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神殺しの星辰《ほし》(旧題:不幸な少年と病の少女)  作者: ネツアッハ=ソフ
石英とルビ
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異世界へ行ってみないか?

 夏も終わりに近付き、そろそろ秋の気配が漂い始める季節。京都府河原町に一人の男が居た。


 中肉中背、ワイシャツ姿、黒に染めたぼさぼさの髪に深緑色の鋭い瞳をした、中年の男性。この男は京都府警天河(あまかわ)リュウスイだ。


 現在、リュウスイはある事件の調査をしていた。その事件とは―――


 「此処で、一人の少年が謎の失踪(しっそう)を遂げた訳か・・・」


 そう、夏の始め、梅雨頃に突如として一人の少年が失踪した事件である。


 ・・・この事件は不可解な点がある。当時、雨で多少視界が悪かったとはいえ、大勢の人で賑わっているこの河原町で人一人が消えたのだ。それに、目撃者の証言によると、少年は突如地面に開いた穴に落ちる様に消えたという。


 あまりの不気味な話に、同僚の多くは途中で捜査を断念した。当然、リュウスイもこの事件にはある種の不気味さを感じていた。


 しかし、それでも捜査を断念しないのには理由があった。


 「石英、いや、殺人鬼"断頭の死神"―――奴には色々と聞きたい事があるんだ」


 断頭の死神―――


 世界中を恐怖に陥れた殺人鬼、その正体をついに(つか)んだからだ。


 世界中で多くの人を殺し、死神とまで呼ばれた殺人鬼。そのあまりにも鮮やかな手口と、活動範囲が広すぎた事で、今まで尻尾すら摑む事が出来なかった。


 それが、ようやく手掛かりを見付けた所での失踪事件だ。中々にふざけている。


 「ったく。一体何処に消えたんだよ、奴は!?」


 思わず、愚痴(ぐち)をこぼす。この場所で失踪を遂げてからの手掛かりが全く無いのだ。


 流石に愚痴をこぼしたくもなる。そんな時―――


 「石英の居場所を知りたければ来い―――」


 「何っ!?」


 背後からの声に、リュウスイは反射的に振り返る。同時にフードを目深に被った、青白いコートの人物が走り去って行くのが見えた。


 「ちっ!待て!!」


 慌ててコートの人物を追い掛ける。せっかくの手掛かり、此処で逃がしてはならない。


 しかし、コートの人物に全く追い付く事が出来ない。どころか、コートの人物は敢えて付かず離れずの距離を走っている気がする。


 やがて人通りの少ない道に入って行き、完全に他の人の姿が見えなくなった瞬間―――


 突然、足下に開いた穴にリュウスイは落ちていった。


 誰も見ていない中、一人の男が失踪した・・・。


 ・・・・・・・・・


 とある山奥に一人の男が住んでいた。黒いぼさぼさの短髪、澄んだ空色の着流しの上からも解るがっしりとした体格の天狗面の男。


 この男が(かつ)て、石英に武術を教えた師である天狗の翁だ。翁は今、大木の根元に腰掛けて握り飯をほおばっている。


 相変わらず、天狗面を付けたまま食事をする様子はシュールだ。


 「・・・さて、石英はあれからどうしているかな?」


 風の噂では、死神なる殺人鬼が世界中で猛威を振るっていたという。それを聞いた時、すぐにその正体が石英だと気付いた。


 つい最近、その石英が謎の失踪を遂げた事を知った。


 ・・・翁は嘆いた。もっとしっかり石英と向き合うべきだったと後悔した。


 「後悔先に立たず、か・・・」


 何時だって後悔した時には既に遅かった。遅すぎた。


 自身が天狗に堕ちた時だってそうだ。とても後悔した。


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 翁は黙り込み、瞬時に警戒態勢に入る。同時にざりっと木の葉を踏み締める音が聞こえた。


 そして―――


 「よう、儂に何か用か?」


 翁の前にはフードを目深に被った青白いコートの人物が。だが、翁は脳内で即座に否と告げる。


 「お前、人間じゃあ無いな・・・」


 そう、この者は人間ではない。しかし、妖怪など化生(けしょう)の類でもない。


 もっと高位の何かだ。


 「一体何者だ?」


 問い掛けるが、答えは返って来ない。代わりに地面を指差す。


 怪訝な顔をして下を見ると、翁は言葉を失った。地面にぽっかりと穴が開いていたのだ。


 穴の中は真っ暗で底が見えない。その穴を青白いコートの者が指差している。


 「この穴に入れと、そう言いたいのか?」


 やはり答えない。只、真っ黒な穴を指差すだけだ。


 翁は考える。怪しくはあるが、別段罠の様な物は感じられない。


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 そもそもこいつは何者なのか?一体何処へ連れて行くつもりなのか?何も解らないのだ。


 しばらく考え込んで、翁は盛大に溜息を吐いた。


 「仕方がない。入るか」


 そう言って翁は穴の中に踏み込んだ。翁は急速に落下していく。


 そして、穴が消えた頃にはその場には誰も居なくなっていた。


 ・・・・・・・・・


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・人間か」


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・天狗?」


 真っ暗な空間の中で、リュウスイと翁は対面していた。此処は何処なのか、とか以前に二人は互いの存在に驚いた。


 「何故、こんな所に人間が?」


 「何故、こんな所に天狗が?」


 二人は同時に黙り込む。訳が解らない。図らずも、二人の胸中は一致した。


 ・・・しばらくして、唐突に翁が溜息を吐いた。


 「取り敢えず、自己紹介をしようか。儂の事は翁とでも呼んでくれ。種族は見た通り天狗だ」


 「あ、ああっ・・・。俺の名は天河リュウスイ、警察をやっている」


 「・・・警察?」


 翁は怪訝そうな声を上げた。天狗面で表情は解らないが、仮面から覗く瞳は訝しげだ。


 「警察ってあれか?国の治安を守るのが仕事みたいな物だよな?」


 「ああっ・・・(おおむ)ねその通りだな」


 リュウスイは怪訝な顔で首肯(しゅこう)した。・・・この天狗は何が言いたいのだろう?如何にもそう言いたそうな顔である。


 「警察が何で、こんな所に居るんだ?」


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・それは、俺が聞きたい」


 リュウスイからしたら、気付いたら此処に居たのだ。・・・全く理解の範疇(はんちゅう)を超えている。


 「翁はどうして此処に?」


 「儂は、青白いコートを着た奴に誘われて此処に来たのだが・・・」


 「そうだよ、そいつだよ!!俺はそいつを追い掛けてたら此処に居たんだ!!」


 どうやら自分が何故此処に居るのか、思い出した様だ。若干興奮(こうふん)している。


 「・・・さて、話は終わったか?」


 「「!?」」


 翁とリュウスイが同時に振り返ると、其処にはフードを目深に被った青白いコートの者が居た。


 青白いコートの者がフードを脱ぐと、其処には少年にも、青年にも、老人にも見える男が居た。


 「お前―――」


 「まあ待て。まずは自己紹介をさせてくれ」


 リュウスイが何かを言おうとしたのを、青白いコートの男が片手で制す。リュウスイは黙り込む。


 「僕の名はミカド、世界を司る神をやっているよ」


 「・・・・・・・・・は?」


 リュウスイは思わず唖然とした。話が上手く理解出来なかったのだろう。若干怪訝そうな瞳でミカドを見ている。お前は何を言ってるんだ?そんな瞳だ。


 翁は溜息を吐いた。


 「その神が儂等に何の用だ?」


 翁の問いに、ミカドは不敵に笑う。まるで、その問いを待っていたかの様に。


 「お前達、石英に会いたいんだろう?会わせてやろうじゃないか」


 「っ!?」


 翁は目を見開き、驚愕した。そして、リュウスイは身を乗り出す様にミカドに詰め寄る。


 「そうだよ!お前、奴の居場所を知ってるのか!?」


 「ああ、知ってるとも。石英は今、僕の管理する世界に居るよ」


 ミカドは不敵に笑いながら言った。その事に、翁とリュウスイは愕然とする。


 更に笑みを深くしながら、ミカドは続ける。


 「其処で物は相談だが・・・。お前達、異世界へ行ってみないか?」


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 ぐっと黙り込むリュウスイ。それは異世界への誘い。この男は自分達の世界を捨てて、異世界へ来いと言っているのだ。


 「一つ、聞きたい。石英は元気にしているか?」


 最後に、翁は一番知りたかった事を聞く。しかし、途端にミカドの笑みが消えた。


 「元気、とは言えねえな・・・少なくとも」


 「何?」


 「今、石英は酷く落ち込んでいる所だ・・・。知りたければ本人に聞けば良い」


 「・・・・・・・・・」


 翁は黙り込み、考え込む素振りをする。そして、しばらく後―――


 「解った、儂はお前の言う世界に行こう」


 了承の意を示した。


 「ふむ、ではリュウスイの方はどうだ?」


 ミカドの視線がリュウスイの方を向く。リュウスイは溜息を吐き、言った。


 「俺も行くよ。奴には聞きたい事があるしな」


 その回答に、ミカドは笑みを浮かべた。


 次の瞬間、真っ暗な空間に眩い光が射した。

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