決着を付けよう
深夜00:12―――
石英はこっそりとベッドから起き上がった。
ベッドにはルビが寝ている。寝ているルビを起こさない様、こっそりと石英は抜け出した。
「んっ、石・・・英・・・」
一瞬驚き、ルビの方を見る。しかし、ルビが目を覚ました気配はない。寝言だ。
石英はふっと笑みを浮かべ、そっとルビの頬を撫でる。
「おやすみ、ルビ・・・」
そのまま、石英は静かに部屋を出た。
「何処に行くの、石英?」
―――所でサファイヤに声を掛けられた。・・・どうやら、部屋の外で待ち構えていた様だ。
石英は溜息を一つ吐き、呆れた視線を向けた。
「待ち伏せか?」
「答えて。こんな夜中に何処に行くつもり?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
石英は黙り込む。さて、どうした物か。思わず言い訳を考える。
考えて、深く溜息を吐く。
「決着を付けなきゃならない奴がいる。それだけだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・そう」
サファイヤは溜息を吐くと、くるりと石英に背を向けた。
「一つだけ約束して。必ず帰って来て・・・」
そう言って、サファイヤは去って行く。その後ろ姿を見ながら石英は苦笑し一言・・・。
「解ってるよ」
・・・・・・・・・
城を抜け、町を出た先、"無名の大草原"に石英は来ていた。其処には既に、一人の男が居た。
騎士甲冑を纏った金髪の男、タイガ=アルカスだ。
タイガは石英の姿を確認すると、剣を抜き、切っ先を向けた。
「そろそろ来ると思っていたぞ、石英。さあ、決着を付けよう」
その瞳は以前の様に怒りと憎しみに満ちた物ではなく、確かな覚悟を宿していた。どうやら、憎しみを克服したらしい。あれから何かあったのかも知れない。
・・・実際の話、タイガは怪物の襲撃の場面に居合わせていたのだ。ルビの死体を抱き締め、涙を流す石英の姿に色々と思う所があったのだろう。愛する者の死に涙するその姿に、タイガの中にある憎しみが薄れていったのだ。
それでも憎しみが消えた訳では無い。只、石英とて同じだと悟っただけだ。
「・・・その前に、一つ聞きたい。あの神父と怪物達に町を襲わせたのはお前か?」
「・・・・・・・・・それは違う。確かに、あの神父をこの世界に召喚したのは俺だが、俺が何かを言う前にあの男は怪物達を引き連れて町を襲った。古びた銀の鍵を使って怪物達を無尽蔵に召喚し使役していたよ」
「・・・銀の、鍵?」
色の黒い神父、触手の異形、そして銀の鍵。それ等から連想される恐るべき事実に石英は震えた。
もし、予想が正しければ―――
正しい意味で人類の、世界の危機だ。
「もう良いか?往くぞ!!!」
「ちっ!」
どうやら、もう待ったは無い様だ。タイガは剣の切っ先を天に向ける。ゴロロと天が轟いた。
瞬間、音を置き去りにして天から雷の束が柱となり、落ちた。
その威力は大地に深いクレーターを穿つ程だ。まともに食らえば骨も残らないだろう。
しかし―――
「・・・・・・・・・やはり、この程度では死なないか」
「次元断層結界」
石英は深く穿たれたクレーターの中で、無傷で立っていた。普通に考えて、ありえない。
次元断層結界―――
周囲の次元を意図的にずらす事で、次元の断層を造りあらゆる攻撃を防ぐ絶対防御。例え地獄の業火であろうと、この結界を破る事など不可能だ。
これを破るには文字通り、次元を超えた一撃が必要だ。
「今度は此方から往くぞ!」
言うと同時に、石英の姿が消えた。反射的に、タイガはしゃがみ込む。
刹那の後、彼の頭上を短刀の刃が薙いだ。考えるよりも速く、タイガは剣で石英の心臓を狙う。
その刺突は石英に当たる事なく空を切った。代わりに投擲用のナイフが数本、タイガに刺さる。
「ガッ!?くそっ!!」
「僕に勝ちたければ、体術だけで物理法則の一つや二つ無視してみろ」
今の石英は、体術だけで多元的な運動を可能とする。それは即ち、体術だけで三次元を超えた運動が可能という事だ。
石英とタイガには圧倒的な実力差があった。タイガが弱い訳ではない。むしろ、只の人間ではタイガには敵わないだろう。
単に石英が圧倒的なだけだ。否、もはや圧倒的という言葉すらも生温い。
空間転移の能力にしても、石英の方が上手く使いこなしている。それはつまり、空間転移における座標の計算能力も、転移をしながら戦うセンスも石英の方が上という事だ。
「まだだ!まだ負けてない!!」
タイガは地面を蹴る様に立ち上がり、剣に天雷を纏わせて切り掛かった。
石英は避ける素振りすら見せない。そのまま剣を首で受け止めた。
「なっ!?」
ありえない。この剣は国一番の鍛冶屋に素材を厳選して造らせた業物だ。その剣に天雷を纏わせ、渾身の剣技で切り掛かったのだ。鉱石すらも両断しうる威力はある。
それを首で受け止めたのだ。
「理解したか?お前じゃ僕には勝てないよ」
そう言い、石英はタイガの心を折りに掛かる。その時―――
「石英!!」
石英に向かって駆け寄って来る少女が居た。石英はその少女を抱き止める。
その少女はルビだった。
「ルビ・・・」
「石英!急に居なくなって、心配したんだよ!!」
ルビの目には涙が溜まっている。かなり心配を掛けたらしい。
「ごめん・・・、心配掛けた・・・」
そう言って、石英はルビを強く抱き締める。ルビも石英の腰に腕を回し、抱き締めた。
・・・其処で、ルビは側で項垂れているタイガに気付いた。
「っ、この人!」
「ああ、大丈夫だよルビ、もう戦意は無い」
もはやタイガから戦意は失せていた。・・・それでもルビは警戒心を解かずに、石英を守る様に立っていたが。
「其処までにして貰いましょう―――」
唐突に声が聞こえた。声のした方を見ると、其処には黒い穴が開いている。
それが何なのか考える前に、その穴から一人の女性が出てきた。女魔術師のクリスだ。
クリスはフードを脱ぐと、深々と石英に頭を下げた。そして、頭を上げるとルビを睨み付けた。
びくっとルビは一瞬震えるが、それでも必死に睨み返す。
「私が此処に来た目的は、王を連れ戻す事と其処の死神を再封印する事です」
「・・・ルビは渡さない」
石英はルビを抱き寄せ、短刀の切っ先をクリスに向ける。ルビもその瞳で不屈を訴える。
クリスは一つ、溜息を吐く。
「その死神が世界を滅ぼすとしても、ですか?」
「・・・・・・・・・えっ?」
ルビは一瞬、我が耳を疑った。滅ぼし掛けた、ではなく滅ぼす。過去形ではなく未来形。
石英はぐっと黙り込んだまま、何も言わない。
「どういう、こと・・・?」
「・・・そのままの意味です。このままでは何れ、死神という病は本物の死神となり、宿主の死と共に解放されて世界を滅ぼす。それが私の父が死の間際に残した予言です」
ルビは愕然とした。世界を救う為にこの身に封じた病が、何れ再び世界に解き放たれる。
これでは一体何の意味があったのか・・・。
「待て!そんな話、俺は聞いてないぞ!?」
タイガがクリスに詰め寄る。それでもクリスは平然と答えた。
「この話は最重要機密でしたので・・・。それに・・・本来タイガ様が国王に即位なされた際に話すべき案件でしたが、聞く耳を持ちませんでしたので」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
タイガはぐっと黙り込んだ。さて、とクリスはルビを見る。ルビはびくっと震えた。
ルビの顔は青褪めている。
「理解出来たなら、其処の死神を渡して下さい」
共に世界を救いましょう―――
そう言い、クリスは手を差し伸べる。ルビは石英の顔を不安そうに見詰めている。
そんな中、石英は―――
「馬鹿が、渡す訳が無いだろう」
有りっ丈の侮蔑を籠めて、そう答えた。
否定される事を想定していなかったのだろう。クリスの顔が不快気に歪む。
「・・・何故?」
「ルビを愛しているからだ」
石英は堂々と、臆する事無くそう言った。クリスは更に不快そうにする。
「個人的な感情で、人類を滅ぼすと?」
「まさか、人類を見捨てるつもりは無い。だが、ルビを犠牲にさせるつもりも断じて無い。僕は絶対に諦めない」
そう言い放つ石英の顔を、ルビは目を見開いて見ていた。石英の顔は決意と覚悟に満ちていた。
その輝きはとても眩しかった。
一方で、クリスの方は侮蔑の視線を石英に向けていた。
「子供の言い分ですね。何の犠牲もなく、世界を救えるとでも思っているのですか?」
「逆だ。誰かを犠牲に得た平和など、僕は御免だね」
「そうですか・・・・・・・・・。なら、貴方は世界の敵です」
瞬間、クリス以外の全ての時が止まった。比喩ではない。文字通り、世界の時がクリス以外止まったのである。時間停止の大魔術だ。
クリスは懐から短剣を取り出し、ゆっくりと石英に歩み寄る。しかし―――
「大賢者」
『了解しました、我が主』
突如、聞こえた不可思議な声と共に世界の時が再び動き始めた。
「なっ!!?」
驚愕。そのありえない光景に、クリスは我が目を疑った。・・・石英は時の止まった世界で動いただけではなく、時間停止の魔術を打ち破ったのだ。
「馬鹿な!!そんなっ、ありえない!!!こんな・・・こんな事がっ・・・」
クリスは激しく狼狽する。こんな事はありえないと。
ルビは何が起きたのか理解出来ていない様だ。目を丸くして、きょとんっとしている。
「もう良いか?」
「くっ!!」
クリスは短剣を構え、石英に突進しようとする。しかし、その前にクリスは首を刎ねられた。
タイガの剣によって―――
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
クリスが首を刎ねられる瞬間、石英はルビの目を自身の手で覆い隠した。しかし、少し遅かったらしくルビには見えてしまった。
あまりにショッキングな光景に、ルビの身体は小刻みに震えている。
「一つだけ、聞いても良いか?」
無感情な瞳で虚空を見詰め、タイガは呟く。・・・石英は一切警戒心を解かずに、ルビを守る様に強く抱き締める。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・何だ?」
「本当にソイツを犠牲にせずに、世界を救えると思っているのか?」
本当に、ルビを守りながら世界も守り通せるのか?
その問いに、石英はふんっと鼻を鳴らし、答えた。
「救ってみせるさ。僕は最後まで諦めない」
「・・・・・・・・・そうか」
そう言って、タイガは去って行った。




