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神殺しの星辰《ほし》(旧題:不幸な少年と病の少女)  作者: ネツアッハ=ソフ
天界戦争―Azathoth―
56/114

ありがとう・・・ただいま・・・

 空間がガラスの様に砕け、石英は天界へと戻ってきた。傷一つ無い物の、その顔色はかなり悪く疲労の為か青ざめている。焦点も定まっておらず、何処かぼんやりとしている。


 ふらっと身体のバランスを崩し、そのまま地面に倒れかけた石英を抱き留める者が居た。そのまま強く強く石英の身体を抱き締める。


 サファイヤだ―――


 「コラ・・・ン・・・?」


 「おかえり・・・石英・・・」


 サファイヤの瞳には涙が溢れ、止め処なく流れていた。悲し涙では無い、嬉し涙だ。無事に生きて帰ってきてくれた事がとても嬉しい。嬉しさのあまり、涙が止まらない。


 抱き締める腕が震え、嗚咽(おえつ)を漏らす。それほど、石英の事を心配していたのだ。


 石英の腕がゆっくりと上がり、サファイヤの頭を撫でる。とても弱々しいが、優しい掌だった。


 とても優しい掌。心底から安堵(あんど)した様に石英は微笑む。そっとその背に腕を回した。


 しかし―――


 「・・・・・・・・・・・・」


 その腕が力なく垂れ落ちる。サファイヤは目を見開き、石英の身体を揺さぶる。石英の身体からは完全に力が抜けており、サファイヤの身体にもたれ掛っていた。


 「石英!?石英っ!!!」


 こうなると、サファイヤは容易く恐慌(きょうこう)に陥った。サファイヤの悲鳴が響き渡る。


 何度も名を呼ぶが、一向に石英は反応しない。サファイヤの顔が目に見えて青ざめる。


 他の皆も顔を青ざめさせ、動揺している。


 「あっ、ああ・・・・・・ああああああああああああああああああああああああ!!!」


 ・・・・・・・・・


 「落ち着きなさい、混血者(ハイブリッド)よ」


 「っ!?」


 突如響く、澄んだ声にサファイヤはびくっと震えた。振り返ると、其処には女性寄りの美貌を持つ純白の大天使の姿があった。


 三対六枚の純白の翼を生やし、プラチナブロンドの髪にマリンブルーの瞳、透ける様な白い肌をしたその姿は完成された美を誇る。その美しさに、サファイヤは思わず息を呑む。


 その天使から感じる霊気はミカエルやルシファーよりも強大だ。しかし、攻撃的では断じて無い。


 むしろ、その存在感は何処までも深く優しい慈愛と包容力を感じる。それは、一般人の抱く天使のイメージに限りなく近い。


 天使は優しげに微笑むと、(うた)う様な澄んだ声で告げた。


 「大丈夫です。その者は只、疲れて眠っているだけです」


 「っ・・・・・・あ、貴方は?」


 サファイヤが誰何(すいか)すると、天使は微笑みながら名乗る。


 「私の名はラドゥエリエル。天使の階級は番外に相当するでしょうか・・・」


 ラドゥエリエル―――


 天使を産む天使。原初(はじまり)から終末(おわり)までの全てを記録する記録天使。


 聖歌や聖句から天使を産むという特権を有するが故、アブラハムの宗教において尚特別視される。


 天使から熾天使までのどの階級にも当てはまらない、特殊な天使。それ故の番外である。


 ちなみに、本来天使を産む権能は神にのみ行使できる特権である。それ故に、その特権を許されたラドゥエリエルは天使長であるミカエルより、更に高位の天使とされる。


 閑話休題(かんわきゅうだい)


 ラドゥエリエルは石英の姿を視て、悲しげな顔をした。その表情に、サファイヤは不安になる。


 「何?石英がどうかしたの?」


 「・・・・・・神殺し、石英はもはや半分以上人間を辞めています。このままでは何れ、完全に人間ではいられなくなるでしょう」


 「―――――――――!?」


 その言葉に、サファイヤはかなりの衝撃を受けたらしく、悲痛な顔をする。その表情はあまりにも痛々しくて、深い絶望の色をおびていた。


 石英が人間を辞める。それは恐らく、石英自身が力を望んだ結果だろう。恐らく、石英自身はそれすらも覚悟していた事だろう。


 しかし、それはサファイヤにとって石英が何処か遠くへ行ってしまう気がしたのだ。何処か、サファイヤの手の届かない遠くへと・・・。


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 「・・・?」


 そんなサファイヤの頭にぽんっと掌を乗せ、ラドゥエリエルは微笑んだ。サファイヤはきょとんっとした顔で彼の顔を見る。その顔は優しい笑顔だった。


 首を傾げるサファイヤを他所に、ラドゥエリエルは石英の額に掌を乗せる。すると、その掌からぽうっと淡い光が発せられ、青白い魔法陣が形成される。


 その光は決して攻撃的では無く、むしろ包み込む様な優しさに満ちていた。その輝きに、サファイヤは思わず見入ってしまう。そして―――


 「んっ、う・・・・・・」


 「っ!?石英!!!」


 石英の(まぶた)が薄っすらと開く。若干顔色が良くなっている気がする。サファイヤは愕然とした顔でラドゥエリエルを見る。すると、彼はにっこりと微笑みを返してきた。


 困惑した顔で、サファイヤは問い掛ける。


 「石英に何をしたの?」


 「彼を怪物化させている神殺しの原因因子を厳重に封印しました。完全に抑え込む事は実質的に不可能ですが、これである程度は抑えられるでしょう」


 「っ!!?」


 サファイヤは思わず目を見開いて驚いた。今、この天使は神殺しの因子を封印したと言ったのだ。


 石英に神殺しの星辰が宿っている事は既に聞いている。何れ、それによって石英が神を殺すだけの怪物と成り果ててしまうだろう事も聞いている。それを封印したと言う。


 ・・・余談ではあるが、星辰とはつまり個人という局地的に作用する運命の事だ。


 無限の可能性に出来た確率の収束点。個人を支配する局地的な運命論。それが星辰だ。


 それを封印する。それはつまり、確率世界に干渉するに等しい。恐るべき力なのは間違いない。


 ・・・石英は上手く状況を飲み込めないらしく、少し困惑した顔をしていた。


 「お前等・・・一体・・・」


 「初めまして、神殺し・・・私の名はラドゥエリエルと申します」


 「ラドゥエリエル・・・・・・天使を産む天使か・・・」


 「はい!!今回、私は事態の収拾(しゅうしゅう)に来ました」


 そう言って、ラドゥエリエルはヤハウェの方を向く。石英とサファイヤは同時に首を傾げた。


 ラドゥエリエルはヤハウェの傍まで近寄ると、その場で(ひざまず)く。


 「ラドゥエリエルか・・・・・・」


 「主よ、肝心な時に主を(いさ)められず申し訳ありません」


 「良いのだ。お前が私に強い言葉が言える訳も無かった・・・・・・」


 ヤハウェは僅かに苦笑し、ラドゥエリエルを許す。その表情は何処までも信頼に満ちていた。


 続いて、ラドゥエリエルはルシファーの方を向く。その顔は深い慈愛に満ちている。


 「ルシフェル、貴方もよく今まで頑張りました。貴方が主を裏切ったのは主の為だった事、その想いに天使の三分の一が(こた)えた事を、私は知っています」


 「・・・・・・・・・」


 ルシファーは気恥ずかしそうにそっぽを向く。しかし、その言葉にはミカエルが驚いた。


 「ラドゥエリエル、それはどういう事ですか?」


 「簡単な話です。唯一絶対の存在は決して偉大になりえない。主である神が居て、配下の天使達や子である人間も居て、そして敵対者たる悪魔もいる。それ故、神は偉大なのです。唯一絶対の存在はそれだけで独善や暴走の危険性を孕む。それにルシフェルは気付いたのです」


 「っ、な・・・・・・!?」


 ミカエルは絶句した。ルシファーの堕天にその様な意味があったとは、ミカエルは知らなかった。


 いや、或いは只気付こうとしなかっただけか・・・。


 一方、ルシファーはバツが悪そうに(ほお)を掻く。


 「・・・・・・それでも、俺が神を裏切った事に変わりはない。俺は堕天使だ」


 「そうですか・・・なら、その力を今度は主の為に使いなさい。それが、貴方の出来る償いです」


 「それは・・・・・・どういう意味だ?」


 ラドゥエリエルの意図を理解出来ず、ルシファーとミカエルは首を傾げる。対するラドゥエリエルは優しげな笑みを浮かべ、言った。


 「主が力を取り戻す為に必要な霊気を、我々天使が少しずつ(かえ)すのです」


 「っ!?主が元に戻るのですか!?」


 これにはミカエルも愕然とした。ヤハウェは不能の魔弾で撃たれた事で、神霊として否定された。


 それはつまり、神霊としての権能を全て失ったという事だ。否、そもそも神霊ですらいられない。


 それは、神霊としてのヤハウェが消滅したに等しい。それを復活させる事が出来るという。


 「はい、主は厳密には消滅した訳ではなく、力を失っただけです。我々天使は主の力を分け与えられて産まれた霊的存在です。故に、我々が主のバックアップとなる事で主は復活出来る筈です」


 「―――――――――!!?」


 その言葉に、天使達は歓喜(かんき)に湧き上がった。中には小躍りする天使も居る。感涙にむせび泣き、抱き合い喜ぶ天使も居た。


 そんな中、ラドゥエリエルは石英達に微笑み掛ける。


 「貴方達も、主を止めて下さりありがとうございます。よろしければこの後、皆様で軽い食事でもいかがでしょうか?」


 「お気持ちはありがたいのですが、僕達の目的もほとんど終わりました。ルビも向こうで待っていますのでこれ以上待たせる訳にはいきません」


 「では、そのルビもお誘いしてはいかがでしょうか?今回はルビにも迷惑をかけましたから」


 「・・・・・・・・・解りました。其処まで言うのなら」


 最初は参加を渋った石英だが、ラドゥエリエルの強い勧めについに了承した。石英は僅かに苦笑しながらゆっくり立ち上がる。その身体をサファイヤが慌てて支える。


 「じゃあコラン、一度帰るぞ。ルビも待ってる」


 「う、うんっ!!」


 そうして、石英達は元の世界へと帰った。


 ・・・・・・・・・


 サファイヤの城、その一室にルビは祈る様に石英達を待っていた。


 「・・・・・・・・・・・・」


 無事に石英達が帰って来る様、ルビは必死に祈り続ける。ずっと、ずっと、あれからずっとルビは祈り続けていたのだ。


 無事に帰って来て欲しいと、それだけを祈りながら・・・。ルビはひたすら待ち続けた。


 と、その時・・・空間がガラスの様に砕け、石英達が現れた。石英はルビを見て優しく微笑んだ。


 ルビは息を呑み、涙で瞳を(うる)ませる。そして、とびっきりの笑顔で石英を迎えた。


 「おかえりなさい、石英・・・」


 「ありがとう・・・ただいま・・・」

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