僕には全てが視えている
超高温によりドロドロに溶けた地面はやがて冷えて固まり、硝子状になった。
一部硝子の平野と化した元草原で、石英達三人は揃って正座している。ルシファーは何処かへ転移して早速逃げた。何とも逃げ足の速い事だ。
三人の前には額に青筋を浮かべ、仁王立ちしているゼウスの姿があった。
その光景はまるで、親に叱られる子供の様だ。
「・・・おいっ」
「「「・・・・・・・・・」」」
石英達は先程から、黙ってゼウスの説教を受けている。説教はかれこれ数時間にも及んだ。
「で、何か言う事はあるかの?」
「「「本当に申し訳ありませんでした!」」」
息ぴったりに声を揃えて謝る三人に、ゼウスはにっこりと笑う。笑ってはいるのだが、その目は全く笑っていない。
闇よりも暗いその瞳に、石英達は口元を引き攣らせる。
ゼウスの手元には、先程からバチバチと雷霆が稲光を奔らせている。何時、その雷撃が飛んで来るか解らないと石英達は戦々恐々としていた。
「いくら、いくら向こうから攻めて来たとはいえ・・・流石にこれは無いじゃろう!!!」
「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」
ゼウスの指差した先には、一面硝子状に変質した地面があった。焦土なんて物ではない。ちょっとやそっとの熱量ではこうはならないだろう。
核兵器くらいの熱量が無ければこうはならない筈だ。
まあ、確かに少しやりすぎたと、石英は僅かに反省する。僅かに、だが。
「大体、おんし達は―――」
「あー、其処までにしてもらおうか・・・ゼウス」
唐突にゼウスの言葉を遮って話し掛けてきた者が居た。石英でもサファイヤでも、ましてやムーンでもない誰か。しかし、その声に聞き覚えはあった。
誰だ?
そう思い、振り返る一同。其処には―――
「・・・お父さん?」
―――ミカドがルシファー、メフィストフェレスと共に居た。だが、それよりもゼウスが驚いたのはサファイヤの放った一言だ。
「は?お父さん、じゃと・・・?おんし、娘がおったのか?」
ゼウスは思わず、サファイヤとミカドを二度見する。その顔が面白かったのか、メフィストフェレスはくつくつと声を押し殺して笑う。
メフィストフェレスを睨み付けるゼウス。しかし、当の悪魔は素知らぬ顔をする。
ルシファーは心の中で溜息を吐き、メフィストフェレスの頭を軽く小突いた。不服そうな顔をするメフィストフェレス。
ミカドはそれ等を無視して話を進める。
「それについては今は良い。今はもっと他に話す事があるだろう?」
「???」
ゼウスは首を傾げ、さも不思議そうな顔をする。その姿にミカドは苦笑し、隣の悪魔の長を見る。
「先程、天使達の襲撃を受けたと聞いたが?」
「おおっ、その事か!!そういえば、あ奴等はおんし達が主に逆らったと言っていたが、どういう事か説明してくれるかの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ゼウスに問われ、石英は黙り込む。果たして言うべきか否か。石英は考え込んだ。
それを、いち早く見抜いたサファイヤが石英に心配そうな目を向ける。そんな二人に、ミカドは苦笑と共に溜息を一つ吐く。
「石英・・・お前が言いたくないなら別にそれでも良いが、少なくともゼウスを味方に付けておいた方が役に立つぞ?」
「・・・・・・・・・解った」
石英は頷く。・・・そうして、石英はこれまでの詳しい経緯を話し始める。
始まりは強い予感を感じた事から始まった。嫌な予感だった。
・・・此処で動かなければ、全てが滅茶苦茶になる―――そんな強い予感を感じた。
そして、その予感は的中する。
町のすぐ側、"無名の大草原"に聖書の神が降臨した。それも、宇宙を想わせる程の膨大で質の高い神気を垂れ流しながら。
彼の神、ヤハウェは言った。終末の子、ルビを渡せと。その異能、死神の力を利用して人類を秤に掛けようと言った。
死神の権能を利用した全人類の選別。天罰計画―――
当然、石英は此れに反発する。一触即発の空気が流れる。
・・・結果、事態は悪い方向へと流れる。駆け付けて来たルビとサファイヤに気を取られ、石英は天使達の槍に貫かれる。
それが只の槍ならば、石英には通じなかっただろう。しかし、天使達の持つ槍は神の力を分け与えられた聖槍である。文字通り、並では無い。
云わば、ロンギヌスの槍と同系統の代物。故に、石英は貫かれ多大なダメージを受けたのだ。
そして、その神と天使達によってルビは攫われ、石英は重傷を負う結果となった。
・・・一通り話を終えた後、ゼウスは顎に手を当て、考え込む。
「しかし、解せんな。何故、あ奴がそんな暴挙を・・・」
ヤハウェは一度怒れば、天変地異すらも起こす恐るべき神だが、同時に誰よりも人類を愛する温和な神でもある。そんな神が、理由なくその様な暴挙に出る筈が無い。
その理由を言うべきか、石英は少し悩んだがやはり言う事にした。
「裏で彼を唆した奴が居るんだよ」
「唆した、じゃと・・・?」
ゼウスは訝しげな顔をする。石英はこくりと頷く。
「コランとムーンは覚えているだろう?以前、町を怪物と共に襲撃したあの黒い神父だよ」
「「!!?」」
サファイヤとムーンは目を見開き、愕然とする。
以前、"龍の心臓"を異形の怪物と共に襲撃した黒い神父。サファイヤは覚えている。狂った様に嗤いながら町を破壊し、人々を殺して回るあの忌まわしい姿を。
「それに、そいつの事だけじゃないんだ。この一件には僕にとっても、ルビにとっても、底の深い因縁があるんだ」
黒い神父の裏で更に暗躍する者。そいつにこそ、石英は因縁があった。石英にとって、そいつこそが打倒すべき不倶戴天の敵だった。
「石英・・・」
サファイヤは石英を心配そうに見詰める。サファイヤには不安があった。石英がこのままどこか遠くへ行ってしまうのではないか。このまま石英が居なくなってしまうのではないかと。
一方、ゼウスは何かを考え込みながら石英に問う。
「ところで、おんしは何故其処まで詳しく知っている?」
それは当然の疑問だろう。石英は不自然な程、知り過ぎている。何かあると勘繰るのは当然だ。
それに対し、石英は軽く溜息を吐いて答えた。
「僕には全てが視えている。今はそれだけで勘弁してくれ」
「魔眼、か・・・」
「まあ、その様なモノだ」
そう言って、石英は言葉を切った。
石英には全てが視えている。それこそ、この程度の情報は最初から把握している。
ヤハウェが現れる前に感じた、強い予感もその力の一端だ。全て、最初から知っていた。
それこそ、自身の力が魔眼の領域に収まらない、もっと高次元の力である事も・・・。
「ふむ・・・で?結局、おんし達はこれからどうするつもりじゃ?」
「決まっている。まずはルビを助け出す。その後はヤハウェと直接会って、その計画を止める」
ゼウスの問いに、石英は即答する。ゼウスは目を鋭く細め、石英を見る。
「本気、なんじゃな?」
「ああ、本気だ」
「死ぬやもしれんぞ?」
「死ぬつもりも無ければ引くつもりも無い」
ゼウスと石英は互いに睨み合う。サファイヤ達は固唾を呑んで、じっと見守る。
否、メフィストフェレスだけはにやにやと笑いながら見ている。さも、面白そうに。
それを見て、ルシファーが軽く頭を小突いた。やれやれだ。
そして、折れたのはゼウスの方だった。
「解ったわい!ただし、わしも付いていくぞ?それで良いな!?」
「・・・ああ」
こうして、ゼウスが仲間に加わった。若干、石英は不服そうだったが。
・・・・・・・・・
天界、星地イェルサレム―――
ヤハウェの神殿、その奥にある一室に、人間の少女と一柱の天使が居た。
「ルビよ、人の子よ、目を覚ますのです」
「うっ、んん~?」
天使は眠っているルビに厳かな声で話し掛ける。
目を覚ましたルビはまだ寝惚けている瞳で周囲を見回すが、すぐにはっと恐ろしい事実に気付いた顔をすると、天使から距離を取ろうとする。
しかし、その前に天使の方から近くに寄って、静かにするように仕種で伝える。
「静かに、私は貴方の味方です」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
天使は自身を味方だと言うが、ルビはそれを信じられずに只、睨み付ける。それを見て、苦笑した天使はルビの警戒を解く為に、自己紹介する。
「私の名はミカエル。主に仕える天使の長、熾天使の位に居ます」
熾天使ミカエル―――
天使の王子。天使の中でも最高位であり、神の御前の天使と呼ばれる。
セフィロトの樹、美<ティファレト>の守護天使でもある。ミカエルの自己紹介に、ルビは警戒を解く事なく問い掛けた。
「その天使の長が、私に何の用?」
「貴方を此処から逃がします」
「!!?」
躊躇う事なく放たれた言葉に、今度こそルビは目を見開く。それはつまり、天使長自ら主である神の意志に逆らう事に他ならない。
「一体、何が目的?」
ルビは恐る恐る、ミカエルに問う。・・・ざわっ。
瞬間、ミカエルの瞳に憤怒が宿る。黄金に輝く髪は怒りに震え、その美貌は激情により歪んだ。
「全ては奴を、主を唆し、あの様な狂った計画を勧めたナイという神父を倒す為!!」
「ナイ?」
突然出てきた知らない名前に、ルビは首を傾げる。ミカエルは怒りの表情のまま、首肯する。
「はい。奴は、ナイと名乗ったあの黒い神父はある日突然、天界に現れ主と一部の神々を唆し、人類を選別して粛清しようと言い出したのです」
「なっ!!?」
人類の選別、粛清。その聞くだけで恐ろしい話に、ルビは戦慄した。
そして、ルビは何故自分が囚われたのか、今になって理解した。つまり、自身の中に封じられた死神の力を利用しようと、そういう事だ。
そのおぞましい計画に、ルビは身を震わせた。
「あの神父の目的は知りません。けど、その狂った計画を砕く為にはルビ、貴女を先ずは逃がすのが何よりも先決です!!」
ミカエルはルビに手を差し伸べる。
ルビはその手をじっと見詰めた。まだ、この天使長を信じた訳ではない。しかし、彼の言う事が本当ならこのまま此処に居続けるのはまずい。
しばし考えた末、ルビはその手を―――
「・・・うっ!!」
急な吐き気に、ルビは口を手で押さえる。
「っ!?大丈夫ですか!?」
驚いたミカエルは慌ててルビの顔を覗き込む。ルビは青褪めた顔で「大丈夫・・・」とだけ言う。
その様子に、ミカエルは真剣な顔でそっとルビの腹部に手を当てる。小さく、確かな鼓動にミカエルはふっと微笑んだ。
「そうですか・・・そういう事ですか・・・」
「・・・ミカエル?」
まだ若干青褪めた顔でルビは問い掛ける。ミカエルは表情を引き締め、少し間を置いて言った。
「ルビ、貴女のお腹の中には、子供が宿っています」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・えっ?」
きょとんっと、ルビは呆けた顔をする。どうやら理解が追い付かないらしい。
なので、ミカエルはもう一度言った。
「ですから・・・ルビ、貴女ののお腹の中に子供が宿っています。恐らくあの神殺し、石英という子の子供でしょう」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ルビ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・きゅう」
ぱたり。
たっぷりと間を置いて、ルビはその場で気絶した。
「ちょっ!?今倒れられては困ります!目を覚まして下さい!!」
慌てるミカエル。まったくもってやれやれだ。




