・・・・・・・・・


 07:20―――


 「んぅうっ?」


 「目を覚ましたか?ルビ」


 ルビが目を覚ますと、その傍には石英が居た。どうやら、何時の間にか眠っていたらしい。


 石英の顔を見て、ルビはこてんっと小首を傾げる。何処か、違和感を感じたのだ。悲しそう?


 「んん~、石英?何かあった?」


 「いや、何も無いさ」


 そう言って、石英は柔らかく微笑む。しかし、ルビにはその微笑みが何処か、悲しげに見えた。


 石英のそんな顔を見ると、ルビは胸が痛くなった。だから―――


 「大丈夫だよ、石英」


 「ん?」


 「石英には私が、私達が付いているから・・・だからそんな悲しい顔をしないで」


 「・・・・・・・・・・・・」


 にへらっと、ルビはとても無邪気な笑顔で言った。その笑顔に、思わず石英は涙が出そうになる。


 そんな石英を、ルビは慰める様に頭を撫でた。石英を安心させる様に、心が安らぐ様に。花が咲き綻ぶ様な眩い笑顔で笑った。


 「大丈夫。だいじょーぶ・・・」


 「そう、か・・・。そうだな・・・・・・。ああ、確かにそうだ」


 そう言い、石英は静かに微笑んだ。決して石英は独りでは無い。そう、石英はもう孤独では無い。


 それを悟った石英は今度こそ、満足そうに笑った。心底からの満面の笑みで。


 「ありがとう」

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