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神殺しの星辰《ほし》(旧題:不幸な少年と病の少女)  作者: ネツアッハ=ソフ
天界戦争―Azathoth―
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お前俺と勝負してみないか?

 現在、石英達は広大な草原を東へと向かって進んでいた。


 先頭を石英が歩いており、他の皆はその後ろを付いて歩いている。皆、石英に付いていっているだけで何処に向かっているのか知らない。


 やがて、(こら)え切れずにサファイヤが石英に問い掛ける。


 「あの、ところで石英?さっきから私達、石英の後ろを付いていっているだけなんだけど・・・一体何処に向かっているの?」


 石英は広大な草原を、迷う事なく進んでいた。何処か、明確な目的地が存在するのは確かだ。


 そして、何より初めて天界に来た筈の石英が何故、此処まで迷う事なく進んでいけるのか少し不審に思っていた。それを理解している石英は苦笑いを(こぼ)す。


 「コラン達の気持ちも正直理解出来る。只、今回は僕もよく解っていないんだ」


 「・・・・・・・・・えっと?」


 サファイヤはよく理解出来ずに、小首を傾げる。石英は思わず苦笑する。


 まあ、当然だろう。迷う事なく先頭を進んでいる石英自身が、行き先を理解していない。正直意味が解らないだろう。怪訝な視線が、石英に集中する。


 「ああ、うん・・・何かさっきから僕を呼ぶ声が聞こえるんだよ」


 「???」


 やはり、訳が解らずにサファイヤは首を傾げる。そりゃそうだと石英は軽く溜息を吐いた。


 「あー・・・さっきからどうも、僕に声を掛けてくる奴がいるみたいでな。たぶん、テレパシーっていうのかな・・・」


 「じゃあ・・・その誰かに呼ばれて石英は動いているの?」


 「・・・ああ」


 石英は頷く。サファイヤは一瞬、心配そうな顔をする。(わな)の可能性を考えたからだ。


 「罠の可能性はどうなの?」


 「・・・恐らくそれは無い。言っただろう?僕には全てが視えていると。僕の能力が、この選択が正解だと答えているんだ」


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 サファイヤは黙り込んだ。まだ心配ではある。しかし、石英がそう言うなら信じようと思った。


 そんな二人を見詰めながら、何かを考え込むゼウス。石英は訝しげな顔をする。


 「どうした?ゼウス」


 「いや・・・おんしは全てが視えておると言ったが、具体的にはどの程度視えておるのか?」


 ゼウスの問いに、石英は僅かに思案(しあん)する。


 「んー・・・。その気になれば過去、現在、未来の全ての可能性と運命、そして全ての生命体の心すらも見通す事が可能だろうな」


 「「!!?」」


 その言葉には、その場に居たほぼ全員が驚いた。・・・驚かなかったのは石英の能力を把握していたミカドとルシファーくらいだ。


 まあ、驚くのも無理はない。ようするに、それは全知と言えるのだから。


 「まあ、普段は視界を僅かにズラす事で意図的に視ないようにしているんだけどな・・・」


 「ふむ・・・もしや、おんしの瞳はアカシック・レコードと繋がっておるのか?」


 「・・・アカシック・レコード?」


 サファイヤがきょとんっと首を傾げる。石英は苦笑しつつ、助け船を出した。


 「コラン・・・アカシック・レコードというのは過去、現在、未来の全ての情報が記録された外宇宙の記憶概念の事だよ」


 アカシック・レコード―――


 アカシャ年代記(ねんだいき)ともされる、全ての情報の集積地。情報記録宇宙。


 神智学(しんちがく)により言及され、アストラル光という特殊な光媒体により情報が記録されている。


 一部の霊能者や超能力者がアクセスに成功し、様々な予言をしている。霊界のスーパーコンピュータとも言われ、神の無限の記録または図書館ともされる。


 「へ、へぇ・・・」


 「コラン、笑顔引き攣ってるって・・・」


 顔を引き攣らせて苦笑するサファイヤに、石英は溜息混じりに突っ込む。話が理解出来なかった訳ではなさそうだが・・・。


 と、そうこうしている内に、目の前に二柱(ふたり)の人影が見えてきた。


 片や、中華風の服を着たくすんだ金髪に白い肌の活発そうな少年。片や、純白の和服を着、太陽の様な微笑みを浮かべた流れる様な黒髪の和風美人が居た。


 二柱(ふたり)は石英達に気付いたらしく、石英達の方を向くと軽く頭を下げた。反射的に、石英達もそれぞれ頭を下げる。和服の女性がくすくすと微笑む。


 「初めまして。斉天大聖、孫悟空に天照大御神ですね?僕を呼んだのは貴方達ですね?」


 石英は目の前の二柱に対して、出来うる限りの敬意を持って接する。その姿に皆は唖然とした。


 その呆然とした姿を見て、石英はむっとした顔で言った。


 「失礼な。僕にだって誰かに敬意(けいい)を払う心くらいは持っているさ」


 「いや、でも石英が其処まで敬意を払う姿を初めて見たというか・・・」


 サファイヤがぼそりと呟く。石英はまだ若干不服そうな顔で、それもそうかと頷く。


 本人としては「本当に失礼だな」と、心の中で溜息を吐いているが。


 その光景を天照は微笑みながら、悟空はにやにやと笑いながら見ていた。


 ・・・・・・・・・


 「そろそろ良いでしょうか?」


 「ああ、そうですね・・・。そろそろ何の用で呼んだのか聞いても?」


 天照が話し掛けると、石英は本題を思い出した。天照はくすくすと笑い、事情を話し始めた。


 まず、感じたのは違和感だった。一部の神々がこそこそと隠れて、何かをしようとしている。


 何をしようとしているのか、問い詰めても何も言わない。中には露骨にごまかす神も居た。


 不審に思った天照は悟空に相談した。その後、分身や変化を駆使(くし)して調べ回った結果、天罰計画やナイという名の黒い神父の暗躍を知ったらしい。


 そして、その過程で石英という神殺しの存在を知ったと。そういう事らしい。


 「ふうん・・・ナイ、ねぇ・・・」


 「何か知っているのですか?石英さん?」


 「ええ、まあ・・・」


 苦々しい顔で言葉を(にご)す石英。どうも様子がおかしい。何か知っているが、言うべきかどうか迷っているような、そんな様子だ。


 皆が怪訝な顔で見詰める中、今まで黙っていた悟空が口を開いた。


 「おう!そうだ、お前俺と勝負してみないか?」


 「「「はっ???」」」


 その言葉には石英だけではなく、悟空を除くこの場の全員が呆けた声を出した。


 何言ってんだ?コイツ・・・。そんな目で悟空を見ている。話に脈絡が無さすぎて理解出来ない。


 「俺が勝ったら、お前達には協力して貰うぞ!」


 「ちっ、ちょっと・・・悟空!?何を―――」


 天照が慌てて止めようとするが、悟空は一瞬で背後に回り、その口を手で塞いだ。じたばたともがき暴れる天照だが、悟空の方が力が強くびくともしない。


 「で、どうする?」


 にやにやとしながら問い掛けてくる悟空に、石英は頭痛を堪える。


 嗚呼、頭痛が痛い。(いや)、頭が痛いの間違いか・・・。頭がきりきり痛む。


 まあ、それはともかく―――


 「拒否権は?」


 「無い!!」


 「ですよね、チクショウ!!!」


 石英は心の底から絶叫する。結局、石英はこの決闘を受け入れるしかないらしい。


 「んーっ!んーーーっっ!!」


 残念、天照の叫びは言葉にすらならず、虚しく虚空に響き渡るだけだった。


 ・・・・・・・・・


 斉天大聖、孫悟空―――


 中国の伝記小説、西遊記(さいゆうき)に登場する猿の妖仙。美猴王(びこうおう)とも。


 インド神話におけるハヌマーン。天界一の暴れ猿。


 花果山(かかざん)の頂で石の卵から産まれたとされる、猿の妖怪。水簾洞(すいれんどう)の主であり、花果山に棲む猿達の王。


 神仙としての修業を積み、様々な仙術を身に付けたが、それを見せびらかした為に破門された。


 その後、六人の義兄弟と共に七天大聖(しちてんたいせい)を名乗り、悟空を脅威とした天界と大戦争になる。


 その後一度は天界に斉天大聖という名で役職に就き、懐柔されるがすぐに騒動を起こし脱走する。


 天界に捕らわれた悟空はあらゆる方法で処刑されそうになるが、そのどれもが不死身の悟空を殺す事が出来なかったという。逆に怒った悟空が大暴れする始末だ。


 そも、悟空の圧倒的な武力は地獄の閻魔(えんま)も天界の神々も持て余す程だったと言う。地獄の獄卒達を容易く薙ぎ払い、仙人の丹を練るのに必要な八卦炉を破壊するという逸話まである。


 困り果てた神仏達は最後、釈迦(しゃか)に頼み込む。


 釈迦は悟空に一つの賭けを持ち掛ける。それが、彼の有名な釈迦の掌から脱出する話だ。


 釈迦との賭けに敗れ、五行山(ごぎょうさん)に封じられた悟空は五百年の時を幽閉される。


 後に三蔵法師(さんぞうほうし)の弟子となり、取経の旅をしていく内に精神的に成長をとげ、結果として闘戦勝仏(とうせんしょうぶつ)の号を与えられて仏の仲間となる。


 天照大御神―――


 日本神話の主神で三貴神(さんきしん)の一柱。太陽を司る女神。日本最古の引き籠り。


 黄泉(よみ)の国から帰って来た伊邪那岐命(いざなぎのみこと)(みそぎ)によって左目を洗った結果産まれたのが彼女だという。


 その際、天の高天原(たかまがはら)を治めるよう命じられる。


 弟の須佐之男(すさのお)が高天原で乱暴を働いた結果、天の岩戸に閉じ籠り日食が発生するという事件が起こり、世界は一度暗闇に包まれる。しかし、思兼神(おもいかね)の策と神々の活躍によって天照は天の岩戸から引きずり出され、世界は再び光を取り戻したという。


 日本の総氏神(そううじがみ)であり、皇祖神(こうそしん)でもある。


 閑話休題―――


 石英と悟空は互いに武器(えもの)を取り出し、向き合っている。石英は短刀を、悟空は両端に金の輪の付いた(あか)い棒をそれぞれ構え、睨み合う。


 「それが、彼の如意棒(にょいぼう)か・・・」


 「そうだ。これが俺の武器さ」


 如意棒―――


 本来如意金箍棒(にょいきんこぼう)という名が正しい。伸縮自在の神珍鐵(しんちんてつ)で出来た八トンもの棒。


 孫悟空が東海竜王(とうかいりゅうおう)より、強奪同然に貰った物。怪力無双を誇る悟空愛用の武器。


 本来は海底を突き固める為の棒である。それを、東海竜王から強引に譲り受けたのだ。


 普段、悟空はそれを小さくして耳の穴に仕舞っているという。


 ・・・悟空は腰を低く構え、如意棒の先端を石英に向ける。対する石英は自然体だ。互いに、隙など全くありはしない。


 動と静、二つの闘気がぶつかり合う。


 「んーっ!!んぐーーーっ!!!」


 天照は、悟空がどこからか持って来た大岩に縛り付けられ、その上猿轡(さるぐつわ)まで噛まされている。他の皆は天照を助け出そうと悪戦苦闘しているが、何故かその紐は全く解けない。


 それもその筈。この紐は封印の術式が組まれているのだ。それも、決闘が終わるまで絶対に解けないというかなり強力な制約の封印だ。


 そして、ついに石英と悟空の決闘が始まった。


 悟空は自身の毛を数本引き抜き、ふっと息を吹きかける。すると、一瞬で毛は悟空の分身となり石英に襲い掛かった。身外身(しんがいしん)の術、いわゆる分身の術だ。


 「ちっ!!小賢しい!!!」


 石英は数匹の分身を一瞬で斬り伏せた。しかし、一瞬隙を作れただけで充分だ。


 「ふっ!!!」


 悟空の如意棒が、石英の左胸に向かって伸びる。八トンにも及ぶその一撃は直撃すれば例え竜の鱗すらも打ち砕くだろう。掠っただけでも並の敵を(ほふ)る威力はある。


 その一撃を石英は容易く見切り、こっそり隠していた悟空の分身を盾にして最小の動きで避け、そのまま悟空に向かって行く。しかし、悟空はあろう事か伸びた如意棒をそのまま横に薙ぎ払った。


 「うおっ!!?」


 石英はそれを、上へ跳ぶ事で回避する。・・・しかし、それは明らかな下策(げさく)だ。


 何時の間にか、如意棒は元のサイズに戻っており、その先端は石英に向いていた。悟空は勝利を確信してにいっと笑う。


 「しまっ!」


 次の瞬間、如意棒は石英の鳩尾(みぞおち)を打ち抜いた。


 ・・・と、思った瞬間打ち抜かれた身体は(かすみ)となって消えた。そして、同時に黄金に輝く鎖が悟空の身体を縛り付ける。


 「ぐっ!!こんな物!!!」


 悟空に封印や呪縛は効かない。それは、あらゆる封印に縛られないという仙術に護られている故。


 しかし、一瞬でも動きが封じられればそれで良い。ほんの一瞬の隙さえあれば、勝利は確定する。


 「はいっ、僕の勝ちだ」


 突如、悟空の背後に出現した石英は悟空の首筋に刃を()える。空間転移、石英の勝利だ。


 「やれやれ、俺の負けか・・・。どうせなら勝ちたかったけどな」


 「・・・はぁっ」


 悟空は皮肉気に笑い、石英は少し疲れた顔で溜息を吐いた。と、その時―――


 「ターイーセーイーーー?」


 悟空の背後から、物凄い怒気と共に怒りに満ち満ちた声が聞こえた。悟空はびっっくうっ!!!と身体を震わせて背後を恐る恐る振り返る。


 其処には・・・物凄く良い笑顔の、しかし額に青筋を浮かべた天照が居た。


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・南無三(なむさん)


 真っ青な顔で、悟空はそう呟く。


 ・・・その後、草原に哀れな猿の悲鳴が響き渡ったという。南無~。

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