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神殺しの星辰《ほし》(旧題:不幸な少年と病の少女)  作者: ネツアッハ=ソフ
天界戦争―Azathoth―
51/114

僕はこんな所で死ねないんだ!!!

 天界、中立地帯である中央大草原。現在、その大部分が荒れ果て、其処で大規模な戦闘があったと容易に理解出来るだろう状況になっている。


 その一角で、赤い少女ルビは動かなくなった石英を抱き締め、泣いていた。石英の左の胸元には小さな穴が開いており、決して少なくない量の血が流れている。既に、石英は息絶えていた。


 「石英!石英!!・・・・・・うあっ、あああぁぁっ・・・」


 呼び掛けても返事をしない。当然だ。もう、石英は死んでいるのだから・・・。石英はもう、此処にはいないのだから・・・。石英はルビを庇って死んだのだ。


 ルビの目から涙が溢れる。堪え切れない嗚咽(おえつ)が、涙と共に零れる。


 サファイヤも涙を溢れさせ、静かに泣いている。他の皆もそれぞれ、涙を流したり悔しそうな顔をしたり怒りに顔を歪め、肩を震わせたりしている。


 そんな時―――


 「くはっ、ははははははははははははぁははははははぁっ!!!」


 「っ!!お前・・・」


 場違いな嘲笑(ちょうしょう)に、全員の殺気が膨れ上がる。それでも嘲笑は止まない。


 ナイ神父は嗤い続ける。


 「くはははははははははっ!!無駄だ。その魔弾は全ての奇跡や神秘を否定する、不能の魔弾だ。そいつはもう生き返らない。死んだんだよ、そいつは!!!」


 死者は死者に。失ったモノは戻らない。故に、此れは当然の帰結。


 全ての神秘の完全否定。それがこの魔弾の権能だ。幻想は現実に立ち返り、壊れた物は直らない。


 先程ヤハウェを撃ったのも、この魔弾だ。神性を破壊された結果、彼は人間と同格に堕ちたのだ。


 並の神霊ならこうはならず、消滅していただろう。彼、ヤハウェが消滅しなかったのは、単にヤハウェの神性が強すぎた為だ。それでも神殺しの兵器としては充分すぎる威力だが・・・。


 「ふざ・・・けるな・・・」


 「あ?」


 溢れる怒りを押し殺す様な声に、ナイは尚も嗤う。声の主はサファイヤだ。彼女はかつてない程の怒りをその胸に(たぎ)らせている。


 「ふざけるな!!!石英はようやく幸せを手に入れたんだ!ルビと結婚し、ようやく人としての幸せを手に入れる事が出来たんだ!それをお前は奪うのか!!!」


 石英の幸せを願っていた。石英が幸せならそれだけで良かった。それだけが彼女の望みだった。


 石英の事が大好きだから、愛しているから。だからこそ、それを奪った奴が許せない。


 「くはっ、くっだらねえ」


 「「「ゲラゲラゲラゲラゲラゲラ」」」


 それを、ナイアーラトテップ達は一斉に嗤った。不愉快な嘲笑が響き渡る。もはや限界だった。


 「っ!!!」


 サファイヤは地面が爆ぜる程の踏み込みで、一足跳びに駆ける。ナイは未だに嗤っている。


 その不愉快な神父の顔面に、サファイヤは全力の拳を―――


 「くはっ、ざーんねんっ」


 サファイヤは二匹の異形に押さえられていた。それぞれ両腕をがっちりと固められ、嗤う二匹の異形に組み伏せられる。サファイヤはあまりの屈辱(くつじょく)に涙を浮かべる。


 ナイは嗤いながらサファイヤの額に銃口を突き付ける。引鉄に掛けた指に力が籠もった。


 石英、ごめんなさい―――


 サファイヤの頬に涙が一筋。乾いた音が、響き渡った。


 ・・・・・・・・・


 「・・・・・・此処は?」


 何処までも白く輝く空間で、石英は目を覚ました。何処までも白い、何も無い空間。


 何故、僕は此処に居るんだ?


 そう考えたが、やがて先程までの記憶を思い出してきた。


 「そうか、僕は死んだのか」


 「はい、貴方は死にました。不能の魔弾に撃ち抜かれて・・・」


 背後からの声に振り向くと、其処には純白の長髪にゆったりとした白い衣服、何処か人間離れした雰囲気のアルビノの少女が立っていた。立っている、というより少し浮いていた。


 知らない少女だ。しかし、その声には聞き覚えがあった。


 「えっと・・・大賢者?」


 「はい、その通りです。我が主」


 そう答えて、大賢者は微笑んだ。その微笑みは純白の髪や肌の為か、より幻想的に見えた。


 一言で言えば、美しかったのだ。


 「・・・・・・・・・」


 思わず言葉を失う。大賢者に見惚れたからでは決して無い。大賢者が人の少女の姿を取って目の前に現れた事に驚いたのである。・・・決して見惚れてた訳では無い。断じて無いったら。


 「ふふっ・・・」


 大賢者は穏やかに笑うと、石英を優しく抱き締めた。ふわりと香る甘い匂いに頭がくらっとする。


 危うく石英の理性が決壊する所だった。こんな所、ルビにでも見られたら確実に泣かれる。


 「え、えーっと。大賢者?」


 「ああ、ようやく主に触れました。これが主の体温、肌の感触ですか・・・」


 そう言って、大賢者はより抱き締める腕に力を籠める。・・・うん、さっきから胸が柔らかい。


 こうして、しばらく石英は大賢者に抱き締められた。途中、大賢者の呼吸が荒くなっていた気もするが気のせいだろう。(つや)っぽい声で石英の名を呼んでいた気もするが、断固気のせいだ。


 ・・・そう、断じて気のせいなのだ。だから目を閉じて唇を突き出し、顔を近付けるのを止めろ。


 こいつ、結構感情豊かだよな。本当に俺の仮面(ペルソナ)か?ふと、そんな疑問が湧いた。


 「・・・・・・で、結局お前は何が目的なんだ?」


 しばらくして、石英は息も絶え絶えに目的を問う。危なかった。別の意味で身の危険を感じたぞ。


 この時、石英は何かを忘れている気がしたが、それを後回しにした。今はこの大賢者から目的を聞く方が最優先である。


 すると、大賢者は僅かに悲しげな顔をした。


 「主は良いのですか?死んでももう心残りは無いと?」


 「・・・・・・・・・」


 「このまま主は本当に満足して死ねるのですか?」


 こんな死に方で、本当に満足出来るのか?何も守り通せないまま、本当に後悔せずに死ねるのか?


 本当にこのままで良いのか?いや、しかし―――


 「僕は死んだんだ。それも魔弾に撃たれて・・・もう、どうしようもないよ」


 石英とて、実際に撃たれてみてあの魔弾の特性を把握(はあく)している。・・・あの魔弾に撃たれれば転生はおろか、死者蘇生の法すら効かない。神の奇跡や神秘を否定する不能の魔弾。


 壊れた物は壊れたまま、死んだ者は死んだまま、あの魔弾はあらゆる神秘を否定するのだ。


 撃たれた瞬間に終わりなのだ。死んだ者が生き返るな。撃たれたらさっさと死ね。立ち上がるな。


 奇跡や神秘など誰が認めた。そんな物は認めないし認めさせない。故にさっさと死ね。


 それがあの魔弾に籠められた権能(じゅそ)の全てだ。故の権能であり、呪詛なのだ。


 しかし、大賢者はそれに納得出来ない様だった。


 「本当にそうですか?私は主の意思を知りたいのです。主はあれで本当に納得しているのですか?」


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 石英は再び黙り込んだ。石英とて納得出来た訳ではない。本当はこんな所で死にたくないのだ。


 本当は、石英の本当の気持ちは・・・。


 「主は本当にこんな所で死んでも良いのですか?」


 「そんな訳はないだろう!!!」


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 純白の空間を、石英の心からの絶叫が響き渡った。今度は大賢者が黙る。


 「もっと、あいつ等と一緒に生きたかった。もっと、あいつ等と笑い合いたかった。本当は、もっともっとあいつ等を守ってやりたかったんだ!!僕は、僕はこんな所で死ねないんだ!!!」


 ルビと、サファイヤと、ムーンと、シディアと、ヘリオドールと、他にも石英には大切な人が、大切な人達が出来過ぎた。故に石英は死ねない。死にたくないのだ。


 大切な人が出来た。守りたい人が出来た。その皆が愛おしい。その全てが愛おしい。


 ルビの事は大好きだし、愛している。コランは大切な家族だ。ムーンもシディアもヘリオドールも石英にとってかけがえのない仲間だ。故に、石英は守りたい。自身の大切な全てを。


 ・・・その想いを聞いた大賢者が優しく微笑んだ。


 「了解しました。我が主・・・封印(リミッター)を解除します」


 瞬間、石英の身体が熱と共に黄金の光を発する。今までに無い、強い黄金の魔力光。


 石英の想いの強さに応じるかの様に、強く強く輝く。


 「・・・此れは」


 「主の神殺しとしての力を、少しだけ解放しました」


 「大賢者・・・お前は一体―――」


 何者なんだ?石英の言葉に、大賢者は優しげな笑みを浮かべながら答えた。


 「私は大賢者。主の仮面(ペルソナ)にして王権(おうけん)を司る者」


 大賢者の言葉と共に、石英は死を超越した。

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