僕の勝ちだ・・・
一閃。ヤハウェが聖剣を横凪ぎに振るうと、轟音と共に巨大な影が一帯に差した。空を見上げ、全員が絶句する。それは、天を覆う程の巨大な大津波だった。
そもそも、海からかなり離れている筈の内陸部で津波などありえない。
そもそも、この大津波は海からの物では無い。ヤハウェが無から創造した物だ。
大陸を呑み込む程の大津波が全員を押し潰さんと迫っている。あまりに大規模で大質量な攻撃に、全員が呆然自失する。
それも当然だ。まさしくこれぞ、神の振るう猛威というものだろう。脅威という他ない。
此れこそが、唯一神であるヤハウェの神威だ。
しかし、石英はそれを全く脅威と思っていない。冷静に物事を観察している。
石英は至って平然とそれを指差し、厳かに呟く。紡がれる言霊はたったの一言。
『凍てつけ』
その一言で絶対零度の風が吹き荒れ、大津波は一瞬で凍り付いた。その戦闘の規模はまさしく、神話の戦いと呼ぶに相応しい光景だ。信じられない事に、それは互いにとって軽いジャブ程度の物でしかないのだ。
石英にとってもヤハウェにとっても、この程度大した事は無いのだ。恐ろしい事に、まだ両者共に全力を出していないのである。
石英とヤハウェはにやりと笑みを浮かべた。その笑みは何処となく楽しそうだ。
石英は続けて何事かを呟いた。それは、遥か古代の言語。世界祖語と呼ばれる言語だ。
それは、遥か昔に失われた人類の共通祖語。霊的な力を持ってそれは紡がれる。
言葉には霊的な力が宿る。遥か古代、それも神代では特にそれは顕著だ。遥かな神代に使われていた共通言語ともなれば、それはある種の神性を帯びる。其処には魔術的意味も強い。
此れは不味い。
そう判断したヤハウェは、それをさせまいと聖剣を創造して、石英に投射する。雨あられと投射される聖剣を、石英はあえて避けない。否、石英はそれが致命傷にならない事を知っているが故、あえてそれを避けなかったのだ。
結果、全身に聖剣を受ける。石英は大量の血を吐く。
「「石英!!?」」
ルビとサファイヤの悲鳴が響く。それでも石英は言霊を紡ぎ続ける。黄金の魔力が更に高まる。
そして―――
『来たれ、天変地異!!!』
森羅万象を破壊する天変地異が発生した。
巨大な大竜巻が幾つも発生し、天雷や大津波、大地震が世界を揺るがす。突如発生した大災厄。
それはまさに、天災と呼ぶに相応しい。天は荒れ狂い、大地は砕けて津波に全て流される。
他の皆は、サファイヤの張った強固な結界に守られている。問題は無い。
世界を破壊する災厄の全てが、ヤハウェを襲う。
「こんな、もの!!!」
ヤハウェはそれに向かって掌を握り込む。瞬間、天変地異が全て消し飛んだ。石英は自身に刺さった聖剣を引き抜く。
すると、聖剣による傷の全てが、一瞬の内に消え去った。石英は聖剣に力を込めて破壊すると、再び短刀を構えた。
ヤハウェも聖剣を創造して、構える。互いに向かい合い、睨み合う。
次の瞬間、石英とヤハウェの姿が同時に消え、天界の至る所で鋭い金属音が響き渡る。その動きに連続性は一切無く、まるでコマ送りの様だ。
時間停止。今、一人と一柱は停止した世界を駆け回り、刃を交えているのだ。
能力は互角、技量も互角。なら、あとは想いの強さのみ。
絶対に負けられない。その想いを乗せ、互いに肉薄する。
受け、流し、切り、防ぎ、その攻防の中で石英とヤハウェは互いに笑っていた。互いに傷付け合いながら、傷付けられながら、それでも両者共に笑っていた。
その異常な光景に、皆は絶句する。
「ははっ、はははははっ!!」
「くはっ、くはははははっ!!」
別に狂った訳ではない。殺し合う事を楽しんでいる訳でもない。決して強がっている訳でも無い。
なら、一体何故なのか?何故、こうも楽しそうに笑えるのか?
答えは単純にして明快。ただ、戦いの中で互いの事を理解した。ただ、それだけの事だ。
互いの心を理解し、互いの想いを理解した。だからこそ、笑っているのだ。
刃を通し、決して負けられぬ互いの想いを理解し合った。それだけなのだ。
「だが、勝つのは私だ!それは譲らん!!」
「いいや、勝つのは僕だ!!絶対に負けられない!!」
互いに短刀と聖剣を交え、解り合う。それでも尚負けられない。負ける訳にはいかない。
絶対に負けてたまるか!!!
想いと想いがぶつかり合う。何時の間にか、他の皆は、天使達すらも全員魅入られていた。
それほどまでに、この戦いは苛烈でありながら美しかった。終って欲しくないとも思った。
しかし、それでも終わりは来る。
石英が特攻を仕掛ける。ヤハウェは聖剣を大量に創造し、投射する。聖剣の弾幕。聖剣の嵐だ。
その密度、量はもはや天を覆い尽くす程だ。
石英はそれを避けない。簡易の結界を張り、そのまま突撃する。当然、結界はすぐに破れる。
しかし、それでも頭や心臓など、重要な部分は守れる。大量の重傷を負いながらそれでも突撃し、ヤハウェの胸元に刃を突き刺す。
「・・・っ、かはっ」
「僕の勝ちだ・・・」
「そうだな・・・お前の、勝ちだ・・・」
石英が静かに勝利宣言をする。その身体には大量の聖剣が刺さり、かなりの重傷だ。むしろ無事な所を見付ける方が難しいだろう。
まったく、無茶をするものだ・・・。ヤハウェはそう呟いた。
ヤハウェは苦笑しながら、それでも清々しい顔をしている。どうやら、敗北を認めたらしい。
石英の完全な勝利だ。誰もがそれを理解した。天使達ですら、それを認めた。
しかし、石英は何処か納得出来ない顔をしていた。
「・・・・・・ヤハウェ、一つだけ聞かせて貰っても良いか?」
「何だ?」
「ヤハウェ、貴方はもしや文字通りの全知全能では無いのではないか?」
「・・・・・・・・・・・・」
ヤハウェは黙り込む。その沈黙を肯定と受け止め、石英は続ける。
「文字通りの全知全能なら、全人類の選別など容易い筈だ。それこそ、ルビの力を借りる必要などこれっぽっちも無かった筈なんだ」
違うか?と、石英は問う。やはり、ヤハウェは黙り込んだままだ。石英は答えるのを黙って待つ。
やがて、ヤハウェはゆっくりと答えた。
「私は全知全能、それに嘘は無い。ただし、あくまで単一宇宙の規模での全知全能だ。無限の可能性に存在する多元宇宙では、私は多くの制限を受ける。それが全能の逆説だ」
「・・・・・・そうか」
全能の逆説―――全知全能を否定するパラドックス。全能者を否定するパラドックス。
全能者は全能であるが故、矛盾を内包する。これを解決するには確率論に適応し、多元宇宙に適合しなければならない。
つまり、矛盾すら内包し、無限の可能性に適合出来なければこのパラドックスはクリア出来ない。
ヤハウェは運命論の延長線上に存在する神霊だ。確率論が支配する多元宇宙では、思う様に全知全能の力を振るう事が出来ないのだ。
単一宇宙では全知全能を行使出来ても、多元宇宙では多くの制限を受けるのだ。これでは、到底全人類を裁く事など不可能だ。此れでは完全な全知全能とは言い難い。
全能の神である筈のヤハウェが、全能を思うままに振るう事が出来ない矛盾。其処に、石英はヤハウェの苦悩を見た気がした。
と、次の瞬間―――
「くははっ、傑作だな」
バァン!!!
乾いた炸裂音が響き、一発の弾丸がヤハウェの背後から心臓を撃ち抜いた。
「・・・っ、ガハッ・・・・・・」
ヤハウェが喀血し、大量の血が溢れ出す。
ありえない。強力な霊的存在であり、唯一神でもあるヤハウェが一発の弾丸に打ち抜かれ、ダメージを受けたのである。本来ならありえない話だ。
誰もが愕然とする中、石英は弾丸の飛んで来た方向を睨み付けた。
其処には、色の黒い神父が嫌らしい笑みを浮かべて立っている。その手には、一丁のオートマチックの拳銃が握られていた。




