消え去れ、神殺し!!!
天界を破壊と創造の、思念の嵐が吹き荒れる。
既に石化の王の姿は無い。目的だけを果たし、早々に立ち去ったらしい。何とも抜け目ない事だ。
「っ、ムーン!!ルビを連れてさっさと撤退しろ!!!」
「石英、お前は?」
「僕は、こいつを・・・アザトースを何とかする」
「っ!?」
ムーンは思わず、息を呑んだ。石英の表情から強い悲壮な覚悟を感じたからだ。
これには当然、ルビは反発した。
「嫌!!石英も一緒に逃げよう?私だけなんて嫌だよ。お願い、石英も一緒に逃げてよ」
「ルビ・・・・・・ごめん」
石英はルビを抱き締め、深く口付けした。目を見開き、身体を硬直させるルビ。しかし、やがてルビの身体から力が抜けていき、やがて眠りに入った。石英の魔力でルビを眠らせたのだ。
「石・・・英・・・・・・」
ルビの目から、涙が伝う。石英は一瞬、悲しげな表情をする。しかし、すぐに表情を引き締めてアザトースの方へ向き直る。
瞬間、無数の黒い触手が襲い掛かる。それ等全て、石英達に向かってくる。直撃すれば只では済まないだろう数と質がある。
だが、その触手は全て、何かに防がれて石英達に届かなかった。
其れは、巨大な黄金の腕だ。四本の黄金の巨腕が黒い触手を尽く握っている。
この巨腕は石英の魔力を物質化し、造り出した物だ。
「ムーン、早く!!!」
「っ、死ぬなよ!!」
ムーンは転移でその場を離脱した。
仲間を置いて逃げる事が、かなり悔しいのだろう。最後、苦々しい表情をしていたのが見えた。
「出来ればお前も逃げて欲しいんだがな。コラン」
「嫌だよ。私だって戦う力があるもの。私も一緒に戦う、一緒に戦わせて」
そう言い、サファイヤは石英の横に並んだ。その顔には、強い意志と覚悟が宿っていた。
石英もそれ以上は何も言わず、目の前を見据えた。
絶えず破壊と創造が繰り返される混沌の場。その中央にそれは居た。
純白の髪と肌、ゆったりとした同色の衣服を着、鮮血の様な赤い瞳の純白の魔王。元より性別の概念など無いらしく、男にも女にも見える中性的な容姿だ。
足下の影からは漆黒の触手が蠢き、三次元空間に収まり切らない為か、存在しているだけで天界が崩壊しそうになっている。
クトゥルー神話の原初の神性であり、原初の混沌。宇宙の原罪そのもの。
原初と終末、有と無、正と負、生と死、破壊と創造、光と闇、その全ての入り混じった混沌。宇宙の中心に存在する座にて、破壊と創造を繰り返すだけの神性。
真の魔王、盲目白痴の神―――アザトースが此処に降臨した。
「やべえな、勝てるのか?これ・・・」
「え!?」
サファイヤは耳を疑った。あの石英が勝利の可能性を疑ったのだ。それはつまり、アザトースとはそれほど強大な存在という事だ。石英は一目でその強大さを悟ったのだ。
事実、この場に居る者達はほとんどが冷や汗を搔き、片膝を地に着いている。アザトースを直視した者は狂気に当てられ、存在の根源から破滅するとされる。
無事なのは石英とサファイヤぐらいだ。
石英とサファイヤがそうならなかったのは、ただ単純に、アザトースの狂気に耐えられる程の強い精神力を持っていたからだ。
もし、ルビやムーンがこの場に居れば、たちまち狂気に当てられ破滅しただろう。実に恐ろしい。
ルビとムーンを退却させたのは正解だっただろう。
「・・・・・・・・・コラン、一つだけ頼みがある」
「なっ、何・・・?」
石英の言葉に、サファイヤは緊張する。石英の声に途方もない覚悟が宿っている事に気付いたから。
何か、嫌な予感がした。石英が何処か遠くへ行ってしまう様な、そんな嫌な予感がした。
「少しの間、僕が魔力を高めている間、時間を稼いでくれ」
「石英・・・・・・」
「大丈夫。必ず生きて帰ってくるから」
その言葉に何かを察したらしく、サファイヤは悲しげな顔をする。しかし、すぐに表情をきゅっと引き締めて強く頷いた。
サファイヤも覚悟を決めたらしい。強い表情だ。
「解った、石英を信じるよ」
そう言って、サファイヤはアザトースに向き直った。見ると、アザトースは新たに出現した三本の腕に拘束されていた。
しかし、拘束しきれないのか、黄金の巨腕は所々罅が入っている。もう耐えられない。
「ギイイイイイイアアアアアアアアアアアアァァァァァAAAAAAaaaaaッッ!!!」
人間の言語野では認識出来ない絶叫。巨腕が一斉に砕け、空間に罅が入っていく。
認識出来ない思考のエネルギーが、万物を破壊していく。
その中をサファイヤは駆けていく。それは例えるなら、弓から放たれた矢の様だ。
「ふっ!!!」
サファイヤは掌に創造した剣を握り、横薙ぎに振るう。全てを断つ必断の一閃。しかし―――
横薙ぎの一閃はアザトースの手前で、何かによって防がれた。
「ギアアアアアアアアアアアアァァァァァァAAAAAaaaッッ!!!」
「しまっ!!」
サファイヤの身体を複数の黒い触手が拘束する。引き千切ろうともがくが、拘束が強く不可能だ。
拘束がどんどん強くなってゆく。どうやらこのまま、サファイヤを触手で絞め殺すつもりらしい。
「かっ、は・・・・・・・・・ああっ!!」
このまま絞め殺されるのか?サファイヤの脳裏に、諦めが過った。このまま石英の役に立てず、只死んでゆくだけなのか?これで、私は終わりなのか?
否、違う!!そんなのは認めない。こんな所で、只死ぬなんて嫌だ!!!
「ギイイイアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァAAAAAAaaaッ!!!」
「うああああああああああああああああああああああああああっ!!!」
サファイヤの空色の魔力が鋭い刃となり、黒い触手を切り刻む。触手の拘束から脱出したサファイヤは一旦距離を取る。
サファイヤの息が荒い。どうやらかなり消耗させられた様だ。地に片膝を着く。
しかし、此処で倒れる訳にはいかない。サファイヤの魔力が一気に高まる。
天を覆う、幾億の巨大な刃。その一本一本にかなりの魔力が籠められているのだ。その全てがアザトースに降り注いだ。
「ギイイイイイイヤアアアアアアアアアアアアアアアAAAAAAAAAaaaaッ!!!」
響くアザトースの絶叫。土煙が立ち込め、視界が効かない。一撃一撃に必滅の威力を籠めている。
手傷の一つや二つ、負わせられた筈だ。そうサファイヤは確信している。
「やった・・・の・・・?」
サファイヤが呟く。出来ればこのまま終わって欲しい。しかし、その希望はすぐに絶望へ変わる。
高まる混沌の神気。立ち上る土煙から、黒い触手が幾本も突き抜けて襲い掛かる。
避ける訳にはいかない。避ければ背後の石英に直撃するだろう。サファイヤは覚悟を決める。
「ぐっ・・・・・・・・・かはっ!?」
魔力によって造られた簡易の盾。それにより幾つかは防げた物の、その内二本は脇腹と肩を掠めて多量の血が止め処なく溢れる。驚いた事に、奴は無傷だ。かすり傷一つ無い。
しかし、逃げられない。まだ、逃げる訳にはいかない。今、逃げれば石英が―――
「コラン、今だっ!!!」
「っ!!?」
瞬間、言葉で表現出来ない程の膨大な魔力が背後で感じられた。石英の魔力だ。天界を、宇宙を満たして余りある膨大な魔力。
サファイヤは全力で横に跳躍する。刹那、黄金の閃光が奔った。
膨大な魔力を纏い、ロンギヌスの聖槍が飛翔する。聖槍はアザトースの手前にあるエネルギーの障壁を容易く打ち破り、その身体に届いた。
しかし―――
「う、嘘っ!?」
聖槍はアザトースの身体に触れた瞬間、無残に砕けた。彼のロンギヌスの聖槍が、アザトースには傷一つ付ける事も出来なかったのだ。恐るべき防御能力だ。
だが、それでも石英は諦めなかった。この程度、既に予測出来ている。
「ああ、お前なら効かないと思っていたよ」
石英はそのまま、アザトースへと突撃していく。
「石英!?」
サファイヤの悲鳴が響く。黒い触手が石英に殺到する。しかし、石英は恐れずに突き進む。
そして、その掌がアザトースに触れた瞬間―――
アザトースと石英は、天界から消失した。
・・・・・・・・・
多元宇宙の何処か、とある世界にアザトースと石英は対峙していた。世界、というより宇宙だ。
彼等は今、宇宙空間に立っていた。
「此れが、貴様の策か?神殺しよ」
此処に来て、初めて明確な言葉を話すアザトース。石英はそれに驚かない。
むしろ、何処か納得した感じさえある。
「やはり話せたか、アザトース。いや、アザトースと呼ばれし者」
「ほう・・・?何時から気付いていた?」
「最初は気付かなかったさ。けど、盲目白痴の神にしてはやたら知性が感じられたんでな・・・」
それに、と石英は付け加える。
「アザトースが目覚めると世界が消滅する。物語の設定ではそうなっていた筈だ」
「ほう」
アザトースは面白そうに笑う。本当に楽しそうに、愉快そうに笑う。赤い瞳が爛々と輝く。
クトゥルー神話によれば、世界はアザトースの夢の中だとされている。故に、アザトースが目覚めれば世界は瞬く間に消滅するだろう。
しかし、このアザトースは最初から目覚めていたし、明確な知性も感じられた。即ち、このアザトースは盲目白痴の神と呼ばれるアザトースとは別物である。石英はそう結論付けた。
その瞬間、神気による圧が増し、宇宙空間が軋みを上げる。だが、宇宙空間に罅一つ入らない。
アザトースは更に笑みを深める。
「なるほど、そこそこの強度はある訳か。それで?此処なら私に勝てるとでも?」
「此処なら全力で戦っても問題無いと、そう判断しただけさ」
あの場で戦うにはヒトが多すぎる。それに、アザトースと石英が全力を出せば、それだけで天界が崩壊しかねないだろう。そう考えて、舞台を整えたのだ。
此処は、石英の創造した異界だ。それなりの強度がある。全力を出すには丁度良い。
石英は、最初からそれ等全てを踏まえた上で魔力を高めたのだ。
「ならばもはや言葉など不要。消え去れ、神殺し!!!」
「お前が消えろ!!!僕は生きる!!!」
ぶつかり合う混沌の神気と黄金の魔力。真なる神と神殺し、その戦いが此処に幕を開けた。




