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神殺しの星辰《ほし》(旧題:不幸な少年と病の少女)  作者: ネツアッハ=ソフ
天界戦争―Azathoth―
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良かった、また会えた・・・

 「此処は・・・」


 「あっ、目が覚めた?・・・良かった」


 石英が目を覚ますと、目の前にサファイヤの顔があった。頭の下に心地良い感触が、どうやら膝枕をされているらしい。顔が近い。


 サファイヤは安堵(あんど)の表情を浮かべ瞳に僅かに涙を浮かべている。心配を掛けた様だ。


 涙を手で拭ってやると、サファイヤは微笑みを浮かべ、優しく抱き締めてきた。石英も、サファイヤの背に腕を回して抱き返す。


 「石英が生きていて、本当に良かった。石英の事を愛している。石英の幸せを、私は願っている」


 「そうか・・・。僕もコランの事を愛している。君の事を信じているから」


 コランの事を愛している。信じているから―――


 それは、サファイヤが帝釈天と戦っている最中に石英がサファイヤに囁いた言葉だ。帝釈天の挑発に我を忘れ掛けた彼女に、石英が囁いた言葉。


 大丈夫だと、愛している、信じていると石英は言った。だからこそサファイヤも存分に戦えた。


 「ありがとう。石英、愛してる・・・」


 この時、サファイヤの顔は心底から幸せそうだった。そして、そんな二人を他の皆は微笑ましげに見守っていたのだった。


 ・・・・・・・・・


 石英は今、口元を引き攣らせて唖然(あぜん)としていた。それは何故か?


 その理由は―――


 「何故、さっきまで戦っていた奴が和気藹々(わきあいあい)と皆に馴染んでるんだ?」


 そう、帝釈天が普通に皆と馴染んでいた事である。何故?


 「石英、それは―――」


 「おっと、其処から先は俺が言おう」


 サファイヤの言葉を遮り、帝釈天が前に出た。その顔はにやにやと、笑みを浮かべている。


 どうやら石英の反応が愉快(ゆかい)だったらしい。少し不愉快な気分になる。


 石英は背後にサファイヤを庇いつつ、帝釈天を睨む。


 「・・・何だよ」


 「くくっ、そう睨むな。俺も今は敵対する気は無い。もう、頭は冷めた」


 そう、帝釈天はくつくつと笑う。しかし、石英は怪訝そうな顔で問い返す。


 「頭が冷めたとはどういう事だ?」


 「ハッ!つまり、さっきまで俺は精神支配を受けていたって事だよ俺は操られていたんだ!!」


 「!!?」


 吐き捨てる様な言葉に、石英は思わず目を見開く。それに、今聞き捨てならない事を聞いた。


 精神支配、マインドコントロール。精神を操る事で、他者(ひと)を操る技術。


 つまり、帝釈天は操られていたのだ。それは、同時に操っていた者が居るという事でもある。


 霊的存在である神霊の精神を操るなど、只者では無い。


 神霊を代表とする霊的存在は精神を主体とする。つまり、精神の強さが個体の強さに直結する。


 当然、帝釈天ほどの神霊を操るなど、並大抵の話では無い。件の黒幕は余程の実力者らしい。


 ・・・当の帝釈天は自嘲する様に口元を歪める。


 「油断していなかったと言ったら、嘘になるがな・・・。神霊の精神を操れる者が居るとは」


 どうやら、油断していたとはいえ操られた事が余程ショックだった様だ。かなり気落ちしている。


 石英が何かを言おうとした、その時―――


 「石英!!!」


 石英は目を見開き、反射的に声のした方へ振り向く。其処には捕らえられていた筈のルビが居た。


 皆、驚いた顔をして硬直している。何故、ルビが此処に居るのか?


 そう思ったのも束の間。ルビはだっと駆け寄り、勢い良く石英に抱き付いた。石英は慌てて自分自身を緩衝材にする事で、柔らかくルビを受け止めた。


 「ル、ルビ!?どうして此処に!?」


 「うっぐ、ひっぐ・・・うえぇっ」


 困惑しつつ石英は問い掛けるが、ルビは嗚咽を漏らし、泣きじゃくるばかり。更に困惑する石英。


 直後、鋭い金属音が響き渡る。何かと思い其方を向くと、一柱の天使とルシファーが刃を交わして激しい戦いを繰り広げていた。・・・は?


 何だこれと、石英は我が目を疑う。状況が混沌(カオス)すぎて、理解が追い付かない。


 というか、展開が早すぎて訳が解らない。


 天使の方は恐らく熾天使(セラフィム)だろう。互いに聖槍と魔剣を操り、死闘を演じる。


 天使は怒りに顔を歪め、ルシファーは笑っている。他の皆は・・・駄目だ、全員呆然としている。


 ルビは相変わらず泣きじゃくっている。しがみ付いて離れない。


 「何なんだ、一体・・・」


 石英の呟きは虚しく虚空に消えていった。


 ・・・・・・・・・


 「うぅっ・・・ぐすっ。良かった、また会えた・・・ひっぐ」


 「うん・・・解ったからもう、泣き止んでくれ・・・」


 「ひっぐ・・・ぐす、うん・・・・・・」


 しばらく後、厳密には一時間半ほど後―――ようやくルビが落ち着いてきた。


 天使とルシファーの戦いも、石英の仲裁で何とか治まった。流石の石英も、今回はかなり疲れた。


 しかし、同時にルビと再会出来て喜んでもいる。石英はルビを優しく抱き締め背中を軽く撫でた。


 ルビも嬉しそうに石英の胸元に抱き付いた。


 「けど・・・まあルビが無事で良かった。とても心配したんだ」


 「うん。ミカエル・・・其処に居る天使が助けてくれたから・・・・・・」


 「ミカエル?天使長の?」


 思わず石英は天使の方を見る。天使、ミカエルは苦笑しながら頷いた。どうやら本物らしい。


 石英は目を丸した。というか、素で驚いた。


 ミカエル、ミハイル、ミーカイール。天使の最上位である熾天使の中で最も神に近い熾天使の長。


 天使の王子、天使長、天軍の総帥(そうすい)とも言われる。七大天使の筆頭。


 天使の中でも最も有名な天使であろう。


 「本当は貴方とは色々と話したい事があったのですが、もはや時間もありません。主に見付かる前に早くルビを連れて逃げて下さい」


 そう言って、ミカエルは石英達に帰る様に諭す。石英達の前に、空間の裂け目が現れる。


 これを潜れば、石英達は帰れるだろう。しかし、石英は首を横に振る。


 「いいや、ミカエル。もう遅い」


 石英は空の一点を見詰め、そう言った。ミカエルもやや遅れて気付いたらしい。はっとして遥か上空を見上げる。


 ・・・最初は小さな揺らぎ程度だった。それが、徐々に大きくなりやがて、空間が大きく歪んだ。


 空間の歪みはやがて巨大な穴となり、中から天使の軍勢と一柱の神が現れた。ヤハウェだ。


 天使達は皆、大天使以上の者ばかり。その中にはウリエルやラファエル、メタトロンなど最上位の熾天使の姿もあった。


 「・・・主よ」


 ミカエルは愕然と呟く。ヤハウェは僅かに悲しげな視線をミカエルに向ける。


 同時に、その瞳には落胆の色さえあった。その瞳に、ミカエルは震え慄く。


 「ミカエル、貴方まで私を裏切るのか・・・」


 「い、いえ・・・そんなつもりは・・・」


 「言い訳は良い。今は―――」


 ヤハウェは石英の方へと視線を向ける。瞬間、場を単一の宇宙の如き神威(しんい)が満たす。


 その威圧に、この場にいたほとんどが圧倒される。耐える事が出来たのは、石英とサファイヤ、そしてミカドくらいだろう。


 彼は唯一神(ゆいいつしん)。神々の王の中でも頭一つ飛び抜けた存在だ。


 その力も文字通り、並では無い。


 「久方ぶり、という程でも無いな。神殺しよ・・・」


 「唯一神、ヤハウェ・・・」


 石英は短刀を構え、油断なくヤハウェと対峙(たいじ)する。石英を守ろうとサファイヤが前に出ようとするが、それを石英は片手で制する。


 「石英?」


 「大丈夫だ。今度は不覚を取らないから」


 そう言い、石英は微笑んでみせる。そんな石英に、天使達が一斉に突撃を仕掛ける。


 天使達の手には、神の力を分け与えた聖剣や聖槍が握られている。その威力は侮れない。


 が、しかし―――


 「遅い!!!」


 気付けば、天使達は皆石英に斬り伏せられていた。速いなんて物では無い。ゼウスや帝釈天の目を持ってしても全く見切れなかった。ありえない。


 まるで、一切の過程を省いた様な動きだ。あるいはコマ送りの様に、動きに連続性が無い。


 「・・・もしかして」


 サファイヤは何かに気付いたらしい。愕然とした表情をする。


 対するヤハウェは面白そうに口元を歪める。


 「ほう・・・停止した時の中、動き回る(すべ)を身に付けたか」


 愉快そうに笑うヤハウェとは対照的に、皆の顔が驚愕に染まる。


 そう、石英は停止した時間の中を動き、天使達を斬り伏せたのだ。これには停止した時を認識し、自由に動き回れなければこの力には対抗出来ないだろう。


 時間停止には原則時間停止しか対抗出来ないのだ。ある意味、最上位の力だ。


 しかし、ヤハウェの顔に焦りの色は無い。余裕の表情で聖剣を召喚し、構える。


 この程度、何の障害にも思っていない様だ。


 石英も短刀を構え、意識のスイッチを戦闘用に切り替える。唯一神と神殺しの戦いが幕を開けた。

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