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神殺しの星辰《ほし》(旧題:不幸な少年と病の少女)  作者: ネツアッハ=ソフ
石英とルビ
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ルビの事が好きだった

 "龍の心臓"は今、悲しみに満ちていた。


 親を失った子供。子供を失った親、友を失った人。恋人を失った人。


 ・・・町は人々の慟哭(どうこく)で溢れ返っている。その中に、石英の姿はあった。


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 石英はルビの亡骸(なきがら)を抱き締めている。強く、強く、大切そうに・・・。


 喪失感(そうしつかん)。石英は今、再び全てを失った感覚を味わっていた。


 気付いた時には何時だって遅かった。石英の目から、涙が数滴零れ落ちる。・・・石英は声も出さずに泣いていた。


 「・・・・・・・・・石英」


 石英の側にはサファイヤが立っていた。サファイヤは全身傷だらけで、明らかに重傷だった。


 恐らく、サファイヤはあの神父と戦ったのだろう。


 ムーンも、翁もリュウスイも側に居た。皆、石英に声を掛けられずにいる。


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ルビ」


 ぽつりと呟く。その声に力は無い。ぎゅっと強く抱き締めた為、大量の血が石英を汚す。


 構わない。ルビの血だ。


 「ずっと、ルビの事が好きだった。・・・きっと、ルビと会う前からルビだけが理想だった」


 初めてルビと出合った時、石英が受けた衝撃。きっと、あれこそが恋だったのだ。


 初めて、心の底から人を好きになった。両親よりも、コランよりも、アリアよりも、誰よりもルビの事が好きだった。


 だからこそ―――


 「戻って来いよ・・・。ルビ」


 ・・・・・・・・・


 『確認しました。大権能、死者蘇生(ししゃそせい)を行使します』


 「・・・・・・・・・え?」


 男性の様な、女性の様な、中性的な声に思わず石英は顔を上げる。・・・気付けば、石英は黄金の世界に一人居た。


 周囲には誰も居ない。黄金の世界には石英只一人。なら、今の声は誰なのか?


 「・・・誰だ?」


 『私は主の疑似人格、大賢者の仮面(ペルソナ)です』


 「大賢者の仮面(ペルソナ)?」


 石英は首を傾げる。果たして、そんなペルソナが自分にあっただろうか?


 『Yes、私は主が生み出した無数の仮面(ペルソナ)が一つに統合した結果、生まれた疑似人格です』


 「何時の間に統合したんだ?」


 この際だから、気になった事を聞いてみる。


 『主が逆行催眠の結果、自己を確立した事によって統合しました』


 「なるほど・・・」


 つまり、琥珀の催眠術により、石英の自己が確立した影響がペルソナに現れたらしい。


 まあ、これはかなり特殊な事例なのだろう。でなければ、琥珀が知らないのはおかしい筈だ。


 ・・・と、其処まで考えて石英はある事に気付いた。


 「ところで大賢者、さっき死者蘇生と言っていたが、どういう事だ?」


 『死者を蘇らせる大権能です。主が望まれたので、現在ルビを蘇生中(そせいちゅう)です』


 「っ!?ルビが蘇るのか!!」


 石英は目を見開き、驚愕した。ルビが蘇る。石英の心に、僅かな希望が差した。


 『Yes、主が望まれるのであれば』


 石英が望むなら死者すらも蘇る。そう大賢者は回答した。思わず、石英の顔に笑みが零れる。


 ふと、そんな石英の脳裏に町の住民の姿が思い浮かんだ。


 「町の人達は、ルビ以外の人達も蘇生させる事は、可能か?」


 ・・・今回の襲撃によって、大勢の人達が死んだ。異形に殺された人も居た。炎に焼かれて死んだ人も居たし崩れた建物に潰された人も居た。


 その人達も蘇るなら、蘇らせたい。あんな最後は悲しすぎる。


 『主が望まれるなら、可能です』


 大賢者はそう答えた。なら―――


 「なら、蘇らせてくれ」


 石英は迷わずにそう言った。


 ・・・・・・・・・


 次の瞬間、町は眩い閃光に包まれた。黄金に輝く魔力光が、町を燃やす炎を搔き消し人々を包む。


 「うっ!?何だ、この光は!?」


 (まぶた)の裏にまで貫通する強烈な黄金光に、リュウスイが呻く。光はやがて収束し、空から白銀に輝く羽根が舞った。


 それはまるで、天使が舞い降りる様な美しさがあった。


 誰もがその光景に見蕩(みと)れる中、奇跡は起きた。


 「う、ううんっ・・・」


 「っ!?」


 ルビが息を吹き返し、僅かに身動ぎをした。


 奇跡はそれだけではない。死んだ筈の人々が、次々と蘇っていく。一瞬の静寂の後、町は歓喜の叫びに包まれた。町の人々全員が、奇跡に歓喜した。


 「何だ・・・これは・・・?」


 「神の奇跡か・・・」


 リュウスイはこの光景を呆然と見ていた。翁は只、その奇跡に目を奪われていた。


 そして、石英は目覚めたばかりで状況を理解出来ていないルビを、涙ぐんだ目で見ていた。


 「おはよう、ルビ―――」


 「えっと、おは・・・よう・・・?」


 きょとんっとした顔のルビを、石英は強く強く抱き締める。目からは涙が次々と溢れ、表情は安堵に満ちている。


 「ちょっ、石英!?」


 「良かった・・・本当に良か・・・った・・・」


 其処で石英の意識はぷっつりと途絶えた。意識が途切れる直前、ルビが何かを叫んでいた気もするが覚えていない。そして、建物の陰から覗く誰かの姿が一瞬見えた気がした。


 ・・・・・・・・・


 「石英!?石英!!」


 急に意識を失い倒れた石英にルビが必死に声を掛ける。しかし、一向に石英は目を覚まさない。


 石英の顔は青褪(あおざ)めており、まったく身動きしない。危険なのは一目で理解出来る。


 「っ、ムーン!石英を城に運んで!早く!!」


 「はいっ!!」


 サファイヤの号令直下、ムーンは石英を担ぎ城へと転移する。


 「石英・・・」


 ルビが心配そうに呟く。その側に歩み寄り、サファイヤはルビの肩に手を置く。表情は真剣だ。


 「サファイヤ?」


 「ルビ、貴女どうして生きてるの?」


 「・・・え?」


 ルビは話の内容を理解出来ずに、戸惑いの声を上げる。サファイヤは構わずに問う。


 「別に責めている訳じゃ無いよ。でも、ルビは確かに死んだ筈だよね?」


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 それは、ルビも理解している。ルビは確かに死んだ筈だ。背後から漆黒の剣で刺され、石英の腕に抱かれて息絶えた筈・・・。なのに、何故生きているのか?


 「・・・・・・・・・解らない。只・・・」


 「只?」


 「生き返る直前、聞こえた気がしたの・・・死者蘇生って」


 ・・・・・・・・・


 石英が目を覚ましたのは、次の日の正午だった。


 「・・・・・・・・・此処は」


 石英はベッドの上で寝ていた様だ。身体を起こそうとして、其処で気付く。ルビが寝ていた。


 ベッドの横の椅子に座り、石英の身体に突っ伏して寝ていた。


 仕方なく、首の動きだけで部屋を見渡す。部屋の内装には見覚えがあった。魔王の城、石英の為に用意された部屋だ。


 (大賢者、僕はどれくらい寝ていた?)


 試しに、石英は心の中で念じてみる。回答はすぐに来た。


 『主が意識を失ったのが昨日の15:50、現在の時刻は正午の12:00になります。つまり、二十時間十分の時が経過しています』


 何とも細かい説明をしてくれた。この際だから、もう一つの疑問も聞く事にする。


 (何故、僕は寝ていたんだ?)


 『それは、主の体力の限界域を超えた為です』


 やはり、大賢者はすぐに答えてくれた。しかし・・・。


 (体力の限界?)


 『Yes、数日間飲まず食わずで過ごした事。そして、グランドクロスと死者蘇生の二つの大規模能力を続けて行使した結果、主の体力が限界域を超えた物と思われます』


 なるほど、と石英は納得した。石英は知らず知らず、身体を酷使していたらしい。


 恐らく、町の住民全員を蘇生した事も無関係では無いだろうが・・・。


 ・・・その時、部屋のドアが開きサファイヤとムーンが入ってきた。


 「石英、目が覚めた?」


 サファイヤは真剣な顔をしていた。石英も表情を引き締める。すると―――


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・っ!!」


 突然、サファイヤは石英に抱き付いた。肩が震えている。泣いている様だ。


 石英はサファイヤの背中を軽く撫でる。


 「良かった・・・。石英とルビが無事で、本当に良かった・・・」


 そう言って、サファイヤは声を上げて泣く。


 ―――13:30―――


 ようやくサファイヤは泣き止んだ。・・・と、いうよりも途中でルビが目を覚まし、石英の姿を見て泣き出したのである。二人を泣き止ませた頃にはそんな時間になっていた。


 「えっと、とりあえず・・・ルビを含めて町の人達を蘇らせたのは、石英?」


 サファイヤは話を仕切り直す様に言った。頬を赤らめているあたり、今の心境が解る。


 「ああ、そうだけど・・・」


 石英は出来るだけしれっとして答える。こういう時は常に堂々としていた方が良い、というのは石英の持論である。


 一瞬、サファイヤは呆然としたが、はっと我に返って石英に問う。


 「・・・・・・・・・どういう事かな?」


 「・・・そうだな、まずあの時何があったかだけど―――」


 石英は話した。大賢者の仮面(ペルソナ)や、大権能である死者蘇生の事などを・・・。


 それを聞いたサファイヤは深く、考え込む。


 「あの時、私が聞いた声ってもしかして大賢者の声?」


 ルビが小首を傾げながら問う。その言葉に、石英の片眉がぴくりと動く。


 「ルビ、大賢者の声を聞いたのか?」


 「う、うん・・・たぶん・・・。死者蘇生を行使しますって聞こえたから」


 「・・・・・・・・・そうか」


 もしかして、あの時蘇生された人々は全員大賢者の声を聞いたのか?ふと、そんな考えが過った。


 「なあ、ムーン。蘇生された人達って全員大賢者の声を聞いてるのか?」


 「そういえば、蘇生された者達から、そんな報告を多く受けてますね」


 どうやら、他の人達も同じらしい。しかし、その報告にサファイヤは目を丸くして驚いた。


 「ムーン、私その話初めて聞いたけど?」


 「はい、サファイヤ様は先程まで石英の心配ばかりで、報告を聞いておられませんでしたので」


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 それを聞いて、サファイヤはがっくりと項垂れた。それを見て、ルビは乾いた笑いを漏らす。


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 ・・・やっぱり、僕は―――


 石英はルビのそんな姿を見て、一つの想いを固めた。


 「コラン、ムーン、ちょっとだけ部屋を出てくれないか?」


 「・・・?うん、解ったよ」


 サファイヤとムーンの二人はそっと、部屋を出ていく。石英とルビの二人だけになる。


 「石英?一体どうしたの?」


 「ルビ、死ぬ直前に僕と交わした話の内容は覚えているか?」


 「死ぬ直前?・・・・・・・・・っ!!」


 ルビは瞬間的に赤面した。どうやら覚えているらしい。


 「えっと、その・・・ううっ・・・」


 「ルビ。今はまだ町の復興とかで忙しいだろうけどそれでも言わせてくれ。ルビの事が大好きだ、愛している。だから、結婚して下さい・・・」


 その真っ直ぐな言葉にルビは一瞬迷った後、薄っすらと笑みを浮かべた。


 「うん!」


 その笑みは花が咲く様な美しさがあった。

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