ふざけるなっ!!!
石英が目を覚ます半時間程前の事―――
ログハウスの前で、ルビは酷く落ち込んでいた。大木の根元に、膝を抱えて座り込んでいる。
「私、ちっとも役に立ってないや・・・・・・・・・」
ぽつりと、ルビの口から弱々しい呟きが零れる。
只、石英の役に立ちたかった。けれど、肝心な所で自分は役に立てずにいる。
・・・それがとても悲しくて、悔しかった。
只、石英には幸せになって欲しかった。石英の笑顔が見たかった。
その瞳から、涙がはらりと零れる。膝を抱える腕に力が籠もる。
「ああ、そうか・・・私は石英の特別になりたかったんだ・・・」
石英の特別になりたかった。石英に振り向いて貰いたかった。只、それだけの事だったのだ。
自分が石英を愛しているように、石英からも愛されたかった。それだけだったのだ。
ルビは顔を俯け、目を瞑る。
頭の中を様々な光景が過る。此れまでの人生を思い出していく。
ルビの生まれた家はそこそこ大きな村を治める名家だった。ルビは両親から愛され、村人達からも大切にされてきた。日々が光り輝いていた。
・・・とても幸せな日々だった。そんな幸せが、何時までも続く物だと思っていた。
しかし、幸せは長くは続かなかった。
そもそも、ルビの家は只村を治めるだけの家ではなかった。その家は代々、様々な病原菌を研究してきた一族だった。
そして、その病原菌を通して人間の免疫機能を研究していた。
「この研究が、人々の為になると信じている」
両親はいつもそう言っていた。両親は本気で信じていたのだ―――この研究が、後々人類を病気の苦しみから永久に救う事を。本気で夢想していた。
この研究が後の世、後の人々の為になる事を。
・・・しかし、その夢は叶う事なく、無残にも砕け散った。
全てが狂ったのはあの少年が現れてからだ。
「貴方はだぁれ?」
ある日、近所の森で遊んでいたルビの前に、十三~十四歳程の少年が立っていた。闇の様な黒髪に鴉の様な黒い上下の服、それとは対照的に白い肌をしており、黒い瞳に鮮血の様な縦長の瞳孔がとても目立っていた。・・・不吉な少年だった。
その少年は薄っすらと、とても不吉な笑みを浮かべ、ルビを見詰めている。
「へぇっ、この小娘、病原菌の宿主として適正があるな。死神を操る才か・・・、なるほどね」
それだけ呟くと、少年はまるで最初から其処に居なかったかの様に、すぅっと消え去った。
事件はその日の夜、突如として発生した。
謎の侵入者によって、厳重に封印されていた筈の病原菌は全て解放され、世界を滅ぼしかねない大災厄として顕現した。病は村を一夜で滅ぼし、瞬く間に世界中に広がっていった。
その光景は正に死神の様だった。
死神の前に、屍が山の様に築かれ、血が川の様に流れた。世界は一夜にして、地獄と化した。
この事から、この大災厄を起こした病を総称して死神と呼ばれた。
世界中から人類の三分の一が死に絶えた。人類だけでは無い。空を飛ぶ鳥も、海を泳ぐ魚も、陸を走る獣も何もかも、世界中の生物達の大半が死に絶えた。
もう駄目か―――
そう思い、人々が諦め掛けたその時、奇跡は起きた。
ルビが世界中に散らばった死神を自身の身体に収束させ、封じ込めたのだ。つまり、自ら人柱となる事を選んだ訳だ。
結果、ルビは人類を滅亡から救った聖女として讃えられる。大勢の人が死に絶えたが、同じく大勢の人が彼女に救われたと感謝した。
しかし、それも永くは続かなかった。ある日、近所の子供が何気なく聞いてきた。
「ねえ、ルビお姉ちゃんはどうやって死神を封印したの?」
それはとても純粋な疑問だろう。どうやって死神を封印する事が出来たのか?
その質問に、思わずルビは苦笑する。
・・・ルビは素直に答えた。自分には死神の器としての適正、全ての病を操る異能があった事を。
それを打ち明ける事が、どれほどのリスクを孕んでいるかも知らずに―――
・・・ルビには死神を自在に操る才能がある。結果として、その事実は瞬く間に広がって行った。
そして、人々はあっさりと手の平を返した。
人類を死神から救った聖女から、死神を操り人類を滅ぼそうとした悪魔へと成り下がり、洞窟の奥深くに封じ込められた。
しかし、ルビは一切周囲の人々を恨まなかった。人々から恐れられ、数々の罵倒を受け、洞窟に封じ込められて、偶に来る鉄人形に耐え難い暴力を振るわれて、心が擦り減ろうとも、それでもルビは人々の事を愛していたのだ。それでも尚、ルビは人々を愛したのだ。
・・・洞窟に封じ込められて、何年が過ぎただろう?封印の効果によって、ルビはお腹がすく事も特に無いのだ。
どうやら、この封印は停止した空間内に対象を封じ込める物の様だ。
けど、幾らお腹がへらなくても一人は寂しい。ある日、ルビは思わず掠れる様な声で、呟いた。
「・・・けて。・・・誰か、助けてっ・・・」
本来、誰も助けになど来てはくれない筈だった。だが、再び此処で奇跡が起きた。
洞窟に、一人の少年が侵入して来たのだ。・・・石英と名乗ったその少年は、まるでルビを恐れる様子もなく、封印から救い出してくれた。
思えば、あの時から石英の事を好きになっていたのだろう。
その想いは、日に日に強くなっていく。
告白を断られた時はかなりショックを受けたけど、それでも想いは変わらなかった。
石英が他の人に盗られると思った時は、思いっ切り泣いた。
一度、石英が死んだ時はそれ以上に悲しかった。
石英から、守るべき存在として大切に思われていると知った時は、泣くほど嬉しかった。
もう、ルビは石英が居なければ生きられない。石英の居ない人生など考えられない。それほどまでに石英の事を愛していた。もはや、石英が居なければルビは生きられないのだ。
だからこそ、石英を救いたかった。だからこそ、役に立ちたかった。役立たずは嫌だ。
我が儘でも良い、石英の役に立ちたい。
そう考え、やっぱり何か手伝おうと、そう決めた時―――
「お前がルビだな?」
目の前に黄金の長髪と瞳、すらりと引き締まった身体に騎士甲冑を纏った青年が居た。
ルビは一瞬で警戒する。
「貴方は誰?」
「俺の名はタイガ=アルカス、王国アルカディアの王であり、前王ラピスの息子だ」
「っ!?」
ルビは目を見開き、驚愕する。
ラピス=アルカス―――
アルカディアの前国王であり、以前石英を一度殺した張本人である。確かラピスは以前、二ライカナイに戦争を仕掛け、石英を殺した事で激怒したサファイヤに殺された筈だ。
だとすると、この男の目的は―――
「お前には今から俺と一緒に来て貰う。あの男、石英に復讐する為に・・・」
タイガは瞳に激しい憎悪を宿し、言う。あまりに激しい憎しみの念に、ルビは一瞬たじろいだ。
「いっ、嫌だ!」
「お前の意思など、心底からどうでも良い」
そう言って、タイガはその手に握った剣でルビを切った。血が吹き出し、木々を赤く染め上げる。
「そんなっ・・・、石・・・英・・・・・・・・・」
ルビは血だまりの中に倒れ、意識を失った。直前にその目に映ったのは、何処までも無感情なタイガの顔だった。
・・・・・・・・・
石英へ―――
ルビの身柄は預かった。返して欲しくば封魔の山、洞窟に一人で来い。
明日の朝までに来なければ、ルビを殺す。仲間を呼んでも殺す物と思え。
お前なら、一人で来られると信じている。もしも来られなかったら、ルビを殺すがな。
では、洞窟で会おう。
現"アルカディア"国王、タイガ=アルカス―――
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
手紙を読み終わった石英は、それをぐしゃりと握り潰す。琥珀はその様子を見て、何とも申し訳無さそうな顔をする。
石英の脳内を、今までに無い激情が駆け巡る。
「っ、ふ・・・」
石英は怒りに肩を震わせ、力の限り叫ぶ。
「ふざけるなっ!!!」




