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神殺しの星辰《ほし》(旧題:不幸な少年と病の少女)  作者: ネツアッハ=ソフ
天界戦争―Azathoth―
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行こう、天界へ

 石英が目を覚ましたのは、次の日の午前07:05だった。目覚めたばかりでぼんやりとしていると、ドアがガチャリと開いた。入って来たのはサファイヤとムーンだ。


 驚いた顔で石英を見るサファイヤと、水の入った桶とタオルを持ったムーン。ムーンは表情にこそ出してはいないが、心底安堵(あんど)している様だ。


 「コラ、ン?」


 「っ!!」


 次の瞬間、勢い良くサファイヤは石英の胸に飛び込んだ。石英は軽く呻く。それでも、サファイヤは石英を強く抱き締めて泣きじゃくる。


 よほど心配したらしい。


 「う、ぐっ・・・!」


 「あっ・・・ご、ごめんっ・・・」


 サファイヤは慌てて石英から離れる。けど、それでも心配なのかそわそわして落ち着きが無い。


 目には涙が(にじ)んでいる。しかし、それに構っている暇はあまり無い。石英は何とか心を静めてサファイヤに尋ねる。


 「コラン。僕が意識を失って、どれくらい経った?」


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 サファイヤはぐっと黙り込む。僅かに迷う様な反応を見せた後、端的に答える。


 「大体、一日くらい・・・」


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 石英は黙り込み、ベッドの側に置いてあった短刀を手に取る。サファイヤは慌てて石英を止める。


 「待って!!何処に行くつもり!?」


 「・・・ルビを助けに行く」


 「待ってよ!今度こそ死んじゃう!!」


 サファイヤは必死に石英を止める。縋り付く彼女の瞳には、涙が滲む。


 しかし、それでも石英は行こうとする。その顔には、明確な(あせ)りがある。


 「頼む、行かせてくれ!ルビを助けなきゃ!!」


 「で、でもっ!!」


 何とか止めたいサファイヤとそれでも行こうとする石英。互いに譲る気は無い。両者とも必死だ。


 それを黙って見ていたムーンは溜息を一つ吐き、言った。


 「石英、とりあえず今は落ち着け」


 「け、けどっ!!」


 「そんな調子で行ったら、成功する物も失敗するぞ?」


 「・・・・・・・・・」


 ぐっと黙り込む石英。早くルビを助けにいかなければ。しかし、サファイヤやムーンの言う通り、助けに行って逆に死ねば意味は無い。ミイラ取りがミイラになっては意味が無いのだ。


 サファイヤと目が合う。心配そうな瞳で、それでも何かを決意した様な瞳で、彼女は口を開く。


 「石英、私は貴方の事が大好きだよ。愛してる」


 「ああ」


 「初めて会った時から好きだった」


 「知ってるよ」


 知っている。サファイヤが石英を、心の底から愛している事を。そして、石英の幸せの為に、自ら身を引きルビの恋を応援していた事を。


 本当は、自分も石英の側に居たかった。自分もルビの様に、石英に愛されたかったのだ。


 けど、サファイヤは石英を愛しているが故に、石英の想いを優先した。石英がルビを愛している事を正しく理解していたから。


 しかし―――


 「お願い、無茶しないで。お願い、だから・・・」


 本当は無茶も無理もして欲しくなかったのだ。石英が死にそうになる度に胸が痛んだのだ。本当は石英を愛しているから。本当に石英を愛しているから。


 最後、声は涙声になっていた。石英はサファイヤを優しく抱き締めて、その想いをゆっくりと噛み締めたその後、自身の想いを口にする。


 「僕も、コランの事は大好きだし愛してる」


 「うん」


 「けど、だけど・・・この気持ちはコランが僕の事を想ってくれているのとは違う。つまる所、これは家族愛とかそういう物だ」


 「知ってる」


 結局、サファイヤの恋は失恋に終わった。しかし、石英の心に何一つ届かなかった訳ではない。


 サファイヤの顔には満足の色が浮かんでいた。


 「ありがとう、僕を愛してくれて。そしてごめん、心配をかけて」


 「うん!」


 サファイヤは幸せそうな顔で微笑んだ。サファイヤの恋は失恋に終わった。しかし、サファイヤは満足したのだ。石英の心に想いは届いた。石英はそれを誠実に受け止めた。


 それだけで、サファイヤは満足だ。


 「ムーンも、悪かったな。とりあえず落ち着いた。僕はもう、無理も無茶もしない」


 「ああ」


 ムーンも、何だか満足そうに頷いている。どうやら、ムーンなりに思う所があったらしい。


 「で?お前は何か用か?」


 「何だ、やっぱりバレていたか」


 六枚の黒い翼を生やした美しい堕天使が、極光(きょっこう)と共に姿を現す。極光を纏うその姿は、ある種の神聖さすら感じられる。言ってしまえば堕天使らしくない。


 「初めまして、神殺し。俺の名はルシファー、堕天使の長だ」


 「明けの明星、か―――」


 石英は納得した様に呟く。サファイヤは怪訝そうな顔で、石英に問う。


 「明けの明星?結局、ルシファーって何者なの?」


 「うん、ルシファーについて話すにはまず、昨日の奴について話す必要があるだろう」


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 サファイヤとムーンは息を呑む。石英は少し間を置き、一息だけ吐いてから話し始める。


 「彼の名はヤハウェ、僕の元居た世界で篤く信仰されていた神、唯一神(ゆいいつしん)だ」


 「唯一神・・・」


 サファイヤが思わず呟く。石英はこくりと頷いた。


 ヤハウェ―――デウス、エロヒム、エホバ、ヤーヴェなど、様々な名で呼ばれる神。聖書に記された唯一神であり、今なお篤く信仰される神霊だ。


 その名を口にする事は禁忌の一つとされており、信者たちからは(しゅ)と呼ばれる。普段は温厚そのものな慈悲深い神だが、一度怒れば天変地異(てんぺんちい)さえも引き起こす恐るべき神でもある。


 「全知全能の神とされており、世界創造の神ともされている。偉大な神霊だが、同時に恐ろしい神霊でもあり、洪水によって文明を一掃したり、硫黄と火の雨で都市を滅ぼしたりした事すらもある」


 「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」


 サファイヤとムーンは絶句した。そのあまりにも絶大な神威と、破壊の規模に言葉を失った。


 神の怒りは人知を遥かに超越した大災厄だ。故に、神々は滅多な事で人界に干渉しないという、暗黙のルールが存在する。神々が本気で人類に干渉すれば、世界が滅茶苦茶になるからだ。


 「彼の神は数多くの天使達を創造し、配下としている。その一柱がルシファーだ」


 石英は其処で、ルシファーの方を見る。サファイヤとムーンもそちらを見た。ルシファーはにやりと不敵な笑みを浮かべた。


 サファイヤは小首を傾げて問う。


 「・・・えーっと?じゃあ、ルシファーは昨日の奴等の仲間なの?」


 「ああ、元々はそうだった」


 「???」


 訳が解らない様だ。サファイヤは少し混乱する。石英は苦笑した。


 「失礼。つまりルシファーは自らの意思で、創造主である神を裏切ったんだよ」


 「っ!!?」


 今度こそサファイヤとムーンは驚愕した。裏切ったとは穏やかではない。一体何があったのか?


 絶句する二人に苦笑しつつ、石英は続ける。


 「裏切った理由、目的には諸説ある。神に成り変わる為だとか、人類への嫉妬の為、或いは人類を救う為とも言われる」


 「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」


 ある説では、ルシファーは自分は神に等しいと傲慢を抱き、神に成り変わろうとしたという。またある説では、人類を滅亡から救済する為とも言われている。


 確かなのはルシファーが、自ら神に反逆し堕天使になったという事実と、彼に賛同して共に堕天した天使達が全体の約三分の一は居たという事だ。


 「地獄において、ルシファーはサタンとも呼ばれているな」


 「―――それは違う」


 其処で、ルシファーからストップが掛かった。石英は怪訝な顔をする。


 「・・・違うとは?」


 「サタンだよ。奴と俺は同一視されているだけで、全くの別物だ」


 「は・・・?」


 その言葉には、石英も驚いた。ルシファーが堕天した結果、サタンになったというのは通説だ。


 しかし、それをルシファーは違うと言う。


 「・・・少し考えれば解る事だ。サタンは旧約聖書において、神への信仰心を試す為に人間を誘惑する試練を課す天使、それが元だ。一方の俺は旧約聖書、イザヤ書に記された明けの明星、曙の子の事を示している。つまり、俺とサタンは別物だよ」


 旧約聖書にはサタンという名の個別の天使が記されている。後世で同一視されてはいるが、本来は別々の存在なのである。


 パンッ!


 ルシファーは軽く手を叩き、三人の視線を集める。こほんっ、と一回だけ咳払いしてからルシファーは話し始める。


 「話が逸れたが、まあ、俺も元は天使長としてあの神に仕えていたんだよ。まあ、ある理由から反逆して堕天したけどな・・・」


 何故反逆したのかは、あえて聞かない。話が長引くだろうから、三人とも空気を呼んだ。


 「・・・で、此処からが本題だが、お前達に頼みがある」


 「・・・頼み、ねぇ」


 堕天使の頼みと聞いて、石英達は僅かに身構えた。下らない頼みなら、即座に切り捨てよう。


 そんな考えを見抜いたのか、ルシファーは若干苦笑した。


 「別に、変な頼みじゃない。只、今回の一件の黒幕を処断(しょだん)したいだけだ」


 「黒幕?」


 サファイヤは首を傾げる。ムーンも理解出来ていない様だ。


 だが、石英だけは黙り込んだ。


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 「石英?」


 サファイヤは怪訝な顔で、石英の顔を覗き込む。石英は苦笑して、首を横に振る。


 「何でも無い。で?その黒幕が何だって?」


 「ああ、その黒幕がどうも神々を(そそのか)して悪巧みしているらしい。あの娘が攫われたのも、恐らくはそれが原因だろう」


 途端に、石英の瞳が鋭さを増す。ぎりっと歯を食い縛り、僅かに殺気が漏れた。その只ならぬ様子にサファイヤは、怪訝な顔をする。


 「石英?」


 「奴は、あの神は全ての世界に存在する人類を選別(せんべつ)に掛けると言っていたよ。その為に、ルビの中の死神を利用すると」


 「―――なっ!!?」


 今度こそ、サファイヤとムーンは絶句した。此れ以上は無い程に愕然とした。


 人類の選別。その為に最悪の病を、死神を解放すると言うのだ。まさに、暴挙と言う他ない。


 「神の暴走を止める為、そして黒幕を処断する為に、どうか力を貸して欲しい」


 ルシファーはそう言い、片手を差し出す。石英はその手をじっと見詰め、やがてその手を取る。


 「ああ、解った。手を貸そう」


 真っ直ぐにルシファーの瞳を見据え、そう答えた。ルシファーは満足そうに頷く。


 一方、サファイヤは大慌て。


 「まっ、待って!!それなら私も連れてってよ!」


 そう言い、石英に縋り付く。石英は驚いた表情で、サファイヤの瞳を見詰める。


 「なら、私も連れて行ってくれないか?」


 薄く微笑みながら、ムーンは言った。石英は真剣な瞳で、二人の顔を覗き込む。


 「二人とも、本気か?」


 「もちろん!!」


 「本気だよ」


 二人とも本気らしい。その瞳は真剣そのものだ。これ以上は言っても無駄(むだ)だろう。


 石英は静かに溜息を吐く。


 「解ったよ、二人とも。行こう、天界へ」


 石英は、宣言する様に、そう言った。

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