幕間、大変です!大変なのですっ!!!
天界時間14:35ヤハウェの神殿にて―――
「死神の少女が逃げたですって!?」
「絶対に見付け出すのです!!」
「まだ近くに居る筈です!見付け出して、再び捕らえるのです!!早く!!!」
神殿では天使達が騒いでいた。騒ぎの理由はルビだ。ルビが逃げ出したのだ。
「騒がしいですね。何かあったのですか?」
「ミ、ミカエル様!!?」
「あわっ、あわわっ・・・」
其処に現れた天使長に天使達は動揺した。中には目に見えて青褪める天使も居た。
ミカエルは表情を一切崩さず、再び問い質す。
「何かあったのですか?」
「は、はい・・・実は、死神の少女が逃げ出したのです・・・」
天使の一柱がしゅんと肩を落とし、状況を説明する。なるほどと、ミカエルは呟く。
「その少女の居場所はもう見付かっているのですか?」
「い、いえ・・・それはまだですが・・・」
「そうですか・・・」
そういって、ミカエルは静かに息を吐く。それをどう捉えたのか、天使達は一気に消沈した。
すると、再び其処に新たな天使が駆け付けてくる。その顔は明らかに蒼白だ。
「ミ、ミ、ミカエル様っ!?大変です!大変なのですっ!!!」
「落ち着いて下さい。一体何があったのですか?」
狼狽する天使にミカエルは冷静に問い掛ける。それでもまだ、天使はうろたえる。
これでは話にならない。ミカエルは一つ溜息を吐くと大声でその天使を叱咤する。
「落ち着きなさい!!!」
「ひっ!?」
びっくうっっ!!!
天使達は一斉に肩を震えさせ、縮こまる。叱咤された天使など涙目だ。それを冷たい視線で見詰める天使長ミカエル。
「落ち着きましたか・・・?」
「は、はい・・・」
落ち着いたらしい。ミカエルは再び溜息を吐き、再度問い掛けた。
「一体何があったのです?」
「はい。実は・・・死神の少女を奪還すべく、神殺しが天界に乗り込んで来たのですが・・・其処に堕天使ルシファーの姿も確認されたのです」
「「「「!!?」」」」
その場に戦慄が奔る。ミカエルの目がこれでもかと見開かれた。
堕天使ルシファー、その名はそれ程までに恐るべき物なのだ。何故なら、かつて自らの意思で自らの創造主である神、ヤハウェに反逆した天使だからだ。
その際、天使の過半数が彼に賛同し堕天したが、それはあくまで彼に同調しただけだ。真に、自らの意思で創造主に反逆したのは彼だけだ。
その彼が、再び天界に戻ってきた。ミカエルの脳裏に大戦争の予感が過る。
「貴方達はルシファーを迎え撃つ準備をして下さい!!」
「し、しかし・・・死神の少女や神殺しが・・・」
「今は其方に構っている場合では無い筈です!堕天使達がもし、全軍で攻めて来たら・・・流石の天界も無事では済まないでしょう!!」
「は、はいっ!!!」
天使達は慌てて飛んで行った。誰も居なくなったのを確認し、ミカエルはふぅっと溜息を吐いた。
「もう、出て来ても良いですよ」
「・・・・・・・・・」
ミカエルの背後の陰からルビが出て来た。ミカエルは天使達と話している間、ずっと背後にルビを隠していたのだ。
天使達に気取られず、人を隠すなど並ではない。何かしら、特殊な力を行使したのは明白だ。
「よくぞ耐えました」
「・・・あの、先程の天使達が言っていた神殺しって?石英の事を言っている様だけど」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ミカエルは苦々しい顔で黙り込んだ。とても言いづらそうな雰囲気だ。
ルビはきょとんっと首を傾げる。
「あの・・・ミカエル?」
「ルビ・・・貴女は運命というモノを信じますか?」
「え・・・?」
ゆっくりと、ミカエルは話を噛み砕く様に説明する。
「人の中には、時として強力な運命を背負って生まれて来る者が居るのです。それは必ずしも人だけではありません。あらゆる生物、神や悪魔、神話の英雄達ですら持って生まれて来るのです。それを我々は星辰と呼びます・・・」
「星辰・・・」
「そう、星辰です・・・。その星辰を宿して生まれて来た子供は、星辰の方向性により人生の大部分が決定されるのです」
神話に度々語られる運命、それこそが星辰の正体である。星辰を宿して生まれて来た者は、無限の確率を超えて運命を強制される。
その強制力を知っているミカエルは苦々しい顔をした。神を殺す運命など、一人の人間に背負わせるにはあまりに酷だ。
それを理解したルビは悲しげな表情を浮かべた。
「じゃあ・・・石英も、その星辰を?」
「はい。彼は生まれながら、神を殺すという星辰を宿して生まれて来た、生来の神殺しです」
「そんな・・・」
ルビは思わず、絶望しそうになる。それを察したミカエルは苦笑して言った。
「星辰の運命を乗り越える事は、出来ない訳ではありません・・・」
「ほ、本当!!?」
思わずルビは身を乗り出して尋ねる。そんな彼女に、ミカエルは少し苦い顔で言った。
「並の苦労ではありません。神々ですら、乗り越えられずに運命に屈する事がほとんどですから」
「それでも、無いよりはマシだよ!!」
そう言って喜ぶルビ。しかし、ミカエルの表情は晴れない。
神々ですら、ほぼ乗り越えられない・・・。それはつまり、運命を乗り越えるという事は神々すらも超越するという事である。
運命を乗り越えられず、神々を殺す化物になるか、星辰を乗り越えて化物となるか・・・その違いでしか無い筈だ・・・。それを知っているミカエルは一人、苦々しい顔でルビを見る。




