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神殺しの星辰《ほし》(旧題:不幸な少年と病の少女)  作者: ネツアッハ=ソフ
黄金―アルス・マグナ―
27/114

石英、お前を愛している

 過去へ、過去へ、過去へ―――


 意識は心の奥底へと沈んでいく。同時に、意識は過去へと(さかのぼ)っていく。


 石英は心の海を潜行(ダイブ)していく。心の深層、トラウマの根源へと。心の深奥へと。


 それは、石英がまだ小学生だった頃の事だ―――


 「死ね!死ね!この化物がっ!!」


 「うるさいっ!お前達に僕の何が解る!!」


 「黙れっ!化物が言葉を発するな!お前なんか、生まれてきた事自体が間違いだったんだ!!」


 「うあああああああああっ!!」


 当時、石英は周囲から化物と呼ばれ、忌み嫌われていた。


 殴られた。蹴られた。石を投げられた。様々な罵詈雑言(ばりぞうごん)を浴びせられた。


 何故、彼が其処まで人から忌み嫌われたのか?それは、彼の精神性に原因があった。


 石英の精神は()に近すぎたのだ。


 子供の頃から人間離れした価値観を有し、死を常に意識し、人の悪意など良心の裏に潜むモノをすぐに見抜いた。


 人は自身の事は理解されたがるくせ、自身とは異なる思想や価値観は理解したがらない。それを、石英は幼い頃から既に理解していた。


 そんな彼を、他の人は自分達と根本的に違うモノとして、人間とは認めなかった。結局の所、人は石英の事が怖かったのだ。


 人は死を意識すれば、正気ではいられない。要は、石英と死を重ね合わせたのだ。


 それ故、石英は人から化物(しにがみ)と呼ばれた。死そのものとして迫害された。


 ・・・しかし、そんな石英にも唯二人、味方と呼べる人が存在していた。両親だ。


 周囲の者達がどれ程石英を人間と認めなくとも、両親だけは石英の事を人間だと言ってくれた。


 石英も、両親にだけは心を許していた。


 「石英、人間は本当に悪意の深い生き物だ。けど、何もそんな奴等ばかりじゃ無いんだよ。きっと何れ石英もそんな人に会えるよ」


 「・・・本当にそうかな?そんな人、居る様には思えないけど・・・・・・」


 「会えるさ、俺が母さんと出合えた様にね」


 けど、だけど・・・、石英はそんな事はどうでも良かった。只、両親が側に居てくれればそれだけで良かったのだ。


 それだけで本当は良かった筈なのに―――


 それはある日の事。学校が臨時休校になり、石英は近所の山を登っていた。


 其処にアイツは現れた。出会ってしまったのだ。


 「よう、小僧。中々面白い顔してんじゃねえか」


 「っ!?」


 ナイフを構え、声のした方を振り返る。其処には、十三~十四歳くらいの少年が居た。


 闇の様な黒髪に黒い瞳、黒い上下の服の(からす)の様に真っ黒な姿で、肌の色だけが対照的にとても白い。


 黒い瞳に、鮮血の様な赤い縦長の瞳孔(どうこう)が目立つ。薄っすらと笑うその姿はとても悪意的であり、血が凍る様に不吉だ。


 「誰だ?お前」


 「くっくっくっ、良い顔だ。憎悪と絶望に満ちた、とても良い顔だ」


 それだけ言うと、謎の少年は一瞬で消え去った。まるで(かすみ)の様に・・・。


 不気味に思いながらも、石英は気にしない事にする。しかし―――


 次の日、学校から帰って来た石英の目に映ったのは居間で倒れている父と母の姿。


 その時になって、石英は初めて気付いた。気付いて、しまった。


 誰よりも信じていた筈の両親が、目の前で死んでいる。それなのに心に何も感じない。感じる心すらも何も無いと。ああ、とても虚しい。空虚だ。


 その日、石英は全てを失った。


 その後、このままでは生きていけないと悟った石英は様々な仮面(ペルソナ)を創り出した。


 深い絶望と虚無感を隠すかの様に。石英は仮面を被った。


 ・・・・・・・・・


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 石英は過去を再体験し、その光景を視て、思考していた。


 ニンゲンハミニクイ。


 ニンゲンハキタナイ。


 ケド―――


 けど―――


 本当は―――


 本当は只、愛されたかった。只、それだけだった筈なのに。


 それを理解した石英は初めて、仮面(ペルソナ)ではなく自分自身の心で涙した。


 「そうか。ああ、そうだったのか―――」


 本当は誰かと信じ合いたかった。本当は誰かに愛されたかった。只、それだけの事だったのに。


 「石英―――」


 ふと、懐かしい声が聞こえた。


 気付いたら、其処は昔住んでいた家の書斎だった。只、一ヶ所だけ、壁に無数の仮面が掛かっている所だけが違っている。


 其処に、両親が立っていた。


 父の猫目(ねこめ)と母の翡翠(ひすい)だ。


 黒髪に金色の瞳、ほどよく引き締まった身体にバーテンダーの様な服を着た父。黒髪に翡翠色の瞳にすらりと細く引き締まった長身の身体、黒のジーンズとシャツを着た母。


 「父さん、母さん・・・」


 「大きくなったな、石英」


 「ええ、こんなに立派になって・・・」


 優しげに微笑む父と涙ぐむ母。変わらない両親の姿に、石英の目に涙が(にじ)む。


 「っ!!」


 思わず、石英は両親の懐に飛び込む。父と母は微笑みながら、石英を受け止める。


 三人とも目から涙を滲ませ、それでも嬉しそうに笑っていた。


 ・・・それからしばらく後。


 「石英、実はお前に話しておきたい事があるんだ」


 「うん、何?父さん」


 少し心苦しそうな顔をする父親に、石英も表情を引き締める。父は少し、呼吸を整えると石英の顔を真っ直ぐに見据え、言った。


 「実は、父さんも母さんも普通の人間じゃ無いんだ。父さんは錬金術師、母さんは魔術師なんだ」


 「うん、それは知ってた・・・」


 その事は、既に気付いていた。両親が死んだ後、両親についてかなり調べたのだ。


 父も母も、本来は十五世紀の人間だという事。大規模な魔女狩りを父の助けで母は生き延びた事。


 その後、密かに日本に渡り、経歴と名前を変えて生きていた事を。


 「そうか・・・、知ってたか・・・」


 父が自嘲気味に笑う。


 けど、そんな事は石英にとっては些細な事だ。両親が何者であろうと、石英にとって大切な家族でしか無いのだから。


 「で、重要なのは此処からなんだが、実はお前が生まれた時に母さんが予知したんだよ、お前が何れ神殺しになる運命を」


 「神殺し・・・」


 「此処からは私が話すね」


 母は石英の持つ、運命について語り出した。


 「私は魔術師として、星読みの魔術が得意だったの。星読みとは、人の宿星(しゅくせい)を視る事によって未来を予知する魔術の事」


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 「石英の宿星は神殺し。生まれた時から神を殺せる存在として運命付けられた、破格の星辰」


 黙り込む我が子に母は語る。


 思い当たる部分はある。(かつ)て、天狗の翁と本気で決闘した時の事だ。


 天狗とは魔道に堕ちた存在であると同時に、神として信仰される側面もある。そんな存在にギリギリの所で勝てたのも、宿星の力ではないのか?


 ふと、そう思った。


 「けど、一つ問題があったんだ。石英、お前の魂の格が強すぎた」


 「魂の格?」


 父の言った謎の単語に、石英が首を傾げる。父は首を縦に振る。


 「魂の格とは、魂の位階の事だ。魂が持つ質量や純度、規模の事を言う。魂の格が違えば、当然能力の強度も違ってくる。だが、石英の魂の格が強すぎるせいで、石英の肉体がその負荷に耐えられなかったんだよ」


 その為、石英は生まれてすぐに身体が崩壊しかけ、危うく死に掛けたという。上手く産声も上げられずに衰弱していく石英を、医者は早々に諦め掛けた。


 それを救ったのが―――


 「アルス・マグナ」


 母がその名を呟いた。


 アルス・マグナ―――


 始祖はライムンドゥス=ルルス。ルルスの術。


 錬金術の極致。最上位の秘法。


 卑金属を貴金属に変える事から、黄金を錬成する術と考えられている。しかし、その本質は不完全なモノを完全なモノに昇華する術である。


 それはすなわち、人の肉体と魂を神と同格に錬成する為の術でもある。


 「石英、貴方を救う為に父さんはアルス・マグナを使って、貴方の肉体と魂を同格に錬成したの」


 「っ!?」


 石英は今度こそ、目を見開き驚愕した。つまり、父は石英を生かす為に、我が子の肉体と魂を造り変えたという事だ。


 その事実に、石英は愕然とした。


 「石英、こんな事言えた物じゃ無いが、全てはお前の事を思ってやった事なんだ。・・・石英、お前を愛している」


 「・・・・・・・・・あっ」


 「私もよ、石英、貴方の事を愛しています」


 石英の頬に涙が伝う。我が子を想う、親の愛情。それが、石英の心に深く染み込んでくる。


 それが、とても嬉しい。


 「あと、お前に返しておくべき物がある」


 そう言うと、父は懐から光り輝く種子を取り出した。


 「これは?」


 「これは種子(タネ)だ。魂に宿り、異能を発現させる為の因子。嘗て、コランという少女がお前に気付かれない間に植え付けた物だよ」


 「コランが・・・」


 種子の発する光が強さを増していく。やがて、その光は黄金へと変わる。


 「さあ、発芽(めざめ)の時だ」


 目も眩む黄金の輝きと共に、夢は砕け散った。


 ・・・・・・・・・


 「っ!?」


 目を覚ますと、もう時刻は夕方だった。向かいの椅子に座っている琥珀は、神妙な顔付きで問う。


 「気分はどうだ?」


 「・・・生まれ変わった様な気分だ」


 石英はそう言って、ふっと笑みを浮かべた。


 すがすがしい気分だった。この日、ようやく石英は自分自身を取り戻したのだ。


 ・・・同時に、石英の心の中に、ある感情が芽生えていた。


 「・・・そうか。それよりもお前、瞳の色が変わっていないか?」


 石英の瞳は、以前黒だったのに対し、現在は黄金に変わっている。


 「ああ、何か色々とよく視える様になったな」


 「魔眼、か・・・」


 「たぶんな」


 魔眼―――


 特殊な瞳の異能。異能を宿した瞳。ケルト神話のバロールは、視た者を殺す死の魔眼を持ち、ギリシャ神話のメデューサは、石化の魔眼を持つとされる。未来を読む未来視も魔眼に相当する。


 石英の瞳の色が黄金なのは恐らく、石英の魂の色を反映している物と思われる。


 「ところでルビは?まだ、外に居るのか?」


 「ああ、まだ外に居る筈だから会いに行ってやれ」


 石英の問いに、琥珀は笑みを浮かべながら言った。石英は迷わずログハウスの外に出る。


 心の中に生まれた、新たな感情(おもい)をルビに伝える為に。


 しかし―――


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・何だ、これ?」


 ログハウスの前には血だまりがあり、一本の木に石英の名前が書かれた血染めの手紙がナイフで刺してあった。

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