認めよう、お前の勝ちだ・・・
刹那、黄金の魔力が巨大な龍の顎に変化し、アザトースへと襲い掛かった。
龍の顎は星々すら容易く砕く程の凄まじいプラズマを纏っている。直撃すれば、例え神々とて只では済まないだろう、強烈な太陽フレアと雷光だ。
否、これに直撃すれば如何に神々とて必滅を強制されるだろう。これはまさしく、星々すらも喰らう黄金の龍王の顎なのだ。恒星すらも破壊する極大の災厄。
文字通り必殺の威力を持って放たれる一撃。石英は初手から加減をするつもりは無い。皆無だ。
天地を揺るがす咆哮と共に、龍王の顎はアザトースを襲う。
しかし―――
「くだらんな」
アザトースはそれをたった腕の一振りで打ち砕いた。まるで、羽虫でも払うかの様な軽い動作。
ありえない。あの一撃に、どれ程の星々を砕く威力が籠められていたか。それを、たった腕の一振りで軽々しく払って見せたのだ。文字通り常軌を逸している。
だが、石英はこれに全く驚かない。むしろ、当然とすら考えている。
魔王、アザトース―――
彼を示す物語にはこう書かれている。アザトースは最初に、三つの存在を創造した。
這い寄る混沌、無名の霧、闇の三つだ。
まず、自らの従者であり原初の混沌である這い寄る混沌、ナイアーラトテップ。
次に、無名の霧から時と空間と世界の記憶を司る副王、ヨグ=ソトースが産まれた。
最後に、闇からは豊穣の女神である黒山羊、シュブ=ニグラスが産まれた。
つまり、アザトースにとっては原初の混沌も時も空間も、世界の全てが被造物に過ぎないのだ。まさしく彼の魔王は、人間の想像出来る領域を大きく逸脱した神性なのである。
故に、石英は一切の加減をせず魔力を高め続ける。その魔力は、もはや質も量も数値で示せる限界を遥かに超越している。その魔力に、アザトースも思わず笑みを漏らす。
そして、それに呼応して圧縮されてゆく星々。
『連鎖超新星』
鍵となる言霊。それにより、星々が連鎖して大爆発を起こす。
超新星爆発。それも、複数の星々を共鳴させて連鎖的に起こす大爆発だ。その威力はもはや、通常の超新星爆発を遥かに超える。
その大爆発に、さしものアザトースも呑まれてゆく。例え、神王であっても直撃すれば只では済まないであろう大規模攻撃。
しかし、それでも石英は一切油断しない。魔力を巨大な龍の顎に変化させてゆく。その数、軽く百を超えるだろう大群だ。
百を超える龍王の顎の群れ。それ等全てを、アザトースに向けて射出する。
連鎖する超新星爆発に星々すら砕く龍王の顎。その怒涛の連続攻撃に、さしものアザトースも決して只では済まない筈だ。しかし―――
そのアザトースは全くの無傷だった・・・。
防御能力にしても再生能力にしても、どちらにしろ常軌を逸している。
「なるほど。今の攻撃は、少し痛かった」
そう言って、さも愉快そうに笑うアザトース。ありえない。これほどまでの力の差があるのか。
「・・・・・・・・・」
しかし、石英は決して絶望しない。必ず生きて帰る。アザトースを倒し、必ず生きて帰るのだ。
だからこそ、此処で絶望などしない。不屈の意思を籠め、石英はアザトースを睨む。
「ふむ、この程度では絶望せぬか。ならば、こういうのはどうだ?」
「っ!?」
高まる混沌の神気。そして、その神気が限界まで圧縮され、掌サイズの太陽へと変わる。
その熱量は遠く離れていても、肌を焦がす程だ。これはマズイ。そう思った瞬間―――
『オーバービッグバン!!!』
宇宙開闢の千倍の威力を誇る大爆発。そのエネルギーは宇宙を一掃して余りある。
石英は軽く舌打ちをし、パンッと拍手を打つ。すると、空間が波紋の様に波打つ。
『エクリプス!!!』
刹那、空間が巨大な渦の様に歪み、大爆発を飲み込んで消えた。それは、巨大なワームホール。
大爆発を空間ごと、別の次元へと跳ばしたのだ。
「すばらしい!!もっとだ!もっと楽しませろ!!私は渇いているのだ!!!」
「ちっ、別にお前を楽しませる為に戦ってる訳じゃねえんだよ!!」
石英は盛大に舌打ちをし、短刀を構える。背中に魔力で出来た黄金の翼を生やし、飛翔する。
黄金の羽が、弾丸の如くアザトースへと襲い掛かる。しかし、アザトースは全く意に介さない。
そんなもの、最初から効かない。しかし、ほんの少し意識を逸らすだけで充分だ。
石英は一息に距離を詰め、アザトースへと切り掛かる。
「そんなもの・・・・・・っ!!?」
アザトースは目を見開いて驚愕した。短刀の刃が黄金に光り輝いている。
此れはマズイ。咄嗟に、アザトースは黒い触手を蠢く影から出した。
「ふっ!!!」
何とかアザトースは光り輝く刃をいなす事に成功した。しかし、その頬には一筋の傷が。
この戦いにおいて、アザトースの初めての負傷だった。
「驚いた。光の剣、クラウソラスの権能か」
そう、アザトースはこの輝く刃を知っていた。
光の剣、クラウソラス―――
アイルランドの伝承における、光の剣。輝く剣とも呼ぶ伝説上にのみ登場する剣。
クラウソラスの逸話やその能力は伝承によって異なる為、謎が多い。唯一共通するのは、眩く輝く光の剣であるという一部分のみだ。
一説によれば、ケルトの神王ヌアザの不敗の剣と同一であるとする声もある。しかし、それはあくまで拡張表現であって真実では無い。
アザトースは知っている。その恐るべき真の権能を。
其れは、全ての業を断ち切る神剣である。何か特殊な能力を持つ訳では決して無い。
只、全てを断ち切るだけの権能である。しかし、単純であるが故にその権能は実に恐ろしい。
何故なら、その威力は宇宙そのものすら超える力を持つ、真なる神すらも害するからである。
この光の剣は、例え永久不滅の存在である真なる神ですらも断ち切り、滅ぼせるのだ。しかし、当然それだけ強力な権能であるが故に、その代償は凄まじい物だ。
「ぐっ、がはっ・・・」
クラウソラスは諸刃の剣だ。全ての業を断ち切る性質故に、使用者の生命すら断ち切ってしまう。
しかし、それでも退けない。負けられないのだ。その覚悟の強さに、アザトースは尚も笑う。
「くくっ、その覚悟は実にすばらしい。なら、これはどうだ?」
瞬間、時空が大きく歪み、石英を幾つもの未来が襲い掛かった。それは、未来の改変。
確率世界に干渉し、無限の可能性から幾つかの死の未来を選択して同時に叩き付ける。それは、未来改変能力の最上位だ。
圧死、爆死、轢死、凍死、焼死、その他様々な死が同時に襲い掛かる。
時間の超加速による風化。空間圧縮による圧殺。身体中の血液や水分を吸収されるミイラ化。様々な死の未来が石英を襲う。そして、更に更に―――
次々と石英を襲う死。それ等に耐えきれたのはほんの数秒のみだった。
「がっ、ああっ・・・・・・あああああああああああああああっ!!!」
「ふははははははははっ!!さあ、そんな物か神殺し!!お前はその程度の存在か!!?」
響き渡る哄笑。その程度かと嘲笑う声が聞こえる。まだだ、まだ終われない。
負けられない。終われない。こんな所で、死ぬ訳にはいかない!!!
力が、力が欲しい。もっと力が、もっともっと力が!!!
石英は心の底から願う。力を求める。自己の深淵、黄金に輝く魂の深奥へと。
『了承しました。我が主、能力の上限解放を行います』
頭の中に、唐突に響いた大賢者の声。それと共に、身体の中にある何かが外れる感覚がした。
枷がまた一つ、外れる―――
同時に身体の内側から爆発的に溢れ出る力の渦。身体が灼熱に晒されたかの様に熱い。
『能力の上限解放に成功しました。能力制御に移ります・・・・・・成功しました』
「あああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!」
高密度、高濃度、高純度の黄金の魔力が宇宙を満たし、炸裂する。同時に、確定した死の未来が粉々に砕け散り消失する。
此処に来て、石英はまた更に進化したのだ。その姿にアザトースは笑みを深める。
「くはっ!そうだ、それで良い!!」
ぶつかり合う黄金の魔力と混沌の神気。それは宇宙を軋ませ、星々を次々と崩壊させる。
そして、石英の姿が消え、次の瞬間にはアザトースの背後で黒い触手が石英の刃をいなした。そして黒い触手の群れが石英を捕らえようと、石英に殺到する。
しかし、その瞬間には石英の姿は消え、代わりにアザトースを多量の黄金の槍が襲った。その全てがアザトースの身体を貫いた。
「ガッ!!?」
初めて、アザトースが苦悶の声を漏らした。しかし、致命傷にはならない。この程度、真なる神にとって大した傷にはならないのだ。
瞬時に槍は黄金の魔力へと霧散し、アザトースへと吸収された。貫かれた傷は、既に消えている。
回復能力ではない。回帰能力によって傷付いた事事体が無かった事になったのだ。
しかし、次の瞬間アザトースを幾億、幾兆もの槍が囲む。その全てに、アザトースを害するだけの膨大な魔力が籠められている。
それ等全てが、一斉にアザトースへと向けて射出される。
「舐めるなっっ!!!」
吹き荒れる破壊の思念による大嵐。次々と槍が砕けていき、最後には無傷のアザトースが残った。
しかし、息つく暇もなく、アザトースの視界に石英の姿が映る。その手に短刀を握り、一直線に突進してくるその姿に、アザトースは一瞬硬直する。
此処に来て、特攻してくるとは―――
黒い触手が、迎撃しようと影から伸びる。しかし、その触手を黄金の槍が全て撃ち落とす。
「あああああああああああああああああああああああっっ!!!」
「おっ、おおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
アザトースは石英の未来に干渉し、幾千の死を同時に叩き付ける。しかし、もうそれは効かない。
叩き付けられた死の未来は、石英に触れると同時に砕け散る。
石英の刃が、アザトースの胸を貫く。破滅的な音が、アザトースの耳に響いた。それは、自身の破滅を告げる音だった。
回帰能力も間に合わない。クラウソラスによってアザトースの存在の根底が断ち切られていた。
「僕の・・・勝ちだ・・・。アザトース」
「ぐっ、かはっ・・・。ああ・・・。認めよう、お前の勝ちだ・・・神殺し」
だが、とアザトースは呟く。その視線は石英の胸元に向く。
石英の胸元には、黒い触手が深々と刺さっていた。共に致命傷だ。
「全く・・・無茶をする物だ」
「っ、ごほっ!!」
石英は盛大に血を吐く。しかし、アザトースはそれを意に介さず触手を引き抜く。多量の血が、傷口から噴き出した。
その傷口に手を当てると、アザトースは一言呟く。
『回帰せよ』
傷口は瞬時に消え去った。石英は目を丸くし、驚く。
「アザトース、お前・・・」
「ふっ、私に勝利した褒美だ。存外楽しかったぞ・・・石英よ・・・」
そう言って、アザトースは消えていった。最後に、心の底から楽しそうな笑顔を残して。




